神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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【第3部】第22章 青き修羅

椎葉の空は、灰色に濁っていた。
 それは天候のせいではない。里――いや、今や巨大な軍事工場と化したこの地から立ち上る、無数の煤煙(ばいえん)のせいだ。
 かつて人々が笑い合った広場は資材置き場となり、昼夜を問わず蒸気機関のピストン音と、ハンマーで鉄を叩く音が響き渡っている。
 活気はある。だが、そこにかつてのような「温かさ」はない。
 あるのは、ただ一つの目的――「北への進軍」に向けた、張り詰めた殺気だけだ。
 ***
 再建された第一工場。その最深部。
 火花が散る暗がりの中で、博史は図面と向き合っていた。
 伸び放題だった髪は無造作に束ねられ、頬はこけ、目の下には濃い隈(くま)がある。
 その瞳は、以前のような理知的な光ではなく、凍てついた青い炎のような光を放っていた。
「……大将、羽柴様がいらっしゃいましたぜ」
 声をかけたのは、亡き孫六の跡を継いだ若き工場長だ。
 博史は顔も上げずに答えた。
「通してくれ。ただし、手短にと伝えて」
 背後で足音が止まった。
 振り返ると、秀吉が複雑な表情で立っていた。その隣には、彼が連れてきた黒田官兵衛の姿もある。
「……随分と変わっちまったな、兄弟」
 秀吉が低い声で言った。
「飯は食ってるのか? 鏡を見たことがあるか? まるで幽鬼だぞ」
「飯を食う時間があれば、設計図を引きます」
 博史は淡々と答えた。
「羽柴様、ご依頼の『鉄』と『硫黄』は届きましたか?」
「ああ、山ほどな。上様も呆れてたぜ。『鷹野は国を一つ食いつぶす気か』ってな。……だが、これを見て納得したわ」
 秀吉の視線が、工場の奥に鎮座する巨大な影に向けられた。
 それは、もはや戦国時代の兵器ではなかった。
 四つの巨大な鉄輪。
 分厚い鉄板のリベット留めで覆われた車体。
 そして車体上部に据え付けられた、長大な砲身。
 【試製・蒸気自走砲 『建御雷(タケミカヅチ)』】
 戦車(タンク)の祖先とも言える、蒸気機関で動く装甲車だ。
 速度は人の歩く速さ程度だが、火縄銃や矢を完全に無効化し、搭載された後装式の大砲で城壁を粉砕する。
 ギャレットの「黒鉄の城」をこじ開けるためだけに作られた、走る攻城兵器である。
「化け物だな……。これをお前が操るのか?」
 秀吉が恐る恐る鉄の装甲に触れる。
「ええ。悪魔を殺すには、こちらも化け物になるしかない」
 博史は、懐からボロボロになった青い簪(かんざし)を取り出し、強く握りしめた。
「ギャレットは北に要塞を築き、待ち構えています。普通の軍隊ではたどり着く前に凍え死ぬか、ハチの巣にされる。……だから、僕がこいつで道を切り拓く」
 その言葉には、かつての「民を守る優しさ」は微塵もなかった。
 あるのは、目的のためなら歴史さえも踏み潰すという、冷徹な修羅の覚悟。
 傍らで静観していた黒田官兵衛が、静かに口を開いた。
「……鷹野殿。兵法に『怒りは敵と思え』とあります。復讐心だけで軍を動かせば、足元を掬われますぞ」
「分かっています、軍師殿」
 博史は官兵衛を睨み返した。
「これは復讐じゃない。『救出作戦(レスキュー・ミッション)』だ。……邪魔をする者は、神でも仏でも、魔王でも排除する」
 その凄まじい気迫に、官兵衛すらも一瞬言葉を失った。
 秀吉はため息をつき、博史の肩をバシッと叩いた。
「いいだろう。そこまで腹括ってるなら止めねぇ。……織田の旗も貸してやる。存分に暴れてこい」
「感謝します」
 ***
 一週間後。
 椎葉の城門が開き、異形の軍団が出撃した。
 先頭を行くのは、轟音と黒煙を撒き散らして進む鉄の塊『建御雷』。
 それに続くのは、最新鋭のボルトアクションライフルで武装し、カーキ色の軍服(迷彩服の試作品)を纏った「鷹野機動歩兵隊」二千名。
 見送る村人たちの表情は硬い。
 かつてのように歓声を上げる者はいない。彼らも知っているのだ。この軍隊が、もう「守るため」ではなく「殺すため」に行くことを。
 博史は『建御雷』の操縦席ハッチから顔を出し、北の空を見据えた。
 小雪が連れ去られてから三ヶ月。
 季節は夏だが、博史の心は吹雪の中にあった。
「……待っていろ、小雪。
 今、迎えに行く」
 蒸気の汽笛が、獣の咆哮のように山々に木霊した。
 日本史上初の「機械化部隊」が、北へ向けて進撃を開始したのである。
 目指すは陸奥(むつ)。
 ギャレットが支配する、地獄の最深部へ。
(第22章 完)

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