紅の忍法帖 ~伊賀幕府・ラスト・アナログ~

TAKAHARA HIROKI

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第4章:夜の経済学と『生体通信網(バイオ・ネットワーク)』

講義も終盤に差し掛かり、話題はよりマクロな視点へと移った。
「第4章は、**『影の経済圏』**と、我々が駆使する通信手段について」
 揚羽はプロジェクターの電源を切り、講義室の窓を大きく開け放った。
 冬の冷たい風が吹き込み、学生たちが身を震わせる。
「君たち学生は、最新の軍事衛星や、量子暗号通信こそが最強だと思っているでしょう? 5G、6G……電波の速度を競っている」
 紅は、哀れむように鼻で笑った。
「ナンセンスね。デジタル信号は傍受されるし、サーバーはダウンする。何より、電源が落ちればただの鉄屑よ」
 彼女は窓の外、遥か遠くに見える街並みを指差した。
「いいこと。私の店『胡蝶』の情報網、使うのは、**『人の無意識』と『風景』**よ」
 学生たちが怪訝な顔をする。紅は黒板にチョークを叩きつけた。
 『人』『連鎖』『振動』。
「例えば今、ターゲットの政治家が、歌舞伎町の一丁目のとあるホテルに入ったとする。……その瞬間、ホテルのドアマンが、被っている帽子を左手で直す」
 揚羽は演じるように指を動かす。
「それを見た向かいのタクシー運転手は、ハザードランプを二回点滅させる。さらにそれを見たコンビニの店員は、店先の雑誌コーナーに『赤い週刊誌』を最前列に置く」
 教室が静まり返る。
「この連鎖(リレー)は、街の血管を通って瞬時に伝播する。ホストのあくび、路地裏の野良猫の動き、路上ミュージシャンのギターのコード……。街に溢れる数万の『ありふれた日常動作』が、すべて私へのモールス信号になっているのよ」
 赤城が呆然と呟いた。
「そ、そんな……。数万人の行動を、すべて制御していると言うのですか?」
「制御ではない。**『調律(チューニング)』**しているのよ」
 揚羽は不敵に笑った。
「君たちがPCのキーボードを叩いてGPS衛星にアクセスしている間に、私は……窓の外から聞こえる『車のクラクションのリズム』を聞くだけで、ターゲットの現在地と、彼が今夜誰を抱いているかまで特定できる」
 圧倒的な力量差。
 デジタルという脆弱な回線ではなく、人間という「生きた交換機(ヒューマン・ルーター)」を数万台連結させた、ハッキング不可能な最強のアナログ・インターネット。
「もし私がターゲットを消したいと思ったら、スマホなんて要らない。……**道端で普段吸わない銘柄のタバコを一本、吸殻入れに捨てる。**たったそれだけの動作が『引き金(トリガー)』となり、信号が街を駆け巡り、三十分後にはターゲットの乗った車が事故を起こすわ」
 揚羽は学生たちの顔を見渡し、静かに告げた。
「これが『バタフライ・エフェクト』を人工的に起こす、忍びの究極奥義。……電源プラグを抜けば終わる君たちのデジタルのオモチャとは、次元が違うのよ」

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