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第三夜-1
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3、
佐助の診療所に戻ってくると、さすがに佐助は起きていた。怪我人だろうか、三和土に二足の草鞋があり、三人分の話し声が聞こえてくる。
「姫、六、おかえり。ちょうど甚八達が今回の調査報告に来てくれていた」
「おかえり、二人とも。ちょうど良かった。姫も甚八に話があったから、長に訊かないとねってさっきまで話していたんだ」
「なんだい、俺っちに話があるのはおひいさんだけかい。淋しいねえ、六坊も甘えていいんだぜ?」
「今更、あんたになにを甘えろっていうのさ……」
六郎をからかってけたけたと笑う薄汚れた男が根津甚八のようだ。清は親しい親子のような遣り取りを三和土で聞いていた。
すると二人を佐助が窘め、清を手招く。清は呼ばれるまま、佐助の隣に座した。
「姫、紹介が遅れてすまない。この二人も十勇士です。右が根津甚八、左が穴山小助。二人は御庭番時代から海に詳しくてな。今でもこの二人にだけは、近海の調査をしてもらっている」
「あれ? 長、さっき甚八達って言ったよね。……もしかして…!」
「さっすが六ちゃん!! その幼顔で敏いところ、大好きー!!」
「……やっぱり居た」
突如、天井から宙吊りになりながら六郎を捕える清姫と同じ顔の女が現れた。いきなりの登場と甲高い声に、清姫は甚八達への挨拶も忘れて硬直する。
「……清姫、やかましくてすまない。これも十勇士の一人でな。貴女の影武者を頼んでいる由利鎌之助だ。以上三名、十勇士として見知り置き頂きたい」
「よろしくお願いしますー」
「こ、こちらこそ」
一瞬、死んだ姉が現れたかと錯覚した清に、甚八と鎌之助が挨拶をする中、茶を啜っていた。小助だけが視線すら合わせず、ちゃぶ台に湯呑みを置いて佐助に居直る。
「長、先日も進言いたしましたが、俺はこの姫君を惣領とするには些か早計かと存じます」
「同じ議論に時間を割く気はない」
小助は年齢で言えば、才蔵と同じくらいののっぺりとした青年だった。六郎に抱きついたまま天上から下りてきた鎌之助は「これだから頭でっかちはやだやだ」とますます六郎に抱きつく力を強めた。
「由利坊、そろそろ離してやらねえと六坊が泡吹いてるぜ」
この混沌とした空気の中、甚八だけは隣の小助も意に介さす、喉で笑っている。
「え、やだ!! 六ちゃん、まだ結納もしてないのに死なないで!!」
「……殺そうとしてるのはどこの誰だよ……!! あと結納どころか婚約もしてない!!」
ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら六郎は鎌之助から必死に距離を取る。一体、どう身を置いたらいいのか、混乱を極めている清に六郎が助け舟を出した。
「姫、小助の言い分なら耳を貸す必要はない。こいつ、何にでも文句つけたいだけだから」
「……六郎、何事にも甘ったれたことしか言わないお前と一緒にしないで欲しいものだ。俺はちゃんと清姫が惣領となることの危険性を考慮した上で長に進言している」
「じゃあ何が気に入らないのさ。具体的に言えよ」
睨み合う六郎と小助の間には火花が飛び散る。剣呑な空気に部屋が包まれなんとも居心地が悪い。
そう感じていた清姫が堪りかねたのか、二人の間に抜き身の刀で割り入って双方の視線を断った。
「へえ……!」
「あーらら」
甚八と鎌之助は、その様子に目を光らせて催し物でも楽しむかのような声を上げる。佐助は微動だにしなかったが、呆れているのが空気で解った。しかし、まずはこの二人だとばかりに清姫は刀を鞘に納めて、二人に居直る。
「小助、改めてはじめまして。挨拶もないまま、ただ否定されるのは士道に反する。貴方は忍びだけれど、身分も何もない時代になっても一言も無いままに己の意見だけは通して欲しいと言うの? 子供よりもタチが悪いわね」
「……とうに薄れている海賊の末裔と言うだけの小娘が偉そうに……!」
「その小娘にさえ、礼を説かれる貴方はなんなの? 確かに私は貴方達と海の知識も何も劣る。――でも、これから背中を預けようとする十勇士に、十勇士の命を預かる私に非があるなら、佐助ではなく私に直接物申すべきでしょう――違う?」
清姫の威圧感に、小助は二の句が継げない。これに満足したのか、佐助から「双方、そこまで」と鶴の一声が発せられる。
「小助、お前の負けだ。清姫の人柄と度胸は見ての通り。ただ九鬼家の血を引いているだけでは我らの命を預けようとも思わん。ゆえに、お前の意見は再び却下だ。――甚八、鎌之助、六郎は言うまでもなかろう」
「ありませーん」
「僕は始めから異論はございません」
「六坊に同じく。――が、即抜刀は改めた方が良いぜ、おひいさん。俺らはあくまで調査をするんだ。なのにすぐに抜いちまったら、同行する異人さんは失禁しちまう」
甚八の言葉に清は顔を赤らめてそそくさと小さくなって紅い顔で「あいすみませぬ」と謝罪を口にする。その様子にも甚八はくつくつと身体を揺すって小助の肩に手を置いた後で、佐助を横目で見る。
「長、苦労が絶えねえなあ」
低い声で佐助を労う。今にも酒を取り出しそうな男だが、眼光は鋭く、隙がない。
「わかってくれるか、甚八。私の胃を気遣ってくれるのはお前と六郎くらいだな。あとは三好兄弟が揃えば全員だが……。まずは今回の調査結果を報告してくれ」
「あいよ。――小助」
ぶすくれたままの小助は懐から海図を出して、ちゃぶ台に広げた。甚八はそれをごつごつとした指でなぞりながら説明を始めた。
「これは俺と小助で作った、この近海一帯の図面だ。日本の領土で残っているのは、日本海ではこの賀谷ノ島と佐渡ヶ島の一部――だが、人間はいない。あとは隣の戸瀬島だが、これも元々は無人島だから外す。本土は勿論のこと、太平洋側は全滅だ。あちらから大津波が来たからな。琉球も八割がやられた。数十人残っちゃいるが、あそこは独自の文化が強い上に、今は復興が大前提で誰が代表になるかしか考えてないな。人材に関して言えば、使えそうなのは、十勇士を筆頭にしたこの島の御庭番衆くらいだ」
「結局はそうなるか……。信頼がおける点では、清姫が乗る主な船は御庭番で固めるつもりだったから、大した痛手ではないのだが……問題は残りの船か」
「一隻じゃあ、なにも調査ができねえからなあ。主船はイスパニアを口説き落としたんだろ? あとは最低でも三隻は欲しいな。――オランダとポルトガルは三好兄弟がそれぞれ行っているんだろう。どうなってんだい?」
「連絡待ちだ。私の次に異国の言葉に長けているのが才蔵、六郎、清海、伊三だが、才蔵と六郎には薬師としてこの島から離れてもらっては困る。ゆえに奴らに行かせた。だが……」
「色よい返事をまだ持ってこない、か」
佐助の歯切れの悪い言葉の先を甚八が継ぐ。清姫は海図を目にしながら、すっぽりと無くなってしまった故国の後を見る。
「あの、質問……良いですか?」
「なんだい?」
「なぜ国は消えたのか――それを調べる訳ですが、本当にただの災害だけが原因ですか? それに海没したなら海の中も調べる要員が必要ですよね?」
清の問いに、甚八はにやりと口角を吊り上げる。
「……なるほど。確かに馬鹿じゃねえなあ」
「良い質問だ。まず海へ潜る人員については置いておく。で、貴女はあの未曽有の大災害を覚えていないと言った。――私はそれが気になっていてな。おそらく生き残りの人間の中でも『清姫だけ』が国が滅んでいくところを知らないだろう。その上で訊きたい。――貴女は記憶が無くなる直前、なにをしていた? 誰のところで何をしていたのかを教えて欲しい」
佐助からの質問に、清は必死で記憶の糸を手繰り寄せる。
確か、と曖昧な映像がバラバラに錦絵のように思い出された。
「……えっと、一番新しい記憶は師匠が懇意にしていた神社へ畑で獲れた西瓜を持って行くように言いつけられて、行きました。そこで神主様とお話しをして……そうだ……新しい巫女さんが入られたとかでご挨拶をして、少し変わった雰囲気の明るい少女でした」
「巫女、か。特徴や名前は思いだせるか?」
「綺麗な真っ黒な平安髪と大きな目が印象的で……ああ、少し京訛りがありました。名前は……私と似ている、と話した覚えが……」
「澄、ではないか?」
「そ、そう!」
「……藤子様か……。ちなみにその神社は水難除けや海神を奉っているってか?」
佐助と甚八に交互に言い当てられて、清は胸にざわつく物を感じた。説明を待つ清を佐助が真向かいに居直って、説明を始める。
「まず君が出逢ったのは土御門藤子様とおっしゃる和宮内親王殿下付きの大奥女中であった方だ。安倍土御門家のご出身で、陰陽師・安倍清明の血を受けた生まれ変わりだと江戸城でも有名な御方だった。降嫁なさった宮様と共に京からいらした方だったから、京訛りがあったのはそのせいだろう。――姫が出逢ったのは藤子様の分身、或いはあの方の形代で間違いはないと思う。あの方は京でも江戸でも有名な本物の霊能力者だったから」
佐助はここで一度話を切って、湯呑みから茶を一口飲み話を再開させる。
「おそらく紹介された後に貴女を眠らせ、明石から水難除けの呪符か守りを授けて、城崎辺りまで運んだ。姫が四日も漂流していたのに、命があったのはそのせいだ。普通は真夏とは言え、四日も漂流していては生きてはいない。本当は小舟か何かで二、三日……それから落ちて一、二日の漂流だったから、生きてこの賀谷ノ島に流れ着いた――こんなところか」
佐助の説明に清は息をのんだ。あの巫女が霊能力者でしかも己に水難除けまで施してこの島に辿り着き、佐助達と出逢うように仕向けた。――なぜだ。
「なぜ、という理由はおそらく我々と同じだ」
「私が……九鬼家の血を受けた者だから」
「そう。これは私の推測だが、藤子様には日本の未来が見えていた。国が沈むという光景が。そして貴女に託した」
「藤子様は……なぜ御庭番のどなたにも未来について告げなかったのでしょうか?」
これには甚八も佐助も、おどけて肩を竦める。
「解らん、というのが正直なところだな。だが、これで得心がいった。やはり亡国の調査には姫が惣領となることは藤子様からの御下命だ、と」
「姫を否定する口実が無くなって残念だね、小助」
六郎は小声で眉間に皺を寄せていた小助にそう囁いた。あからさまに小助は舌打ちを漏らした。
「ま、一つ謎が解けたところで次の質問である。海洋の調査だ。――正直、これが一番の難物だな。海女でもないのに海に潜って沈没した物を探るとなると十勇士には手が余る」
「これには異国の手を借りるしかあるめえよ」
「そうだな。地質学としては平賀源内などの著作があるが、そもそも噴火、地震、地割れの三つを我々も学ばねばなるまい」
頭が痛くなりそうだ、と清は考えたがやるしかないのだ。事は既に始まっている。
「調査に関しては……もう決定事項です。イスパニアとの交渉も決定事項、オランダとポルトガルも交渉に行っているというなら後には退けない。――諸外国の意見も積極的に取り入れたい。安売りはしないが、協力を仰ごう。どんな手を使っても!! その為には、甚八、小助、まずは私を海に慣れさせて欲しい。特に甚八は海戦術にも詳しいと聞いた。ご教授願う」
清の言葉に一同は息をのんだ。甚八は「喜んで。但し、優しくはありませんぜ」と笑んだ。
清も「臨むところ!!」と発する。
「姫は日に日にではなく、一刻ずつ成長するね。――僕はそれが少し不安でもあるんだ。君の事は気に入らない点が山ほどあるけど、実力と能力は評価しているんだ。小助、海に出たら姫を頼むよ」
「……不本意ながら、心得た」
十勇士の間でも小さな誓いがあった。清はそれを知らない。
★続...
佐助の診療所に戻ってくると、さすがに佐助は起きていた。怪我人だろうか、三和土に二足の草鞋があり、三人分の話し声が聞こえてくる。
「姫、六、おかえり。ちょうど甚八達が今回の調査報告に来てくれていた」
「おかえり、二人とも。ちょうど良かった。姫も甚八に話があったから、長に訊かないとねってさっきまで話していたんだ」
「なんだい、俺っちに話があるのはおひいさんだけかい。淋しいねえ、六坊も甘えていいんだぜ?」
「今更、あんたになにを甘えろっていうのさ……」
六郎をからかってけたけたと笑う薄汚れた男が根津甚八のようだ。清は親しい親子のような遣り取りを三和土で聞いていた。
すると二人を佐助が窘め、清を手招く。清は呼ばれるまま、佐助の隣に座した。
「姫、紹介が遅れてすまない。この二人も十勇士です。右が根津甚八、左が穴山小助。二人は御庭番時代から海に詳しくてな。今でもこの二人にだけは、近海の調査をしてもらっている」
「あれ? 長、さっき甚八達って言ったよね。……もしかして…!」
「さっすが六ちゃん!! その幼顔で敏いところ、大好きー!!」
「……やっぱり居た」
突如、天井から宙吊りになりながら六郎を捕える清姫と同じ顔の女が現れた。いきなりの登場と甲高い声に、清姫は甚八達への挨拶も忘れて硬直する。
「……清姫、やかましくてすまない。これも十勇士の一人でな。貴女の影武者を頼んでいる由利鎌之助だ。以上三名、十勇士として見知り置き頂きたい」
「よろしくお願いしますー」
「こ、こちらこそ」
一瞬、死んだ姉が現れたかと錯覚した清に、甚八と鎌之助が挨拶をする中、茶を啜っていた。小助だけが視線すら合わせず、ちゃぶ台に湯呑みを置いて佐助に居直る。
「長、先日も進言いたしましたが、俺はこの姫君を惣領とするには些か早計かと存じます」
「同じ議論に時間を割く気はない」
小助は年齢で言えば、才蔵と同じくらいののっぺりとした青年だった。六郎に抱きついたまま天上から下りてきた鎌之助は「これだから頭でっかちはやだやだ」とますます六郎に抱きつく力を強めた。
「由利坊、そろそろ離してやらねえと六坊が泡吹いてるぜ」
この混沌とした空気の中、甚八だけは隣の小助も意に介さす、喉で笑っている。
「え、やだ!! 六ちゃん、まだ結納もしてないのに死なないで!!」
「……殺そうとしてるのはどこの誰だよ……!! あと結納どころか婚約もしてない!!」
ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら六郎は鎌之助から必死に距離を取る。一体、どう身を置いたらいいのか、混乱を極めている清に六郎が助け舟を出した。
「姫、小助の言い分なら耳を貸す必要はない。こいつ、何にでも文句つけたいだけだから」
「……六郎、何事にも甘ったれたことしか言わないお前と一緒にしないで欲しいものだ。俺はちゃんと清姫が惣領となることの危険性を考慮した上で長に進言している」
「じゃあ何が気に入らないのさ。具体的に言えよ」
睨み合う六郎と小助の間には火花が飛び散る。剣呑な空気に部屋が包まれなんとも居心地が悪い。
そう感じていた清姫が堪りかねたのか、二人の間に抜き身の刀で割り入って双方の視線を断った。
「へえ……!」
「あーらら」
甚八と鎌之助は、その様子に目を光らせて催し物でも楽しむかのような声を上げる。佐助は微動だにしなかったが、呆れているのが空気で解った。しかし、まずはこの二人だとばかりに清姫は刀を鞘に納めて、二人に居直る。
「小助、改めてはじめまして。挨拶もないまま、ただ否定されるのは士道に反する。貴方は忍びだけれど、身分も何もない時代になっても一言も無いままに己の意見だけは通して欲しいと言うの? 子供よりもタチが悪いわね」
「……とうに薄れている海賊の末裔と言うだけの小娘が偉そうに……!」
「その小娘にさえ、礼を説かれる貴方はなんなの? 確かに私は貴方達と海の知識も何も劣る。――でも、これから背中を預けようとする十勇士に、十勇士の命を預かる私に非があるなら、佐助ではなく私に直接物申すべきでしょう――違う?」
清姫の威圧感に、小助は二の句が継げない。これに満足したのか、佐助から「双方、そこまで」と鶴の一声が発せられる。
「小助、お前の負けだ。清姫の人柄と度胸は見ての通り。ただ九鬼家の血を引いているだけでは我らの命を預けようとも思わん。ゆえに、お前の意見は再び却下だ。――甚八、鎌之助、六郎は言うまでもなかろう」
「ありませーん」
「僕は始めから異論はございません」
「六坊に同じく。――が、即抜刀は改めた方が良いぜ、おひいさん。俺らはあくまで調査をするんだ。なのにすぐに抜いちまったら、同行する異人さんは失禁しちまう」
甚八の言葉に清は顔を赤らめてそそくさと小さくなって紅い顔で「あいすみませぬ」と謝罪を口にする。その様子にも甚八はくつくつと身体を揺すって小助の肩に手を置いた後で、佐助を横目で見る。
「長、苦労が絶えねえなあ」
低い声で佐助を労う。今にも酒を取り出しそうな男だが、眼光は鋭く、隙がない。
「わかってくれるか、甚八。私の胃を気遣ってくれるのはお前と六郎くらいだな。あとは三好兄弟が揃えば全員だが……。まずは今回の調査結果を報告してくれ」
「あいよ。――小助」
ぶすくれたままの小助は懐から海図を出して、ちゃぶ台に広げた。甚八はそれをごつごつとした指でなぞりながら説明を始めた。
「これは俺と小助で作った、この近海一帯の図面だ。日本の領土で残っているのは、日本海ではこの賀谷ノ島と佐渡ヶ島の一部――だが、人間はいない。あとは隣の戸瀬島だが、これも元々は無人島だから外す。本土は勿論のこと、太平洋側は全滅だ。あちらから大津波が来たからな。琉球も八割がやられた。数十人残っちゃいるが、あそこは独自の文化が強い上に、今は復興が大前提で誰が代表になるかしか考えてないな。人材に関して言えば、使えそうなのは、十勇士を筆頭にしたこの島の御庭番衆くらいだ」
「結局はそうなるか……。信頼がおける点では、清姫が乗る主な船は御庭番で固めるつもりだったから、大した痛手ではないのだが……問題は残りの船か」
「一隻じゃあ、なにも調査ができねえからなあ。主船はイスパニアを口説き落としたんだろ? あとは最低でも三隻は欲しいな。――オランダとポルトガルは三好兄弟がそれぞれ行っているんだろう。どうなってんだい?」
「連絡待ちだ。私の次に異国の言葉に長けているのが才蔵、六郎、清海、伊三だが、才蔵と六郎には薬師としてこの島から離れてもらっては困る。ゆえに奴らに行かせた。だが……」
「色よい返事をまだ持ってこない、か」
佐助の歯切れの悪い言葉の先を甚八が継ぐ。清姫は海図を目にしながら、すっぽりと無くなってしまった故国の後を見る。
「あの、質問……良いですか?」
「なんだい?」
「なぜ国は消えたのか――それを調べる訳ですが、本当にただの災害だけが原因ですか? それに海没したなら海の中も調べる要員が必要ですよね?」
清の問いに、甚八はにやりと口角を吊り上げる。
「……なるほど。確かに馬鹿じゃねえなあ」
「良い質問だ。まず海へ潜る人員については置いておく。で、貴女はあの未曽有の大災害を覚えていないと言った。――私はそれが気になっていてな。おそらく生き残りの人間の中でも『清姫だけ』が国が滅んでいくところを知らないだろう。その上で訊きたい。――貴女は記憶が無くなる直前、なにをしていた? 誰のところで何をしていたのかを教えて欲しい」
佐助からの質問に、清は必死で記憶の糸を手繰り寄せる。
確か、と曖昧な映像がバラバラに錦絵のように思い出された。
「……えっと、一番新しい記憶は師匠が懇意にしていた神社へ畑で獲れた西瓜を持って行くように言いつけられて、行きました。そこで神主様とお話しをして……そうだ……新しい巫女さんが入られたとかでご挨拶をして、少し変わった雰囲気の明るい少女でした」
「巫女、か。特徴や名前は思いだせるか?」
「綺麗な真っ黒な平安髪と大きな目が印象的で……ああ、少し京訛りがありました。名前は……私と似ている、と話した覚えが……」
「澄、ではないか?」
「そ、そう!」
「……藤子様か……。ちなみにその神社は水難除けや海神を奉っているってか?」
佐助と甚八に交互に言い当てられて、清は胸にざわつく物を感じた。説明を待つ清を佐助が真向かいに居直って、説明を始める。
「まず君が出逢ったのは土御門藤子様とおっしゃる和宮内親王殿下付きの大奥女中であった方だ。安倍土御門家のご出身で、陰陽師・安倍清明の血を受けた生まれ変わりだと江戸城でも有名な御方だった。降嫁なさった宮様と共に京からいらした方だったから、京訛りがあったのはそのせいだろう。――姫が出逢ったのは藤子様の分身、或いはあの方の形代で間違いはないと思う。あの方は京でも江戸でも有名な本物の霊能力者だったから」
佐助はここで一度話を切って、湯呑みから茶を一口飲み話を再開させる。
「おそらく紹介された後に貴女を眠らせ、明石から水難除けの呪符か守りを授けて、城崎辺りまで運んだ。姫が四日も漂流していたのに、命があったのはそのせいだ。普通は真夏とは言え、四日も漂流していては生きてはいない。本当は小舟か何かで二、三日……それから落ちて一、二日の漂流だったから、生きてこの賀谷ノ島に流れ着いた――こんなところか」
佐助の説明に清は息をのんだ。あの巫女が霊能力者でしかも己に水難除けまで施してこの島に辿り着き、佐助達と出逢うように仕向けた。――なぜだ。
「なぜ、という理由はおそらく我々と同じだ」
「私が……九鬼家の血を受けた者だから」
「そう。これは私の推測だが、藤子様には日本の未来が見えていた。国が沈むという光景が。そして貴女に託した」
「藤子様は……なぜ御庭番のどなたにも未来について告げなかったのでしょうか?」
これには甚八も佐助も、おどけて肩を竦める。
「解らん、というのが正直なところだな。だが、これで得心がいった。やはり亡国の調査には姫が惣領となることは藤子様からの御下命だ、と」
「姫を否定する口実が無くなって残念だね、小助」
六郎は小声で眉間に皺を寄せていた小助にそう囁いた。あからさまに小助は舌打ちを漏らした。
「ま、一つ謎が解けたところで次の質問である。海洋の調査だ。――正直、これが一番の難物だな。海女でもないのに海に潜って沈没した物を探るとなると十勇士には手が余る」
「これには異国の手を借りるしかあるめえよ」
「そうだな。地質学としては平賀源内などの著作があるが、そもそも噴火、地震、地割れの三つを我々も学ばねばなるまい」
頭が痛くなりそうだ、と清は考えたがやるしかないのだ。事は既に始まっている。
「調査に関しては……もう決定事項です。イスパニアとの交渉も決定事項、オランダとポルトガルも交渉に行っているというなら後には退けない。――諸外国の意見も積極的に取り入れたい。安売りはしないが、協力を仰ごう。どんな手を使っても!! その為には、甚八、小助、まずは私を海に慣れさせて欲しい。特に甚八は海戦術にも詳しいと聞いた。ご教授願う」
清の言葉に一同は息をのんだ。甚八は「喜んで。但し、優しくはありませんぜ」と笑んだ。
清も「臨むところ!!」と発する。
「姫は日に日にではなく、一刻ずつ成長するね。――僕はそれが少し不安でもあるんだ。君の事は気に入らない点が山ほどあるけど、実力と能力は評価しているんだ。小助、海に出たら姫を頼むよ」
「……不本意ながら、心得た」
十勇士の間でも小さな誓いがあった。清はそれを知らない。
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