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第10章 西からの噂
冬の寒さが厳しさを増す中、椎葉の司令室は熱気に包まれていた。
壁に貼られた巨大な地図には、不吉な赤い駒がいくつも置かれている。
「赤松、別所(べっしょ)、そして山名の残党……。合わせて五千、ですか」
小雪が震える声で確認する。
対する椎葉の防衛戦力は、正規兵(ライフル隊)が百名、訓練を受けた民兵を含めても八百名。およそ六倍の戦力差だ。
普通なら降伏勧告を受け入れるか、夜逃げをするレベルの絶望的な状況である。
「妙だと思わないか?」
博史は腕組みをして地図を睨んだ。
「彼らは本来、仲が良いわけじゃない。むしろ領地を巡って争っていたはずだ。それが突然、手を組んで僕たちを潰しに来た。……それだけの『資金』と『共通の敵』を誰かが用意したんだ」
その時、部屋の扉がノックされ、吾作が入ってきた。
「大将、西から客人が来ています。あの『猿』の使いだそうです」
***
現れたのは、藤吉郎ではなく、目立たない商人に扮した若い男だった。彼は懐から一通の書状と、小袋に入った砂金を取り出した。
「木下様よりの密書です。『北の悪魔が、金をばら撒いている』と」
博史は書状を開いた。
走り書きのような文字で、衝撃的な事実が記されていた。
北のジョン・ギャレットが、莫大な砂金を元手に、反織田勢力や、博史のような新興勢力を潰そうとする古い大名たちに資金援助を行っているというのだ。
その砂金には、不純物がほとんどない。恐らく、ギャレットは現代の地質学知識か、あるいは強制労働によって金山を効率的に採掘している。
「……なるほど。これは代理戦争(プロキシ・ウォー)というわけか」
博史は唇を噛んだ。
ギャレットは直接手を下さず、現地の勢力を使って博史を消耗させ、潰そうとしている。
書状の最後には、藤吉郎らしい追伸があった。
『おいらの殿(信長)も北の動きを警戒している。あんたがここで勝てば、殿もあんたを認めるだろう。死ぬなよ、兄弟』
「……兄弟、か。調子のいい人だ」
博史は苦笑したが、その言葉に救われる思いもした。
西(織田家)は味方になり得る。だが、そのためにはまず、目の前の五千を生き延びなければならない。
博史は顔を上げ、孫六を呼んだ。
「孫六さん。新しい玩具(おもちゃ)を作る」
「……今度はなんだ。鉄砲か?」
「いや。敵は五千、密集隊形で押し寄せてくる。ライフルで一人ずつ狙っていたら弾が足りない。……『面』で制圧する」
博史が黒板に描いたのは、太く短い鉄の筒だった。
臼(うす)のような形をしている。
「**『臼砲(モーター)』**だ」
それは、現代の迫撃砲の祖先にあたる兵器だ。
短い筒の底に発射薬を入れ、導火線をつけた炸裂弾(鉄球の中に火薬を詰めたもの)を放り込む。
高い弾道を描いて飛び、敵の頭上で、あるいは着弾と同時に爆発する。
「狙う必要はない。敵の集団の真ん中に落とせばいい。一発で十人は吹き飛び、百人は恐怖で動けなくなる」
その設計図を見て、孫六はゴクリと喉を鳴らした。
「……えげつねぇな。だが、五千の兵を止めるには、それしかねぇか」
「あと、もう一つ。土木工事が必要だ」
博史は地図上の平野部に線を引いた。
「敵は数に任せて突撃してくる。だから、その足を止めるための溝……**『塹壕(トレンチ)』**を掘る。そしてその前には、鉄条網の代わりに『逆茂木(さかもぎ)』を二重三重に張り巡らせる」
第一次世界大戦の戦場を、戦国時代に再現する。
それは騎士道ならぬ「武士道」の対極にある、泥と鉄の殺し合いだ。
だが、守るべきもののために、博史は修羅になる覚悟を決めていた。
***
数日後。
椎葉の里の全住民総出で、防衛ラインの構築が始まった。
スコップで土を掘る音、木を切り倒す音が響く。
小雪も、たすき掛けをして炊き出しのおにぎりを握っている。
「博史様」
作業を見回る博史に、小雪がお茶を差し出した。
「怖くは、ありませんか?」
「怖いよ。足が震えるくらいにね」
博史は素直に認めた。
「でも、不思議だ。元の時代にいた頃より、生きているという実感がある」
彼は小雪の肩を抱き寄せ、遠く雪雲に覆われた北の空――ギャレットがいるであろう方角を睨みつけた。
「来いよ、五千の軍勢。そして見ていろ、ギャレット。
僕たちの『歴史』は、金や暴力じゃ買えないってことを証明してやる」
風に煽られ、青い鷹の旗がバタバタと音を立てる。
その音は、来るべき激動の第二部へのファンファーレのように聞こえた。
天才歴史オタクと、最強の海兵隊員。
二つの異物が混ざり合い、日本の歴史は、誰も見たことのない未知の領域へと突入していく。
(第1部 完)
壁に貼られた巨大な地図には、不吉な赤い駒がいくつも置かれている。
「赤松、別所(べっしょ)、そして山名の残党……。合わせて五千、ですか」
小雪が震える声で確認する。
対する椎葉の防衛戦力は、正規兵(ライフル隊)が百名、訓練を受けた民兵を含めても八百名。およそ六倍の戦力差だ。
普通なら降伏勧告を受け入れるか、夜逃げをするレベルの絶望的な状況である。
「妙だと思わないか?」
博史は腕組みをして地図を睨んだ。
「彼らは本来、仲が良いわけじゃない。むしろ領地を巡って争っていたはずだ。それが突然、手を組んで僕たちを潰しに来た。……それだけの『資金』と『共通の敵』を誰かが用意したんだ」
その時、部屋の扉がノックされ、吾作が入ってきた。
「大将、西から客人が来ています。あの『猿』の使いだそうです」
***
現れたのは、藤吉郎ではなく、目立たない商人に扮した若い男だった。彼は懐から一通の書状と、小袋に入った砂金を取り出した。
「木下様よりの密書です。『北の悪魔が、金をばら撒いている』と」
博史は書状を開いた。
走り書きのような文字で、衝撃的な事実が記されていた。
北のジョン・ギャレットが、莫大な砂金を元手に、反織田勢力や、博史のような新興勢力を潰そうとする古い大名たちに資金援助を行っているというのだ。
その砂金には、不純物がほとんどない。恐らく、ギャレットは現代の地質学知識か、あるいは強制労働によって金山を効率的に採掘している。
「……なるほど。これは代理戦争(プロキシ・ウォー)というわけか」
博史は唇を噛んだ。
ギャレットは直接手を下さず、現地の勢力を使って博史を消耗させ、潰そうとしている。
書状の最後には、藤吉郎らしい追伸があった。
『おいらの殿(信長)も北の動きを警戒している。あんたがここで勝てば、殿もあんたを認めるだろう。死ぬなよ、兄弟』
「……兄弟、か。調子のいい人だ」
博史は苦笑したが、その言葉に救われる思いもした。
西(織田家)は味方になり得る。だが、そのためにはまず、目の前の五千を生き延びなければならない。
博史は顔を上げ、孫六を呼んだ。
「孫六さん。新しい玩具(おもちゃ)を作る」
「……今度はなんだ。鉄砲か?」
「いや。敵は五千、密集隊形で押し寄せてくる。ライフルで一人ずつ狙っていたら弾が足りない。……『面』で制圧する」
博史が黒板に描いたのは、太く短い鉄の筒だった。
臼(うす)のような形をしている。
「**『臼砲(モーター)』**だ」
それは、現代の迫撃砲の祖先にあたる兵器だ。
短い筒の底に発射薬を入れ、導火線をつけた炸裂弾(鉄球の中に火薬を詰めたもの)を放り込む。
高い弾道を描いて飛び、敵の頭上で、あるいは着弾と同時に爆発する。
「狙う必要はない。敵の集団の真ん中に落とせばいい。一発で十人は吹き飛び、百人は恐怖で動けなくなる」
その設計図を見て、孫六はゴクリと喉を鳴らした。
「……えげつねぇな。だが、五千の兵を止めるには、それしかねぇか」
「あと、もう一つ。土木工事が必要だ」
博史は地図上の平野部に線を引いた。
「敵は数に任せて突撃してくる。だから、その足を止めるための溝……**『塹壕(トレンチ)』**を掘る。そしてその前には、鉄条網の代わりに『逆茂木(さかもぎ)』を二重三重に張り巡らせる」
第一次世界大戦の戦場を、戦国時代に再現する。
それは騎士道ならぬ「武士道」の対極にある、泥と鉄の殺し合いだ。
だが、守るべきもののために、博史は修羅になる覚悟を決めていた。
***
数日後。
椎葉の里の全住民総出で、防衛ラインの構築が始まった。
スコップで土を掘る音、木を切り倒す音が響く。
小雪も、たすき掛けをして炊き出しのおにぎりを握っている。
「博史様」
作業を見回る博史に、小雪がお茶を差し出した。
「怖くは、ありませんか?」
「怖いよ。足が震えるくらいにね」
博史は素直に認めた。
「でも、不思議だ。元の時代にいた頃より、生きているという実感がある」
彼は小雪の肩を抱き寄せ、遠く雪雲に覆われた北の空――ギャレットがいるであろう方角を睨みつけた。
「来いよ、五千の軍勢。そして見ていろ、ギャレット。
僕たちの『歴史』は、金や暴力じゃ買えないってことを証明してやる」
風に煽られ、青い鷹の旗がバタバタと音を立てる。
その音は、来るべき激動の第二部へのファンファーレのように聞こえた。
天才歴史オタクと、最強の海兵隊員。
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この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。