閏述|極限環境における経済活動の終端シナリオについて

八角泰三

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第9章 原始的生活への退行

9.2 交換を伴わない生活形態

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本節では、非計測的生存様式の進行形として現れる、交換を伴わない生活形態について整理する。ここでいう「交換の不在」とは、物や労力の移動が存在しないことを意味しない。問題となるのは、交換を成立させていた前提条件そのものが消失している点にある。

制度的経済における交換は、等価性、記録、清算という三つの要素によって支えられていた。価値が比較可能であり、取引が記録され、将来的な均衡が期待されることで、交換は行為として意味を持つ。9.1で述べた非計測的生存様式では、これらの前提が成立しないため、交換は制度として維持されない。

交換を伴わない生活形態では、行為は必要に応じて発生し、完結する。食料があれば食べ、修理が必要であれば修理する。そこに「返礼」や「対価」を期待する構造は存在しない。行為の結果が将来の関係性に持ち越されることはなく、未清算という状態が恒常化する。

この未清算性は、不公平や搾取を必ずしも生まない。なぜなら、比較と累積が行われないためである。誰がどれだけ受け取ったか、どれだけ貢献したかという問い自体が、意味を持たなくなる。結果として、負債や義務といった概念は生活の中心から退き、行為はその都度の必要性によって選択される。

交換を伴わない生活形態では、関係性も固定化されにくい。取引履歴が存在しないため、過去の行為が将来の行為を拘束することがない。これは、制度的経済において重視されてきた信用や信頼とは異なる構造である。ここで成立しているのは、人格や履歴への信頼ではなく、現在の状況に対する即時的な反応である。

重要なのは、この生活形態が利他性や道徳的選択に依存していない点である。助け合いは存在し得るが、それは徳目として奨励されるものではなく、単に状況に適合した行為として現れる。交換が消失することで、善意や利害といった評価語も同時に後景化する。

以上より、交換を伴わない生活形態は、制度的経済の否定や批判として現れるのではない。それは、交換を成立させるための条件が失われた環境において、なお生活が継続するための実践的帰結である。次節では、このような生活形態が、なぜ合理的と評価し得るのかを検討する。

【参考文献】
ヨハン・L・ベルク『返礼なき行為――初期キリスト教における交換概念の消失』(ノード宗教社会学叢書、2182)
ダニエル・K・ロウ『1000の顔を持つ男――返済御免整形道中』(グレイホライゾンプレス、2025)
江戸生活文化研究会 編『帳簿のない暮らし』(東方生活史叢書、2172)
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