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漆
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七、
狐を求めて、紫苑は『迎賓館』の中を彷徨っていた。いつもなら襖に目的地を告げれば繋げてくれるのだが、こういう時に限ってその力は働かない。狐が封じているのだろうか、と疑い始めた紫苑は、エントランスで首飾りを握った。
「……そう言えば、旦那様のお部屋って知らないや」
「言われてみれば、教えてへんかったか」
紫苑の独り言のはずが、背後から覗き込むように答えが返ってきてびくりと、比喩ではなく飛び跳ねた。
「だ、旦那様……!!」
「堪忍して。ところで君、熱は? そのせいで、僕はのけ者やってんけど」
「清明様がいらして治してくださいました」
「……あの方は……またここの結界を蔑ろにしてからに……。まあ、紫苑に免じて今回は御目こぼししよか――で、僕に何か用事やったんと違うん?」
清明の件ですっかり忘れていた。しかし、肝心の本人を眼の前にした、どう切り出したものかと、うまく口が回ってくれない。
「あ、えっと……」
「ちょい待ち。どうせお師匠が聞き耳立ててはるよって……。僕の部屋に行こ。教えてなかったやろ? この正面階段の右を登りきって二歩や」
しどろもどろの口調で手を弄る紫苑を制して、もてあそんでいた手を引いて左右に広がる階段の右側を二人で登り切る。
狐面の言葉通り、二歩進むとそこは本や半紙で散らかった二間続きの和室に入った。窓から入る太陽の方向からして『迎賓館』の東側にあたるはずだ。
「旦那様は白檀がお好きなのですか?」
狐面の自室に一歩入れば、彼の代名詞になってしまった白檀の匂いがほのかに漂う。
「どちらかと言えば、乳香の方が好きやねんけど、『聞香』って聞いたことない?」
「あの枕の下に香油を入れることですか?」
「せや。僕、寝つきが悪いよって、枕の下にだいたい白檀を入れてるからその匂いが付いたんとちゃうかな」
散乱した本や半紙を脇に避けて、なんとか二人が座れる空間ができると狐は面を外し、濃紺の座布団を二枚敷いた。紫苑は小さく礼を述べて腰掛ける。
「茶室にすれば良かったかな? もてなすもんが何もないわ……」
「いえ、お構いなく!! それで旦那様をお探ししていたのは」
「うん」
「私は、先日も申し上げました通り……旦那様をお慕い、しております。ですから、お傍でお役に立ちたいです。清明様のお屋敷よりも、ここに、置いて頂けませんでしょうか?」
やや頬を赤らめながら、なんとかそれだけを言い切り、そろりと視線を上げると狐は両手で顔を覆って天を仰いでいた。
「だ、旦那様……?」
「……鼻血押さえてるだけやから……問題あらへん」
「はあ」
しばしの沈黙から落ち着いた狐は大きな溜息を吐いた。
「ほんまに僕は言葉足らずやなあ。そのせいで、君を振り回してしまう……。弟さんとは離れてしまうけどええの?」
「構いません。清明様が時々お訪ね下さる時に逢えますから。旦那様と離れる方が、つらいです」
本心を包み隠さず話せた、と充足感で胸が満たされた紫苑が首飾りに両手で触れていると、いつのまにやら狐の大きな手が重なった。
「旦那さ」
「離す気は、もうあらへんかったよ……?」
白檀の芳香が強くなった。呼吸すら奪われるように重なった唇に驚きこそすれ、嬉しくてまたじわりと涙が浮かんだ。腰を引き寄せられ、その強い腕の力に身を任せていたら、口づけはどんどんと深くなる。
「……ぅ、ん……!!」
「しおん」
「だ、旦那様!!」
裏返った声を上げると、しいっ、と耳元で囁かれた。唇が首筋を這い、熱い手が頬を包んで紫苑の身体を引き寄せる。紫苑は不意に漏れそうになる声を震える両手で塞ぐのに必死だった。
「……ふ……ぅ……!!」
狐は目尻に溜まった紫苑の涙を唇で吸い取ると、そっと宥めるように唇を重ねた。
「可愛えなあ」
くったりと狐に身体を預ける紫苑を抱いて頬ずりをすれば、そっと単衣を握り返してくる。この混血の身に生まれた時から諦めていた『幸福』が今腕の中にある。狐の乾いた心の杯を溢れそうにしてくれるのだから離せる訳がない。
「……旦那様、私は貴方の恋人だと、思い上がっても良いのですか?」
「それ以外に何があるん?」
「ございません。……嬉しいんです」
「僕もや」
「では、ひとつだけ、約束してください。私には絶対に嘘はおっしゃらない、と」
「うん。約束する」
抱き合う二人はただただ幸せだった。――未来が恐ろしいほどに。
清明はぱたぱたと扇を開きながら「最澄」と視線を合わさずに新たな弟子を呼んだ。
「はい」
「紫苑が戻ってきたら、無理やりにでも抱えて私の屋敷に飛べ。一条戻り橋の柳の下から入れるよって」
「……わかりました」
師の意図することは解らなかったが、最澄はただ了承し、布団から出て着替えを始めた。
◇
白檀の香りに包まれて逆上せそうになっていた紫苑を狐はそっと離した。
「紫苑、僕にお客さんやわ。これを持って、待っててくれるか? すぐに戻ってくる」
「はい。では、弟の部屋に戻ります」
手渡されたのは狐の懐中時計だった。いつ見ても左回りのそれは不思議でならない。
「これな、母の遺品やねん。これだけしか、持たされるのを許されへんかった」
「そんな大切なお品を……私に預けて良いのですか?」
「君やから預けるんや――頼んだで」
紫苑は深く頷いて、もう一度口づけを交わして速足で部屋を出て行った。
「別れは済んだんか?」
紫苑と入れ替わりに現れたのは清明だった。狐は落ちていた面を拾い、再び付けて心に蓋をする。
「別れとちゃうわ。もう一度、這いつくばってでも迎えに行くと決めとります」
「そうか――なら、行くで」
「お師匠はん……もし、僕が……」
「わかっとる。紫苑は最澄に連れ出して、私の屋敷で匿うように言うてあるわ」
ならば彼女には誰も手出しはできまい、と狐は清明の後ろに続いた。
紫苑が部屋に入るなり、最澄は師の言いつけ通り有無を言わせず、紫苑を俵のように肩に担ぎ、窓から飛び出た。
「さ、最澄……!?」
「黙って。舌を噛むよ」
弟の行動の意味を判じかねた紫苑は困惑しながらも、ふと目の端に横切った黒い集団を発見した。
烏天狗の群れのようだが、輪を作って複数の刺又で誰かを拘束しているようだった。
犯罪者への処遇に、じわじわと紫苑の不安は大きくなる。
――捕らえられているのが、よく見知った憲法黒の単衣だったからだ。
「……旦那様……!? ねえ、最澄、お願いだから戻って!! 旦那様が!!」
「駄目。お師匠様の命令だから。それにこっちにも追手の気配がある。狐さんには悪いけど、このまま一条まで飛ぶよ」
「嫌だ!! 離して……その人を連れて行かないで!!」
紫苑の叫びは、高速で飛ぶ風の中に消えて行った。姉の悲痛な叫びに歯噛みしながらも、最澄は非情にもさらに速度を上げた。
◇
師に教えられた一条戻り橋の枝垂れ柳の下に滑り込むと、そこは荒れ放題の広い屋敷だった。屋敷の敷地に降りたった瞬間、追手の気配は消え、ひとまず濡れ縁に大人しくなった紫苑を腰掛けさせる。
「姉さん」
紫苑の前に膝をついて語りかけるが、彼女は虚空を見つめたまま茫然自失としてぴくりとも動かない。手の中の懐中時計を強く握りしめたまま微動だにしなかった。
いったい何が起こっているのだろうか、と師からの連絡を待とうとしたが、背後の草が動く音に、振り向きざま身構える。
「あんたら、速すぎや。追いつくのに骨が折れたわ」
「兎貴さん」
茶色く変色した雑草の間から顔を出したのは一匹の白兎だった。兎はさっと人間の女の姿を取る。
「狐さんが捕えられたようですが……兎貴さんは何かご存知ですか?」
「残念ながら、あたしもさっぱりや。ただ狐が引っ立てられた先は鞍馬五人衆のところみたいやけど、それしか解らん」
鞍馬五人衆――鞍馬山を仕切る五人がいったい何故、と最澄は考えて行き当たったのは狐の出生と姉の関係しかなかった。
「……兎貴さんは、狐さんの出生についてはどう伺っていますか?」
「狐の生まれ? これは極秘事項やから、知ってるのは五人衆くらいやと思ったけど、あたしはあんたらの方が知ってるんちゃうかと思ってきたんやで」
「僕ら、ですか?」
紫苑から少しだけ距離を取って、兎貴は濡れ縁に腰掛けた。
「同じ妖狐の合いの子でもな、お師匠はんは人間と狐の地を持つ『半妖』、けど、狐は風魔の血を持つ『半魔』や。似ているようでも全然違う。なあ、里を追われた風魔の話とか聞いたことあらへんか? それが間違いなく狐の親やろうし、五人衆が警戒しているのもそこのような気がしてなあ……」
里を追われた風魔――その言葉に最澄は一つの可能性に引っかかりを感じた。だか、情報量が少ない。そう言い聞かせたが、姉の手にある左回りの時計が目に入り、額に手を当てる。
「……いや、まさかな……だって、あれは……」
「なんや。心当たりあるんやん」
口を尖らせる兎貴に、最澄は「可能性は限りなく低いですが」と前置きして語りだした。
「里を追われた人、ではなく、里があの辺境の地に追いやられた原因の女性の話なら少しだけ存じています」
それはまだ最澄らが幼い頃、村に唯一生き残っていた老爺から聞いた話だ。風魔でありながらも少々異質の能力を持った女だったという。
「異質な力?」
「爺様の話では、風を操り、風の声を聴くだけでなく、過去に干渉できる方であったと聞きました。……それで、ここからは僕のこじつけなのですが、姉が握っている狐さんの懐中時計は左回りですよね。つまり、狐さんが母親と同じ能力をお持ちなら……過去に干渉できる」
「……あんた、それは」
「勿論、僕の憶測です。確証はなにもない。でも、僕と姉――真性の風魔よりも五人衆は狐さんを敵に回さないよう、細心の注意を払っている。そうでなければ、ただの半魔を『迎賓館』なんて檻には閉じ込めませんよね」
最澄の憶測に、おもわず兎貴は息をのんだ。この少年の聡明さもさることながら、話の筋道が正
確すぎるのだ。
仮に最澄の話が正しければ、狐と紫苑が結ばれたのは鞍馬にとっては脅威だ。引き離された理由も納得がいく。しかし、それでは妹のように可愛がってきた紫苑があまりにも不憫ではないか。
「アホ師匠、はよ帰って来んかい」
★続...
狐を求めて、紫苑は『迎賓館』の中を彷徨っていた。いつもなら襖に目的地を告げれば繋げてくれるのだが、こういう時に限ってその力は働かない。狐が封じているのだろうか、と疑い始めた紫苑は、エントランスで首飾りを握った。
「……そう言えば、旦那様のお部屋って知らないや」
「言われてみれば、教えてへんかったか」
紫苑の独り言のはずが、背後から覗き込むように答えが返ってきてびくりと、比喩ではなく飛び跳ねた。
「だ、旦那様……!!」
「堪忍して。ところで君、熱は? そのせいで、僕はのけ者やってんけど」
「清明様がいらして治してくださいました」
「……あの方は……またここの結界を蔑ろにしてからに……。まあ、紫苑に免じて今回は御目こぼししよか――で、僕に何か用事やったんと違うん?」
清明の件ですっかり忘れていた。しかし、肝心の本人を眼の前にした、どう切り出したものかと、うまく口が回ってくれない。
「あ、えっと……」
「ちょい待ち。どうせお師匠が聞き耳立ててはるよって……。僕の部屋に行こ。教えてなかったやろ? この正面階段の右を登りきって二歩や」
しどろもどろの口調で手を弄る紫苑を制して、もてあそんでいた手を引いて左右に広がる階段の右側を二人で登り切る。
狐面の言葉通り、二歩進むとそこは本や半紙で散らかった二間続きの和室に入った。窓から入る太陽の方向からして『迎賓館』の東側にあたるはずだ。
「旦那様は白檀がお好きなのですか?」
狐面の自室に一歩入れば、彼の代名詞になってしまった白檀の匂いがほのかに漂う。
「どちらかと言えば、乳香の方が好きやねんけど、『聞香』って聞いたことない?」
「あの枕の下に香油を入れることですか?」
「せや。僕、寝つきが悪いよって、枕の下にだいたい白檀を入れてるからその匂いが付いたんとちゃうかな」
散乱した本や半紙を脇に避けて、なんとか二人が座れる空間ができると狐は面を外し、濃紺の座布団を二枚敷いた。紫苑は小さく礼を述べて腰掛ける。
「茶室にすれば良かったかな? もてなすもんが何もないわ……」
「いえ、お構いなく!! それで旦那様をお探ししていたのは」
「うん」
「私は、先日も申し上げました通り……旦那様をお慕い、しております。ですから、お傍でお役に立ちたいです。清明様のお屋敷よりも、ここに、置いて頂けませんでしょうか?」
やや頬を赤らめながら、なんとかそれだけを言い切り、そろりと視線を上げると狐は両手で顔を覆って天を仰いでいた。
「だ、旦那様……?」
「……鼻血押さえてるだけやから……問題あらへん」
「はあ」
しばしの沈黙から落ち着いた狐は大きな溜息を吐いた。
「ほんまに僕は言葉足らずやなあ。そのせいで、君を振り回してしまう……。弟さんとは離れてしまうけどええの?」
「構いません。清明様が時々お訪ね下さる時に逢えますから。旦那様と離れる方が、つらいです」
本心を包み隠さず話せた、と充足感で胸が満たされた紫苑が首飾りに両手で触れていると、いつのまにやら狐の大きな手が重なった。
「旦那さ」
「離す気は、もうあらへんかったよ……?」
白檀の芳香が強くなった。呼吸すら奪われるように重なった唇に驚きこそすれ、嬉しくてまたじわりと涙が浮かんだ。腰を引き寄せられ、その強い腕の力に身を任せていたら、口づけはどんどんと深くなる。
「……ぅ、ん……!!」
「しおん」
「だ、旦那様!!」
裏返った声を上げると、しいっ、と耳元で囁かれた。唇が首筋を這い、熱い手が頬を包んで紫苑の身体を引き寄せる。紫苑は不意に漏れそうになる声を震える両手で塞ぐのに必死だった。
「……ふ……ぅ……!!」
狐は目尻に溜まった紫苑の涙を唇で吸い取ると、そっと宥めるように唇を重ねた。
「可愛えなあ」
くったりと狐に身体を預ける紫苑を抱いて頬ずりをすれば、そっと単衣を握り返してくる。この混血の身に生まれた時から諦めていた『幸福』が今腕の中にある。狐の乾いた心の杯を溢れそうにしてくれるのだから離せる訳がない。
「……旦那様、私は貴方の恋人だと、思い上がっても良いのですか?」
「それ以外に何があるん?」
「ございません。……嬉しいんです」
「僕もや」
「では、ひとつだけ、約束してください。私には絶対に嘘はおっしゃらない、と」
「うん。約束する」
抱き合う二人はただただ幸せだった。――未来が恐ろしいほどに。
清明はぱたぱたと扇を開きながら「最澄」と視線を合わさずに新たな弟子を呼んだ。
「はい」
「紫苑が戻ってきたら、無理やりにでも抱えて私の屋敷に飛べ。一条戻り橋の柳の下から入れるよって」
「……わかりました」
師の意図することは解らなかったが、最澄はただ了承し、布団から出て着替えを始めた。
◇
白檀の香りに包まれて逆上せそうになっていた紫苑を狐はそっと離した。
「紫苑、僕にお客さんやわ。これを持って、待っててくれるか? すぐに戻ってくる」
「はい。では、弟の部屋に戻ります」
手渡されたのは狐の懐中時計だった。いつ見ても左回りのそれは不思議でならない。
「これな、母の遺品やねん。これだけしか、持たされるのを許されへんかった」
「そんな大切なお品を……私に預けて良いのですか?」
「君やから預けるんや――頼んだで」
紫苑は深く頷いて、もう一度口づけを交わして速足で部屋を出て行った。
「別れは済んだんか?」
紫苑と入れ替わりに現れたのは清明だった。狐は落ちていた面を拾い、再び付けて心に蓋をする。
「別れとちゃうわ。もう一度、這いつくばってでも迎えに行くと決めとります」
「そうか――なら、行くで」
「お師匠はん……もし、僕が……」
「わかっとる。紫苑は最澄に連れ出して、私の屋敷で匿うように言うてあるわ」
ならば彼女には誰も手出しはできまい、と狐は清明の後ろに続いた。
紫苑が部屋に入るなり、最澄は師の言いつけ通り有無を言わせず、紫苑を俵のように肩に担ぎ、窓から飛び出た。
「さ、最澄……!?」
「黙って。舌を噛むよ」
弟の行動の意味を判じかねた紫苑は困惑しながらも、ふと目の端に横切った黒い集団を発見した。
烏天狗の群れのようだが、輪を作って複数の刺又で誰かを拘束しているようだった。
犯罪者への処遇に、じわじわと紫苑の不安は大きくなる。
――捕らえられているのが、よく見知った憲法黒の単衣だったからだ。
「……旦那様……!? ねえ、最澄、お願いだから戻って!! 旦那様が!!」
「駄目。お師匠様の命令だから。それにこっちにも追手の気配がある。狐さんには悪いけど、このまま一条まで飛ぶよ」
「嫌だ!! 離して……その人を連れて行かないで!!」
紫苑の叫びは、高速で飛ぶ風の中に消えて行った。姉の悲痛な叫びに歯噛みしながらも、最澄は非情にもさらに速度を上げた。
◇
師に教えられた一条戻り橋の枝垂れ柳の下に滑り込むと、そこは荒れ放題の広い屋敷だった。屋敷の敷地に降りたった瞬間、追手の気配は消え、ひとまず濡れ縁に大人しくなった紫苑を腰掛けさせる。
「姉さん」
紫苑の前に膝をついて語りかけるが、彼女は虚空を見つめたまま茫然自失としてぴくりとも動かない。手の中の懐中時計を強く握りしめたまま微動だにしなかった。
いったい何が起こっているのだろうか、と師からの連絡を待とうとしたが、背後の草が動く音に、振り向きざま身構える。
「あんたら、速すぎや。追いつくのに骨が折れたわ」
「兎貴さん」
茶色く変色した雑草の間から顔を出したのは一匹の白兎だった。兎はさっと人間の女の姿を取る。
「狐さんが捕えられたようですが……兎貴さんは何かご存知ですか?」
「残念ながら、あたしもさっぱりや。ただ狐が引っ立てられた先は鞍馬五人衆のところみたいやけど、それしか解らん」
鞍馬五人衆――鞍馬山を仕切る五人がいったい何故、と最澄は考えて行き当たったのは狐の出生と姉の関係しかなかった。
「……兎貴さんは、狐さんの出生についてはどう伺っていますか?」
「狐の生まれ? これは極秘事項やから、知ってるのは五人衆くらいやと思ったけど、あたしはあんたらの方が知ってるんちゃうかと思ってきたんやで」
「僕ら、ですか?」
紫苑から少しだけ距離を取って、兎貴は濡れ縁に腰掛けた。
「同じ妖狐の合いの子でもな、お師匠はんは人間と狐の地を持つ『半妖』、けど、狐は風魔の血を持つ『半魔』や。似ているようでも全然違う。なあ、里を追われた風魔の話とか聞いたことあらへんか? それが間違いなく狐の親やろうし、五人衆が警戒しているのもそこのような気がしてなあ……」
里を追われた風魔――その言葉に最澄は一つの可能性に引っかかりを感じた。だか、情報量が少ない。そう言い聞かせたが、姉の手にある左回りの時計が目に入り、額に手を当てる。
「……いや、まさかな……だって、あれは……」
「なんや。心当たりあるんやん」
口を尖らせる兎貴に、最澄は「可能性は限りなく低いですが」と前置きして語りだした。
「里を追われた人、ではなく、里があの辺境の地に追いやられた原因の女性の話なら少しだけ存じています」
それはまだ最澄らが幼い頃、村に唯一生き残っていた老爺から聞いた話だ。風魔でありながらも少々異質の能力を持った女だったという。
「異質な力?」
「爺様の話では、風を操り、風の声を聴くだけでなく、過去に干渉できる方であったと聞きました。……それで、ここからは僕のこじつけなのですが、姉が握っている狐さんの懐中時計は左回りですよね。つまり、狐さんが母親と同じ能力をお持ちなら……過去に干渉できる」
「……あんた、それは」
「勿論、僕の憶測です。確証はなにもない。でも、僕と姉――真性の風魔よりも五人衆は狐さんを敵に回さないよう、細心の注意を払っている。そうでなければ、ただの半魔を『迎賓館』なんて檻には閉じ込めませんよね」
最澄の憶測に、おもわず兎貴は息をのんだ。この少年の聡明さもさることながら、話の筋道が正
確すぎるのだ。
仮に最澄の話が正しければ、狐と紫苑が結ばれたのは鞍馬にとっては脅威だ。引き離された理由も納得がいく。しかし、それでは妹のように可愛がってきた紫苑があまりにも不憫ではないか。
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