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三章
077 護衛依頼 2
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この世界には魔物がいるため、夜間に移動するのは非常に危険とされている。
そのため郵便馬車は夜間の間、その町の郵便ギルドの車庫に入れ、厳重に管理される。
その間、護衛である俺達はバージルさん達と一緒に、郵便ギルド内の食堂付き宿舎に無料で泊まらせてもらえる。
これは、万が一郵便ギルドが襲撃された場合の予備戦闘員となるためでもあったりする。
そのため、基本的に護衛依頼を受けている冒険者は、郵便ギルドから街に繰り出すのは許されていない。
代わりに食堂での飲酒なら、少々であれば許されていたりする。
夜間の移動はできないが、今の季節は日が昇るのが早い為、かなり朝早くに移動を開始する。
馬の体調を考え、少しでも涼しいうちに移動距離を稼ぎたいからだ。
そのため出発時刻は非常に早いので、深酒とならないように自分で気を付けないといけない。
「とりあえず一日目お疲れさん」
「「「お疲れ様ー!」」」
バージルさんの音頭で、乾杯をする。
俺達は折角だからとバージルさん達と同席して、今日の一日を共に労う事にした。
「ぷはー! いやー、仕事の後の一杯は格別ですねー!」
「……んぐっ、ホントホント。今日は特に暑かったもんなー」
今日の仕事が解放されたメノリさんはニコニコ顔でエールを呷る。
リンメイも美味しそうに夕食を食べながら、エールを流し込んでいた。
今日は本当に暑かったからな、その気持ちはとても分かる。
そういえば、一番暑さが堪えそうな身なりをしていたエルレインは大丈夫だったのだろうか?
「だな。――エルレインはあの姿で大丈夫だったかい?」
「はい。ラキシス様が魔法を使って助けてくださいましたので」
「そっか、それはよかった」
装備を解いてシャワーでサッパリしたエルレインは、にこやかに答えてくれた。
そしてラキちゃんにも、にこやかにお礼を述べる。
「えーいいなぁ。ラキシスちゃん明日はあたしと一緒に馬車の中に乗りません?」
「えっ!?」
「こら、バカな事言ってんじゃない」
やれやれとばかりに、メノリさんはバージルさんに窘められてしまう。
「えへへっ、はーい。――あっ、そういえばなんですけど、どうしてセリオスさんは 『王子様』 って呼ばれてるんです?」
「えっ? いや、どうしても何も私は――」
突然話題を振られた王子様は驚くも馬鹿正直に身分を伝えようとするので、俺は慌てて取り繕う。
行く先々で身分を明かしても碌な事にはならない。
「――コイツのあだ名だよあだ名。コイツさー、どこか浮世離れした感じするだろ? ははは……」
「なっ!? 貴様――」
「あははっ、何となく分かります~。本当に物語の王子様みたいですもんね! とってもイケメンさんですしっ」
「あっ、いや……、だから――」
「そっ、そうなんですよ! ですのでセリオス様は、皆さんに 『王子様』 という愛称で呼ばれています」
「しかもコイツ、すっげー強いギフト持ちなんだぜ。世の中ホント不公平でやんなっちゃうよなー」
状況を察してくれたエルレインとリンメイも、俺に合わせてくれる。
二人ともナイスアシスト。
「わぁすごーい! なんでも揃っててまさに王子様って感じですねっ! ――てことは守られる私はさしずめお姫様!? きゃー、ボルドレンまでしっかり守ってくださいねっ!」
「あっ、ああ。……まかせておけ」
結局王子様はメノリさんのテンションに圧倒されてしまい、それ以上は言葉を続けるのを諦めてしまったようだ。
……迂闊だった。いつものように王子様と呼んでいたせいで、面倒な事になるところだった。
よくよく考えてみれば、国を救ってしまった王子様に恨みを持つ存在は必ずいるはずだ。特にハルジャイール王国辺りに。
そんな連中のために王子様の所在を分からせるような行為は、なるべく避けなければならない。
今更かもしれないが、これからは 『王子様というあだ名の冒険者セリオス』 として振る舞ってもらうよう、後で伝えておこう。
「ではお先に失礼するよ。明日もまた暑そうだからな、皆しっかりと体を休めておいてくれ」
「「「わかりました」」」
バージルさんは食事を済ますと食堂の売店で飲み物などを購入し、割り当てられた部屋へと向かってしまった。
俺も売店で冷えた飲み物でも補充したら、今日はさっさと休もう。
護衛任務はまだまだ始まったばかりだ。二日目でへばるわけにはいかないからね。
「「「おはようございます」」」
「あっ、おはよーございまーす!」
「おう、おはようさん。――ちゃんと揃ってるな。もう出発できるから、問題無ければ乗ってくれ」
辺りはまだ薄暗く、朝靄が立ち込めている。
俺達は旅支度を整えて時間通りに馬車の方へ向かうと、バージルさんとメノリさんだけでなく全ての職員は既に、それぞれの馬車の準備を整えていた。
早速俺達は昨日と同じ席に乗り込むと、すぐに郵便ギルドを出発した。
町の門を出ると、馬車はグングンと加速していく。この涼しい時間に少しでも距離を稼ぎたいからだ。
まだ冷たい風が心地良い。
魔道具製の馬車ランプが前方を照らしながら、俺達を乗せた馬車は朝靄の立ち込める街道を颯爽と走って行く。
「明け方はまだ魔物に遭遇する率が高い。気を付けてくれ」
「「「了解!」」」
こんな感じで今日も一日が始まった。
この日は数度の魔物との遭遇はあったものの、魔力を使った投擲でこちらが牽制すると、強襲はせず去ってくれた。
因みに俺の反対側にいる王子様は弓を使っていた。
流石は王子様。狩りも王侯貴族の嗜みのようで弓の腕前は人並み以上であり、とても様になっている。
国境都市へ向かうほど標高が高くなっていくので、少しずつではあるが涼しくなってきている。
この日もまだまだ暑かったが、全員へばる事もなく、一日を終える事ができた。
そして三日目も同じような感じで順調に進み、無事に俺達の馬車は、宿泊する町まで辿り着く事ができた。
ここまで来れば大分日中の気温が下がって来たので、非常に過ごしやすくなってきていた。
涼しい風に癒されて、いよいよ避暑地にやって来たなって感じがした。
四日目の朝は、少し肌寒い位だった。
風邪をひいてはいけないと、明け方は皆それぞれ外套を羽織っている。
外套はレインコート代わりに使うから絶対に持って来いと伝えておいたので、王子様とエルレインはしっかりと持って来ていた。
二人が準備してきたのは防刃や耐火などの付与効果が付いている結構お高そうな外套だったので、ちょっと羨ましい。
「今日は雨になりそうだな」
バージルさんは雨の匂いを感じだようで、山の方を見ながらそう呟いた。
山の天気は変わり易い。
昼に入った中継の町から出て暫くしたら、バージルさんの予想通り、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
俺達は先程まで脱いでいた外套を、再び羽織る。
「やはり降ってきたか……。――メノリ、万が一に備えて外套を羽織っておけ」
『分かりました!』
バージルさんは御者台にある伝声管から、馬車の中にいるメノリさんに警戒を促す。
それから、俺達に向けても警戒を促してきた。
「雨だと俺達獣人の鼻が利きにくくなる。こういう時に盗賊が出やすい。――皆、十分警戒してくれ」
「「「わかった」」」
なるほどそういう事か。
リンメイも隣でウンウンと頷いていた。
次第に雨は強くなり、視界も悪くなってきている。
あまりよろしくないな……。
「お兄ちゃん」
「ん? どうしたの?」
突然、後部座席のラキちゃんが俺を呼んだ。
「この先の橋を渡った先に、七人ほどの人が隠れてます」
「えっ!? ――バージルさん聞こえたか?」
「ああ聞こえた。少し速度を上げる。――押し通るぞ!」
バージルさんは手綱を操り、馬車の速度を上げる。
暫くするとラキちゃんの言った通り、前方に橋が見えてきた。
街道に掛かる橋だけあって、石造りの立派な橋だ。
川幅は割とあり、今の季節この辺は雨が多いのか、水量も結構ある。
――ピキパキパキッ、ズズズズズッ……。
馬車が丁度橋の真ん中辺りに差し掛かろうとした時、突然橋の出口付近に巨大な氷のブロックが現れ、道を塞いでしまった。
「危ないっ!」
「――! どうっ! どうどうっ!」
バージルさんの巧みな手綱さばきにより、すんでのところで馬車は氷のブロックに衝突する前に止まる事ができた。
これはとんでもない大きさの氷だぞ。まさか盗賊の中に、かなり優秀な魔法士がいる!?
――ザアアアァァァ!!!
それに合わせるようにして、馬車の側面の川の中から、巨大な透き通った蛸の魔物が現れる。
なんだこいつは!? どうやって隠れていた!?
どう考えてもこんなバカでかい魔物が潜んでいられるほど、この川の水深は無いだろ!
いや、今はそんな事考えている場合じゃない。こんなのに襲われたら馬車は一溜まりもないぞ。
「はーっはっはっはぁ! あたしらは泣く子も黙る海賊団、ポラーレファミリーさぁ! 痛い目見たくなきゃ、大人しくマジックバッグを寄越しな!」
――うっ、わあぁーん……。
おい、背中の赤ん坊が泣きだしたぞ……。
蛸に警戒しつつも巨大な氷のブロックの上を見ると、威勢よく声を発した赤子を背負った女と、その手下と見られる男女が数人立っていた。
全員が同じ種族の獣人だ。シロクマの獣人だろうか。
全員が全員一目で海賊ですと分かるような出で立ちをしている。差し詰め、あの赤子を背負った女が船長だろう。立派な帽子を被って眼帯をしている。
なんなんだこのバカっぽい連中は。てか、なんでこんな標高の高い山岳地帯に海賊が現れるんだよ……。
「お兄ちゃんどうしよう赤ちゃんがいる。魔法打てないよ……」
ラキちゃんが困った表情で俺に訴えかけてきた。
あっ、そうか! 盗賊の中に赤ちゃんがいるから、ラキちゃんは怖くて一網打尽にする魔法打てないのか!
まいったな……。
「赤ん坊連れて盗賊なんぞやってんじゃねぇぞ! テメーらこそ痛い目見たく無きゃとっととどきやがれ!」
「あたしらは海賊だっつってんだろ! ――ハッ! 何が痛い目だ! この状況分かって言ってんのかい?」
途端に巨大な蛸が馬車に絡みつこうとしてくる。
俺達は慌てて蛸の足を斬り飛ばすも、すぐに復元して再び襲い掛かってきた。
なんだこの蛸、水でできてんのか!? もしかして水魔法!?
「はっはっはぁ! いくら切っても無駄だよ!」
――パシーン!
しかし、蛸が馬車に触れようとした途端、蛸の足は弾き飛ばされてしまう。
これはラキちゃんの結界魔法か!
「馬車は任せてください!」
「ナイスだラキ! ――てめぇら覚悟しやがれ!」
馬車の安全は確保できたので、リンメイを筆頭に俺達は海賊に向かって躍りかかろうとしたのだが……。
――バン!
蛸とは反対側の馬車の扉が勢いよく開いたかと思ったら、メノリさんが飛び出してきてしまった。
しまった! メノリさんは馬車が危険と判断して、馬車を放棄する方向で行動を執ってしまったか!
「あっバカ! 行くな!」
リンメイの制止も聞かずメノリさんは橋の欄干の上を恐ろしい速度で駆け抜けて行き、海賊たちを避け、欄干から川岸へ向かって跳ぶ。
しかし……。
「うにゃわぁー!」
「はっーはっはっはぁ! つーかまえた! つかまえた!」
あろうことか、メノリさんは海賊の男が投げた投網に絡めとられてしまった。
「よっしゃナイスだエリオ! ――んじゃ、さっさとずらかるよっ!」
「「「あっ!」」」
なんと橋の下に連中の仲間がボートを準備していたようで、船長の掛け声に合わせてボートが橋の下からぬうっと出てきた。
そして連中はボートに飛び乗ると、急いで下流へ逃走を図った。
メノリさんはエリオと呼ばれた男に、サンタクロースのように投網ごと背中に担がれてしまっている。
「わーん! 出せー! こんにゃろー!」
郵便馬車に狙いを絞り、明確に配達員の持つマジックバッグだけを狙って来た。
獣人の鼻が利きにくくなる雨の日を狙い、赤子を利用してこちらの良心に揺さぶりをかけ、配達員が馬車から飛び出してくるよう蛸でけしかけて投網まで用意して、更には逃走用にボートまで隠していた。
……あいつ等バカっぽいけど、もしかして全て計算ずくでかなり賢いんじゃないか?
「クソッ! 待ちやがれこのっ! ――王子様、蛸を頼むぞっ!」
「仕方がない。任せろ」
俺はブーツの能力を使って川を渡って川岸に降り立つと、急いでボートを追いかけた。
そのため郵便馬車は夜間の間、その町の郵便ギルドの車庫に入れ、厳重に管理される。
その間、護衛である俺達はバージルさん達と一緒に、郵便ギルド内の食堂付き宿舎に無料で泊まらせてもらえる。
これは、万が一郵便ギルドが襲撃された場合の予備戦闘員となるためでもあったりする。
そのため、基本的に護衛依頼を受けている冒険者は、郵便ギルドから街に繰り出すのは許されていない。
代わりに食堂での飲酒なら、少々であれば許されていたりする。
夜間の移動はできないが、今の季節は日が昇るのが早い為、かなり朝早くに移動を開始する。
馬の体調を考え、少しでも涼しいうちに移動距離を稼ぎたいからだ。
そのため出発時刻は非常に早いので、深酒とならないように自分で気を付けないといけない。
「とりあえず一日目お疲れさん」
「「「お疲れ様ー!」」」
バージルさんの音頭で、乾杯をする。
俺達は折角だからとバージルさん達と同席して、今日の一日を共に労う事にした。
「ぷはー! いやー、仕事の後の一杯は格別ですねー!」
「……んぐっ、ホントホント。今日は特に暑かったもんなー」
今日の仕事が解放されたメノリさんはニコニコ顔でエールを呷る。
リンメイも美味しそうに夕食を食べながら、エールを流し込んでいた。
今日は本当に暑かったからな、その気持ちはとても分かる。
そういえば、一番暑さが堪えそうな身なりをしていたエルレインは大丈夫だったのだろうか?
「だな。――エルレインはあの姿で大丈夫だったかい?」
「はい。ラキシス様が魔法を使って助けてくださいましたので」
「そっか、それはよかった」
装備を解いてシャワーでサッパリしたエルレインは、にこやかに答えてくれた。
そしてラキちゃんにも、にこやかにお礼を述べる。
「えーいいなぁ。ラキシスちゃん明日はあたしと一緒に馬車の中に乗りません?」
「えっ!?」
「こら、バカな事言ってんじゃない」
やれやれとばかりに、メノリさんはバージルさんに窘められてしまう。
「えへへっ、はーい。――あっ、そういえばなんですけど、どうしてセリオスさんは 『王子様』 って呼ばれてるんです?」
「えっ? いや、どうしても何も私は――」
突然話題を振られた王子様は驚くも馬鹿正直に身分を伝えようとするので、俺は慌てて取り繕う。
行く先々で身分を明かしても碌な事にはならない。
「――コイツのあだ名だよあだ名。コイツさー、どこか浮世離れした感じするだろ? ははは……」
「なっ!? 貴様――」
「あははっ、何となく分かります~。本当に物語の王子様みたいですもんね! とってもイケメンさんですしっ」
「あっ、いや……、だから――」
「そっ、そうなんですよ! ですのでセリオス様は、皆さんに 『王子様』 という愛称で呼ばれています」
「しかもコイツ、すっげー強いギフト持ちなんだぜ。世の中ホント不公平でやんなっちゃうよなー」
状況を察してくれたエルレインとリンメイも、俺に合わせてくれる。
二人ともナイスアシスト。
「わぁすごーい! なんでも揃っててまさに王子様って感じですねっ! ――てことは守られる私はさしずめお姫様!? きゃー、ボルドレンまでしっかり守ってくださいねっ!」
「あっ、ああ。……まかせておけ」
結局王子様はメノリさんのテンションに圧倒されてしまい、それ以上は言葉を続けるのを諦めてしまったようだ。
……迂闊だった。いつものように王子様と呼んでいたせいで、面倒な事になるところだった。
よくよく考えてみれば、国を救ってしまった王子様に恨みを持つ存在は必ずいるはずだ。特にハルジャイール王国辺りに。
そんな連中のために王子様の所在を分からせるような行為は、なるべく避けなければならない。
今更かもしれないが、これからは 『王子様というあだ名の冒険者セリオス』 として振る舞ってもらうよう、後で伝えておこう。
「ではお先に失礼するよ。明日もまた暑そうだからな、皆しっかりと体を休めておいてくれ」
「「「わかりました」」」
バージルさんは食事を済ますと食堂の売店で飲み物などを購入し、割り当てられた部屋へと向かってしまった。
俺も売店で冷えた飲み物でも補充したら、今日はさっさと休もう。
護衛任務はまだまだ始まったばかりだ。二日目でへばるわけにはいかないからね。
「「「おはようございます」」」
「あっ、おはよーございまーす!」
「おう、おはようさん。――ちゃんと揃ってるな。もう出発できるから、問題無ければ乗ってくれ」
辺りはまだ薄暗く、朝靄が立ち込めている。
俺達は旅支度を整えて時間通りに馬車の方へ向かうと、バージルさんとメノリさんだけでなく全ての職員は既に、それぞれの馬車の準備を整えていた。
早速俺達は昨日と同じ席に乗り込むと、すぐに郵便ギルドを出発した。
町の門を出ると、馬車はグングンと加速していく。この涼しい時間に少しでも距離を稼ぎたいからだ。
まだ冷たい風が心地良い。
魔道具製の馬車ランプが前方を照らしながら、俺達を乗せた馬車は朝靄の立ち込める街道を颯爽と走って行く。
「明け方はまだ魔物に遭遇する率が高い。気を付けてくれ」
「「「了解!」」」
こんな感じで今日も一日が始まった。
この日は数度の魔物との遭遇はあったものの、魔力を使った投擲でこちらが牽制すると、強襲はせず去ってくれた。
因みに俺の反対側にいる王子様は弓を使っていた。
流石は王子様。狩りも王侯貴族の嗜みのようで弓の腕前は人並み以上であり、とても様になっている。
国境都市へ向かうほど標高が高くなっていくので、少しずつではあるが涼しくなってきている。
この日もまだまだ暑かったが、全員へばる事もなく、一日を終える事ができた。
そして三日目も同じような感じで順調に進み、無事に俺達の馬車は、宿泊する町まで辿り着く事ができた。
ここまで来れば大分日中の気温が下がって来たので、非常に過ごしやすくなってきていた。
涼しい風に癒されて、いよいよ避暑地にやって来たなって感じがした。
四日目の朝は、少し肌寒い位だった。
風邪をひいてはいけないと、明け方は皆それぞれ外套を羽織っている。
外套はレインコート代わりに使うから絶対に持って来いと伝えておいたので、王子様とエルレインはしっかりと持って来ていた。
二人が準備してきたのは防刃や耐火などの付与効果が付いている結構お高そうな外套だったので、ちょっと羨ましい。
「今日は雨になりそうだな」
バージルさんは雨の匂いを感じだようで、山の方を見ながらそう呟いた。
山の天気は変わり易い。
昼に入った中継の町から出て暫くしたら、バージルさんの予想通り、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
俺達は先程まで脱いでいた外套を、再び羽織る。
「やはり降ってきたか……。――メノリ、万が一に備えて外套を羽織っておけ」
『分かりました!』
バージルさんは御者台にある伝声管から、馬車の中にいるメノリさんに警戒を促す。
それから、俺達に向けても警戒を促してきた。
「雨だと俺達獣人の鼻が利きにくくなる。こういう時に盗賊が出やすい。――皆、十分警戒してくれ」
「「「わかった」」」
なるほどそういう事か。
リンメイも隣でウンウンと頷いていた。
次第に雨は強くなり、視界も悪くなってきている。
あまりよろしくないな……。
「お兄ちゃん」
「ん? どうしたの?」
突然、後部座席のラキちゃんが俺を呼んだ。
「この先の橋を渡った先に、七人ほどの人が隠れてます」
「えっ!? ――バージルさん聞こえたか?」
「ああ聞こえた。少し速度を上げる。――押し通るぞ!」
バージルさんは手綱を操り、馬車の速度を上げる。
暫くするとラキちゃんの言った通り、前方に橋が見えてきた。
街道に掛かる橋だけあって、石造りの立派な橋だ。
川幅は割とあり、今の季節この辺は雨が多いのか、水量も結構ある。
――ピキパキパキッ、ズズズズズッ……。
馬車が丁度橋の真ん中辺りに差し掛かろうとした時、突然橋の出口付近に巨大な氷のブロックが現れ、道を塞いでしまった。
「危ないっ!」
「――! どうっ! どうどうっ!」
バージルさんの巧みな手綱さばきにより、すんでのところで馬車は氷のブロックに衝突する前に止まる事ができた。
これはとんでもない大きさの氷だぞ。まさか盗賊の中に、かなり優秀な魔法士がいる!?
――ザアアアァァァ!!!
それに合わせるようにして、馬車の側面の川の中から、巨大な透き通った蛸の魔物が現れる。
なんだこいつは!? どうやって隠れていた!?
どう考えてもこんなバカでかい魔物が潜んでいられるほど、この川の水深は無いだろ!
いや、今はそんな事考えている場合じゃない。こんなのに襲われたら馬車は一溜まりもないぞ。
「はーっはっはっはぁ! あたしらは泣く子も黙る海賊団、ポラーレファミリーさぁ! 痛い目見たくなきゃ、大人しくマジックバッグを寄越しな!」
――うっ、わあぁーん……。
おい、背中の赤ん坊が泣きだしたぞ……。
蛸に警戒しつつも巨大な氷のブロックの上を見ると、威勢よく声を発した赤子を背負った女と、その手下と見られる男女が数人立っていた。
全員が同じ種族の獣人だ。シロクマの獣人だろうか。
全員が全員一目で海賊ですと分かるような出で立ちをしている。差し詰め、あの赤子を背負った女が船長だろう。立派な帽子を被って眼帯をしている。
なんなんだこのバカっぽい連中は。てか、なんでこんな標高の高い山岳地帯に海賊が現れるんだよ……。
「お兄ちゃんどうしよう赤ちゃんがいる。魔法打てないよ……」
ラキちゃんが困った表情で俺に訴えかけてきた。
あっ、そうか! 盗賊の中に赤ちゃんがいるから、ラキちゃんは怖くて一網打尽にする魔法打てないのか!
まいったな……。
「赤ん坊連れて盗賊なんぞやってんじゃねぇぞ! テメーらこそ痛い目見たく無きゃとっととどきやがれ!」
「あたしらは海賊だっつってんだろ! ――ハッ! 何が痛い目だ! この状況分かって言ってんのかい?」
途端に巨大な蛸が馬車に絡みつこうとしてくる。
俺達は慌てて蛸の足を斬り飛ばすも、すぐに復元して再び襲い掛かってきた。
なんだこの蛸、水でできてんのか!? もしかして水魔法!?
「はっはっはぁ! いくら切っても無駄だよ!」
――パシーン!
しかし、蛸が馬車に触れようとした途端、蛸の足は弾き飛ばされてしまう。
これはラキちゃんの結界魔法か!
「馬車は任せてください!」
「ナイスだラキ! ――てめぇら覚悟しやがれ!」
馬車の安全は確保できたので、リンメイを筆頭に俺達は海賊に向かって躍りかかろうとしたのだが……。
――バン!
蛸とは反対側の馬車の扉が勢いよく開いたかと思ったら、メノリさんが飛び出してきてしまった。
しまった! メノリさんは馬車が危険と判断して、馬車を放棄する方向で行動を執ってしまったか!
「あっバカ! 行くな!」
リンメイの制止も聞かずメノリさんは橋の欄干の上を恐ろしい速度で駆け抜けて行き、海賊たちを避け、欄干から川岸へ向かって跳ぶ。
しかし……。
「うにゃわぁー!」
「はっーはっはっはぁ! つーかまえた! つかまえた!」
あろうことか、メノリさんは海賊の男が投げた投網に絡めとられてしまった。
「よっしゃナイスだエリオ! ――んじゃ、さっさとずらかるよっ!」
「「「あっ!」」」
なんと橋の下に連中の仲間がボートを準備していたようで、船長の掛け声に合わせてボートが橋の下からぬうっと出てきた。
そして連中はボートに飛び乗ると、急いで下流へ逃走を図った。
メノリさんはエリオと呼ばれた男に、サンタクロースのように投網ごと背中に担がれてしまっている。
「わーん! 出せー! こんにゃろー!」
郵便馬車に狙いを絞り、明確に配達員の持つマジックバッグだけを狙って来た。
獣人の鼻が利きにくくなる雨の日を狙い、赤子を利用してこちらの良心に揺さぶりをかけ、配達員が馬車から飛び出してくるよう蛸でけしかけて投網まで用意して、更には逃走用にボートまで隠していた。
……あいつ等バカっぽいけど、もしかして全て計算ずくでかなり賢いんじゃないか?
「クソッ! 待ちやがれこのっ! ――王子様、蛸を頼むぞっ!」
「仕方がない。任せろ」
俺はブーツの能力を使って川を渡って川岸に降り立つと、急いでボートを追いかけた。
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