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番外編 本部長霧山悠斗の恋
弟分としての願い
しおりを挟む『雪吹(いぶき)』…この字を用いてこう読み苗字としている日本人は、恐らく両手に満たない程だろう。もしかするともっと少ないかもしれない。正に北国に住む人間に相応しい。
だがしかし。自分が1年も前からずっと行方を探していた男が、今回の件に少なからず絡んでこようとは…全く思っていなかった。
おまけに端を発するように発生した2度目の狙撃ではモナムールのママみずきが狙われ、留めとばかり再び清水と美優がその命を危機に晒されるも、その頃には霧山の元に様々な情報がもたらされ事前に察知出来た為に事なきを得たのだ。
その際に捕まえたロシア人マフィアらへの“容赦ない”尋問で、近日中にロシアのドン自らが乗り込んで来る事…そして会長笛木の妻である紫乃と佐野組の若衆数人も連動して動いている事を知り会長へと知らされる。
「…。会長…明日の会合は既に予定通りではありますが、こうなるともうそんな事言ってる場合じゃないような気がします。」
「お前の言いたい事はわかりますがね…かと言って、会合や決起も無しに突っ込めます?清水ならいざ知らず。…ましてや会の他の奴らは深い事情を知らない。ある程度の説明の場は『必要』です。」
「…。ママとの事…邪推する奴らも、出てくるかもしれません…嫁じゃない他所の女を庇うんですから…」
「邪推?したい奴らにはさせておきなさい。…最も、みずきの『裸』を思い浮かべたなら容赦なく血祭りに上げますけどねぇ。」
「あらやだっ、飲んでもいないのに酔ってるの?会長サンっ。」
キッチンから姿を見せたみずきは“ふふ♪”と嫋やかに笑う。この日、最終確認と報告の為に会長と元を訪ねたのだが…指定された場所は彼女が住まうこのマンションだった。
2度目の狙撃が発生し、一味の目的が何であるかが皆無となった霧山に、会長は調査の対象を広げるように指示を出した。
その後に会長は告げた…『お前や清水が惚れた女を守りたいと思っているように…私も、自分が心底惚れている女を守りたい。それは名ばかりの戸籍上の嫁などではない…何を求めるでもなくこんな私の側に何年もいてくれている“みずき”を。』と。
秘められていた真実を知って驚きはしたものの、霧山はその言葉に妙に納得と同意をしたのだ。そしてそれは想いを知る小田切と真次も同じらしく…今側にいる2人も普段とは違う穏やかな表情を浮かべていた。
会長笛木はこの一件の裏に妻紫乃が暗躍しているのを知って以降を邸宅には一切戻らず、みずきのいるここへ身を置いていた。…顔を見たら最後、速攻でその息の根を止めてしまう自信があったからだ。
「…さぁキリさん、どうぞ。」
「いや自分は車なんで…すんません。」
「あ…そうよねぇ。じゃあ烏龍茶か何か…」
「お構いなく。話が済みましたら失礼しますので。」
「そういえば霧山さん…以前よりも酒の頻度と量、減ったんじゃないですか?店にもとんと来なくなったし…」
「そういえばそうですねぇ。」
「お家で可愛い彼女が待ってるんだものっ。他所で飲んでなんかいられないわよ。」
「…。違いますよ。向こうはまだ未成年…酔っ払い晒すのはどうかと。」
「やぁね、極道が何を固い事言ってるのよっ。自分だって10代の頃はしてきたんでしょう?『悪いコト』!」
「…、…ま、それなりに。」
「あっははは!自分の女は例外なようですね!霧山っ。」
「…。しかし…まさか美優さんがロシア人の血を引くクォーターで、闇社会のドンの孫娘だなんて…」
「あんな美人、なかなかいるものではないので納得です。」
「おまけに惚れた男は『極道』…何の因果かっていうより、もはやお導きみたいなものかしらね。」
「「「……、…」」」
「…。とにかく…明日の会合で、これまで知り得た事を全部ぶち撒けます。…本当にいいんすね?」
「構いませんよ。」
コックリと頷くと共にみずき手製のつまみを口に運ぶ会長を見て、『まるで嵐の前の静けさだな。』と霧山はこっそり嘆息を吐くのだった。
翌日になって…シャワーを浴びサッパリとした彼が、いつものようにクローゼットの前に立って着替え始める。そしてその後ろでは、ベッドの端っこに座ったほのかが霧山の着替えを堂々と覗き見してニマニマとしていた。
「…。何なんだよ、朝からお前は…俺の着替えや裸なんか珍しくもねぇだろ、もう…」
「んふふ♪私の悠斗さんは、どこもかしこもカッコいいなぁ~って♪」
「…。ほぅ…そんなに『悦かった』か、昨夜のセッ「わー!だ、誰もそんなコト言ってないし!直で言うのやめてぇっ。」
「…ンだよ…萎えるなぁ、おい…」
今や霧山の口癖は『萎える』である。とはいえ実際は微塵も思ってなんておらず、寧ろ朝から元気なくらいだ。…色々なイミで。
だがそうもしている内に、ほのかが『ほえ?』と声を上げる。霧山が袖を通したワイシャツがいつもと違うのだ。
「悠斗さん?…何で黒いの着るの?」
「今日はいつもの『仕事』じゃねぇ。…今回の一連に関して会合を開くんだ。郊外の料亭でな。」
「わ、料亭!!…お高いんでしょぉ?」
「ま、まぁ…それなりだわな。…ってお前な、ミーハー丸出しはやめろって…ったく。場所は料亭だけど、会合は形式に則った“正式”なモンだ。だからもちろん、決まった格好で行くっ。」
そう説明しながらも、出来上がった霧山の格好は…スーツやワイシャツ全てが黒という尽くめな出で立ちにシルバーのネクタイという、如何にも『ザ・極道』な装いだった。
普段の彼は、縦縞ストライプのスーツなどを着ているその反動か…この格好となると二割増しで威圧感がアップする。
「……、…」
「何だ…黙って見てないでどっかおかしいなら直してくれ。」
「私の悠斗さんっ…やっぱりカッコいい!きゃっ♪」
「…。お前って…天然なのか?それともアホな子なのか?…どっちにしろ、頭の中のまともなネジ何本かは確実にねぇよな…」
二割増しでより極道となった霧山にヒシッと抱きつくほのかを、やや呆れながらもヨシヨシと後ろ頭を撫でてやる。彼とて可愛い女にそうも言われれば嬉しくないワケがないのだ。
「…そんじゃ、行ってくるからな。」
名残惜しいがほのかをベリ!と引き剥がし、デスクの引き出しから取り出した物と1台のノートPCを手に出ようとした霧山。だが彼女は見逃さなかった。
「待って!…私が付けたい!それっ。」
「……。」
霧山の手にある物は『金バッチ』だ。これを襟に付けなければ極道の正装とは言えない。…それを自分が付けたいと申告してくる辺り、彼女は抜け目がなかった。
「…。わかった…頼む。」
「えっへへへ♪」
何が楽しいんだか…と更なる呆れを抱きながらも、ほのかの手にコロンと渡ったそれが霧山のスーツの襟に収まる。
「…コレがあるかないかで正装とかそうじゃないとか…何かヘンなのっ。」
「……、…」
「……悠斗さんは…『悠斗さん』、なのに…ね。」
「…。…そう、だな…」
彼女としては素のままの彼を知っているからか、見かけが変わっただけで何が変わるの?と言いたいようだ。
けれど肯定する以上に何も言えず、霧山はそのまま自宅を出ると郊外にある場所へと車を走らせた。
その高級料亭は会長と馴染みが深く、会の発足時からの付き合い。今では料亭の者も会の者も互いに知らぬ顔がない程に知り尽くしている。
霧山が到着した頃には既に会の若衆ら数人がせかせかと動き回り、仲居を手伝って準備に追われていた。
「お疲れさんです!」
「お疲れす!」
「ご苦労さん。…女将、急な話にも関わらず場を提供して頂きまして感謝します。」
「とんでもございません!北斗聖龍会の皆様には日頃から何くれとお世話になっております。このような事、造作もない事です。」
「今日はちょっと込み入った会合ですので、一般の方がこちらへ来ないようになるべく気をつけて頂きたいのです。念の為、庭や辺り一帯にも数人立たせますので。…あとお茶などの飲み物は、部屋の隅にでも一式を置いといてもらえれば。野郎ばかりとはいえ、それくらいは出来ます。」
「ふっふふふ…はい、そのように。」
そうしている間にも召集が掛かった主だった人間が続々と集まり出す。席は特に決められている訳ではないが、やって来た幹部らは心得ているかのように上座4席を空けて胡座した。
北斗聖龍会を実質的に主軸となって動かしているのは会長を筆頭に若頭の清水、そして本部長の霧山だ。なのでいくら『幹部』とはいえデカい顔は出来ず、縁の下で支える存在の彼らの席は必然的に主軸たる3人より『下手』となる。
…そしてその事に誰も不満や憤りを持つ人間はいなかった。
そんな中、空いた1席にもゆらりと立ち上がる茶が添えられる。…その席は今は亡き流平の為のものだ。
やがては会長の笛木や、今回特別に召集された南雲や真次が姿を見せ…そして最後に若頭清水がやって来た。
霧山の目前に座った清水を見た南雲が、ふと気付くと笑いたいのを堪えるかのように肩を揺らしていた。その気持ちはわからなくもない。
何せ日頃の彼はド派手な柄のジャージを着て、ガニ股でドスドスと歩くような人間だ。それが鉄板の清水が、視察や今日のような会合の時だけスーツ姿で現れるのだから南雲じゃなくとも笑える。
(…。今笑い飛ばしたら、ぶん殴られるな…確実に。)
しかも清水はそれでなくても機嫌が悪そうだ。只でさえ普段から『吊り目』なのに、更に吊り上がっている。
(…触らぬ神に祟りなし…てな。)
そんな事を腹の内で思った霧山だったが、いざ会合が始まり一連の事件の説明と、相手の目的及び『憶測』が語られると場は紛糾するかと思いきや…意外にも会の誰もがすんなりと受け止め、既に各々で考えていたであろう『どうするべきか』を口にし合う。
…途中ではやはりと言うべきか、清水が堪りかねて霧山に対して怒声を浴びせる事態にはなったが、それは想定内でありいつもの事なので、彼も彼で気圧される事なく受け流したのだった。
若頭清水は事件の根源に自らの女が図らずも絡んでいる事を詫びると同時に、今回だけは女の為だけにやらせて欲しいと願い出る。
だがそれは当然のように一蹴され…場に集う皆は、時に笑いを交えながらもその結束を固め強くしたのだった。
決起し立ち向かう事は決まっても、その『時』まではいつなのかはっきりしないのが現状。引き続き情報屋達がロシアや紫乃ら一味の動きをマークしつつ探っている…その情報が入り次第、となってその日の場は散会となった。
会長を始めとする南雲や真次、幹部らが別室で待機させていた自らの子飼いや舎弟らを連れ続々と帰って行くのを、霧山は本部長として料亭の表口に立ち見送る。その傍らには普段彼と共に事務所の留守番をする事が多い若衆の春原と笹木も付き従う。
…そこへやって来たのが、最後の1人となっていた清水だ。
「…女将、毎度ながらすまねぇな。世話になった。…こいつで皆に何か買って食わせてやってくれ。」
「っ、まぁ清水様っ…そのようなお気遣いはお止め下さいませっ。」
「気遣いなんかする柄じゃねぇって。ここにゃまだまだ『この先』も世話になる…その手付けだ。」
「ま!…ふっふふふ♪」
彼はロビーに立つ女将とそんな会話をして小さな封筒らしき物をその手に押し付ける。霧山にはそれが料亭に勤める者全てへの『心付け』である事を察した。春原と笹木も、そんな若頭の粋な姿を見習い感心するように見つめていた。
やがて靴を履いて料亭の敷居を跨ぎ、見送る3人の目の前を通り過ぎようと歩く清水に霧山は声を掛けた。
「若頭。貴方は何を考えているんです。」
「……。」
「会合の途中から、若頭の雰囲気が変わったように思います。こんな時、大概は血気に逸る時だ。…くれぐれも、単騎特攻仕掛けるのだけは止めて下さい、今回ばかりは。」
「…。キリ…オレに『騙し』なんざ、一切通用しねぇからな。…知った事は全部報告しろ…いいな。」
「若頭っ…貴方に何かあったら、美優さんはどうなる?!言われるままに全てを捨てた彼女が可哀想だと思わないんですかっ。…貴方が生きて、側にいてこその彼女の幸せだとっ…」
「…。だから“こそ”…オレは立ち向かう。本気で愛してる美優の為に。アイツとの『この先』の為にもな。」
「…ッ…」
そう口にした清水の表情は、言いようのない程に儚く穏やかな微笑だった。それは霧山が初めて見る顔でもあり…同時に表現しがたい程の不安が鳥肌のように身体中を走った。
…若頭清水は、自らのその命を賭けているのだと悟ったのだ。失う事すら厭わないと。
「…っ、わ、若頭のその気持ちは…わかります。会長によく言われます…若頭と自分は『似た者』だと。なので…『何があっても守りたい。』と思うその気持ちは…よくわかります。自分にも守りたいものがありますから…」
「……。」
「ですが…っ、今回だけは無茶をしないで下さいっ…いつもとは勝手が全く違うんですっ。…弟分としての頼みですっ、お願いします!若頭ッ。」
「……。わかってるっての…ンな顔すんなや。…ったく、珍しい事もあるモンだぜ…」
「……ッ…」
「あーあ、キリが珍しい事言うから降って来やがったぜ…雪がよぉ。美優は寒がりなクセに雪が好きだかんな…早く戻って一緒に眺めるとするか。…お前らも早く引けろ、キリもゆっくり寝てねぇだろ。」
本来なら思っていてもこんな事を言うような男ではなく…優しさを垣間見せる若頭に、霧山は再び身の毛を総毛立たせるのだった。
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