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伍、曼荼羅華を探して(前)
しおりを挟む――月曜の朝、居室に入ると親友が物理的に飛んできました。
「瑠璃さん!!」
「で!?」
親友の松野由美子である。部活で足腰を鍛えているので倒れなかったのを褒めて欲しい。ショートホームルームが始まるまで、軽くひと騒動だった。
由美子は瑠璃に抱きついたまま、頬擦りするわ、ノンブレスで愛のポエムを囁いているわ、明らかに尋常ではない。
「ゆ、由美ちゃ……なにがあったの!?」
「吉岡さんが来るまで、ずーっとそわそわしていたよ」
「まあ、女子高だもんね」
「うちのお姉ちゃんが隠し持ってる薄い本にこういうシーンあったわ。あっちは男同士だったけど」
クラスメイトは全く助ける気がない。中には写真を取っている者まで現れる始末。しかも厄介なことに、由美子が抱きつく力はどんどんと強くなっていく。
「……ちょ、首、首、キマってる!!」
「今朝から一秒も頭から離れませんでしたの。罪なひ・と……!!」
このままでは窒息死へまっしぐらなのだが、誰も緊急性を解ってくれない。そろそろ酸素供給が無くなって、頭がふわりとしてきた瑠璃――助けてくれたのは意外なことに龍久だった。
とんと軽い音がしたと思ったら、由美子はぐにゃりと脱力して瑠璃にもたれ掛かった。
「……朝からなにやってんの。はいはい、担任の佐藤先生が夏風邪だから、今朝は俺が担当ですよー。さっさと座れー。吉岡は松野を保健室に連れて行くように」
顔に一文字の絆創膏を貼った龍久は、動物を追い払うようにクラスメイトを散らす。
ところどころから「女生徒を出席簿で殴った」「一切の躊躇なく」と聞こえる。だが、龍久の日頃の行いを知っているので、大ごとにはならなかった。
昨今、保護者の顔色を窺う教師ばかりなのに、異彩を放つ龍久が今はありがたい。瑠璃は重い由美子を背におぶって、ワンフロア下の保健室まで運んだ。
「その娘、憑かれておるな」
「戒真!?」
養護教諭のいない保健室で、勝手に最奥のベッドに由美子を寝かし、使用名簿に名前を書いていると、窓から戒真と朝霧がひょっこりと顔を出した。
「憑かれているって……霊的なものに?」
「うむ。だが、不思議と悪意や悔恨は感じぬ。どちらかと言うと、神霊に近い気を放っておるゆえ、心配は要らない」
「そっか。それなら安心なんだけど、これは祓えないの?」
「目的が成し遂げられれば勝手に離れてゆこう。こういう手合いは無理に引き離す方が危険だ。しかし、仮にも神をやすやすと受け入れるとは……この娘は巫女かなにかか?」
「あ、お祖父さんが神主様だって言ってた!! お正月には巫女のバイトもするって!!」
「なるほど。霊媒としての素質があったのだな。瑠璃にだけ過度な愛情表現をする神か……調べておこう。瑠璃は戻れ。勉学は重要なのだろう?」
「ありがとう。よろしく」と手を合わせ、戒真を頼ることにした。
この時点で瑠璃は精神的な疲労がピークだったので、肩の荷が少しだけ下りた気分だ。由美子は懇々と眠っている。戒真に由美子の住まいを伝えると、戒真と朝霧は「放課後に」と言いおいて、梅雨晴れの空に舞い上がった。
「はあ……教室に戻ろう。一限が始まっちゃう」
瑠璃が保健室を出ると、階段を下りてきた龍久に呼び止められた。
「一限は少し遅れるかもって言ってある。こっちには戒真が来なかった?」
「来ました。由美ちゃんに神霊が憑いているって。でも、祓えないから情報を集めてくれるそうです」
「……あのお節介め。まあ、今回は見逃すか。松野の実家は貴船神社の分霊だって言い忘れたな」
「キフネ……?」
いつかのように首を傾げて笑顔で誤魔化そうとする瑠璃に、龍久は目を細める。
「丑の刻参りって言えば解る? 藁人形に釘を打つアレ」
「ああ!! ホラーで定番のアレですか!?」
「そっちのインパクトが強すぎて不名誉に有名になっちゃったけど、貴船神社の祭神は龍――つまりは水の神様」
「……なぜ水の神様が私に興味を持つんでしょう? 龍なら先生じゃないですか? 草薙剣も使えるんだし、その方が自然ですよね」
「あほう。俺に抱きついて来られたら即刻クビが飛ぶっての。松野はオトした時に暗示をかけておいたから、放課後までは起きねえよ。大人しく戒真と朝霧の情報を待とうぜ」
龍久は出席簿を持ち上げて、職員室の方面へと行ってしまった。瑠璃は由美子に後ろ髪をひかれながらも教室へと戻る。
「私に頼み事があるなら、直接言えばいいのに……神様ってまどろっこしい」
不敬な発言だが、瑠璃には悪気は欠片もない。
そろりと教室の扉を開けると、現国の授業が始まっている。担当の女教師に頭を下げ、妙な空気を放つ教室でクラスメイトの視線を一身に浴びながら着席して急いで教科書とノートを広げる。
昼休みには質問攻めに合うのが嫌で保健室に逃げた。今度はちゃんと養護教諭が居た。
「松野さんならまだ眠ってるわよ。昨日、夜更かしでもしたのかしら。さっぱり起きないのよねえ」
龍久が暗示をかけたからだとは言えず、瑠璃は空笑いで乗り切った。
今日の授業は何一つ頭に入って来なかったと肩を落として部活に向かう。だが、部活で汗を流し、呼吸を整えて精神を統一して矢を撃ち込む。繰り返すほどに邪念はさっぱりと消え、気持ちの良い解放感だけが残る。
後片付けをしていると顧問から「中野先生が保健室に倒れた子の鞄を届けて欲しいそうだ」と言われ、先輩と同輩に深々と頭を下げてから別れを告げる。急いで保健室に向かうと窓から「瑠璃」と呼び止められた。
戒真と巨大化した朝霧である。
「任せっきりでごめんね。収穫はあった?」
「多少はあった。社会科準備室に行こう。あそこなら龍久以外は近寄らぬゆえ密談にはうってつけだ――と、その前に、その娘の髪を一本採取してくれ」
なにに使うのだろうと思いつつ、深い寝息を立てている由美子の髪をそっと鞄に入れていたソーイングセットの鋏で切った。
「これでいい?」
「上々。髪を形代に入れれば、この娘も目が覚める。さて、行くぞ」
戒真が懐から出した白い紙人形に由美子の髪を収め、瑠璃も朝霧の背中に乗せられて、社会科準備室がある三階までふわりと舞い上がった。
準備室の窓から入り、西日が入り込む部屋の電気をつける。今日は袈裟姿の戒真は鍵がかかっていることを確認すると、先ほどの紙人形をパイプ椅子に座らせた。
「準備はいいか?」
「う、うん……!!」
紙人形でも飛びついてくるのだろうかと身構えてしまう。そんな瑠璃をよそに、戒真が赤い数珠を手に何かを呟き、錫杖を鳴らすと紙人形は夏の海と同じ青い髪をした少女になった。
少女の瞼がふるりと震えた時、「お、もう始まってたか」と龍久も現れる。
少女は数度瞬きをして、龍久、朝霧を乗せた戒真、瑠璃の順に首を巡らせる。そして、いきなりぶわりと泣き出した。
「え、え!?」
「岩倉様……!! どうか、どうか瀬戸内の海をお助け下さい……!!」
少女は瑠璃に嘆願する。
「え、なんで岩倉の名前を知ってるの?」
「貴女は岩倉瑠璃子様ではありませんか」
「……ごめんなさい、それは死んだ祖母のお姉さん。私はお名前を一部貰った吉岡瑠璃です」
瑠璃が申し訳なさそうに名乗ると、少女はまた目に涙を溜めて、さめざめと泣き始めた。
「話がさっぱり解らん。戒真、調べてきた内容を話せ」
「瑠璃の友人に憑依していた神――この方だが、貴船神社から分霊された龍神とこの糸蔵の道祖神が融合した御方らしい。『糸蔵』の旧名は『磐座』。大戦が終わった昭和二十五年に改名されている。戦後、すぐに街の復興と共に貴船から分霊され、松野家が宮司を務める糸蔵神社となった。大戦で大いに狂ってしまったが、この地は古来より『磐座』の信仰が深く根付いている――しかし、どこを探しても肝心のご神体の『磐座』は見つからなかったのだ」
戒真の説明を聞いた龍久がなにかを言いかけたが、また頭がパンクしそうになっている瑠璃のヘルプな視線をキャッチした。
「『磐座』は神道に於ける自然崇拝の一種だ。神社にはご神木があるだろ。あれと同じ意味合いで、樹ではなく、岩をご神体にして信仰するところもあるの。戒真が調べた結果、この糸蔵町も昔は『磐座』信仰の地だったが、大戦で失われたのか、ご神体の石が無いと――ここまではいいか?」
「はい……いつもご丁寧にありがとうございます」
「じゃあ、次は俺から質問。吉岡のお祖母さんのお姉さん――大伯母さんにあたる岩倉瑠璃子さんについて、知っていることをどんなに些細でもいいから教えて」
「ええー……お祖母ちゃんの思い出も多くないですが……母から聞きかじった話ですと、町内では有名な霊感少女だったらしいです。透視とか未来予知とか失せ物を見つけるとか。気味悪がられるので、妹のお祖母ちゃんにしか話さなかったらしいのですが、人には見えないものとの交流が最も得意だったそうです」
「病気で亡くなったのか?」
尋ねたのは戒真だ。瑠璃はふるりと首を振って否定する。
「ううん。女学生時代に真珠湾攻撃も予知したらしく、本家は今の壱の丸に移住したんだけど、彼女は疎開もせず、岩倉で護らなくちゃいけないものがあるとだけ言い残して、空襲に巻き込まれて亡くなったんだって」
戒真の問いに瑠璃は乏しい記憶力を総動員して答える。すると戒真と龍久は意味深に顔を見合わせた。二人の反応を瑠璃が訝しく思っていると、存在を忘れていた女神は「やっぱり瑠璃子ですね!!」と瑠璃の腰に巻きついてきた。
「や、だから違うってば……!!」
「いいえ!! 貴女からは瑠璃子の匂いがします!!」
「違う」「違わない」の押し問答がどれほど続いたことか。仲裁に入ったのは意外にも朝霧だった。
『その方が瑠璃を岩倉瑠璃子だと主張するのも、あながち嘘ではないと思いますよ』
「どういうこと……?」
『おそらく魂の在り方が似ているのでしょう。御身内で、同じ性別で、その方から頂いたとはいえ名前も同じ。名前はその者の本質や魂を縛るがゆえに。龍久と戒真が口にするのを憚っているのも瑠璃が無意識だからです』
前に同じ話を聞いた気がする。龍久が戒真の生い立ちを話した時だと思い出す。
「先生と戒真は、なにか気づいているんですか?」
「まあ、一応……」
「やはり瑠璃に自覚は無いか。母から聞きかじっただけにしては情報量が多すぎるのだ。瑠璃は勉強が苦手なのだろう。だが、先刻、『女学生』『真珠湾攻撃』『疎開』と歴史用語が出た。『三種の神器』すら知らなかった娘から当時の言葉が出れば不審に思う。現に私と龍久は違和感を覚えた」
戒真の推理に、瑠璃は否定をしようと口を開いたが言葉が出てこなかった。
「朝霧の言うとおり、魂の在り方が似ている――もしくは瑠璃の魂に、一時的に『岩倉瑠璃子』が混線しているかだな。だからその女神も瑠璃を瑠璃子だと言い張って引かない」
半信半疑の瑠璃は実に渋い顔をする。知識不足が逆に仇になるとは手放しでは喜べない。
「吉岡、今夜は朝霧を連れて帰れ。壱の丸の家に、『岩倉瑠璃子』に繋がるなにかがあればあ朝霧が嗅ぎ当ててくれる。俺達は失われたご神体の方を探してみるから――朝霧、頼む」
朝霧は『承知』と言うと、戒真から瑠璃の肩へと飛び移った。
瑠璃には何一つ解ることが無いまま、龍久と戒真、名残を惜しむ青い髪の女神に見送られて瑠璃は家路に着いた。
続...
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