天使の住まう都から

星ノ雫

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三章

079 国境都市

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「はい、これでよしと。――では皆さん、今回の護衛任務お疲れさまでした。ギルドの推薦通り、君らは本当に優秀だったよ。できればこれからも都合がつけば頼みたい」

「お疲れさまでした! ケイタさん達のパーティならいつでも歓迎です! またいつでも護衛依頼を受けに来てくださいね!」 

「はい、機会があればぜひ」

 依頼の書類にバージルさんのサインと郵便ギルドのハンコを貰い、これで今回の護衛依頼は終了だ。
 実はこの依頼、ミリアさんが探してきてくれた依頼だったのだが、本来ならば最低三人は鉄級の冒険者がいないと受けさせてもらえない依頼だったとバージルさんに教えられた。
 国外へ向かう郵便馬車は確実に郵便物を大量に詰め込んだマジックバッグの護衛があるので、本来ならば鉄級の昇級審査の護衛依頼としては選択肢に含まれないんだとか。

 しかし、冒険者ギルド側が全員銅級以上の能力があるからと猛烈に推してきたらしく、これまでのギルド間の信頼関係もあるからと今回俺達を護衛として使ってくれたらしい。
 きっと君らにはさっさと上の階級に行ってもらいたいんじゃないかな? とバージルさんは冗談交じりに教えてくれた。

 これで俺達の護衛依頼は終了なのだが都市への到着が遅かったため、これから宿を探すのも大変だからと今晩も宿舎を使わせてもらえる事になった。
 勿論食事込みだったので、最後の日もバージルさん達とエールを酌み交わした。



 次の日、朝食を済ませた俺達は、そのまま食堂で今後の予定を話し合っていた。バージルさん達は既にここを発ったようだ。

「では、まず冒険者ギルドへ行って配達依頼を達成し、大家さんに頼まれた薬草を購入して、それからドルンガルドへ向けて出発でいいかな?」

 皆それぞれ問題無いと答えてくれる。

「なあおっさん、ドルンガルドまでなんだけど、普通に駅馬車で行くのか? それともまた何かしらの護衛依頼で行くのか?」

 本来ならば俺達はこのボルドレンで少し休養をしてそのまま帰る予定だったのだが、ちょっとした所用でドワーフの治める地域最大の都市、ドルンガルドへ行く事になっていた。
 そこまでの道程を、普通に駅馬車で行くのか、再び護衛依頼を受けて行くのかをリンメイが聞いてきた。

「ああ、今回は普通に駅馬車で行くつもりだったんだけどダメか?」

「別に構わねーけどさ、どうせ盗賊とか出たら客のあたいらも戦うんだろうし、銭も稼げるし、馬車代浮くし、駅馬車辺りの護衛依頼でもいいんじゃないかなーと思ってさ」

 確かにそうなんだけどね。ただリンメイ君、君は大事な事を忘れてしまっている。

「まぁな。――でも思い出してくれよ。俺達はまだ黒曜級と木級しかいないパーティなんだぜ?」

「あっ! ……アハハ、そういやそうだった。――多分依頼受けれねーな」

「そういう事。探せばあるのかもしれないけどさ、まず何かしらの荷車の護衛だろうから、下手したら徒歩の可能性だってあるぞ」

「あー……、大人しく駅馬車に乗ってこう」

 王子様とエルレインは、なんとまだ木級冒険者だった。二人はとりあえず聖都のダンジョンに入るために冒険者として登録しただけで、全くギルドに貢献していなかったからだ。
 黒曜級と木級しかいないパーティでは、乗客を乗せる駅馬車や郵便馬車の護衛はまず受ける事ができない。こういう依頼を受けれるかどうかも、昇級する事で得られる恩恵なんだろうね。



 方針の決まった俺達は、宿舎から郵便ギルドの建物内を抜け出口へ向かう。

 出入り口に近い区画を通った時、ラキちゃんがそこの売店で売られている色とりどりの便箋や封筒などに興味を示した。
 そこには綺麗な便箋や封筒だけでなく、この地域の風景画などが描かれたり押し花で装飾されたメッセージカードやポストカードなどが一緒に売られていた。
 封蝋印を持っていない庶民のために、手紙の封をするための封緘紙も売られている。

「わー、きれい~。……ねえお兄ちゃん、ちょっと見てっていい?」

「ん? いいよー」

 どうやらここは郵便ギルドに訪れた人が手紙を書くための区画か。
 売店だけでなく、机や椅子まで置いてあるし、普通の受付以外に、代筆をお願いするためのカウンターもある。

 ――そういえば……。

 それらの品をリンメイやエルレインと一緒に楽しそうに見ていたラキちゃんに、一つ聞いてみる事にした。

「ラキちゃんは誰かにお手紙を出した事ある?」

「えっ? えっと、……まだありません」

 ラキちゃんはちょっと困ったような表情をして えへへ とはにかんだ。

「じゃ、この機会にここからお手紙出してみない? 例えば大家さんとかにさ」

「えっ、いいの?」

「もちろんだよ」

 ラキちゃんは思ってもみなかった事のようで、とても嬉しそうだ。
 それから俺は、他のメンバーに時間を割いて良いか確認を取る事にした。

「皆すまない、少しの間でいいから手紙を出す時間もらえないかな?」

「いいぞー」 「いいですよ」

 俺達の会話を聞いていたリンメイもエルレインもニコニコと了承してくれた。

「別に構わんが。……手紙よりも先に我らのほうが聖都に着くかもしれんぞ?」

「それはいいんだ。遠方から手紙を送るってのに意味があるからな。今回はラキちゃんにその経験をさせたい。――そうだ、折角だから王子様もアルシオーネさんに書いたらどうだ? そこの綺麗な風景画のカードでも添えて送れば、好感度上がるかもしんねーぞ」

「む、なるほど……。 貴様なかなか良い事を思いつくな」

「うふふっ。では私もアルシオーネ様に送りましょう」

「あ、んじゃーあたいもお姉ちゃんに出すかな」

 結局、皆で手紙を書く事になった。
 まずは便箋と封筒を購入し、折角だからと風景画や押し花で飾られた綺麗なメッセージカードも手紙に添えて封筒に入れる事にした。
 皆あれが良いこれが良いと楽しそうに選んでいる。

 折角だから、俺も一通手紙をしたためる事にした。俺の家族ラキシスさんに。
 君宛ての手紙が届いた時、少しでも喜んでもらえたら本望だ。さて、同封するカードはどれにしよう?

 皆それぞれ書けたようなので、受付に持っていく。
 受付のお姉さんが宛先から送料を算出してくれるので、料金を支払うと手紙にこの国とこの町の消印をポンポンと押し、手紙を引き受けてくれる。
 消印はその国その町を現す独特な模様や絵柄をしているので、日本の郵便局で記念に押してもらえる風景印のように異国情緒を感じさせてくれた。

 ラキちゃんは大家さんとミリアさんに宛てて手紙を送ったようだ。

「お兄ちゃんは誰にお手紙出したの?」

「ん? ああ俺もね、一応家族に出しておく事にしたんだよ」

「なるほどですっ」

 ラキちゃんはなるほどと納得していたようだが、きっと上手い具合に勘違いしてくれているだろう。
 届いた時の顔が楽しみだ。



 郵便ギルドを出た俺達は、まずは配達依頼を達成するために冒険者ギルドへ向かう。
 場所は郵便ギルドと同じく目抜き通りに構えているので、すぐに目と鼻の先だ。

「ボルドレン冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような御用でしょうか?」

「アルティナ神聖皇国の聖都アルテリアから配達依頼を持ってきました」

 事前にラキちゃんの亜空間収納から取り出しておいた大量の配達依頼の品をカウンターに置く。
 その量に受付のお姉さんはびっくりしている。

「これはまた大量ですね、大変でしたでしょう。――それでは処理致しますので依頼の写しとパーティ全員の冒険者証ギルドカードをご提示お願いします」

 都市間の配達依頼は何も相手のお宅まで直接持っていく必要は無い。
 このようにその町のギルドに渡せば、それで依頼は完了だ。
 こうしないと、異国の知らない土地で相手の家の探す手間が煩わしくて依頼を受けてくれる冒険者がいないからだ。

 この配達依頼は次に、土地勘のあるこの町の冒険者のための配達依頼となる。
 木級などの低級冒険者のためのお使い依頼となるため、上手く回っている。

また、ボルドレンを中継して更に別の場所へ送られる配達依頼も、今回含まれている。
そのため、かなりの量となってしまった。



 次に俺達は、一旦国境を越えてガルドレンへ向かう。
 ガルドレンの冒険者ギルドにも配達依頼を持って来ているからだ。

 ガルドレンの冒険者ギルドでも受付のお姉さんに依頼の量に驚かれてしまった。

「では依頼達成の代金はこちらになります。この度はギルドへの貢献、誠にありがとうございました。――ところで、セリオスさんとエルレインさんはこれで黒曜級への昇級が可能ですが、いかがいたしましょう。こちらのギルドでされていきますか?」

「ああ、頼む」

「はい、お願いします」

 木級から黒曜級への昇級審査は本当に簡単だ。受付からのいくつかの質問に答えるだけで終わりだから。
 俺の時は大ネズミ狩りを十回終えたら自動的に黒曜級となった位だし。



「ハハハどうだ、もう其方らに並んでしまったぞ」

 王子様は此れ見よがしに、ヒラヒラと黒曜石のはめ込まれた冒険者証ギルドカードを見せてきた。
 全くギルドに貢献してなかった王子様達が、この配達依頼だけで昇級に必要な貢献度に達してしまったのには驚いてしまった。
 本当にお前さん達は恵まれてるなっ!

「やかましいわ。ラキが殆ど運んでくれただけで、アンタなんもしてねーだろうがよ」

「まったくだ。ちゃんとラキちゃんにお礼言っとけよ。あと、帰ったら今回の依頼を見繕ってくれたミリアさんにもな」

「無論だ。――ラキシス殿ありがとう。心より感謝する」

「ラキシス様のおかげです。ありがとうございました」

 王子様はラキちゃんの方を向くと、恭しく礼をした。
 続いてエルレインもニコニコとお礼を述べる。

「うふふ、どういたしましてっ。パーティメンバーですし、お気になさらず~」

「流石ラキシス殿、人間ができているな。――お前らと違って」

「はいはい。――おっと、ここだ」

 ガルドレンの冒険者ギルドを出た俺達は、次に大家さんに頼まれた薬草を買いに来た。
 大家さんの手書きの地図を元にやってきたが、どうやらここのようだ。

 この峡谷の下を流れる川には、大家さんの欲しい苔や耐寒性宿根草などの薬草が幾つも自生している。
 ただ、地元の人間が採取の場所や時期などを管理しているため、おいそれとよそ者が採取できないようになっている。
 そのため、今回大家さんに頼まれて買い付けに来たわけだ。

 店には 『クスリの風谷堂』 という看板が掲げられている。
 中を覗くと、このお店は調合された薬だけではなく、お目当ての生薬も単品で販売しているので、ここで間違いなさそうだ。
 昔、世界ふしぎ発見だったかのテレビ番組で見た漢方薬のお店に雰囲気が似ている。

「ごめんくださーい」

「はい、いらっしゃい。――おや見ない顏だね。冒険者のようだけど、誰かのお使いかい?」

「はい、薬師サリアの依頼で来ました。――こちらの紙に記されている薬草が欲しいんですけど」

 ロッキングチェアに腰かけていたここの店主とおぼしきお婆さんに、大家さんに渡された必要な薬草とその数量が記された紙を渡す。

「ほう、サリア様の依頼かい。聖都からはるばるご苦労さんだね。――どれどれ……ああ、やっぱりラテルスにヒメリュウランにリコリスか」

 店主のお婆さんは老眼鏡を掛けて渡された紙を見ると、困ったように溜め息をついた。

「ごめんよ、今はどれも切らしていて無いんだよ」

「えっ無いんですか? どうしよう……。えっと、次は何時ぐらいに入ります?」

 在庫が全く無いなんて思ってもみなかったので、驚いてしまう。
 しかし参ったな。今回は諦めて、聖都へ帰る時にでも、もう一度寄る事にしようか。

「うーんそれがね、薬草採取を生業なりわいにしてる小僧たちが皆、流行り病に罹っちまったみたいでね。今は誰も採取してきてくれないのさ」

「えっ、ここでも流行り病が猛威を振るっているんですか?」

「ああ、酷いもんだよ。どうもこの下のガルディス川の源流から流れてくる水がいけないようでね、谷壁の下の方の住宅街は酷いもんさ。流行り病に罹った人達で溢れかえっているよ」

「それは大変だ」

 不味いな。流行り病のせいだと、次にいつ入荷するか全く分からない状況じゃないか。

「先日聖都の方から調査団が来たようでね、源流の方を調べに行ったって話だから、もう暫くしたら解決するとは思うんだけどねえ」

「そうですか……。――分かりました、俺達これからドルンガルドまで行くので、また帰りに寄らせてもらいます」

「はいよ。それまでに確保できたら残しておいてやるよ」

「ありがとうございます」

 俺達は 『風谷堂』 を後にすると、今度はドルンガルドへ旅立つために、再びボルドレンの方へ向かう。

「参ったな。流行り病ってまだ収まってなかったんだな」

「みてーだなー。なんでも人から人へもうつるみたいで、結構な地域に広がってるみたいだぜ。トマスも結局流行り病だったらしいし」

「あー、そうだったのか」

 そういえば以前ダンジョンで助けた冒険者達も、流行り病の薬を聖都へ買いに来ていたんだったな。
 彼らの村は聖都からもっと南の方と聞いていたから、ここからはかなり遠い。
 てことは、流行り病はかなりの範囲に広がってしまっているんだな。

 実は俺達も聖都を出発する前、大家さんから流行り病の薬を渡されていた。
 ラキちゃんがいるので必要ないと思うが、万が一のためだ。

 ただ、薬剤ギルドから出された今回の流行り病の薬のレシピは、それほど難しい調合でも入手が難しい材料でもなかったため、そこまで酷い状況には陥っていない。
 それでも罹ると発熱や咳が酷くて、中には命を落としてしまう人もいるらしいので、この状況は早く収まって欲しいものだ。
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