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番外編 本部長霧山悠斗の恋
決別宣言は誰が為
しおりを挟む『ほのかを帰すつもりはない。』…再びはっきりと言われてしまった母は青くなる。霧山の言う通り、僅かに淡い期待を抱いていたからだ。
「…学校はちゃんと卒業させる。けれど卒業まで籍を入れずに待つって話は無しだ。こうなっちまった以上、さっさと籍を入れさせてもらう。…失っちまったモンを早く取り戻してやらねぇと…ほのかが可哀想だからな。」
「…っ、…」
「ほのかの事は心配しなくていい。会の会長もアイツを気に入ってくれたみてぇだし、何より『俺が』一生側にいる。…自分らに娘はいなかったって思って諦めろ、そしてもう二度と連絡して来んな。アイツにもだ…わかったな。」
ダメ押しの言葉を言い、去ろうと立ち上がりかけた霧山を母の言葉が引き止める。…それは正直言って意外な事だった。
「霧山さん!…ほのかの事…どうかよろしくお願いしますっ…きっとその方があの子にとって幸せでしょうから…」
「……。」
「実は…私たち夫婦、離婚する事になりました。あの子があの日言ったように…主人と私の夫婦関係は何年も前から破綻していて、お互いに愛人がいる有り様でした…ほのかが高校を卒業するのを見て離婚する予定だったんですけど、今回の件があってもう顔も見たくもないとなりまして…」
「…だからアンタら…アイツが進学してぇって言ってんにも関わらず、就職しろって言ってたのか…」
ここへ来て、あの頃どうにもわからなかった答えがもたらされる。急な意趣返しのその裏には夫婦の離婚があった事がわかり、霧山は今更ながらに腑に落ちた。
「…。てめぇらはてめぇらで好きにしろや。けれどそれにほのかを巻き込むな。…まるでアイツがいたせいで離婚出来なかったみてぇに…」
「違いますっ、それはっ…違いますっ。巻き込みたくないからこそ、卒業を待って…立派に大人としてやっていける姿を見てからと思ったんです!」
「どっちにしたって結果は同じだ。…一緒に暮らして築いてきた家族が『離散』すんだからなっ。」
「…っ…」
「…。同情はしねぇ、その家その夫婦の“形”かあるだろうからよ。だからてめぇらの勝手にしろって言ってんだ。…否が応でも関わるガキとしちゃあ堪ったモンじゃねぇ…」
…これを最後に、今度こそ霧山は場を去り母が1人取り残される。
この後、ほのかの両親は離婚が成立し…彼女自身も実家に帰る事もなかった為に言葉なき別離となった。霧山がそうとわかったのは、会社の住所で彼宛てにほのかの僅かな貴重品と学校関連の書類が届いた時だった。
それらを手に帰った彼は、ほのかにそれまでの経緯…母と会い話をした事と夫婦の離婚を説明した。
「……。」
「呼ぼうかとも思ったんだけどな、正直言って会わせたくなかったんだ。…俺がな。お前は『まだ』18だ、親に縋りてぇ時だってあるだろうからよ。けど…」
「悠斗さん何の事?私に『親』なんかいないし。悠斗さんと一緒にいられればそれで良いもんっ。」
「…。ほのか…」
えへー♪といつものように笑う彼女に、霧山は一瞬戸惑った。…色々とあり過ぎて『狂った』かと思ったのだ。それだけ目の前のほのかは何て事のないかのように言い放つ。
「ゴメンね、これ置いて来ちゃうね…、っ、…」
「……。」
だが荷の入った段ボール箱を抱え、隣の部屋へと向かうほのかの両肩は微かに震えていて…目敏くも見ていた霧山はその後ろを追って付いて行く。ドサリとややぞんざいに降ろし立ち尽くす、細く小さなその背を抱きしめた。
「…勝手な事言って悪かった。けど、お前の事は俺『が』守ってやる…生きてる限りはずっと側にいる…俺が、っ…ほのかを幸せにしてやるっ…」
「っ…ありがと、悠斗さんっ…っありがとう…」
霧山とて、伊達な覚悟を決めた訳ではない。“私と付き合って!”と年齢や住む世界の違いの垣根の何もかもをヒョイと平然と乗り越えてきた彼女の、その想いに『応える』と決めたその時から…彼は並ならぬ腹を括ったのだから。
「…。あークソッ…何でこういう時に限ってヤれねぇんだ…」
ボソリと呟かれる悪態は霧山の本音。一度は妊娠し止まってしまった生理は、流産という残念な結果を受け再び始まる。無事に退院した彼女ではあるが、その後最初の生理が何事もなく終わり平常となった時に健の診察を受けて『良し』とされなければ、本当の意味での快癒とは言えないのだった。
…なので、今の霧山は未だに『オアズケ、据え膳』食らったまま。ジッと我慢のコ、なのである。
「…。腹パンしたら終わるか?」
「終わるワケないじゃん!そんなんで終わったら、女は誰も苦労しないってば。」
霧山のジト目がほのかの腹を見下ろす。トンデモない事を言って退ける彼に、さすがに仰天して彼女は自分の腹を両手で隠してツッコんだ。
まして腹パンする人間は極道で殴る事には慣れきっている…考えただけでも末恐ろしい。
「ったくなぁ…。なんか何もかもを健先生に見透かされるかと思うと…」
「…な、何?…もしかして燃えちゃう?」
「逆だ!萎えるわボケ!」
「……。」
そんな事を言ってはいる霧山だが、頭ではちゃんと理解している。だから無体な事はしない。
…最も。ほのかが容赦なく無体な目に遭うのはそれから7日後の事。ようやくと僅かながら煩わしい日々が終わり、健の診察を受けて『良し』となった事を知った霧山によって帰って早々にとっ捕まり…翌朝明け方まで放してもらえなかったのだった。
そうしている内にもクリスマス、年末と過ぎていき、年始三が日が始まる。その間を霧山はこれまで以上にほのかと戯れて過ごす。正に至福、極上の幸せの日々。
年始2日目には会長笛木の元へ挨拶に向かう。…その隣には当然ながらほのかもいた。
「新年を迎えるにあたり、謹んで新春のお慶びを申し上げます。本年もご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。」
「明けましておめでとうございます、会長っ。」
「おめでとう2人共。…霧山、今年も頼みますよ。清水と共に会をしっかりと盛り立てて下さい。」
「はい。不肖ながら務めさせて頂きます。」
「しかし…驚きましたねぇ。まさかほのかさんも共に連れて来るとは…」
「…。互いに顔を知っている以上、コイツにも挨拶させないと筋が立ちませんので。」
「わ、出た!『筋』っ!…ホントに言うんだ、ヤクザさんって…」
「…。ほのかっ…」
彼女の素の言葉を聞き、霧山は『余計な事言うなっ。』とひと睨みする。そんな2人を傍らにいる小田切は言葉なく見つめる。
「…いやっ、はははっ…謎ばかりの霧山にまさか『女』がいたなんて…しかもこんな若いっ…」
「…。…チッ…」
「小田切、悪い事は言いません…『見ざる、言わざる』…ですよ。」
会長は霧山の舌打ちを受け、小田切に箝口令を言い渡す。…口元に人差し指を当て、茶目っ気たっぷりに。
「ですがね霧山。…気持ちはわかりますが、別に『夜』に来ずとも…」
「…。申し訳ありません…昼間だと会の奴らの目に付くと思いましたので。」
実際、会長である笛木の元には明けた新年早々からひっきりなしに会の幹部や主だった者らが挨拶に訪れている。そしてそういう『上の人間』はぞろぞろと子飼いや舎弟などを連れ歩くのだ。
所謂『極道たる者の箔(はく)』という奴だが…彼はそんな人間の目にほのかを晒したくなかったのだった。
「…霧山…俺の存在、忘れてたのか?もしかして。」
「違う、諦めたんだ。…アンタが会長から離れる訳ねぇからな…」
「やれやれ。霧山も清水も、ホント似た者ですねぇ…女の事となると過保護な上に溺愛全開です、クックック。」
「…。ところで…その若頭はもう挨拶には?」
「いえ未だです。明日来ると連絡がありました。そういえば美優さんも共に…と言ってましたねぇ。」
「…、そう、すか…」
だがこの翌日…最後の正月休みを満喫していた霧山のスマホが、無機質な音を奏でた。
「…霧山だ。」
その音だけは無視する訳にいかずすぐさま電話を受ける。
『き、霧山!大変だっ…わ、若頭と美優さんがっ!!…撃たれたっ…っ、狙撃だ!!』
「ッ?!!なっ…」
電話の相手は小田切。その慌てっぷりは尋常ではなく…さすがの霧山も息を飲む。
『会長に挨拶を済ませてっ、辞したその直後にっ…もう少しで車に乗るっていう距離で!』
「……ッ…」
『会長が呼んでおられるっ…すぐに邸宅に来てくれ!』
「…、…わかった…」
「…。…悠斗、さん…?」
プツッと切り、頭を抱え項垂れてしまった霧山をほのかは心配になった。今の彼の顔色が蒼白となっていたからだ。
2人で楽しく身体を寄せ合い、話していたのが一転…一気に重苦しいものへと変わってしまう。
「…どうしたの悠斗さん?…今若頭さんと美優さんがって聞こえたよ?」
「…ッ、2人が…撃たれた…何者かに…」
「えっ?!…」
「状況がさっぱりわからねぇ上、会長からの呼び出しだ…行ってくる。」
けれどそうこうしている間にも次々と彼のスマホが鳴り…どうやって知ったのか会の幹部や若衆らから問い合わせが殺到。正に会全体が混乱に陥り、動揺している事が伺えた。
「…ったく…こちとら聞いたばっかで何にも知らねぇんだっての。」
そう言って霧山は立ち上がると、隣の部屋へと行きスーツへ着替え始める。…だがその手がふと止まってしまう。
色々な事を考え、場合によっては『最悪な事態』すら過っているだろう霧山の、大きな裸の背を見つめ…彼女は何かを思いつく。
「…悠斗さん、こっち向いて?」
それは何時ぞやにほのかへプレゼントしたムーンストーンのネックレス。何を思い何を願っているのかわからないものの、彼女は自分の手で外すと霧山の首へと掛け、留め具を嵌めた。
「…ふふ、ネックレスした悠斗さん…カッコいい…」
「ンな暢気な事言ってる場合じゃねぇ…」
「大丈夫だよ、若頭さんも美優さんも…絶対無事だから。しかもこのネックレスした悠斗さんは無敵!…頑張って『悪霊退散』、してねっ。」
「…。あぁ、言われなくたってな。…ありがとな、ほのか…」
如何にもほのからしい『エール』を受け、霧山はこんな状況でも笑ってくれる愛する女(ひと)を抱きしめる。
やがて身支度が済んだ彼は、ほのかに家から出る事を禁じて会長の元へと向かった。
…まさか、再びの緊急事態をキッカケに霧山が更なる腹づもりと決断をする事になろうとは思いもせずに。
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