星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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〜episode2〜第6章:沈まぬ月と黒い記憶

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「情けない顔してるわね、二人とも」
インターホンが鳴り、強引に入ってきたのは、あの美月(みつき)だった。
彼女は変装用のサングラスを外すと、高級スーパーの紙袋をテーブルにドサリと置いた。
「兵糧攻めに遭ってるんでしょ。差し入れよ」
「美月……なんで」
「勘違いしないで。アダムとかいう男が気に入らないだけよ」
美月は腕を組んでソファに座った。
「あいつ、私にも声をかけてきたわ。『君を世界の女優にしてやる』ってね。ヘドが出たわ。私の価値を決めるのは私よ」
美月は優音の肩を強く掴んだ。
「優音。あんた、LAであの男に何されたの? 泣き寝入りして逃げてきただけ?」
「……ううん。戦ったつもりだった。でも……」
「証拠はないの? あの男が嘘つきだって証明できるもの。原曲のデータとか」
優音は力なく首を振った。
「ないよ。PCもハードディスクも、アダムの部屋に置いてきちゃった。追い出された時、私、本当に何も持たずに……」
「……あるぞ」
低い声が遮った。
蓮だった。彼は立ち上がり、部屋の隅にあるクローゼットを開けた。
そこから取り出したのは、ガムテープで封をされた、一つの小さな段ボール箱だった。
「蓮、それ……?」
「サンタモニカで会った日。お前が抱えてたビニール袋だ」
蓮はカッターで封を切った。
中から出てきたのは、泥で汚れ、破けかけた二つのスーパーの袋。
生活用品が乱雑に詰め込まれた、あの日の優音の「全財産」だ。
「捨てられなかった。お前の覚悟が詰まってる気がしてな」
蓮は袋を逆さにし、中身をテーブルにぶちまけた。
洗剤、シャンプー、そして——画面が蜘蛛の巣状にバキバキに割れた、一台の黒いスマートフォン。
優音が息を呑む。
それは、日本を出る時にSIMカードを抜き、LAでは音楽プレイヤー兼ボイスレコーダーとして使っていた古い端末だ。雨の日に水没し、電源が入らなくなっていたはずのゴミ同然の塊。
「蓮、それ……もう壊れて……」
「外側はな。だが、中身は生きてた」
蓮はポケットからモバイルバッテリーを取り出し、そのスマホにケーブルを繋いだ。
「昨日の夜、試しに充電してみたんだ。……つくぞ」
全員が固唾を呑んで見守る中、割れた画面の奥で、リンゴのマークがぼんやりと光った。
起動音。パスコードロック画面。
優音は震える指で数字を打ち込んだ。
ホーム画面が立ち上がる。蓮がボイスメモのアプリをタップした。
膨大な録音データのリスト。
その一番上に、日付のない『Unknown』というファイルがあった。
再生ボタンを押す。
ザザッ……というノイズの向こうから、アダムの興奮した声が響いた。
『Amazing! Yuune, this melody is gold.(素晴らしい! 優音、このメロディは金になる)』
『でもアダム、これは私の……』
『Shh. 君の名前じゃ売れない。僕の曲として世に出す。君には少しばかりの小遣いをやろう。……いいかい? ここは僕の国だ。誰も君の言葉なんて信じない』
決定的な「自白」だった。
アダムは知らなかったのだ。優音がメロディを忘れないように、ポケットの中で録音を回しっぱなしにしていたことを。
「……録ってたの?」
美月が驚いて聞いた。
「ううん、たまたま……消し忘れてただけ」
優音は涙ぐんで笑った。
「でも、こいつが覚えててくれた」
優音は、傷だらけの黒い端末を愛おしそうに撫でた。
「決まりね」
美月がニヤリと笑い、シャンパングラス(勝手に食器棚から出した)を掲げた。
「反撃の準備は整ったわ。さあ、その『黒い記憶』を突きつけてやりましょう」
部屋の空気が変わった。
絶望の停滞は終わり、三人のプロフェッショナルによる、痛快な逆転劇の幕が上がろうとしていた。
(第6章 完)
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