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第一部 消失 (二〇二四年十月)
第20話
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天童花誘拐事件の翌日、湖南は東京千代田区霞が関にある警視庁本部庁舎を訪れた。
受付で夏目の名を告げると、捜査一課へ通される。
「湖南君、こっちだ」
夏目に手招きされて、湖南は取調室に入る。
湖南は今のところ警察との関係は良好だと考えているが、夏目の方では必ずしもそうではないらしい。探偵風情を応接室に通すのはやはり抵抗があるようだった。湖南としてはどうでもいいことである。
「自分の目で確かめてくれ」
そう言って夏目が見せたのは写真だ。トイレの個室内で胸をナイフで深々と刺された天童真理雄が写っている。真理雄は驚いたように大きく口を開けて息絶えていた。即死だろう。血は殆ど出ていない。
右手の親指は手袋が邪魔で確認できなかった。
「……親指は?」
「ないよ。君に言われて改めて調べたが、蜥蜴じゃないんだから、なくなった指が生えてきたりするもんか」
「……でも、吹き飛んだ筈の手足は元に戻っている」
屋上で真理雄の死体を見たのは湖南だけではない。あのとき、九十九社には警察官が大勢いたのだから、見間違いや勘違いであるわけがなかった。
「一応確認なんだが、屋上で死んでいたのは確かに天童真理雄だったんだな?」
「ええ、間違いありません。僕だけでなく、大勢の警官たちも確認しています。夏目さんは替え玉を疑っているのですか?」
「……そう考える他ないだろう」
夏目は重々しく頷く。
確かにそれが最も常識的な解釈だろう。屋上で爆殺されたのは天童真理雄ではない別人で、本物は駅のトイレで刺殺された。これで瞬間移動の方の説明は一応つく。
「ですが、屋上の死体を消した方法は?」
「それはまだわからんが、どこかに隠すとかして上手くやったのだろう」
「屋上には物を隠せる場所なんてありませんよ。それに鑑識に屋上を調べさせたところ、毛髪や血液はおろかルミノール反応すら出てこなかった」
九十九社の屋上からは真理雄どころか人がいた痕跡が丸ごと消えていた。
「……何が何だかさっぱりわからんよ」
夏目は疲れた顔でため息をつく。
「同感です。ですが、仮説を立てることはできます」
湖南は真理雄が特殊な能力で蘇り、瞬間移動したという推理を夏目に話した。
「……湖南君、それは幾ら何でも」
「荒唐無稽ですか? しかし、そうとでも考えなければ一連の現象を説明できません」
「……だがそれだと、何でもありではないかね。殺しても死なない上に瞬間移動までできる。そんな相手を捕まえることなど考えられん」
「それがそうでもないんですよ。天童真理雄の利き手の親指はないままでした。吹き飛んだ右腕と右脚は元通りに復元したのにです。つまり真理雄の死によって引き起こされた復元は、あるポイントまでしか遡れないのではないかという仮説が立ちます。復元された場所が東京駅のトイレだったという点も興味深い。そこに何らかの因果関係があるのではないかと僕は考えます」
そこまで話して、湖南は思い直す。
さっきは真理雄の移動と復活をデスルーラに喩えたが、どちらかと言えばこれはRPGではなくアクションゲームに近いのかもしれない。
古いアクションゲームでは、敵の攻撃などでプレイヤーが操る自機が死ぬと、残機が減ってスタート地点やチェックポイントからやり直すことになる。
「そして天童真理雄は生き返った後、今度こそ本当に死亡した。復活は一度しか行えないということです」
それは単純にして明解な法則だ。
「……とはいえ、天童真理雄は一度だけ蘇ることができるとするなら、そんな犯罪をどう立証するというんだね? 一度しか使えない上に死んでいるとなると、再現は不可能ではないか」
「ええ。残念ですが、確かに天童真理雄の蘇りを立証するのは難しいでしょう。ですが、二度目の殺人は別です」
「二度目?」
「東京駅のトイレで起きた、天童真理雄殺しです。九十九社の屋上での爆殺事件とは違い、こちらはややこしいことは何もありません。ナイフによるシンプルな刺殺ですからね」
――二度目の殺人。
犯人はスーツケースに仕掛けた爆弾で真理雄を殺した後、東京駅のトイレの個室に転送された真理雄の胸を刺して殺した。
「天童真理雄が共犯者だったかどうかは不明ですが、真理雄を二度殺した人間が必ず存在します。そして、今我々が注目すべきはトイレで起きた事件です。駅周辺なら監視カメラも多い筈です。夏目さんはそこに怪しい人物が映っていないか調べてみてください」
「……わかった。湖南君はこれからどうするつもりだ?」
「事件当時、九十九社付近にいた人物から話を聞いてみることにします。もし僕の考えが正しければ、犯人は相当な策士ですよ」
受付で夏目の名を告げると、捜査一課へ通される。
「湖南君、こっちだ」
夏目に手招きされて、湖南は取調室に入る。
湖南は今のところ警察との関係は良好だと考えているが、夏目の方では必ずしもそうではないらしい。探偵風情を応接室に通すのはやはり抵抗があるようだった。湖南としてはどうでもいいことである。
「自分の目で確かめてくれ」
そう言って夏目が見せたのは写真だ。トイレの個室内で胸をナイフで深々と刺された天童真理雄が写っている。真理雄は驚いたように大きく口を開けて息絶えていた。即死だろう。血は殆ど出ていない。
右手の親指は手袋が邪魔で確認できなかった。
「……親指は?」
「ないよ。君に言われて改めて調べたが、蜥蜴じゃないんだから、なくなった指が生えてきたりするもんか」
「……でも、吹き飛んだ筈の手足は元に戻っている」
屋上で真理雄の死体を見たのは湖南だけではない。あのとき、九十九社には警察官が大勢いたのだから、見間違いや勘違いであるわけがなかった。
「一応確認なんだが、屋上で死んでいたのは確かに天童真理雄だったんだな?」
「ええ、間違いありません。僕だけでなく、大勢の警官たちも確認しています。夏目さんは替え玉を疑っているのですか?」
「……そう考える他ないだろう」
夏目は重々しく頷く。
確かにそれが最も常識的な解釈だろう。屋上で爆殺されたのは天童真理雄ではない別人で、本物は駅のトイレで刺殺された。これで瞬間移動の方の説明は一応つく。
「ですが、屋上の死体を消した方法は?」
「それはまだわからんが、どこかに隠すとかして上手くやったのだろう」
「屋上には物を隠せる場所なんてありませんよ。それに鑑識に屋上を調べさせたところ、毛髪や血液はおろかルミノール反応すら出てこなかった」
九十九社の屋上からは真理雄どころか人がいた痕跡が丸ごと消えていた。
「……何が何だかさっぱりわからんよ」
夏目は疲れた顔でため息をつく。
「同感です。ですが、仮説を立てることはできます」
湖南は真理雄が特殊な能力で蘇り、瞬間移動したという推理を夏目に話した。
「……湖南君、それは幾ら何でも」
「荒唐無稽ですか? しかし、そうとでも考えなければ一連の現象を説明できません」
「……だがそれだと、何でもありではないかね。殺しても死なない上に瞬間移動までできる。そんな相手を捕まえることなど考えられん」
「それがそうでもないんですよ。天童真理雄の利き手の親指はないままでした。吹き飛んだ右腕と右脚は元通りに復元したのにです。つまり真理雄の死によって引き起こされた復元は、あるポイントまでしか遡れないのではないかという仮説が立ちます。復元された場所が東京駅のトイレだったという点も興味深い。そこに何らかの因果関係があるのではないかと僕は考えます」
そこまで話して、湖南は思い直す。
さっきは真理雄の移動と復活をデスルーラに喩えたが、どちらかと言えばこれはRPGではなくアクションゲームに近いのかもしれない。
古いアクションゲームでは、敵の攻撃などでプレイヤーが操る自機が死ぬと、残機が減ってスタート地点やチェックポイントからやり直すことになる。
「そして天童真理雄は生き返った後、今度こそ本当に死亡した。復活は一度しか行えないということです」
それは単純にして明解な法則だ。
「……とはいえ、天童真理雄は一度だけ蘇ることができるとするなら、そんな犯罪をどう立証するというんだね? 一度しか使えない上に死んでいるとなると、再現は不可能ではないか」
「ええ。残念ですが、確かに天童真理雄の蘇りを立証するのは難しいでしょう。ですが、二度目の殺人は別です」
「二度目?」
「東京駅のトイレで起きた、天童真理雄殺しです。九十九社の屋上での爆殺事件とは違い、こちらはややこしいことは何もありません。ナイフによるシンプルな刺殺ですからね」
――二度目の殺人。
犯人はスーツケースに仕掛けた爆弾で真理雄を殺した後、東京駅のトイレの個室に転送された真理雄の胸を刺して殺した。
「天童真理雄が共犯者だったかどうかは不明ですが、真理雄を二度殺した人間が必ず存在します。そして、今我々が注目すべきはトイレで起きた事件です。駅周辺なら監視カメラも多い筈です。夏目さんはそこに怪しい人物が映っていないか調べてみてください」
「……わかった。湖南君はこれからどうするつもりだ?」
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