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5.ドルフ近郊の戦い~グランチェ包囲

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 ウルム・カリファが援軍命令を出してから五日後、「九の月」十七日早朝。ノウエル・ヨーデとヒリツ・バングはドルフ近郊の戦場に到着し本隊と共に挟撃体制を整えた。この時、本隊はその数を三〇〇〇〇にまで減らし、ウルムが懸念していた通り最後の瞬間に負けつつあった。初戦こそ機動力を活かした電撃戦により戦いを有利に進めていたが、その優勢はわずか八時間であった。
 伝えられた情報はこの時点のものだったがウルムも楽観的すぎたと言わざるを得ない。ノウエル・ヒリツの別働隊も容易に都市を一つ落としていた。今回も敵が数で上回るといえ、勝利するに違いない。誰でも成功体験は簡単に拭うことができないものだ。
 しかし、かつて無敵を誇っていた帝国軍騎馬兵団もその戦法を研究し尽くされていた。
 帝国軍の戦法はまず機動力のある軽騎兵で遠くから弓を使い白兵戦を避け敵を損耗させる。その後混乱にした敵に甲冑に身を包んだ重騎兵で突撃、潰走させるのというものである。
 だが最大の強みである機動力も奪われてしまっては意味がない。幾多の障害物、馬を標的にした攻撃に晒された。落馬した兵士は自らの力のみで戦場を生き残らなければならいが、軽騎兵は重装備した西方の騎士団には勝てなかった。重騎兵も足を奪われれば白兵戦が苦手なただの兵士。数度の突撃も兵を悪戯に失っただけだった。
 二〇年ぶりの外征はまさかの敗北に終わろうとしていた。
 そこにノウエルとヒリツという二万を超える友軍が現れたのである。
 二人は戦況を的確に把握し防御の薄い後方から全軍も持って突撃、西方諸王国連合軍を大混乱に陥れた。攻めあぐねいていた本隊もこれを機に突撃を慣行。連合軍の死者は一〇〇〇〇人に上った。
 数の上で優位に立った帝国軍は持ち前の機動力を活かし連合軍を包囲することに成功する。依然、四〇〇〇〇人近くの戦力を有してはいたが、ルーシハイム王国の将軍である連合軍総大将ダニール・ストラバンクスは降伏を選択。ドルフは陥落した。
そしてドルフの戦いから九日後、「九の月」二十六日。総兵力五〇〇〇〇人に上る帝国軍は、マールバラ王国東部随一の都市、グランチェまで五リーグの距離と迫っていた。
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「あれが噂に名高いグランチェか。難攻不落とはこのことだな」

 ノウエル・ヨーデは両肩をすくめる。
 人口一二〇〇〇を数えるグランチェの街は高さ八メートルの城壁で囲まれている。総延長十キロになり正門からは中央部かけてさらにもう一つ城壁で区切られていた。南側は湖が広がっており天然の良港となっていた。

「貴公はあれをどう攻める?正攻法では勝てんぞ?」

ヒリツ・バングは気だるそうに答える。

「まずは兵士の糞尿を集めることだな。それを投げ入れる。次に病を患った動物や人間の死体でもいいが、それを投げいれる。病が適度に流行ったら、飲み水は湖から引いているようだし水銀を大量に投入だ。あとは包囲していればいい」
「・・・貴公はよくもそんな卑怯な手段を次から次に思いつくものだ」
「卑怯?戦争にそんな言葉あるとは知らなかったな?どんな方法だろうと勝てば良いのだよ。古今東西を問わず、攻城戦とはそのようなものだ。そもそも俺の忠告を聞かなかった本隊はどうなった?俺たちが援軍に来なければ負けていたじゃないか?」

 結果が全てならヒリツの言はまったく正論だった。わざわざ準備万端で構えている敵に突撃など、無能者がやることである。こちらが機動力はあるのだから、後手に動いても対処可能。戦いが避けられないとなればまずは様子を見るべきである、と再三説いていた。
 本隊の首席万人隊長、ウランバル・ハルバートはヒリツの忠告を無視し無謀な突撃を繰り返した。騎馬兵団伝統の戦術で戦場を思うままに操作していたのは二〇年以上前。その成功体験が忘れなれないのだろう。あんな頑固に考えが凝り固まった輩はさっと引退するべき、と。ヒリツは批判する。
 しかし、ヒリツの評価は的確ではない。もし、その忠告をノウエルがしていたら、少なくとも無視されることはなかっただろう。年長者であるウランバルに対してヒリツはいつもの調子で「再三」「忠告」しているのである。百戦錬磨の宿将にとって面白いはずがなかった。まるで小五月蠅いハエを払うがごとき、別行動を命じられたのである。結局のところ、言葉足らずの若い同僚の嫌味とそれに反発し現実を無視した(したかった)ベテランの合作による悲劇だった。将により軍団の力が上下するという悪い例とも言える。
 ノウエルは若い同僚をたしなめる。

「貴公の頭の良さは誰もが認めるところだ。しかし、もう少しその言い方は何とかならんか?敵は増えて味方は離れるばかりだ」
「それはどうも御忠告ありがとう。だが、俺は事実を言っただけだ。どんな言い方だろうと判断するのは相手だ」

 その判断の方向性を自分で誘導しているのだぞ、とは言わなかった。ノウエル自身も幼い頃から弟分として可愛がってきた同郷の友でなければ自制するのは難しいかもしれない。

「・・・そうか。まあいい」

 戦場で気が経っているのだろうが、たしなめるのは失敗だった。
それにしても、とグランチェを振り返る。「どちらにせよ我々の戦略的選択を狭められている。皇帝陛下より包囲に留めよと命令だ。陛下が来られるまで精々作戦を練るくらいしかできないな」
「俺の作戦を使えば一月もかからん」

 また先程の話に食いついている。

「決定権はウランバル殿にある。先走るなよ」
「ふん」

 自制は出来ても納得はしていない返事にヒヤリとする。まさか皇帝の命令を無視するわけではあるまいが、部下に命じて準備くらいはしているかもしれない。一度準備すれば当然責任者が必要になり、ヒリツがよほど掌握していない限りその手を離れて暴走する恐れがある。若い同僚はその危険性を考慮に入れているのだろうか?
 結局、ノウエルの心配は杞憂に過ぎなかった。ヒリツの作戦はその場限りで思いついたものであり準備などしていなかった。当然、皇帝の意に反するつもりなかった。若さと能力、勢いを武器にした恐れ知らずの万人隊長。この時点での周囲の評価も、後世の歴史家によれば「だれよりも自分を冷静に判断できた、優秀な若き将軍」として名を残すことになる。
 しかし、暴発の危険は別のところにあった。
 本隊でウランバルと共に行動していた二人の万人隊長、メッセ・アインとライル・ヒルトは密かにグランチェ攻略作戦を練っており、ノウエルが危惧したとおり現場責任者による暴走が起きつつあった。
後にウラヌーフ帝国史の悲劇「グランチェ攻防戦・緒戦、赤色の草原」という名で語り継がれることになる。
 その悲劇までわずかに一日となっていた。
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