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流水ノ章
25 負の連鎖、2度目の急襲
しおりを挟む一命を取り留め、意識が戻った美優の側を圭介が我が物顔で陣取る。マンションにはシャワーを浴び、着替える為に戻るのみで1日のほとんどを彼は愛する女(ひと)の側で過ごすのだ。
そして今…圭介は美優の左手の薬指にあった指輪を外して、ちまちまとウエットティッシュで拭いている。
撃たれ大量に出血した際にその飛沫を浴び、指輪に付着してしまった為だ。
これまでの女になら、彼は容赦なく『ンな事ぐれぇてめぇでやれ。人にやらせんな。』と辛辣に罵り浴びせたであろう。
けれど美優に対してだけは360度以上ガラリと違う。彼女の為ならば今の圭介はいとも簡単にあっさりとやって退けてしまうのだから、彼の美優への愛情は無限大にも等しいようだ。
自身では『溺愛しているつもりはない。』と否定していたが…いやいや、十分すぎるくらい『溺愛』である。
「…うしっ、終わったぜ。」
「……ありがとう、ございます…圭介、さん…」
「何言ってんだか。元はオレが言い出したんだから、お前が気にする事ねぇ。」
「…でも…圭介さんから頂いた、大事な物なので…ありがとう、ございます…」
「……。オレはな、美優…お前のそういう所に惚れてんだぜ。本当…可愛い女だなぁ、オレの『嫁』はよぉ。」
「…まだ…なってない、ですよ…?」
「ンだよ…もう時間の問題だろが。てか、紙切れ一枚出すだぜ?…気持ちの上では、もうお前はオレの『嫁』なワケだ。…だから美優、退院したらすぐに籍、入れような…」
「…圭介さん…」
「ガキもすぐ作る。…南雲が『子作りは計画的に!』ってキレて、テストに出るから赤引けってぎゃんぎゃんと言ってたけどよ…」
「……?…テスト、ですか?…」
「美優もそう思うよなっ!この歳になってテストなんかあるか!ってんだよっ…って、ちょっと話逸れちまったけどよ…」
「………。」
「…要は…オレはちょっと『生き急ぐ』事にしたんだ。と言っても悪りぃ意味じゃねぇ…良い意味で、お前との色々な時間をもっとたくさん過ごしてぇ…って。」
外していた指輪をゆっくりと、元あった彼女の左薬指に収めた圭介は…そのままその手をギュッと握り締める。
「…だからな…もう二度と、あんな事言うんじゃねぇ…まるで『別れ話』みてぇな事…もう二度と言わせねぇ。そんな言葉が過ぎらないくれぇ…オレが幸せにするからっ…」
「……はい…ありがとうございます…圭介さん…」
乞うかのように…縋るかのように、握る美優の左手を自分の額に擦り付ける圭介に日頃のような姿はなく…声も徐々に涙交じりとなる。
だが美優としては、言われたその言葉がまるで『2度目のプロポーズ』のように思え…心が震える程に嬉しい。だから彼女は上手く身体に力が入らないながらも、愛する人が握り締めてくれる左手にそっと想いを返すように握り締めた。
これまで“以上”を取り戻そうと、否定していた『溺愛心』を素直に見せる圭介だったが、奈落に突き落とされるような事案が発覚してしまう。
それは彼が僅か美優の側を離れ、マンションへと戻っていた間にわかった。
見計らったかのように彼女の元に現れた南雲が、回診がてら色々と話をしている中で…
「…あの、先生…」
「何ですか?美優さん。」
「…。実は…右側の身体…あまり感覚が、ないような感じが…して…」
「っ!」
「まだ…傷が治りきってない、から…ですよね?…」
「…、…み、美優さん…その事、圭介…清水は?」
「…。まだ…。これ以上の心配、させたくなくて…」
「……。すいません…ちょっと失礼します…」
美優の腕を捲り上げ、押してみたり見えないように抓ったり…時には『針』を刺す南雲。けれど彼女は不思議そうに彼の顔をジッと見つめるだけだった。
「…ッ…」
「…あの…南雲先生?」
「…ッ、だ、大丈夫っ…一時的なものです…昨日の今日ですから、時期に戻ります。」
「………。はい…」
美優の『無反応』さに青くなる南雲だが、彼女にそう告げ部屋から出ると、大股で歩き内線を回して『神経科』の医師に相談したのだった。
そして話は当然ながら圭介の耳にも入れない訳にはいかない。彼は外から戻る頃を見定め廊下で待ち構えると、部屋の中に入ろうとする圭介を寸でで引き止める。
「…清水…」
「何だよ…ンなトコに突っ立って。美優に用事あんなら…」
「…。いや…お前に、話があってな…」
「……。あァ?」
「…ちょっと…こっち来い。」
「ンだよっ…「いいから来いってんだ!」
訳がさっぱりわからず僅か戸惑い気味の彼を、すぐ向かいの空き病室へと無理矢理引っ張り込む。入ったはものの当たり前のように圭介は抗い、掴まれた腕をバッ!と振り解いた。
「何だってんだよ、てめぇはよ!オレは外から戻ったばっかなんだっ。」
それを証明するかのように、圭介は片手に大量のパンフを抱えている。何のパンフなのか、気にはなった南雲ではあったが…それよりまず先に話さなければならない事があるのだ。
「知ってる…美優さんから聞いた。それより話がある…ちょっと大事な話だ…」
まるで圭介が受けるだろうショックを和らげるかのように前置きし、美優の右半身の『現状』を知らせた…
「……。何の冗談だ、南雲。」
「………。」
「アイツの…っ、美優の右半身に感覚が『ねぇ』だァ?…、…ッ…おちょくってんのか!あァ?!」
「…冗談でも…おちょくってもない…、…『事実』だ。…正確に言えば、右半身っていうより、右上半身の一部だと思うんだけどな…」
「……ッ…」
瞬時に頭に血が上った圭介に胸倉を掴み上げられながらも、淡々と『医師』として語る。その肝の据わり様は生半可ではなく…圭介は掴んだ白衣を乱雑に離した。
「すぐに神経科の先生に相談してみたんだけど…やはり怪我の影響だろうと。美優さんは右側の首の付け根辺りを撃たれた…その際傷を負ったのが『頸動脈(けいどうみゃく)』で、人間にとって大事な血管なんだ。割と太くしっかりとしてる上、心臓から近い事もあって撃たれた直後に吹き上がって大量出血した。…おまけにその辺りは人として大事な、色んな神経が張り巡ってる…」
「…ッ…南雲、てめぇ…手術した時にわからなかったのかよっ…」
「……。頸動脈の縫合は出来ても…神経系までは…」
「………。」
「けれど…今だけの、一時的なものかもしれないから…そんなに深く考えるな。明日、神経科の先生がしっかり検査してくれるから…」
「…ッ…」
「…。清水…俺やスタッフ達を信じてくれ…頼む。」
「……。美優の…肩の傷が残るのだって、オレは正直許せねぇってのに…もし、そいつが『一生モン』ってなったその時は…、…わかってんだろうな、南雲ッ…」
「…その時は煮るなり焼くなり、石狩湾に沈めるなり…好きにしてくれて構わない。お前との約束は…必ず果たすから。」
「……ッ…」
眼光鋭く南雲を睨め付け、圭介は場を離れるとすぐに美優の側へと戻って来た。…けれど南雲との会話の事には一切触れず、知らぬフリを突き通す。
圭介も美優も、互いが必要で大事だからこそ敢えて言わず、そこに僅かな『すれ違い』という不安要素が生まれる。
だが普通ならば悪しき事であるそれは、2人にとって取るにも足らぬ些末なものであり…人知れず霧散し消えていた。
…そこには、何時ぞやに圭介が胸を張って言っていた『恋以上の愛』があるからに他ならない。
言われるまでもなく、圭介だって不安でならない。…自分の嫁となる女の身体の一部に、感覚が『ない』など…こんな辛い事があろうか。
けれど彼は、友人の言葉を信じる事にした。だからこそ自分からその話題には触れず、らしくなく明るく振る舞うのだ。
「…お、こんなのも良いな。…あー、こりゃダメだな…オレが壊しちまいそうだ。シンプルな物だけに、しっかりしたモンにしてぇ…にしても色々あり過ぎじゃねぇか?…なぁ美優。」
「……、…」
「…ん、美優?どうした。疲れたか?」
「…いえ…何だか、目移りしてしまって…」
「まぁな、こんだけありゃ無理もねぇ。…ゆっくり見て決めようぜ。な?」
「…はい…」
2人は事件から2日後となるこの日、圭介が持ち戻ったパンフを眺め見ていた。それは族時代の後輩である田島の勤めるショップから頂戴してきた『エンゲージリング』のパンフだ。
ベッドの上に上半身を起こして座る美優の左側に陣取った圭介は、優しく彼女を抱き寄せつつ頭をぽふぽふと撫でる。…けれど美優は…僅か『心ここに在らず』だった。
「…。あの…圭介、さん…?」
「んー?何だ?」
「……結婚…先に延ばしませんか?…それより『止めた』方が良いかも…しれません…」
「………。」
おずおずと口にする美優に対し、圭介は構う事なくパンフのページをペラペラとめくっていく。…一瞬だけ、顔色を変え手を止めるも再び表情を戻す。
「さぁて。何の事言ってんのかさっぱりわからねぇなぁー。」
「…圭介さんっ、お願いです、ちゃんとお話聞いて下さいっ。…昨日、言いましたよね?私…右側の感覚が…」
「だから何だ?…オレも昨日言っただろ…『今だけだ。すぐ治る。』って。」
「……圭介さん…」
「それに…その先の言葉なんか聞きたくねぇ。…どうせ…検査の結果次第では『別れてくれ。』ってんだろ、お前。」
「……っ…」
「…先に言っておくぜ。何があったって、どんな検査結果だって…お前とはぜってぇ別れねぇからな、オレは。」
「……。」
「お前とはジジイババアになるまで一緒にいるって決めたんだ。俗に言う『共に白髪生えるまで』ってヤツだな。…もしハゲちまったら、そん時ゃヅラ被るとしてよ…とにかくオレはそういう腹づもりなんだ。その辺のチャラ男がプロポーズしたのと一緒にすんじゃねぇ。」
「…でもっ…私、右手が利き手なんです…、…不自由になっちゃったら、圭介さんにご飯作ってあげられなくなるかもしれません…お家の事だって…っ…そんなの、『奥さん』なんておこがましくて…」
「…、…お前…ほんっと、オレに食わせる事に必死になるな?」
「それはそうですよ!男の人は外で働くんですっ、身体が資本なんですからっ…栄養のある美味しいご飯…作ってあげたいんですっ…」
「…。ありがとな…でもな美優。今のその状態は、マジで今だけだ…退院するまでには治ってる。仮に多少のリハビリか何か必要かもしれねぇとしても、それはそれで頑張ろうぜ。…お前にはオレがいる…南雲もちゃんと考えてくれてっから。…な?」
「…っ、圭介さんっ…」
「大丈夫だ…ちゃんと治るから。治してやるから…」
美優の密かな不安は涙となって形となり…そんな彼女を安心させるかのように圭介は抱きしめる。
その後美優は、神経科の専門医の診察と検査を受ける事となった。
彼女が検査に行っている間、圭介は付き添う事をやんわりと断られてしまい、仕方なく部屋で1人パンフを眺めていた。
コレもいいなぁ、こっちの方が美優に似合いそうだと思い描きながら見ていたその時…ジャージのポケットに入れていたスマホが震える。
メールやラインの類ならその場でも見られるが、着信だった為に彼は立ち上がって、向かいの空き病室へと駆け込んだ。
「…清水だ。」
『っ!若頭っ…今、外ですか?』
「いや病院だ。どうしたキリ。」
『…そっちは…おかしな動き、ないですよね?』
「…あァ?おかしな動きだぁ?…ある訳ねぇだろ。」
『……。そっちに幹哉を行かせましたから、しばらく側に置いて下さい。…先程、モナムールのみずきママが、狙撃されかけましてね…』
「ッ?!…ンだと?…ママが何で!」
『…わかりませんよ、アホな奴らの考える事なんか。とはいえ狙撃は失敗、未遂に終わりましたので…ママも怪我なく無事です。』
「…ッ…」
『…こうなると…失敗を取り戻そうと、また美優さんや若頭を狙ってくるかもしれませんので、行動には十分気をつけて下さい。今全力でアホ連中を探してますから…ではまた。』
姿を見せぬ狙撃手(スナイパー)を『アホ』呼ばわりする霧山は、相当腹が立っているのか忙しいのか…用件を伝えるとさっさと電話を切る。
自らの命とも言える女のみならず、旧知の人間までもが狙われ…圭介が無理矢理に抑え込んでいた煮え滾らん怒りは、火山の噴火の如く爆発寸前となった。
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