Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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落花ノ章

1 北緯43度の出逢いは奈落の底へ

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北の大地に氷の結晶と化した雪がしんしんと降る。

…それはまるで、この先『彼女』の身に起こる出来事を悟り、慰めようとするかのように。

けれど誰が予想しただろう…

ひたすら日影を歩き、いつ死んでも構わないと生きてきた男を変える出逢いがあろうなど。

……そのめぐり逢いは、男の日々の日常の中に転がっていた…



「…清水。久々の“仕事”ですよ。」

待たせたと言わんばかり暗がりの室内の中、目の前にパサリと投げ置かれた1枚の書類に目を落とし、それを手に取る。

「その女の返済が滞っています。もう何年もね。返済の確約を取ってきてくれますか?」

「わかりました。」

「……どんな手を使っても構いませんよ。そうですね…『風俗で働け。』って言えばその気にもなりますかね?というか既にそのつもりでいるんですけどね…こっちは。」

「すぐに行って来ます。」

「頼みますよ。」

清水と呼ばれた男は素直に従い踵を返して社長室を出ると、札幌ススキノにある会社ビルを出て黒塗りの高級車に乗り込む。

「……。雪吹美優(いぶきみゆう)…西区か。会社勤めならまだ帰って来ねえな…」

車の時計は午後の3時を過ぎたばかり。チッと舌打ちした清水は、車を走らせると3時間ばかりの時間をあちこちドライブしてやり過ごす。

男の名は『清水圭介』。北の地北海道にある金融会社『北斗信用商会』の取り立て担当者である。だがこの社は表面上のものであり、その実態は『北斗星龍会』という極道組織の主要会社だ。

彼はその組織に置いて若頭の地位にある。27歳にして会のナンバー2である吊り目が特徴の男は、組織の地盤であるススキノのみならず知る人ぞ知る“様々な意味で”名の通った人間だった。

そんな彼がようやく辺りが暗くなり、書類の住所へと到着した頃…女らしき人影が鉄骨造のアパートへと入っていくのが見えた。

(おし…ちょうど良いタイミングじゃねえか。)

その人影を接触する目的の女(ターゲット)と定め、車から降りた清水も後を追うように静かに3階へと上がっていく。

上がりかけで見えた女の姿は後ろ姿で、正に今鍵を開けて部屋へと入ろうというところだ。残りの階段を大股で登り、ドアを開けると同時に背後から『ドン!』と壁に手を突いて行き先を僅か遮る。

…一時流行った『壁ドン』ではあるが、ちょっと意味と漂う空気が違う。

「どうもこんばんは。お宅、雪吹美優さん?」

「…そう、ですけど?」

「そうかい…こちら毎度お馴染み『北斗信用商会』の清水ってモンなんすけど。」

笑みらしいものを見せる清水だが、いかんせん吊り目が邪魔してとてもそうは見えない。実際に彼も相当ムリをしている。ヒクヒクとしている上、突然の事に驚いているのか相手の女の目が面白いくらいに点になっている。

「……、…はい?」

「おいおい…忘れたとは言わせねえぜ?」

「…えっと…?」

「……。話にならねえ…まずは邪魔すんぜ。」

「えっ?!あ、あのっ!」

清水はお構いなしにズカズカと部屋の中に上がり込み室内を見渡す。大概は女がこういう所から借金している場合は、借金に借金を重ねブランド物などを買い漁っているのが常套だ。だが…

(……至って普通…じゃねぇか。)

普通を通り越して、女の一人暮らしの割には物が少なめな事に僅か違和感と戸惑いを抱いた。

「あの!…と、突然何のご用でしょうか?」

「何のご用…ってか。ウチから金借りてんだろ…アンタ。けどもう何年も1回も返してもらってねぇ。…正直困ってんだわ。」

「…え。お、お金なんて借りてませんっ…人違いでは…」

「雪吹(いぶき)なんて苗字は珍しいからなぁ…札幌どころか日本中でも少ねえだろ。んな名前のアンタを間違う訳ねぇ……ん?」

その時…持っていた書類を改めて見た清水は気付いた。…借りたのは女の父親で、彼女は『返済責任者』である事に。

「……。アンタ…親とは連絡取り合ってんのか。」

「い、いえ…色々あって…」

「そうか…この借金、アンタの父親がウチから借りたみてえだな。勝手にアンタを返済責任者にしてな。…めんどくせぇ親を持っちまったな。」

「っ!…」

清水が語った事の真相に、女『美優』は驚き黙り込んでしまう。ショックだったのか、彼女の色白肌がみるみる間に青ざめていく。

「けどな…こうして書類がある以上、ウチから借金してんのは事実であってアンタが返済責任者だ。…借りたモンはきっちりと返してもらうぜ。それが筋だ。」

「……っ…」

「とはいえ…全額一遍にはさすがに無理だろ。昼間のしがない会社勤めじゃあな。…ウチのフロント企業店の『風俗』で働けばすぐに返せんぞ。」

「っ!ま、待って下さいっ…それはっ「っざけんじゃねぇっ!!」

「っ!!」

突然豹変し罵声を張り上げた清水は、近くの戸棚をガン!と蹴りつける。それに驚き、美優は萎縮してしまい身体を小さく震わせた。

「待ってやる期間なんかとっくに過ぎてんだよ!こっちはなぁ、何年も1回も返してもらっちゃいねぇんだっ!堅気の人間が、ンな事で良いってのか?あァ?!」

「……っ…」

「待てねえから風俗で働けっつってんだよ、こっちはよ…女なら簡単なコトだろが!」

「…お、お願いしますっ!…必ず…必ずお返ししますからっ…改めて私の名前で契約し直して…毎月、ちゃんと返済させて下さいっ!」

再び『風俗』という言葉が出たその時…美優が清水の足元に土下座し頭を床に擦り付ける。その姿を清水は冷めた目で見下ろす。

「……駄目だ。さっきも言ったぜ、もう恩情なんかねぇ。ウチの社長も相当ご立腹だ…」

「…っ…」

「風俗の何が嫌だってんだよ…男の相手して、お互いそれなりにイイ思いして満足出来…」

「イヤです…っ、…」

「……。…ふぅーん…」

涙目で清水を睨み上げる美優の顔をマジマジと見つめながら目の前にしゃがみ、何故こんなに頑なに嫌がるのかと考え…ふとその答えが湧いた。

「…アンタ…もしかして『男を知らない』…とか?」

「っ!…」

パッと赤くなったその顔を見て清水は確信した。そうならば無理もないだろうと納得もいく。

それと同時に『雪吹美優』というこの女に興味を引かれ始めてる自分がいる事に気付いた。

「…そうかそうか…ふぅーん…」

「……っ…」

「……。そんじゃあ…今から『男を知れば』良い。そうすりゃ諦めもついて、風俗に心置きなく行けんだろ。」

「…え…」

美優は言われた事が理解出来ず固まってしまう。だが…すぐ目の前にある清水の両目が閉じられ、再び開かれ向けられたその力強い目には男の『情欲』が宿っていた。

…彼女は直感する。『目の前のこの男から逃げなければ…』と。けれどまるで金縛りにでも掛かったかのように身体が動いてくれない…

「…っ…ぃやっ!」

僅か見つめ合うも、次の瞬間には清水によって両手首を掴まれ押し倒される。その際リビングの床に頭やら背中を思い切り打ち付けてしまったが、痛いなどと言ってる場合ではない。

「やっ…いやぁ!!」

力の限り抵抗する美優を抑えつけ、馬乗りになると同時に彼女の両腕を頭上へと持っていく。清水は構う事なく着ていたジャージの上を脱ぎ…バサ!と放られたその音を聞いて更に抵抗した。

…だがそんな美優の抵抗も虚しく清水によって行為がなされ…彼女の『初めて』が奪われてしまった。

別に大事にしていた訳ではない、けれどせめて『初めて』は愛する人と…そんな彼女の密かな思いは、非情にもその日会った見ず知らずの男によって散らされてしまったのだった。
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