Sランクの少年冒険者~最強闇使いが依頼を受けて学園へ~

村人Z

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3巻

3-2

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 ◆


 それからどれくらいの時が経ったか。
 暗闇の中では時間の感覚が麻痺まひしてしまって分からない。
 足音がした。
 響くような高い音ではないが、静寂せいじゃくの中では目立つ音だった。
 ヒスイがその足音に反応して身を起こすと、近くの牢にいる者達も同じく動きをみせた。器同士が触れる小さな音や、布団をまくるような衣擦きぬずれの音が鳴った。
 それは、この無音の世界にもたらされた明らかな変化だった。
 足音は段々と近づき、やがて、ヒスイの前で止まった。
 そこには、ランタンと大きな剣を持った、筋肉質の男が立っていた。
 男はヒスイを人とも思わぬ感情のない目で一瞥いちべつすると、鍵束かぎたばから一本の鍵を選んで南京錠を開ける。

「出ろ」

 男が無機質な声で言う。
 ヒスイにはそれに従う他、選択肢がない。
 男とヒスイは会話を交わすことなく歩く。
 ヒスイは俯いていたが、時々横目で視線を巡らせ、自分と同じように牢に閉じ込められている人間がいることを確認する。
 見たところ、人間だけではなくゴブリンやオークといった魔物もいた。
 実に様々な種族が、老若男女ろうにゃくなんにょ問わず集まっていた。

(この人達も魔物と戦うのか。……って、今は俺が戦うんだよな)

 男は何も言わなかったが、ヒスイは自分がこれからどこに連れて行かれるのか、ハッキリと分かっていた。
 コロシアム。

(また、テスト……みたいなやつかな)

 ヒスイはパンプキンが行なったものを、自分の実力を測るためのテストのようなものとして捉えていた。
 実際、それは間違いではない。
 だがあのとき、ヒスイは空腹と戸惑とまどいによって力が全然出せなかった。
 今も空腹であることに変わりはないが、気分は多少マシになったし、何より、今回は突然ではない。
 何が起こるか、ある程度予想できている。

(勝てば、いいんだよね)

 ヒスイはパンプキンの言葉を思い出した。
 働けば、フカフカのベッドに、美味しいご飯が食べられる。
 彼が言ったのはそういうこと。

(ゴブリン、勝てるか分からないけど……やるしかない)

 ヒスイは歩きながら覚悟を決めた。
 そうこうしているうちに、また例の明るい場所が近づいてきた。
 ヒスイはそこで、前回との違いに気づいた。
 地面が揺れている。それに、多数の大きな声が響いている。

(え……?)

 また同じ場所に辿り着く。
 しかし、満員の観客を迎え、コロシアムは以前とはまったく違った雰囲気を見せていた。
 そして、目の前には――体長二メートルを超える犬がいた。


 ◆


『ここで人族、ヒスイ君の登場だぁー!』

 場内が、実況者の声でき上がる。
 しかし熱く燃え上がっている会場とは裏腹に、ヒスイは固まっていた。

『さぁ! 実はこのヒスイ君は、昨日入ったばかりの新入り! 食事もこの数日でパン一つしか取っていないとのことです!』

 実況の陽気な声に反応し、観客達のざわめきが場内に響き渡る。

「俺はステイバーちゃんに銀貨五枚だ!!」
「俺もだ! ステイバーに銀貨十枚……いや二十枚いくぞ!」
「僕は金貨を! 金貨を一枚ステイバーに!」

 ステイバー。
 それはヒスイの眼前でよだれを垂らしながらにらみつけている犬の名前に違いない。
 そして、客達はヒスイと犬の戦いの勝敗に金をけている。
 場内の至る所に賭けた金を回収する人々がいて、観客は金を預けている。

『おぉーっと! 人気はステイバーが圧倒的だぁ! 対するヒスイ君は……はは! 言ってしまったら可哀想かわいそうだ。これでは賭けにならないぞ? さあ、ふところに余裕のある諸兄しょけいは、お金をドブに捨てるつもりでヒスイ君に賭けてください』

 その実況を聞いて、場内が爆笑に包まれる。

『――それじゃあ始めていただきましょうか! ファイっ!』

 少し間を置いて実況が言うと、どこからか甲高いゴングの音が鳴り響いた。
 それが試合開始の合図だった。
 慣れた動きでステイバーがヒスイへと襲いかかる。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ヒスイは両手を前に出して制止する。
 相手が巨大犬とは聞いていない。
 だが……

「ガァッ!」

 ステイバーは容赦ようしゃなくヒスイの首元にきばく。
 ヒスイはあわてて背を向けて逃げ出す。
 しかし、前回同様、格子が勢いよく閉じ、退路を断った。
 絶望に打ちひしがれているひまはない。
 後ろから襲ってくる気配を察知して、ヒスイは進路を変えて走り出す。
 速度的には圧倒的にステイバーが上回っているが、不規則にジグザグに動けば、まだ逃げられた。

「なんだよそりゃー! つまんねぇぞ小僧!」

 逃げ出すヒスイを見た観客の一部から、ヤジとともに酒瓶さかびんやゴミが投げ込まれる。
 行儀が悪い態度だが、責める者はいない。
 むしろほとんどの客が同調している。
 これがコロシアムの通常状態なのだ。

(そんなことを言われたって……!)

 ヒスイは投げ入れられる物を避けつつ、襲ってくる犬から逃げ回らなければいけなかった。
 客達は悪ふざけのつもりでも、酒瓶が頭に当たればただではすまないし、足を取られて転べば立ち所に大犬の餌食えじきだ。
 どう考えても勝ち目はない。
 ――はずだった。
 突然、一本の剣が投げ入れられた。他の酒瓶などとは明らかに異なる金属質の音に、注目が集まる。
 ヒスイは投げ入れられたそれを反射的に拾い、ステイバーに向けた。
 ヒスイの抵抗に、場内が静まり返った。
 最初は「誰だよ、あれ投げたの」や「武器を与えるのは禁止のはずだろ?」といった不満の言葉が響いたが、やがてそれはヒスイへの嘲笑ちょうしょうに取って代わられる。
 いくら武器を持っても、人間の子供が勝てるはずはないとの意見が多数をめた。

『おぉーっと! ヒスイ君、剣を手に取ったァ! これは一筋の光明こうみょうが見えたか!?』
「ははは! そりゃねえよ! ステイバーは経験豊富な魔物だぞ!」
「そうだそうだ! 今回はただガキが無様ぶざまに死ぬ姿すがたを見せるショーだろ!」

 人を人とも思わない外道げどうどもの声。
 そもそもが違法な場所だからか、そういったやからしかいない。
 誰もヒスイに同情したり、助け舟を出したりすることなど考えていなかった。
 幼いヒスイにもそれが分かり、ぶつけようのない悔しさに、自然と剣をにぎる力が強くなる。

(やる! やる……ッ!)

 せまるステイバーに、ヒスイは剣を振るう。
 ステイバーの牙がヒスイの首元を捉えそうになる。だが、ヒスイは上半身をよじって狙いをらし、逆にステイバーの口にカウンターの剣を見舞みまった。

「ギゥヒッ」

 そんな、奇怪な音が漏れる。
 ステイバーの口がけ、頭の半分ほどがヒスイの剣によって斬られていた。
 ぐったりと体を重力のままに垂らし、ステイバーはヒスイにのしかかるようにして絶命する。
 あまりの重さにヒスイは剣を投げ捨てて、死体の下から這い出た。
 そして、横たわるステイバーを見る。
 魔物の死体はに連れて行ってもらった狩りで幾度いくどとなく見た。
 だから、特に何も感じない。
 今彼が感じるのは、つかれと、勝利した安堵あんどだけ。

『うぉぉぉー!! これは大番狂わせだぁ!? ステイバーが絶命してしまった!』

 実況の興奮こうふんした声がやけに響く。
 観客席は開いた口が塞がらない様子だ。

「うそ……だろ」

 そんな声が大半だった。
 誰も予想していなかったヒスイの逆転が、現実になった。


 やがて、コロシアムのヒスイ側の鉄格子が上がり、道が開かれた。
 出てもいい、という意味だ。
 ヒスイが視線を向ければ、通路には、コロシアムへ案内してきた男が立っていた。
 ヒスイは一瞬、このイカレた場所から逃げる方法がないか考える。

(ない……よね)

 観客席にいるのは、頭のネジの外れた者達。
 目の前の男も只者ただものではないだろう。
 立ち向かう方法がない以上、ヒスイはあきらめて現実を受け入れるしかない。
 弱々しい足取りで、ヒスイは男に近づく。

「何か欲しいものはあるか?」

 男がヒスイにそうたずねた。

「え?」

 ヒスイは聞き返す。
 予想だにしていなかった問いで、なんと答えて良いか分からなかったのだ。

「それがここのルールだ。勝者には褒美ほうびが与えられる。欲しいものはあるか」

 男は淡々たんたんとそう告げた。

「ルール……」

 この男は優しさからヒスイの勝利をねぎらっているのではない。
 ルール。それがこのコロシアムのルールらしかった。

(そういえばパンプキンも言ってたな。〝働けば〟って)

 思い返せば、ヒスイの部屋には何もなかった。
 だが、隣の者達は、布団やらうつわやらを持っているようだ。それが、彼らが勝ち取った些細ささいな褒美ということなのだろう。

「じゃあ、美味しいご飯を」

 ヒスイは何も考えず、今一番欲しいものを口にした。

「食事か。今回の働きに見合うな。分かった、用意させよう」

 男は頷く。
 どうやら、なんでも手に入るというわけではなさそうだ。

(勝てば、いいんだ。殺せば、いいんだ)

 ヒスイもまた、何度も頷く。
『仕組み』を知り、納得して、それを受け入れた。

「では戻るぞ」
「……ああ」

 男がうながし、ヒスイは後に続く。
 そこに……

「ふフふ。ちょっと待った」
「パ、パンプキン様っ!」

 薄暗い廊下に、陽気な声が響いた。
 男が姿勢を正して目を見開いている様子が、ヒスイの目に映る。ヒスイもこの聞き覚えのある特徴的な声に意識を向けた。

「やァ、ヒスイくん。元気してて、何よりだ」

 不意に、ヒスイの頭にポンっと手が置かれる。
 いつの間にか背後に現れたパンプキンの手だった。
 ヒスイは動転しながらも振り返る。
 だがそこにパンプキンの姿はない。

「こっチだよ。ふフふ」

 パンプキンが、今度はまた逆方向から声をかける。
 ヒスイはもてあそばれている自覚がありながらも、また振り返った。
 今度は、頬をムニュっと人差し指で突かれた。

「はイ。引っかかっタ」

 道化師は無邪気むじゃきに笑う。

「……なんの用だ?」

 ヒスイは不機嫌ふきげんさを隠さず、パンプキンに聞いた。
 大剣の男の態度を見ても、立場的にヒスイの方がよっぽど下であることは明らかだったが、この振舞ふるまいに苛立いらだってしまうのは仕方がない。

「そんな顔をすることはないだロ? わざわざ会いに来てあげたんだかラ、感謝するべきだと思うけド?」
「感謝なんてするわけない。むしろ、こんな場所に連れてこられて、うらみたいくらいだ」
「なら、スラムで野垂のたんだ方が良かったのかイ?」
「……」

 意地悪く言うパンプキンに、ヒスイは一言も反論できない。

「まァいいサ。それよりもどうだっタ、さっきの戦イ? ボクが投げた剣を使ってくれて、うれしかったヨ」
「あれ、あんたが……」
「そウそウ。君に賭けたからサ。負けて欲しくなくて、ズルしちゃっタ」

 ヒスイが死なないように、ではなく、賭けに勝つために、という辺りから、パンプキンの情のなさが分かる。
 もっとも、今更指摘するまでもないことなので、ヒスイは気にせず再度問いかけた。

「それで、なんの用なんだよ」
「ンー。いい感じにやってたからサ、ボクからも何かご褒美をあげようかなって思っテ。何か欲しいものはないかナ!」
「じゃあ……ここから出してよ」

 大剣の男の対応を見る限り、パンプキンがこのコロシアムでもかなり偉い立場にあることをヒスイは察していた。
 だから、彼は、あえてこの無理な願いを口にした。
 パンプキンの動きが、一瞬止まる。

「仮に、ヒスイくんはここを出て行ったら、どうするのかナ?」
「……どうって。どうにかする」

 ヒスイは不満げに答える。

「どうにもならなかったから、ああやって野垂れ死にそうになっていたんじゃないのかナ?」
「今度は――」
「そう言う人に限っテ、〝今度も〟同じようになるんだヨ。って、ヒスイくんは若いから分からないかナ……ふフふ」

 パンプキンが笑う。


 道化を演じている彼にしては、随分ずいぶん教訓きょうくんめいたマジメなことを言っている。
 素直すなおに納得できないヒスイだったが、パンプキンが自分を解放する気はなさそうだと感じ取って、代案を出す。

「なら、前の……ここに来たときに寝ていた部屋に移りたい」
「ふフふ。もうちょっと働けば、住めるようになル。今のままじゃ、ダーメ。剣か布団か、それくらいのものしかあげられないなァ。どっちがイイ?」

 パンプキンが二つの選択肢を挙げる。

「剣」

 ヒスイは間髪かんはつれずに答えた。

「やっぱリ、そうだよねェ」

 聞くまでもなかった、とばかりに言うパンプキン。
 硬い床で寝ると体の節々ふしぶしが痛くなり、疲れも取れない。
 布団があれば大分違うはずだ。
 だが、それも生き残らなければ意味がない。
 実戦で使う剣は、絶対的に必要だった。
 パンプキンは「用意しておくよ」とヒスイに告げて去って行った。
 今度は突然姿を消すのではなく、廊下を歩いて。
 ヒスイは大剣の男に連れられて、元いた部屋に戻った。



 2


 それから三年間、ヒスイはずっとコロシアムにいた。
 家を勘当されてからずっと、彼は薄暗い地下で戦いに身を投じてきたのだ。
 幼少期の三年。それまで彼が生きてきた年月を考えると、その重みはとてつもない。
 最初はヒスイに罵倒ばとうを浴びせる者も多かった。
 しかし、勝ち星を上げ続け、まったく死ぬ気配のないヒスイには、次第に熱狂的なファンがつくようになっていた。
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