茶師のポーション~探求編

神無ノア

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富士樹海迷宮編

水の話と失言

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 どう贔屓目に見ても、ギルドを仕切る男には見えない。それが降樹海迷宮近くにあるギルド支部のギルドマスターだ。
 でっぷりと肥え太り、服はどこぞの成金のよう。隣にいる男も同類と見えた。
「おや、随分下品な男と知り合いなようで」
 マスターが毒を吐いた。
「貴様っ!」
「確か瀬室せむろ様のご紹介で、当店をご利用していただきましたね。増岡ますおか様」
「師匠、知り合い?」
「知り合いになりたくない男ですよ、弟子。なんというか当店で『紅茶を頼む』とのたまって、『どれがいいか』と聞いた私を無能扱いした男ですので」
「……命知らず?」
 弟子のつぶやきに、マスターは頭を叩いた。軽くだったため、逃げるかと思いきや素直に叩かれていた。

「だってそうじゃんか。師匠の場合『紅茶』って頼まれても平気だけど、銘柄とかの指定ないまま『無能』扱いって。師匠の店にどんくらい紅茶があると思ってるんだろ」
「どうやら、紅茶は一種類だったようですよ。緑茶も一種類だと思っている方でしたので」
「瀬室さんもおかしくなった?」
「瀬室様に失礼ですよ。どれがいいか迷ったのですが、ダージリンをお出ししたら怒られまして」
「何で?」
「色が黒いと」
「……はぃ?」
 弟子が絶句した。気持ちはわかる。自称「紅茶にはうるさい」とのたまった男にダージリンを英国式で淹れただけのことである。もちろん硬水で淹れたため、色は黒くなった。
Black Teaブラックティは黒いものだろ?」
 クリフが不思議そうに首を傾げた。
「水の種類を替えますと、赤い色になるのですよ」
「それは初めて知ったよ! だとマスターは私にイギリスの水質と同じような水を使っていたのだね」
「もちろんです。茶の成分の殆どは水ですので、まずは水に拘らないと」
「あぁ! 話を聞いていたらマスターの淹れるお茶が飲みたくなったよ! 私は祁門紅茶キームンティが飲みたい!」
「かしこまりました。では簡易キッチンに戻りましょう」
 ちなみに、今回は軟水を使用する。使用する茶葉によって水を替えるのは、マスターの中では常識なのだ。
「基本的に、どちらで淹れてもいいのですけどね」
 マスターはぼそりと呟く。どちらを好むかは、飲む人の好みだ。
増岡が言いそうな台詞を予想して、硬水で淹れただけのこと。きちんと飲めば、そんな文句は出てこない。

 ぞろぞろと戻ろうとするマスターたちをギルドマスターが止めた。
「現在の危険度はB以上になっているというのを理解した上での指名依頼なのですか?」
 ぎろりと、マスターが二人を睨んだ。馬鹿は休み休みでも言ってほしくない。
「ふん。Bランクの素材だろう? そんなものすら持って来れないのか」
 増岡の一言で、ギルドホールは凍りついた。

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紅茶の銘柄
ダージリン……言わずと知れた紅茶の銘柄。世界三大紅茶の一つ。インド・ダージリン地方で栽培されており、インドで唯一栽培に成功した中国種の茶葉でもある。「紅茶のシャンパン」の別名を持つ。特有の香りと渋味が特徴
祁門紅茶キームンティ……こちらも世界三大紅茶の一つで、英国王室御用達を授かる。中国南東部の山脈に広がる安徽省あんきしょう祁門きもん地方で栽培したお茶をイギリス人好みのコクのある紅茶にしたもの。中国ではほぼ消費されず、殆どが輸出用。糖蜜や蘭の香りがイギリス人を魅了した。「工夫紅茶」と呼ばれるほど工程が多いのが特徴で、抽出時間も五分と長め
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