人狼ゲーム『Selfishly -エリカの礎-』

半沢柚々

文字の大きさ
82 / 389
――TIPS

天井の金魚(3)

しおりを挟む

 帰り際に職員室に立ち寄って、帰宅することを告げる。
 すっかり暮れてしまった夜道を和華と惣子朗は、普段はそうすることがないのに、とてもとても自然に、自然に肩を並べて歩く。とくん、とくんと、少しだけ響く鼓動がなんだか少しくすぐったい。隣を意識する。平均よりもやや高い和華の頭が惣子朗の首筋辺りにあることを知って、ああ、男の子なんだなと、妙に関心してしまう。

「天井の金魚の話、覚えてるか?」

 他愛もない会話の途中で、唐突に惣子朗がそう問い掛けてくる。安らかな気持ちになるよ――と、あの日の時間を思い出す。彼との話を、忘れるわけもない。

「覚えているわ。江戸時代の大阪で、繁栄を極めていた豪商が、天井を水槽にして下から金魚を眺めていたって話ね」
「ああ、それ。俺さ、あれから少し考えたんだよ」

 歩みを進めながら、惣子郎は少し腰を屈めるようにして和華の顔を覗き込んだ。一瞬だけ胸が大きく高鳴ってしまったのは、内緒だ。

「七瀬はどう思う?」
「どう思う、って?」
「金持ちだかなんだか知らないが、なんだって天井に金魚を飼ってみようだなんて思ったんだろうな。七瀬はさ、その豪商は、天井で泳ぐ金魚を見て、なにを考えたと思う?」

 難しい質問だった。惣子朗の話を聞いて、興味を持った和華は〝天井の金魚〟に関する本を探してみた。けれど見つけられなかった。惣子朗の疑問はそのまんま和華の疑問でもある。ゆらゆら、ひらひら。下から見上げたその先の水槽で各々と揺らめく金魚の群れ。きらきら、きらきら。けれど、もっとよく確かめたいと、よく見て触れて感じたいと願ってもきっと叶わないのだ。だって天井だから。

「わからないわ。でも、私もそれが知りたい。筒井くんは? 筒井くんは、どう思うの?」
「俺もわかんねー。でも」
 星が瞬いていた。惣子朗は星空を仰いで手を伸ばす。

「これと一緒だ。どれだけ手を伸ばしても、届かない、頭の上だから、多分、すげえ遠くに感じるんだよな」

 きっと――と、惣子朗は立ち止まった。釣られて和華も足を止める。
 空を仰ぐ惣子朗の表情は自分に向いていない。だから彼がどんな顔をしているのか、和華にはわからない。心臓をキュッと抓られたような、痺れるような切なさで胸が震えた。わからないことが切なかった。

「卒業まで半年もないだろ? 七瀬、俺にはさ」

 和華も空を見上げる。ああ、夜空なんて久々にまじまじと見たけれど、オリオン座がこんなにも瞬いている。

「天井を泳ぐ金魚が、クラスのみんなに思えてならないんだ」

 当たり前みたいに巡り会って当たり前みたいに時を過ごして、当たり前に笑い合って当たり前にそばにいた。同じ目線にあるのが当たり前だったはずの水槽と金魚の群れが、天を泳ぐと。

「泳ぐ場所が変わっただけなのに、途端に手の届かない物のように感じる」
 そう言うものだろ、でもそれって、悲しいことなんかじゃなくて、きっと凄いことなんだよな、だからきっと宝物なんだ、今の時間がとても大切なんだ――。



「送ってくれてありがとう」
 玄関の前で振り返って、涼やかに笑い掛ける。

「どういたしまして」
 惣子朗も笑って、少し照れたように頭を引っ掻いた。

「七瀬、あのさ」

 おもむろに通学用バックを探って惣子朗が一冊の本を取り出すと、和華に差し出した。不思議に思いつつ和華はそれを受け取ると、表紙を眺めてみる。ブックカバーで保護されていて、本のタイトルはわからない。

「これって?」
「本、好きなんだろ? 今、読みかけてる途中なんだ。続きは楽しみにしてるから、……卒業したら、返してほしい」

 はにかむように、惣子朗は笑った。

「高等部でも、同じクラスになれたらいいな」

 また明日――そう言い残して、惣子朗は和華から遠ざかっていく。どんどんどんどん、視界の彼方に過ぎて行く。
 和華は溶けるように熱く、締め付けられる胸をそっと押さえた。息苦しくて、もやもやする。天井をガラス張りにして金魚を飼ったと言う豪商、天井には手が届かないと言った彼。――今だってそうだ、小さくなる惣子朗の背中に、手が届かない。届かない。

 わからない、彼に対するこの感情が、なにかなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...