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3.最初の仕事は爆弾作り
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穏やかな風が通る草原に突然爆発音が響いた。
イリカはかつてない衝撃を受けていた。
現代日本人にとって花火などで聞き馴染みがある。しかし、火薬の存在を知らない人間には刺激が強すぎたようだ。ある者は腰を抜かし、ある者は膝をついている。一同驚愕していたことに間違いないが、数秒後に若干の希望の表情を浮かべていた。これで勝てるかもしれない!
ここは城郭都市グランチェの近郊に設けられた臨時の爆弾実験場。
いまやグランチェ市防衛司令官となったエルブルスの心境は希望を抱くと同時に複雑だった。これが実用になれば我々騎士は用済みになってしまう。嘘か真か最強の兵器は一発で国を滅ぼすほどだとか。まるで神話やおとぎ話だ。こんなモノが作られれば何百人で突撃しようが一撃で全滅だ。
「恐ろしい代物だ。異世界の戦争ではあのようなモノが使われているのか。いや、本当に脅威なのはそれを生み出す人間か・・・」
それを生み出した人間、佐竹守、高橋レナ、佐竹夏美に目を向ける。その隣にいるイリカはまだ口を両手で押さえていたが、意外なことに彼らもイリカ以上に驚いていた様子だった。
「こんなにうまくいくなんて、ちょっと怖い気がするな。ついでに実験に使う火薬の分量を間違えた」
「そうね。それに開けちゃいけない扉を開けたような気がする。この戦いが終わっても、あれはきっとこれから沢山の人を殺すわ」
「たしかに」
星の数ほどもある辞典項目の中で火薬、爆弾の作り方を調べたのはわけがあった。
最初、守たちは情報を収集した。この世界の技術・文明レベル、主要な武器、戦法、敵と味方の戦力など。
文明レベルでいえば、地球の十五世紀~十六世紀ほどだった。十五世紀初頭フランスではジャンヌ・ダルクが活躍し百年戦争が終わる。中頃、日本では応仁の乱がおこり、戦国時代へ突入する。同じ頃ヨーロッパではグーテンベルグにより活版印刷が実用化。そしてコロンブスのアメリカ発見。大航海時代へ移行。十六世紀、中国では明朝が衰退に向かい、トルコのオスマン帝国は最盛期を迎える。ヨーロッパではルネサンスと宗教改革が吹き荒れ、地動説が発表、近世的価値観が培われる。アメリカ大陸はヨーロッパ諸国により征服された。そして日本では関ヶ原の戦いにより徳川家康の覇権が決定的になり、近世が始まる。
つまり地球において十五世紀から十六世紀とは、中世から近世への過渡期であり、現代へ続くグローバリズムの黎明期であり、混沌と新秩序、破壊と再構築の時代であった。
異世界「アガルタ」でも西方の大国各国は騎馬民族への対抗から海路に活路を見出し、大航海時代を迎えていた。世界一周を成し遂げた一団もおり、世界は丸いことが証明されている。活版印刷により本が安価になりつつあるが、教典の普及に伴う拡大解釈により三派に分かれ新たな混乱を生みつつあった。
聴けば聴くほど「アガルタ」は地球の中世から近世の狭間の時代であること分かった。しかし決定的に違うのはこの世界には火薬が実用化されていないことだった。火薬の原料が乏しい世界かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。騎馬民族も鉄砲や爆弾の類は使っていないという。
人間の歴史とは戦争の歴史であり、戦争と切っても切れない関係にあるのが火薬であり、銃であった。黒色火薬は六~七世紀頃に発明されたと言われており、これほど成熟した文明であれば火薬作りは容易であると思われた。
「だったら作ってしまおう」と急遽原料を集めわずか三日で黒色火薬の実験まで漕ぎ着けたのだった。
「でもイリカさん。ちょっと疑問なんですが、あなたは日本人から色々な知識を得たと言っていた割に火薬の存在を知らなかった。この世界は戦争が絶えない時代にあるみたいですし、武器や戦争に関することは聞き出さなかったのですか?」
イリカは口を塞いでいた両手を離しOの字を作っていた。つまりまだ茫然としていた。
「イリカさん?」
「え?あ、そうですね・・・実は最近は比較的平和時代で続きていました。騎馬民族の脅威が伝えられたのはここ数年のことです。レイブン家は商家出身です。最初の日本人から教えていただいたことは数字です。数字を使うことにより取引が容易になりました。今では西方諸国の多くで使用されており、その功績が認められて伯爵になったのです」
以来、数学を中心とする学問を教えてもらっていたという。
なるほど、今までこの国やレイブン伯爵家にとって物騒な話題の需要はなかったというわけだ。
「騎馬民族の人たち可哀そうね~。直撃すると内臓とか飛び出ちゃうかも。きっと大勢、すっごく苦しみながら死んじゃうわ」
「・・・夏美さん、その口調でそんな恐ろしいこと言わないで下さい」
「ん~?」とぼけたフリをする夏美。最初の驚きから立ち直ったイリカの表情には決意が見てとれた。
「たしかに相手は悲惨かもしれませんが、私たちも手加減する余裕はありません。それにお父様の敵でもあります。皆さんにはこうして敵を討てる機会を与えてくださったことに感謝します」
まだ勝てると決まったわけではないが、自信に充ち溢れているように見えるのも無理はない。これまで騎士が剣や槍を用いて白兵戦を行うのが主だった。一対一で戦い勝利するのが美徳とされた。それがたった一発で軍団をも壊滅させうる兵器が登場したのだ。製鉄技術もあるようだし、銃ができるのを時間の問題である。まさに戦争における革命である。この知識を使えば伯爵家は世界に覇を唱えることも可能であった。
イリカはそこまでの野心はあるのだろうか?悪く言えば彼女は既に狩る側の目をしていた。さっそくエルブルスを呼び、火薬と爆弾の量産化を命じている。
「イリカさん。最初に説明しましたが、火薬の取り扱いは十分注意してください。完成した火薬、爆弾は湿気がなく、陽が当たらない所で管理してください。また一か所にまとめないでください。暴発事故が起こった場合取り返しがつきませんので」
「承知しております。それより、火薬の実験が成功した今は、もっと先のことに興味があります。火薬を用いて鉛玉を打ち出すという・・・」
「銃のことですね」
「はい!銃さえあれば女子供でも百の騎士と渡り合えるらしいじゃないですか?心強いですよね。爆弾では接近戦はできませんからね。さっそくこちらも製作に取り掛かりたいと思います!」
イリカの言はさすがに誇大妄想だ。たった一丁の銃で百人も制圧できるわけがない。夏美かレナが話したかもしれないが、色を加え過ぎだ。イリカの目はキラキラと輝いている。
「さすがに後四日で銃を作ることができるとは思いませんが、できる限りは協力します。ここが落とされれば自分たちもヤバいですし」
「ご協力感謝します。でも本当にすごいですよね。そんな小さなモノにあらゆる知識が入っているなんて、今まで来られた方はこんなモノ持っていませんでした」
イリカは守のスマートフォンを指さす。
「電子百科事典は今までもありましたが、これだけ多くの項目が掲載されている辞典は最近作られたんですよ。地球でしか使えなかったんですが、偶然これに読み込んでいました。それに夏美さんが持っていたソーラーパネルも役に立ちました。あれがなければスマホも直ぐ電池切れです」
半分も理解できていなかったが、守に説明に相槌を打つ。そのイリカの目は希望に充ち溢れていた。
今の状況に守は改めてため息をつく。殴り合いの喧嘩すらしたことがない平均的な高校生を自認していたのに、いきなり数万人を相手に戦争である。しかも一方的な虐殺を行う当事者になろうとしていた。自分の身を守るためとはいえ、その罪の重さに耐えられるだろうか?
こんな時に女は強かった。レナは冷静を装っていたし、夏美は逆に飄々としている。そしてイリカは防衛司令官エルブルスの上に立ち、実質的に指揮を執っていた。あるいは戦争を知らない箱入り娘が新しい玩具を手に入れ、ゲーム感覚で事を進めようとしているのかもしれない。それでも日本語ができないエルブルスは、防衛戦略の根幹を担う日本人三人を立てるため、その仲介を担うイリカに従わざるをえなかった。
ふとレナの父、高橋茂を思い出す。彼は幸山神社の神隠し事件を追っている。超常現象の研究者で幸山神社について二冊も書いている。地方の行方不明事件でさえ必ず誰かが著すことになる。今回の戦争は数万人が目撃することになる。「アガルタ」において、この戦いは後世どのように研究されるのだろうか?自分たちはどう描かれるのだろうか?英雄として称賛されているかもしれない。爆薬の発明者として歴史上の極悪人に祭り上げられているかもしれない。まだ生まれてもいない後世の研究者に怯えつつ、四日後に行われるはずの戦いの名を、一人勝手に考えていた。
イリカはかつてない衝撃を受けていた。
現代日本人にとって花火などで聞き馴染みがある。しかし、火薬の存在を知らない人間には刺激が強すぎたようだ。ある者は腰を抜かし、ある者は膝をついている。一同驚愕していたことに間違いないが、数秒後に若干の希望の表情を浮かべていた。これで勝てるかもしれない!
ここは城郭都市グランチェの近郊に設けられた臨時の爆弾実験場。
いまやグランチェ市防衛司令官となったエルブルスの心境は希望を抱くと同時に複雑だった。これが実用になれば我々騎士は用済みになってしまう。嘘か真か最強の兵器は一発で国を滅ぼすほどだとか。まるで神話やおとぎ話だ。こんなモノが作られれば何百人で突撃しようが一撃で全滅だ。
「恐ろしい代物だ。異世界の戦争ではあのようなモノが使われているのか。いや、本当に脅威なのはそれを生み出す人間か・・・」
それを生み出した人間、佐竹守、高橋レナ、佐竹夏美に目を向ける。その隣にいるイリカはまだ口を両手で押さえていたが、意外なことに彼らもイリカ以上に驚いていた様子だった。
「こんなにうまくいくなんて、ちょっと怖い気がするな。ついでに実験に使う火薬の分量を間違えた」
「そうね。それに開けちゃいけない扉を開けたような気がする。この戦いが終わっても、あれはきっとこれから沢山の人を殺すわ」
「たしかに」
星の数ほどもある辞典項目の中で火薬、爆弾の作り方を調べたのはわけがあった。
最初、守たちは情報を収集した。この世界の技術・文明レベル、主要な武器、戦法、敵と味方の戦力など。
文明レベルでいえば、地球の十五世紀~十六世紀ほどだった。十五世紀初頭フランスではジャンヌ・ダルクが活躍し百年戦争が終わる。中頃、日本では応仁の乱がおこり、戦国時代へ突入する。同じ頃ヨーロッパではグーテンベルグにより活版印刷が実用化。そしてコロンブスのアメリカ発見。大航海時代へ移行。十六世紀、中国では明朝が衰退に向かい、トルコのオスマン帝国は最盛期を迎える。ヨーロッパではルネサンスと宗教改革が吹き荒れ、地動説が発表、近世的価値観が培われる。アメリカ大陸はヨーロッパ諸国により征服された。そして日本では関ヶ原の戦いにより徳川家康の覇権が決定的になり、近世が始まる。
つまり地球において十五世紀から十六世紀とは、中世から近世への過渡期であり、現代へ続くグローバリズムの黎明期であり、混沌と新秩序、破壊と再構築の時代であった。
異世界「アガルタ」でも西方の大国各国は騎馬民族への対抗から海路に活路を見出し、大航海時代を迎えていた。世界一周を成し遂げた一団もおり、世界は丸いことが証明されている。活版印刷により本が安価になりつつあるが、教典の普及に伴う拡大解釈により三派に分かれ新たな混乱を生みつつあった。
聴けば聴くほど「アガルタ」は地球の中世から近世の狭間の時代であること分かった。しかし決定的に違うのはこの世界には火薬が実用化されていないことだった。火薬の原料が乏しい世界かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。騎馬民族も鉄砲や爆弾の類は使っていないという。
人間の歴史とは戦争の歴史であり、戦争と切っても切れない関係にあるのが火薬であり、銃であった。黒色火薬は六~七世紀頃に発明されたと言われており、これほど成熟した文明であれば火薬作りは容易であると思われた。
「だったら作ってしまおう」と急遽原料を集めわずか三日で黒色火薬の実験まで漕ぎ着けたのだった。
「でもイリカさん。ちょっと疑問なんですが、あなたは日本人から色々な知識を得たと言っていた割に火薬の存在を知らなかった。この世界は戦争が絶えない時代にあるみたいですし、武器や戦争に関することは聞き出さなかったのですか?」
イリカは口を塞いでいた両手を離しOの字を作っていた。つまりまだ茫然としていた。
「イリカさん?」
「え?あ、そうですね・・・実は最近は比較的平和時代で続きていました。騎馬民族の脅威が伝えられたのはここ数年のことです。レイブン家は商家出身です。最初の日本人から教えていただいたことは数字です。数字を使うことにより取引が容易になりました。今では西方諸国の多くで使用されており、その功績が認められて伯爵になったのです」
以来、数学を中心とする学問を教えてもらっていたという。
なるほど、今までこの国やレイブン伯爵家にとって物騒な話題の需要はなかったというわけだ。
「騎馬民族の人たち可哀そうね~。直撃すると内臓とか飛び出ちゃうかも。きっと大勢、すっごく苦しみながら死んじゃうわ」
「・・・夏美さん、その口調でそんな恐ろしいこと言わないで下さい」
「ん~?」とぼけたフリをする夏美。最初の驚きから立ち直ったイリカの表情には決意が見てとれた。
「たしかに相手は悲惨かもしれませんが、私たちも手加減する余裕はありません。それにお父様の敵でもあります。皆さんにはこうして敵を討てる機会を与えてくださったことに感謝します」
まだ勝てると決まったわけではないが、自信に充ち溢れているように見えるのも無理はない。これまで騎士が剣や槍を用いて白兵戦を行うのが主だった。一対一で戦い勝利するのが美徳とされた。それがたった一発で軍団をも壊滅させうる兵器が登場したのだ。製鉄技術もあるようだし、銃ができるのを時間の問題である。まさに戦争における革命である。この知識を使えば伯爵家は世界に覇を唱えることも可能であった。
イリカはそこまでの野心はあるのだろうか?悪く言えば彼女は既に狩る側の目をしていた。さっそくエルブルスを呼び、火薬と爆弾の量産化を命じている。
「イリカさん。最初に説明しましたが、火薬の取り扱いは十分注意してください。完成した火薬、爆弾は湿気がなく、陽が当たらない所で管理してください。また一か所にまとめないでください。暴発事故が起こった場合取り返しがつきませんので」
「承知しております。それより、火薬の実験が成功した今は、もっと先のことに興味があります。火薬を用いて鉛玉を打ち出すという・・・」
「銃のことですね」
「はい!銃さえあれば女子供でも百の騎士と渡り合えるらしいじゃないですか?心強いですよね。爆弾では接近戦はできませんからね。さっそくこちらも製作に取り掛かりたいと思います!」
イリカの言はさすがに誇大妄想だ。たった一丁の銃で百人も制圧できるわけがない。夏美かレナが話したかもしれないが、色を加え過ぎだ。イリカの目はキラキラと輝いている。
「さすがに後四日で銃を作ることができるとは思いませんが、できる限りは協力します。ここが落とされれば自分たちもヤバいですし」
「ご協力感謝します。でも本当にすごいですよね。そんな小さなモノにあらゆる知識が入っているなんて、今まで来られた方はこんなモノ持っていませんでした」
イリカは守のスマートフォンを指さす。
「電子百科事典は今までもありましたが、これだけ多くの項目が掲載されている辞典は最近作られたんですよ。地球でしか使えなかったんですが、偶然これに読み込んでいました。それに夏美さんが持っていたソーラーパネルも役に立ちました。あれがなければスマホも直ぐ電池切れです」
半分も理解できていなかったが、守に説明に相槌を打つ。そのイリカの目は希望に充ち溢れていた。
今の状況に守は改めてため息をつく。殴り合いの喧嘩すらしたことがない平均的な高校生を自認していたのに、いきなり数万人を相手に戦争である。しかも一方的な虐殺を行う当事者になろうとしていた。自分の身を守るためとはいえ、その罪の重さに耐えられるだろうか?
こんな時に女は強かった。レナは冷静を装っていたし、夏美は逆に飄々としている。そしてイリカは防衛司令官エルブルスの上に立ち、実質的に指揮を執っていた。あるいは戦争を知らない箱入り娘が新しい玩具を手に入れ、ゲーム感覚で事を進めようとしているのかもしれない。それでも日本語ができないエルブルスは、防衛戦略の根幹を担う日本人三人を立てるため、その仲介を担うイリカに従わざるをえなかった。
ふとレナの父、高橋茂を思い出す。彼は幸山神社の神隠し事件を追っている。超常現象の研究者で幸山神社について二冊も書いている。地方の行方不明事件でさえ必ず誰かが著すことになる。今回の戦争は数万人が目撃することになる。「アガルタ」において、この戦いは後世どのように研究されるのだろうか?自分たちはどう描かれるのだろうか?英雄として称賛されているかもしれない。爆薬の発明者として歴史上の極悪人に祭り上げられているかもしれない。まだ生まれてもいない後世の研究者に怯えつつ、四日後に行われるはずの戦いの名を、一人勝手に考えていた。
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