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第20章 最後の賭け
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ズドォォォォンッ!!
巨大な破城槌の一撃で、椎葉城の正門が粉々に砕け散った。
舞い上がる木屑と共に、黒い軍団が濁流のように城内へとなだれ込んでくる。
「殺せ! 抵抗する者は皆殺しだ!」
「女は生け捕りにしろ! 褒美にするぞ!」
欲望と殺意に満ちた怒号。
城内市街戦(シティー・ウォーター)の始まりだった。
だが、博史は逃げなかった。むしろ、敵を誘導するように、兵たちに声を枯らして指示を出していた。
「第一区画放棄! 全員、『第一工場』へ後退しろ! 敵を引きつけるんだ!」
博史の狙いは、里の最奥部にある巨大な木造建築――兵器工場だった。
そこには、博史と孫六が半年かけて組み上げた、ある「未完成の怪物」が眠っている。
***
第一工場。
そこには、巨大な鉄の釜と、複雑なピストン機構を持つ機械が鎮座していた。
『高圧蒸気機関(プロトタイプ)』。
本来は鉱山の排水や、将来の鉄道のために作っていた平和の象徴だ。だが、今はまだ制御不能で、時折爆発寸前になる危険な代物だった。
「……大将、本当にやるのか?」
釜の前で石炭をくべていた孫六が、煤だらけの顔で振り返った。その目には涙が滲んでいる。
「こいつは俺たちの夢だ。あんたが描いた『産業革命』の心臓だぞ」
博史は歯を食いしばり、機械のボディを愛おしそうに撫でた。
熱い。まるで生きているように脈打っている。
「夢じゃ命は守れない。……孫六さん、こいつに最後の一仕事をさせてやってくれ」
「……ちくしょう。分かったよ」
孫六は泣き笑いのような表情で、巨大なレンチを手に取った。
「安全弁(バルブ)を閉鎖する。圧力計を振り切らせるぞ! どでかい花火にしてやらぁ!」
ボォッ!!
炉に大量のコークスと油が投入される。
釜が唸りを上げ、配管が悲鳴のような金属音(きしみ)を上げ始めた。
シュゴォォォォ……!!
逃げ場を失った高圧蒸気が、鉄の殻を内側から食い破ろうと暴れ狂う。
***
工場の外。
博史たちを追って、ギャレット軍の精鋭部隊五百名が広場に殺到していた。
率いているのは、ギャレットの副官である巨漢の黒人兵士だ。
「Here they are!(いたぞ!)」
「Cornered rats!(袋のネズミだ!)」
彼らは工場を取り囲み、一斉に銃口を向けた。
博史は工場の入り口に立ち、両手を上げて降参のポーズを取った。その背後では、蒸気機関が臨界点に達しようとしていた。
「降伏か、ドクター? 賢明な判断だ」
副官が笑いながら近づいてくる。
博史は彼を見据え、静かに言った。
「降伏じゃない。……『退職金』を払ってやるよ」
博史は背後の孫六に向かって叫んだ。
「今だッ!! 走れぇぇぇ!!」
博史と孫六、そして残っていた工員たちが、裏口に向かって全力疾走した。
同時に、孫六が最後の一撃として、ハンマーで圧力パイプの亀裂を叩き割った。
キィィィィィィィンッ……!!
耳をつんざく高周波音。
副官が怪訝な顔をした直後。
世界が白一色に染まった。
ズガアアアァァァァァァァンッ!!!!!!
産業革命のエネルギーが、一瞬で解放された。
爆発ではない。水蒸気爆発という名の物理的破壊だ。
工場が吹き飛び、鉄の破片が散弾のように四方八方へ飛び散る。
数百度の熱波と衝撃波が、広場にいた五百人の兵士を薙ぎ払った。
「ぎゃあああああ!!」
「目が! 皮膚がぁぁぁ!!」
鎧など無意味だった。
煮え滾る蒸気は鎧の隙間から入り込み、兵士たちを蒸し焼きにした。
鉄骨が降り注ぎ、逃げ遅れた者を押し潰す。
***
裏山の岩陰。
爆風で吹き飛ばされた博史は、耳鳴りの中で顔を上げた。
かつて工場があった場所には、巨大なクレーターができ、もうもうと白煙が立ち上っていた。
敵の前衛部隊は全滅。生存者も火傷で戦闘不能だ。
「……やったか」
隣で孫六が血を吐きながら笑った。
「へへっ……いい音だ。最高の……作品、だった……ぜ」
ガクッ。
孫六の頭が落ちた。
その腹には、吹き飛んだ鉄片が深々と突き刺さっていた。
「孫六さん……? おい、孫六さん!!」
博史が揺さぶるが、頑固な職人の目は二度と開かなかった。
吾作に続き、孫六までも。
博史の慟哭が、雨上がりの空に響き渡った。
「うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
だが、神は残酷だ。
白煙の向こうから、無傷の黒い軍団の本隊が、ゆっくりと姿を現したのだ。
先頭には、馬に乗ったジョン・ギャレット。
彼は惨状を見ても眉一つ動かさず、むしろ楽しげに拍手をした。
「Bravo.(ブラボー)」
ギャレットの声が響く。
「素晴らしい余興(ショー)だ。だが、もう弾切れだろう?」
城は半壊。工場は消滅。主要な仲間は死んだ。
博史の周りには、小雪と数名の負傷兵しか残っていない。
完全なるチェックメイト(詰み)。
ギャレットがゆっくりとリボルバーを抜き、博史に向けた。
「Game over, Doctor.(ゲームオーバーだ、博士)」
その時だった。
西の地平線から、新たな音が聞こえた。
それは雷鳴でも爆発音でもない。
数千の蹄(ひづめ)が大地を叩く音。そして、法螺貝(ほらがい)の音色。
ブオォォォォォォォォッ!!
ギャレットが眉をひそめて振り返る。
夕日を背に、丘の上に黄金色の旗が翻っていた。
その紋様は――『五三の桐(ごさんのきり)』。
「遅くなったな、兄弟!」
風に乗って聞こえたその声に、博史は涙で霞む目をこすった。
猿だ。いや、天下人だ。
羽柴秀吉率いる、織田軍団一万五千の援軍が、約束より十日も早く到着したのである。
(第20章 完)
巨大な破城槌の一撃で、椎葉城の正門が粉々に砕け散った。
舞い上がる木屑と共に、黒い軍団が濁流のように城内へとなだれ込んでくる。
「殺せ! 抵抗する者は皆殺しだ!」
「女は生け捕りにしろ! 褒美にするぞ!」
欲望と殺意に満ちた怒号。
城内市街戦(シティー・ウォーター)の始まりだった。
だが、博史は逃げなかった。むしろ、敵を誘導するように、兵たちに声を枯らして指示を出していた。
「第一区画放棄! 全員、『第一工場』へ後退しろ! 敵を引きつけるんだ!」
博史の狙いは、里の最奥部にある巨大な木造建築――兵器工場だった。
そこには、博史と孫六が半年かけて組み上げた、ある「未完成の怪物」が眠っている。
***
第一工場。
そこには、巨大な鉄の釜と、複雑なピストン機構を持つ機械が鎮座していた。
『高圧蒸気機関(プロトタイプ)』。
本来は鉱山の排水や、将来の鉄道のために作っていた平和の象徴だ。だが、今はまだ制御不能で、時折爆発寸前になる危険な代物だった。
「……大将、本当にやるのか?」
釜の前で石炭をくべていた孫六が、煤だらけの顔で振り返った。その目には涙が滲んでいる。
「こいつは俺たちの夢だ。あんたが描いた『産業革命』の心臓だぞ」
博史は歯を食いしばり、機械のボディを愛おしそうに撫でた。
熱い。まるで生きているように脈打っている。
「夢じゃ命は守れない。……孫六さん、こいつに最後の一仕事をさせてやってくれ」
「……ちくしょう。分かったよ」
孫六は泣き笑いのような表情で、巨大なレンチを手に取った。
「安全弁(バルブ)を閉鎖する。圧力計を振り切らせるぞ! どでかい花火にしてやらぁ!」
ボォッ!!
炉に大量のコークスと油が投入される。
釜が唸りを上げ、配管が悲鳴のような金属音(きしみ)を上げ始めた。
シュゴォォォォ……!!
逃げ場を失った高圧蒸気が、鉄の殻を内側から食い破ろうと暴れ狂う。
***
工場の外。
博史たちを追って、ギャレット軍の精鋭部隊五百名が広場に殺到していた。
率いているのは、ギャレットの副官である巨漢の黒人兵士だ。
「Here they are!(いたぞ!)」
「Cornered rats!(袋のネズミだ!)」
彼らは工場を取り囲み、一斉に銃口を向けた。
博史は工場の入り口に立ち、両手を上げて降参のポーズを取った。その背後では、蒸気機関が臨界点に達しようとしていた。
「降伏か、ドクター? 賢明な判断だ」
副官が笑いながら近づいてくる。
博史は彼を見据え、静かに言った。
「降伏じゃない。……『退職金』を払ってやるよ」
博史は背後の孫六に向かって叫んだ。
「今だッ!! 走れぇぇぇ!!」
博史と孫六、そして残っていた工員たちが、裏口に向かって全力疾走した。
同時に、孫六が最後の一撃として、ハンマーで圧力パイプの亀裂を叩き割った。
キィィィィィィィンッ……!!
耳をつんざく高周波音。
副官が怪訝な顔をした直後。
世界が白一色に染まった。
ズガアアアァァァァァァァンッ!!!!!!
産業革命のエネルギーが、一瞬で解放された。
爆発ではない。水蒸気爆発という名の物理的破壊だ。
工場が吹き飛び、鉄の破片が散弾のように四方八方へ飛び散る。
数百度の熱波と衝撃波が、広場にいた五百人の兵士を薙ぎ払った。
「ぎゃあああああ!!」
「目が! 皮膚がぁぁぁ!!」
鎧など無意味だった。
煮え滾る蒸気は鎧の隙間から入り込み、兵士たちを蒸し焼きにした。
鉄骨が降り注ぎ、逃げ遅れた者を押し潰す。
***
裏山の岩陰。
爆風で吹き飛ばされた博史は、耳鳴りの中で顔を上げた。
かつて工場があった場所には、巨大なクレーターができ、もうもうと白煙が立ち上っていた。
敵の前衛部隊は全滅。生存者も火傷で戦闘不能だ。
「……やったか」
隣で孫六が血を吐きながら笑った。
「へへっ……いい音だ。最高の……作品、だった……ぜ」
ガクッ。
孫六の頭が落ちた。
その腹には、吹き飛んだ鉄片が深々と突き刺さっていた。
「孫六さん……? おい、孫六さん!!」
博史が揺さぶるが、頑固な職人の目は二度と開かなかった。
吾作に続き、孫六までも。
博史の慟哭が、雨上がりの空に響き渡った。
「うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
だが、神は残酷だ。
白煙の向こうから、無傷の黒い軍団の本隊が、ゆっくりと姿を現したのだ。
先頭には、馬に乗ったジョン・ギャレット。
彼は惨状を見ても眉一つ動かさず、むしろ楽しげに拍手をした。
「Bravo.(ブラボー)」
ギャレットの声が響く。
「素晴らしい余興(ショー)だ。だが、もう弾切れだろう?」
城は半壊。工場は消滅。主要な仲間は死んだ。
博史の周りには、小雪と数名の負傷兵しか残っていない。
完全なるチェックメイト(詰み)。
ギャレットがゆっくりとリボルバーを抜き、博史に向けた。
「Game over, Doctor.(ゲームオーバーだ、博士)」
その時だった。
西の地平線から、新たな音が聞こえた。
それは雷鳴でも爆発音でもない。
数千の蹄(ひづめ)が大地を叩く音。そして、法螺貝(ほらがい)の音色。
ブオォォォォォォォォッ!!
ギャレットが眉をひそめて振り返る。
夕日を背に、丘の上に黄金色の旗が翻っていた。
その紋様は――『五三の桐(ごさんのきり)』。
「遅くなったな、兄弟!」
風に乗って聞こえたその声に、博史は涙で霞む目をこすった。
猿だ。いや、天下人だ。
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