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第一部 消失 (二〇二四年十月)
第8話
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JR高田馬場駅には真理雄と湖南の二人で向かうことにした。
犯人は真理雄に金を運ばせろと指示しただけで、一人で来いとは言っていないので、これでも問題ない筈だ。
綺羅と夏目は自宅で待機。山手線の各駅には捜査員を先回りさせて配備する。
駅周辺は学生たちでごった返していた。そのどれもが大した悩みもなくお気楽そうに見えて、真理雄は酷く彼らを羨ましいと思った。
「……犯人は一体どこへ向かわせるつもりなんでしょう?」
「さて?」
湖南は肩を竦める。
「恐らく直前まで行き先を教えるつもりはないのでしょう。誘拐犯が最も苦労するのは身代金の受け取り方法ですからね。用心に用心を重ねて、次々に行き先を変更してくることも考えておいた方がいいでしょう」
真理雄と湖南は改札を抜け、階段を上がってホームへと向かう。
17時30分に来た電車は座席が埋まるくらいの乗客はいるが、満員という程ではなかった。
「ところで天童さん、本当に犯人に心当たりはないのですか?」
湖南が何気ない風を装って質問する。
「……ええ、残念ながら」
「これは僕の直感なのですがね、犯人は天童さんのよく知る人物なのではないかと思うのです」
「湖南さんはやはり、この誘拐は私への怨恨が動機と考えているのですか?」
真理雄は少し苛立った様子で言う。
湖南はじっと真理雄の目を見ていた。
「二度目の電話の際、犯人は瞬時に夏目さんの声を警察だと判断しました。それは、犯人があなたの声をよく知っていたからではないかと考えたのです。だから電話越しでも夏目さんを警察だと看破した」
「しかし、私には本当に心当たりがなくて……」
「失礼ですが、あなたのことを少々調べさせて貰いました」
真理雄の喉が鳴る。
「あなたは手品道具の商品開発を生業にしているそうですね?」
「……それが何か?」
「一度はプロのマジシャンを志したあなたが大手玩具メーカーの九十九社に入社したのは、事故で利き手の親指を失ってからです。つまり、自分で演じることのできなくなったマジックのタネを大手企業に売り込んでいる、という見方もできますね」
「それの何が悪い!!」
「悪いだなんて言ってません」
「言っておきますが、私が売っているのは全て私の考えたオリジナルのトリックだ。他のマジシャンが使っているタネをばらしたことは一度たりともない」
「ええ、あなたがそこまで言うならそうなんでしょう。ですが、果たして他人の目からもそう見えていると断じることができるでしょうか? 本当に誰からも恨まれていないと言えますか?」
「…………」
真理雄は車内で天を仰ぐ。
「……湖南さんは犯人はマジシャンだとお考えですか?」
「だとしたら厄介この上ないですね。どんな大技が飛び出るかわからない」
湖南のその言い方は、本気とも冗談ともとれない。
「でも、だからって……」
「ご安心ください。犯人の好きにはさせません。その為に僕がこうして付いているのですからね。僕だけじゃない、大勢の警官たちが味方です。犯人がどんな手を考えているか知りませんが、必ず花ちゃんを無事に救出してみせますよ」
「……宜しくお願いします」
真理雄は湖南に小さく頭を下げた。
犯人は真理雄に金を運ばせろと指示しただけで、一人で来いとは言っていないので、これでも問題ない筈だ。
綺羅と夏目は自宅で待機。山手線の各駅には捜査員を先回りさせて配備する。
駅周辺は学生たちでごった返していた。そのどれもが大した悩みもなくお気楽そうに見えて、真理雄は酷く彼らを羨ましいと思った。
「……犯人は一体どこへ向かわせるつもりなんでしょう?」
「さて?」
湖南は肩を竦める。
「恐らく直前まで行き先を教えるつもりはないのでしょう。誘拐犯が最も苦労するのは身代金の受け取り方法ですからね。用心に用心を重ねて、次々に行き先を変更してくることも考えておいた方がいいでしょう」
真理雄と湖南は改札を抜け、階段を上がってホームへと向かう。
17時30分に来た電車は座席が埋まるくらいの乗客はいるが、満員という程ではなかった。
「ところで天童さん、本当に犯人に心当たりはないのですか?」
湖南が何気ない風を装って質問する。
「……ええ、残念ながら」
「これは僕の直感なのですがね、犯人は天童さんのよく知る人物なのではないかと思うのです」
「湖南さんはやはり、この誘拐は私への怨恨が動機と考えているのですか?」
真理雄は少し苛立った様子で言う。
湖南はじっと真理雄の目を見ていた。
「二度目の電話の際、犯人は瞬時に夏目さんの声を警察だと判断しました。それは、犯人があなたの声をよく知っていたからではないかと考えたのです。だから電話越しでも夏目さんを警察だと看破した」
「しかし、私には本当に心当たりがなくて……」
「失礼ですが、あなたのことを少々調べさせて貰いました」
真理雄の喉が鳴る。
「あなたは手品道具の商品開発を生業にしているそうですね?」
「……それが何か?」
「一度はプロのマジシャンを志したあなたが大手玩具メーカーの九十九社に入社したのは、事故で利き手の親指を失ってからです。つまり、自分で演じることのできなくなったマジックのタネを大手企業に売り込んでいる、という見方もできますね」
「それの何が悪い!!」
「悪いだなんて言ってません」
「言っておきますが、私が売っているのは全て私の考えたオリジナルのトリックだ。他のマジシャンが使っているタネをばらしたことは一度たりともない」
「ええ、あなたがそこまで言うならそうなんでしょう。ですが、果たして他人の目からもそう見えていると断じることができるでしょうか? 本当に誰からも恨まれていないと言えますか?」
「…………」
真理雄は車内で天を仰ぐ。
「……湖南さんは犯人はマジシャンだとお考えですか?」
「だとしたら厄介この上ないですね。どんな大技が飛び出るかわからない」
湖南のその言い方は、本気とも冗談ともとれない。
「でも、だからって……」
「ご安心ください。犯人の好きにはさせません。その為に僕がこうして付いているのですからね。僕だけじゃない、大勢の警官たちが味方です。犯人がどんな手を考えているか知りませんが、必ず花ちゃんを無事に救出してみせますよ」
「……宜しくお願いします」
真理雄は湖南に小さく頭を下げた。
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