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就活者の求めるもの 1
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それは欲するほどに遠退いてゆく。
求めたことを間違いとさえ思ったこともある。深い海に背中から身を投げ出したこの幻想はその心を表していた。
自らの求めるものがどれだけ汚れているか、
自らの求めるものがどれだけ罪深いものか、
それを知ってさえ止まることを俺は許さない。この結末を知っているから───
夢を見た。海に身を投げ出しただけの夢。何を考えてのことかは知らずとも、気持ちよく、しかし苦しくもある夢だ。
水の中っていうのはいつもと違う、新鮮さを味わえる。空気を許さず、形のないものが俺を包み込み、光も音も氾濫する空間ではまるで別世界とも言える気持ち。しかし、そんな幻想的な世界はいつまでも浸れるわけもなく、いつかは終わりを迎える。息が尽きればそこにはいられない。
起きてすぐに朝食を作る。
作るったってそんな凄いものじゃない。ご飯に味噌汁、さんまなんていうザ朝食は今ではもはや基本どころか理想だ。
カップラーメンだったりパンにジャム塗らずに食べるなんてザラになってくる。
顔を洗う、歯を磨く、髪を整える。
ニュースを見る…時間はなさそうだ。
「今日こそは」
そういって彼はアパートを後にする。
そして、そんな願いは無慈悲にもすぐに打ち砕かれることになった。
「この手応えじゃ次もダメだろうな……」
一張羅の背広を折り曲げ立ち尽くす、いかにも不幸そうな青年はため息をつく。
行き交う人と魔人、魔獣が利口そうにおすわりをしている。
そんな雑多な人ゴミを見ては思い出してしまう。自分の能力の無さを。
「どうせまた魔人か知能魔獣《グロウビースト》にとられたんだろうな」
人魔共存の世になって100年、紙だけで取り繕ったとはいえその偽の和解協定は破棄されることなく、少しずつ互いの立ち位置を確立していった。人間を下等生物と称し、世を統べるこそは魔にありと説いていた魔王派の者たちも今では少ない…というよりは公に口にすることが少なくなっていると言うべきだろう。
虐げることはなくとも影で侮蔑の視線を送るのは悲しくも人魔共通でよくあることだ。
今でもその思想はひとえに間違いだとは言えず、結果として人魔共存の就職戦争は人間には劣勢に強いられている。
「…次はどこ受けよう」
…そう何度口にして、何度敗れ去ったか。
俺には得意というものがない、さらに言うならば追求できる現実的な夢も、追求したいという欲もなければしようという覚悟もない。そうやって今まで惰性を生きたんだ。当然の報いと言えるかもしれない…
ビルに囲まれて、人に囲まれて、現実、行き場を無くした者の考えることだ。これも至極当然の結果だろう。
「…投げ出したいな」
ポツリとこぼした本音が彼を少し遠くへ連れていった───
バスに揺られ、電車に揺られ、境界をも越えて面接をしたのはまだ朝だったというのにすでに夕日が差し掛かっていた。
かの勇者ジィクフォードが短い生涯の幕引きに最期に訪れた地、魔界の辺境フィルムーン、凄惨なる戦争が終った100年後の丘の先には海が見え、心地よい風が吹いている。なぜ彼が最期に訪れたのがここなのか、それを青年は知る由もなく、その無関心を手痛いほどに得ている彼には全てがどうでもなくなった。
「あーあ、なんでこんなとこまで来ちゃったんだか…」
そんな自分への憎み口もどこか鬱さがはれていて、もはや後悔というより自棄になってるようにも感じた。単純な男だと常々感じる。だが今はそれが救いでもある。
…そんな感傷的な空間に一つ、合わないものがある。いや、気になってはいたけど目をそらしていた。この空間に、この景色とこの状況にもう少し酔っていたかったのだがそれも限界だ、なぜなら
「…喉乾いたな」
至って自然的な現象だからだ。
…まぁこんなところ《辺境》にもコンビニくらいはあるよな。うん。黄金の丘と雰囲気が少々合わないだけの話だ。神話を汚されたようにも感じていたがまぁいい。ちょっと気が引けるような気もするけど、経済の歯車にちょっと潤滑油を入れてついでに俺の喉にも潤滑油(お茶)をいれるだけだ。
お茶を手に取る理由を頭のなかで回しながらレジまで持っていった。
いらっしゃいませの一言もない上に定員までいない。こんなところで客も少ないだろうがさすがにバックヤードでお昼寝なんて大層なことしてないだろうな…
少し前屈みで中を覗きこもうとするが、ただ無言に覗くのも趣味が悪いだろうと思い、声を掛けながらちょっと鋭い眼光で覗いた。
「すみませーん」
返答がない…?どうなってるんだここ…レビューで星1つけられてもおかしくない接客態度だぞ!…接客すらしてないか。
こうなると面接に落ちた八つ当たりも含めた怒りを通り越して呆れてくる。
「…すみませーん!」
すると外から音がした。
「おぉ、すまんな坊主。少し出掛けていてな」
少し声を張ってはいるが、落ち着いた低音、丘の下にあるここに巨漢はまるで俺に言っているかのような方向を向いて土手道から近づいてくるが…まさか、まさか客に対して坊主とか言わないよな…
巨漢はその豪腕で目の前の扉を開ける。
色々範疇を越えている。そうそう、今でもその豪快な笑い声を俺に顔を近づけながら「すまんな、それはやる」とか言ってるし…。
「え…」
「ん?なんだその茶を求めて来たのだろう?ならば持ってゆくがよい」
「い、いえ、払いますよ」
「構わん、もとい我が店に請求なぞという概念を持ってくるのも面白いやつだな」
「???」
頭のなかにも外にも疑問しかわかず、声にも出せなかった。
「だが坊主、お前はまだ求めている」
「へ?」
何をだよ…おにぎりを買わせようというわけじゃないだろうな……いやおにぎりぐらいなら別にいいんだけどさ
「ふむ、お前ここを何とも知らずに来るとはまた強欲、強い執着だ」
ごうよく…強欲?執着?
俺に程遠い言葉を彼は口にする。
というかここを何か知らずに来てるってそれはお前だろ…!
「えっと…何ですか……」
「何ということもないだろう、坊主。お前が望むものなのだから。ここに来たならばどのような相手の望みも無差別に叶える。選別はすでに終えているしな。」
言っていることがわからない…よくわからない宗教とかに引き込まれるのも嫌だし、さっさと立ち去ろう…
「あの…ではこれで……」
そう口に出した瞬間外からの轟音が耳に届いた。豪快な爆発音はここを除いては自然しかない場所に恐怖と疑問を同時に抱かせた。
地面が揺れるほどの爆発が店の周りにはまるで響かない。
「な、なんだ今の!?」
「おっと、そうだ先客がいたんだったな」
巨漢が視線を向けた先、煙の中に微かに見える人影が先客なのだろうか。この平和な時代、爆発を起こすなんて色々問題だが一番の問題はそこではない。
煙が消え、表した異形
「グギャギギギギ!!!」
その異様な姿を示す言葉を俺は知っている
「魔物…!」
文字通り魔王に物のように使われた魔族、理性はなく体は人間の血を求めて殺し続けるために変わり続け、変わり果てた産物。人間専門の惨殺兵器
100年前はいざ知らず表向き権利尊重を重視する現代において時代が生んだ最悪はすでに
その危険性から討伐され、時代の変遷からもすでに絶滅してもおかしくはない…だというのに
「坊主、お前はここにいろ。客に傷を付けて帰そうものなら我が店の名が泣く」
「いやここコンビニですよね…というか早く警察呼ばなきゃ!」
「待て、そんなことをする必要はない。言ったろう?先客なんだ、あいつももてなさなきゃならん」
「な…」
なにバカなことを言う前に彼は「この中にいれば安全だからな」と念を押して出ていった。何しに来たんだとかどうして魔物がとか色々考えることがあるだろうに、あの巨漢に言われるがまま、その背をただただ傍観した
求めたことを間違いとさえ思ったこともある。深い海に背中から身を投げ出したこの幻想はその心を表していた。
自らの求めるものがどれだけ汚れているか、
自らの求めるものがどれだけ罪深いものか、
それを知ってさえ止まることを俺は許さない。この結末を知っているから───
夢を見た。海に身を投げ出しただけの夢。何を考えてのことかは知らずとも、気持ちよく、しかし苦しくもある夢だ。
水の中っていうのはいつもと違う、新鮮さを味わえる。空気を許さず、形のないものが俺を包み込み、光も音も氾濫する空間ではまるで別世界とも言える気持ち。しかし、そんな幻想的な世界はいつまでも浸れるわけもなく、いつかは終わりを迎える。息が尽きればそこにはいられない。
起きてすぐに朝食を作る。
作るったってそんな凄いものじゃない。ご飯に味噌汁、さんまなんていうザ朝食は今ではもはや基本どころか理想だ。
カップラーメンだったりパンにジャム塗らずに食べるなんてザラになってくる。
顔を洗う、歯を磨く、髪を整える。
ニュースを見る…時間はなさそうだ。
「今日こそは」
そういって彼はアパートを後にする。
そして、そんな願いは無慈悲にもすぐに打ち砕かれることになった。
「この手応えじゃ次もダメだろうな……」
一張羅の背広を折り曲げ立ち尽くす、いかにも不幸そうな青年はため息をつく。
行き交う人と魔人、魔獣が利口そうにおすわりをしている。
そんな雑多な人ゴミを見ては思い出してしまう。自分の能力の無さを。
「どうせまた魔人か知能魔獣《グロウビースト》にとられたんだろうな」
人魔共存の世になって100年、紙だけで取り繕ったとはいえその偽の和解協定は破棄されることなく、少しずつ互いの立ち位置を確立していった。人間を下等生物と称し、世を統べるこそは魔にありと説いていた魔王派の者たちも今では少ない…というよりは公に口にすることが少なくなっていると言うべきだろう。
虐げることはなくとも影で侮蔑の視線を送るのは悲しくも人魔共通でよくあることだ。
今でもその思想はひとえに間違いだとは言えず、結果として人魔共存の就職戦争は人間には劣勢に強いられている。
「…次はどこ受けよう」
…そう何度口にして、何度敗れ去ったか。
俺には得意というものがない、さらに言うならば追求できる現実的な夢も、追求したいという欲もなければしようという覚悟もない。そうやって今まで惰性を生きたんだ。当然の報いと言えるかもしれない…
ビルに囲まれて、人に囲まれて、現実、行き場を無くした者の考えることだ。これも至極当然の結果だろう。
「…投げ出したいな」
ポツリとこぼした本音が彼を少し遠くへ連れていった───
バスに揺られ、電車に揺られ、境界をも越えて面接をしたのはまだ朝だったというのにすでに夕日が差し掛かっていた。
かの勇者ジィクフォードが短い生涯の幕引きに最期に訪れた地、魔界の辺境フィルムーン、凄惨なる戦争が終った100年後の丘の先には海が見え、心地よい風が吹いている。なぜ彼が最期に訪れたのがここなのか、それを青年は知る由もなく、その無関心を手痛いほどに得ている彼には全てがどうでもなくなった。
「あーあ、なんでこんなとこまで来ちゃったんだか…」
そんな自分への憎み口もどこか鬱さがはれていて、もはや後悔というより自棄になってるようにも感じた。単純な男だと常々感じる。だが今はそれが救いでもある。
…そんな感傷的な空間に一つ、合わないものがある。いや、気になってはいたけど目をそらしていた。この空間に、この景色とこの状況にもう少し酔っていたかったのだがそれも限界だ、なぜなら
「…喉乾いたな」
至って自然的な現象だからだ。
…まぁこんなところ《辺境》にもコンビニくらいはあるよな。うん。黄金の丘と雰囲気が少々合わないだけの話だ。神話を汚されたようにも感じていたがまぁいい。ちょっと気が引けるような気もするけど、経済の歯車にちょっと潤滑油を入れてついでに俺の喉にも潤滑油(お茶)をいれるだけだ。
お茶を手に取る理由を頭のなかで回しながらレジまで持っていった。
いらっしゃいませの一言もない上に定員までいない。こんなところで客も少ないだろうがさすがにバックヤードでお昼寝なんて大層なことしてないだろうな…
少し前屈みで中を覗きこもうとするが、ただ無言に覗くのも趣味が悪いだろうと思い、声を掛けながらちょっと鋭い眼光で覗いた。
「すみませーん」
返答がない…?どうなってるんだここ…レビューで星1つけられてもおかしくない接客態度だぞ!…接客すらしてないか。
こうなると面接に落ちた八つ当たりも含めた怒りを通り越して呆れてくる。
「…すみませーん!」
すると外から音がした。
「おぉ、すまんな坊主。少し出掛けていてな」
少し声を張ってはいるが、落ち着いた低音、丘の下にあるここに巨漢はまるで俺に言っているかのような方向を向いて土手道から近づいてくるが…まさか、まさか客に対して坊主とか言わないよな…
巨漢はその豪腕で目の前の扉を開ける。
色々範疇を越えている。そうそう、今でもその豪快な笑い声を俺に顔を近づけながら「すまんな、それはやる」とか言ってるし…。
「え…」
「ん?なんだその茶を求めて来たのだろう?ならば持ってゆくがよい」
「い、いえ、払いますよ」
「構わん、もとい我が店に請求なぞという概念を持ってくるのも面白いやつだな」
「???」
頭のなかにも外にも疑問しかわかず、声にも出せなかった。
「だが坊主、お前はまだ求めている」
「へ?」
何をだよ…おにぎりを買わせようというわけじゃないだろうな……いやおにぎりぐらいなら別にいいんだけどさ
「ふむ、お前ここを何とも知らずに来るとはまた強欲、強い執着だ」
ごうよく…強欲?執着?
俺に程遠い言葉を彼は口にする。
というかここを何か知らずに来てるってそれはお前だろ…!
「えっと…何ですか……」
「何ということもないだろう、坊主。お前が望むものなのだから。ここに来たならばどのような相手の望みも無差別に叶える。選別はすでに終えているしな。」
言っていることがわからない…よくわからない宗教とかに引き込まれるのも嫌だし、さっさと立ち去ろう…
「あの…ではこれで……」
そう口に出した瞬間外からの轟音が耳に届いた。豪快な爆発音はここを除いては自然しかない場所に恐怖と疑問を同時に抱かせた。
地面が揺れるほどの爆発が店の周りにはまるで響かない。
「な、なんだ今の!?」
「おっと、そうだ先客がいたんだったな」
巨漢が視線を向けた先、煙の中に微かに見える人影が先客なのだろうか。この平和な時代、爆発を起こすなんて色々問題だが一番の問題はそこではない。
煙が消え、表した異形
「グギャギギギギ!!!」
その異様な姿を示す言葉を俺は知っている
「魔物…!」
文字通り魔王に物のように使われた魔族、理性はなく体は人間の血を求めて殺し続けるために変わり続け、変わり果てた産物。人間専門の惨殺兵器
100年前はいざ知らず表向き権利尊重を重視する現代において時代が生んだ最悪はすでに
その危険性から討伐され、時代の変遷からもすでに絶滅してもおかしくはない…だというのに
「坊主、お前はここにいろ。客に傷を付けて帰そうものなら我が店の名が泣く」
「いやここコンビニですよね…というか早く警察呼ばなきゃ!」
「待て、そんなことをする必要はない。言ったろう?先客なんだ、あいつももてなさなきゃならん」
「な…」
なにバカなことを言う前に彼は「この中にいれば安全だからな」と念を押して出ていった。何しに来たんだとかどうして魔物がとか色々考えることがあるだろうに、あの巨漢に言われるがまま、その背をただただ傍観した
応援ありがとうございます!
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