紅の忍法帖 ~伊賀幕府・ラスト・アナログ~

TAKAHARA HIROKI

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第3章:化粧は鎧、ドレスは戦闘服

午後六時。新宿の高級マンションの一室。
 揚羽の「出陣」の時間は、鏡の前で始まる。
 彼女のドレッサーには、LEDライトもデジタル肌診断機もない。あるのは、最高級の和紙、紅筆、そして祖母の代から受け継いだ白粉(おしろい)の香りだけだ。
 揚羽は紅筆を取り、小さな貝殻に入った紅(べに)を溶いた。
 ただの紅ではない。伊賀の里で栽培される特殊なトリカブトから抽出した、微量の麻痺毒が調合されている。
 
「……いい色」
 唇に引く。この唇に触れた者は、三秒で舌が痺れ、一分で意識を失う。
 彼女にとって接吻は、愛の証ではなく、必殺の剣(つるぎ)だ。
 次に、香水を空中に吹きかけ、その霧の中をくぐる。
 甘いジャスミンの香り。だが、その裏には『自白剤』の効果を持つ成分が含まれている。男たちはこの香りに包まれると、無意識のうちに心のガードを下げ、国家機密を漏らしてしまうのだ。
 最後に、クローゼットを開ける。
 今夜の戦闘服(ドレス)は、背中が大きく開いた深紅のロングドレス。
 生地は西陣織の技術を応用した、ナノカーボン繊維。銃弾すら弾く柔軟な鎖帷子(くさりかたびら)である。
 ハイヒールの踵(かかと)には、GPS発信機と極小の煙玉。
 髪に挿す簪(かんざし)は、チタン合金製の錐(きり)。
 鏡に映るのは、絶世の美女ではない。
 全身をアナログな武器で固めた、生きた要塞だ。
「さあ、今夜も踊りましょうか」
 揚羽は鏡の中の自分にウィンクを投げ、夜の街へと踏み出した。

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