神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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【第2部】第11章 鉄の暴風

夜明け前。
 椎葉の里の前面に広がる平野は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
 だが、霧が晴れるとともに、その静寂は威圧的な法螺貝(ほらがい)の音によって破られた。
 ブオォォォォ――ッ!!
 地平線を埋め尽くす赤松・別所・山名の連合軍、五千。
 林立する旗指物、煌めく槍の穂先。それは、戦国時代の「美しくも恐ろしい」伝統的な軍勢の姿だった。
 対する鷹野軍は、姿が見えない。
 彼らは地面に掘られた深い溝――**塹壕(ざんごう)**の中に身を潜めていたからだ。
「見ろ、あの様を!」
 連合軍の本陣で、総大将の赤松則房(あかまつ のりふさ)が嘲笑した。
「城に籠るならまだしも、平場に穴を掘って隠れるとは。モグラか、あやつらは」
「所詮は百姓上がりの軍勢。我らが騎馬武者の蹄(ひづめ)で踏み潰してくれよう」
 彼らは知らなかった。
 その「穴」こそが、近代戦において最強の盾であることを。
「全軍、突撃ぃぃ!! 一番槍の功名を挙げよ!」
 太鼓が乱打され、先鋒の千騎が鬨(とき)の声を上げて突進を開始した。
 地響きが轟く。
 ***
「……来ました。距離八百」
 塹壕の中、観測手の吾作が震える声で告げる。
 博史は泥にまみれた軍服(作業着)姿で、懐中時計代わりの日時計を睨んでいた。
「まだだ。十分に引きつける」
 敵の騎馬隊は、鷹野軍の陣地の手前百メートルで急減速を余儀なくされた。
 二重三重に張り巡らされた**『逆茂木(さかもぎ)』**――鋭く削った木の枝を束ねた障害物が、行く手を阻んだからだ。
「ええい、邪魔だ! どかせ!」
「馬が通れん! 降りてどかすのだ!」
 敵兵が密集し、動きが止まる。
 そこは、博史が事前に計測し尽くした「キルゾーン(殺傷地帯)」だった。
「……今だ。撃てッ!!」
 博史が指揮刀を振り下ろした。
 塹壕の縁から、百丁の『鷹野式ライフル』が一斉に顔を出した。
 ババババババババッ!!!
 乾いた連続音が響く。
 障害物に取り付いていた敵兵たちが、見えない大槌で殴られたように次々と吹き飛んだ。
 火縄銃とは比較にならない命中率。そして、貫通力。
 先頭集団が崩れ落ち、後続がそれに躓(つまず)く。
「な、なんだ!? 弓矢じゃない! 鉄砲か!?」
「ひるむな! 撃った後は隙だらけだ! 乗り越えろ!」
 敵将が叫ぶ。
 だが、鷹野軍は撃つのをやめない。
 塹壕の中では、三人が一組となり、「撃つ係」「弾を込める係」「銃を渡す係」に分かれてローテーションを組んでいた。これにより、絶え間ない弾幕が形成される。
「くそっ、近づけん! なんだこの雨あられは!」
 攻めあぐねる敵軍。後方からさらに本隊が押し寄せ、戦場は敵兵でごった返した。
 密集。
 それこそが、博史の待ち望んでいた瞬間だった。
「砲撃班、用意!」
 後方の陣地で、孫六たちが太い鉄の筒――**『臼砲(モーター)』**の角度を調整する。
 狙いは、敵が密集して立ち往生している一点。
「放てぇぇーーッ!!」
 ドォン、ドォン、ドォン!
 腹に響く発射音と共に、黒い鉄球が放物線を描いて空へ舞い上がった。
 敵兵たちが空を見上げる。
「……何だ、あれは?」
「石か?」
 ヒュルルルル……という落下音。
 そして。
 ズガアアアァァァンッ!!
 ドガアアァァンッ!!
 炸裂弾が敵の頭上で破裂した。
 爆炎と鉄片が四方八方に飛び散る。
 それは、刀や槍で戦ってきた彼らにとって、理解の範疇を超えた「神の雷」だった。
 一発の着弾で十数人が吹き飛び、その光景を見た百人が恐怖で発狂する。
 馬は暴れ、兵士は我先に逃げ惑う。
「ば、化け物だ! ここには魔物がいる!」
「退け! 退けぇぇ!!」
 総崩れだった。
 名のある武将も、足軽も関係なく、恐怖という一点で繋がり、雪崩を打って逃走を始めた。
 ***
 昼過ぎ。
 戦場には、うめき声と硝煙の匂いだけが残っていた。
 一方的な虐殺だった。鷹野軍の死者はゼロ。軽傷者が数名のみ。
 博史は塹壕を出て、荒れ果てた戦場を見渡した。
 勝利の歓声はない。
 初めて見る「近代兵器の威力」に、味方の兵士たちさえも青ざめ、嘔吐する者もいたからだ。
「……これが、近代戦だ」
 博史が呟く。
 そこへ、小雪が駆け寄ってきた。彼女の手には、負傷した敵兵の手当てをするための布が握られている。
 彼女は惨状を見て息を飲み、しかし気丈に博史の隣に立った。
「博史様。……勝ちましたね」
「ああ。でも、これはただの殺し合いだ。名誉も誇りもない」
 博史は震える手で、ポケットから煙草(自作したもの)を取り出そうとして、落とした。
 小雪がそれを拾い、そっと彼の手を包み込んだ。
「それでも、あなたは皆を守りました。……背負わせません、私にも半分、その重さをください」
 その言葉に、博史は救われた思いで彼女を見た。
 この地獄の中で、彼女だけが清らかな光のようだ。
「……ありがとう、小雪。
 だが、これで世界は知ってしまった。『数』の時代は終わり、『火力』の時代が来たことを」
 博史の予感通り、この「椎葉の戦い」の噂は、瞬く間に日本全土へ広がることになる。
 そしてそれは、北の「黒い悪魔」を本気にさせ、西の「魔王(信長)」を呼び寄せる狼煙(のろし)でもあった。
 歴史の歯車が、軋みを上げて加速していく。
(第11章 完)

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