異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

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第4部:ゆるふわスローライフに最大の危機!? ~公爵夫人の『天使様』お持ち帰り計画と、王都からの刺客(美食家ぞろい)~

第79話:『女帝』、アスターテの日常に触れる。お昼寝とモフモフは世界を救う!? …かもしれない!

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 ルーク特製『祝福クッキー』による衝撃的な(そして、どこか懐かしい)味覚体験の後。
 イザベラ公爵夫人は、「静養」という名目のもと、数日間をクライネル邸とその周辺で過ごすことになった。
 もちろん、その間も彼女の周囲には常に数人の側近が控え、万全の警護体制が敷かれていたが、それでも、アスターテ領のあまりにも穏やかで、そしてどこか『規格外』な日常は、少しずつ彼女の心に影響を与え始めていた。

 イザベラは、当初、ルーク・クライネルという子供の持つ『特異な力』を冷静に分析し、評価し、そして可能ならば王国の利益のためにどう活用できるかを見極めようとしていた。
 しかし、彼女が観察すればするほど、ルークの行動はあまりにも自然体で、無邪気で、そして計算というものから最も遠い場所にいるようにしか見えなかった。

 庭でモルやクロと、まるで同じ言葉を話しているかのようにじゃれ合い、その毛並みに顔をうずめて幸せそうに笑う姿。
 木陰でお気に入りの大きなクッションに身を沈め、モルとクロを両脇に従えて、世界で一番気持ちよさそうにすやすやと昼寝をする姿。その寝息は、聞いているだけでこちらの心まで安らかになるような、不思議なリズムを刻んでいる。
 厨房を覗き込んでは、料理長ギョームやメイド長マーサに「これ、なあに? おいしそ~」と無邪気に味見をねだり、その一言で料理の味を劇的に変えてしまう(そして、本人だけがその変化に気づいていない)姿。

 イザベラは、最初はそれらの光景を、ただ「興味深い観察対象」として、冷静な目で見ていた。
 だが、日に日に、その視線に変化が現れ始めた。
 ルークの屈託のない笑顔、モルやクロの愛らしい仕草、そして何よりも、このクライネル邸全体を包み込む、温かく、優しく、そしてどこまでも清浄な『祝福のオーラ』。
 それらに触れていると、長年彼女の心を覆っていた分厚い氷が、少しずつ、しかし確実に溶けていくのを感じるのだ。
 権力闘争の緊張感も、複雑な政務の重圧も、そして常に誰かに狙われているかもしれないという警戒心も、この場所では不思議と薄らいでいく。

(……こんな風に、誰かと無防備に寄り添って眠るなんて、いつ以来かしら……。権力とは、常に孤独と隣り合わせだと思っていたけれど……この子供の周りには、いつも温かい愛情と、純粋な信頼が溢れているのね……)

 ある晴れた日の午後。
 ルークが、庭の一番日当たりの良い場所で、大きなクッションにモルとクロと一緒に埋もれるようにしてお昼寝をしていた。
 その平和で、あまりにも無防備な寝顔を見つめていたイザベラは、ふと、吸い寄せられるように、その隣に静かに腰を下ろした。
 側近たちは、慌てて止めようとしたが、彼女の静かな、しかし有無を言わせぬ視線に阻まれて、何も言えなかった。

 イザベラは、ただ黙って、ルークたちの穏やかな寝息を聞いていた。
 温かい日差し、頬を撫でる優しい風、小鳥のさえずり、そして、すぐそばで聞こえる、小さな命の温かい鼓動。
 それらが、まるで心地よい子守唄のように、彼女の心を包み込んでいく。
 そして、彼女自身も気づかないうちに、その紫水晶の瞳がゆっくりと閉じられ、穏やかな眠りへと誘われていったのだ。
 『鉄の女帝』が、辺境の子供の隣で、まるで普通の母親のように、安らかな寝息を立てている。その光景は、誰が見ても信じられないものだっただろう。

 しばらくして、ふっと目を覚ましたイザベラは、自分がクライネル家の庭先で、しかもあの不思議な子供の隣で無防備にも眠ってしまっていたという事実に、内心で激しく動揺した。
 こんな失態は、彼女の長い人生でも初めてのことだ。
 しかし、それと同時に、ここ数年……いや、もしかしたら、何十年も感じたことのないほどの、深い安息と、心の充足感を得ていたことにも気づいていた。
 身体の奥底から、温かい何かが満ちてくるような、不思議な感覚。

「……この子供は……そして、この土地は……一体、何なのかしら……?」

 イザベラの唇から、思わずそんな言葉が漏れた。
 彼女のルーク・クライネルへの認識は、もはや単なる「興味深い観察対象」や「利用価値のある駒」といったものではなくなっていた。
 それは、もっと複雑で、そしてもっと人間的な何かへと、変わり始めている兆しだった。

 腹心のゲルハルトは、そんな主君の姿を少し離れた場所から見守りながら、静かに確信を深めていた。
(この土地は……そして、あのお方は……あるいは、公爵夫人の長年の『渇き』を癒やすことができる、唯一の存在なのかもしれない……。だとしたら、これは、王国にとっても、そして公爵夫人ご自身にとっても、大きな転機となるやもしれぬな……)
 『お昼寝とモフモフは世界を救う』――そんな、どこかの誰かさんのゆるふわな願いが、あるいは本当に、この鉄の女帝の心を、ほんの少しだけ救い始めているのかもしれない。
 もちろん、その道のりは、まだまだ始まったばかりなのだが。
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