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『腸』――2日目
079.『閖白えりか』
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――――PM12:30、書斎
カチャ――――
乃木坂 朔也
(…………俺は、書斎の扉を開けた。
途端にカビたような埃の臭いがもわんと鼻につく。
古い洋館を型どってはいるが比較的小綺麗だった他の部屋に比べると、ここはかなり年期が入っているというか、何十年も放置されていた。
……………………。
ここへ来て思う。俺は、どうすれば良いんだろう。なにを探せば良いんだろう。
手掛かりは『閖白えりか』、この名前だけだ)
乃木坂 朔也
「……………………」
(書斎に並んでいるのは古い書物だけだった。
小説なら太宰治とか、夏目漱石とか、そんな時代のものばかりだ。
奥にはカウンターがあった。
俺はカウンターに手を置いて、積もった埃を指で辿った)
乃木坂 朔也
「……………………」
(書斎をぐるりと見渡してみる。
すると、簡易ソファーと棚の間に積み上げられた新聞を発見した。
…………手掛かりがあるとしたら、これだ。
閖白えりか…………たぶん、ニュースかなにかでその名を聞いたことがあったんだ)
行方不明となっているのは、当時××歳の×××××くんと××歳の閖白えりかちゃんで――――――
乃木坂 朔也
(俺は新聞を一式、カウンターにどんと音を立てて置いた。)
乃木坂 朔也
「……………………。
………………………………。
…………、……………………
………………………………あ、った」
(さして苦労もせずに、その名はあっさりと見つかった。
よくよく他を見れば、その新聞は全て一つの事件を取り上げたものが揃っていたのだ。
繭見沢一家惨殺事件。
首謀者は当時15歳の少年A。
少年Aは午後8時未明、当時クリーニング店を経営していた墨谷創太さん(当時49歳)宅に無断で侵入。
始めに創太さんを惨殺し、続いて長男の颯太くん(当時高校二年生)、妻の夏海さん(当時45歳)、一階和室にて介護状態だった志津江さん(当時82歳)を次々と刺殺すると、当時少年Aの交際相手であった長女の南海さん(当時15歳)と揉み合いの末、これも刺殺。最後は少年Aも南海さんの遺体に寄り添うにして自殺をはかった…………。
墨谷さん宅の次男、昂太くん(当時7歳)はその後行方不明。警察は少年Aがなんらかの目的で昂太くんを外へ連れ出したと見ているが、被疑者死亡により、昂太くんの身元は未だ発見に至らない…………。
少年Aはこの事件の数日前にも、両親を殺害。少年Aの妹で長女のえりかさん(当時7歳)は、昂太くんと同じように未だ発見には至っていない…………。)
乃木坂 朔也
「…………えりか」
(えりかの、名字はなんだ。少年Aの本名は。
これだけの事件なのだ。実名報道をしている新聞も中にはあるかも知れない。
俺は忙しない動作で新聞を探った。
そして…………そして……………………)
乃木坂 朔也
「…………、っ!」
(あった。少年Aこと『閖白 仁』。ゆりしろひとしと読むそうだ。
惨殺された両親は『閖白 大(まさる)』、妻の『朝子(あさこ)』。
そして、行方不明とされている少女は…………『閖白えりか』…………)
乃木坂 朔也
「……………………っ!」
(なんだ、これがどうした。これが美海とどう関係がある。
墨谷創太、墨谷夏海、墨谷志津江、墨谷颯太、墨谷南海、墨谷昂太、閖白大、閖白朝子、閖白仁、閖白えりか…………この二つの家族が、美海とどう関係があるって言うんだ…………。
冷や汗が止まらなかった。逸る気持ちが新聞をめくる動作を荒々しいものにしていた。
鼓動がうるさい。…………嫌な、嫌な予感がするんだ)
乃木坂 朔也
「……………………」
(俺の新聞をめくる手が、ある記事を目撃した途端に止まった。
惨殺された一家の顔写真、そこで無邪気な笑顔を浮かべる男の子。…………行方不明とされている、墨谷昂太。
そして、加害者家族の顔写真も。犯人の閖白仁の隣で、すこし寂しそうな、切なげな笑顔向ける少女は閖白えりか。行方不明とされているその、少女は…………)
乃木坂 朔也
「……………………っ、
美、海……………………!」
(美海だ。雰囲気は今とかなり違うけど、このハーフのような美しい顔立ちは、どことなく面影の残るこの少女は、…………美海だ)
乃木坂 朔也
「……………………」
(俺は呆然としていた。
過去類を見ないほどの惨殺事件。その加害者家族は…………唯一生き残ったと思われるその少女は、美海だった…………。
頭に酸素が足りない。呼吸が苦しい。
美海…………君は、君が…………閖白えりかなのか?
太い蔓が足元を引っ張るように、俺はその場を動くことができなかった…………)
――――モニタールーム
菫谷 昴
「そうだよ、乃木坂…………やっと見つけてくれたな。
美海の正体が閖白えりかだとしたら? そして、行方不明のもう一人の少年が身近にいるとしたら?
……………………お前は軽蔑するか、美海を。そして、俺を…………」
如月 仁
「……………………お前の目的はなんなんだ」
ガンっ――――ドカッ――――
菫谷 昴
「不用意に喋るんじゃねえよ、このクソチェリーボーイ。
…………俺はさ、お前のその、存在自体が気に入らねえんだよ。
……………………名前だけじゃなくて見た目も似やがって」
如月 仁
「…………なんの話だ?」
菫谷 昴
「だから言ってんだろ?
…………お前には、教えてやらねえよ」
如月 仁
「………………………………」
菫谷 昴
「…………さあ、もっと探せ、勘繰れ。
…………お前が長年思いを寄せた女が、どういう女だったのか…………」
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