紅の忍法帖 ~伊賀幕府・ラスト・アナログ~

TAKAHARA HIROKI

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第11章:歌舞伎町大停電(ブラックアウト)

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翌日、午後八時。
 予感は的中した。いや、予想を遥かに超える規模で、それは訪れた。
 「胡蝶」の店内は満席だった。
 政財界の重鎮たちが、極上の酒と美女に酔いしれている。
 アゲハがVIP席でボトルを開けようとした、その瞬間。
 ブツンッ。
 何の前触れもなく、店内の照明が全て消えた。
 いや、店だけではない。窓の外を見れば、歌舞伎町中のビルから光が消失している。信号機も、ネオンも、街灯も。
 完全なる漆黒。
 「広域サイバーテロ・ブラックアウト」。
 甲賀のハッカー部隊が、東京電力の変電所制御システムを乗っ取り、新宿エリアの電力供給を遮断したのだ。
 「な、なんだ!? 停電か!?」
 「おい、何も見えんぞ! 店員!」
 客たちがパニックに陥り、悲鳴と怒号が飛び交う。暗闇への恐怖が、一瞬で理性を食いつぶしていく。
 だが、その混沌の中で、二十名のくノ一たちだけは、微動だにしなかった。
 彼女たちの瞳孔は、光を求めて瞬時に全開となり、聴覚は針が落ちる音さえ拾うほど鋭敏化していた。
 「忍法・闇反響(ダーク・エコーロケーション)」。
 アゲハが、手にした扇子をパチリと鳴らす。
 その乾いた音が壁や天井、そして客の身体に反射して戻ってくる。
 その反響音を解析し、彼女たちは脳内に店内の3Dマップを構築していた。
 どこに誰がいて、どんな姿勢で怯えているか。すべてが手に取るように分かる。
 闇は、彼女たちにとって「故郷」だ。
「お客様、動かないでくださいませ」
 繭の声が響く。それは普段の甘い声ではない。腹の底から発せられる、鎮静作用を持った波動。
 「忍法・言霊(ことだま)の鎮魂」。
 「すぐに予備電源が作動します。それまで、わたくし共がお守りいたします」
 暗闇の中で、ホステスたちが客の手を握る。その温もりと落ち着いた声に、客たちは魔法にかかったように静まり返った。
 ガシャーン!!
 静寂を破り、テラス側の強化ガラスが砕け散った。
 天井からロープで降下してきた黒尽くめの集団が、窓枠を蹴破って侵入してきたのだ。
 その数、十名。
 全員が、最新鋭の**軍用暗視ゴーグル(ナイトビジョン)**を装着し、手にはサプレッサー付きのサブマシンガンを携えている。
 甲賀の実働部隊「黒鴉(クロガラス)」だ。
 緑色の電子の光が、店内を不気味に走る。彼らにとって、この闇は昼間と同じだ。
「ターゲットはVIPルームの御子柴だ! 邪魔な女と客は排除しろ!」
 隊長の無慈悲な命令が下る。
 銃口が客に向けられた。
 「きゃああっ!」
 再び悲鳴が上がる。
 だが、引き金が引かれるよりも早く、影が動いた。
 繭だ。
 彼女は着物の裾をまくり上げると、太腿のガーターベルトから一本の凶器を抜き放った。
 アイスピック。
 先端がダイヤモンド加工された、氷を砕くための道具。だが、くノ一の手にかかれば、それは必殺の刺突武器となる。
 繭は床を滑るように低空ダッシュした。ハイヒールを履いているとは思えないバランス感覚。
 暗視ゴーグルの視野角は狭い。繭はその死角――足元へ潜り込んだ。
「一番テーブル、氷をお持ちしました!」
 接客用語を叫びながら、繭は敵兵の脛(すね)にあるプロテクターの隙間を、アイスピックで正確に貫いた。
「ぐああっ!?」
 敵が体勢を崩す。
 すかさず、繭は立ち上がりざまに、マドラーを逆手に持ち替えて敵の首筋へ叩き込む。金属製のマドラーが、頚椎の神経束を強打する。
 ドサリ。
 完全武装の兵士が、華奢なホステスの一撃で沈黙した。
「お客様に銃を向けるなんて、マナー違反ですわよ」
 繭は闇の中でニヤリと笑った。
 他の場所でも、戦闘が始まっていた。
 麗華は、重いウィスキーボトルを布巾に入れてハンマーのように振り回し、敵のヘルメットを粉砕している。
 別のホステスは、フルーツナイフ二刀流で弾丸を弾き飛ばす。
 カツ、カツ、カツ。
 暗闇に響くのは、ハイヒールの音と、男たちの悶絶する声。
 最新の軍事装備 対 伝統の忍術と接客道具。
 アゲハが叫ぶ。
「総員、接客(バトル)開始! 一人も死なせるんじゃないわよ! お絞り一本、命に変えても守り抜きなさい!」
 「御意!!」
 
 女たちの声が重なる。
 歌舞伎町の闇の中で、最も美しく、最も激しい夜の宴が幕を開けた。
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