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鏡開き

第8話

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 客用のソファに五十代のややふくよかな女性が腰掛けている。色が白く目鼻立ちもはっきりしていて、若い頃はさぞかし美人だったことだろうと思った。

「こんなことを探偵さんにご相談するのはお門違いなんでしょうけども……」

 依頼人・二瓶にへい由紀子ゆきこはそう前置きして、鏡餅を捨てたことから端を発する奇妙な話を始めた。

「…………」

 その間、俺は隣で青い顔をしながら震える小林こばやしが気になって仕方がなかった。

 これまでに幾つもの難事件を解決に導いてきた小林こえだったが、彼女には一つだけ大きな弱点が存在する。

 ――それは、お化けが怖いということだ。

 依頼人が話を終えても、小林はまだ青い顔で俯いたままだった。
 何時もなら勝手にペラペラと得意の推理を披露するところなのだが、この分では今回は使い物になりそうにない。

 仕方ない。ここは俺が何とかするしかないだろう。

「二瓶さん、勝手口が閉まる音を聞いたのは、鏡開きの後なのですね?」
 俺は依頼人にそう確認する。

「はい。十一日の朝に鏡餅をゴミに出したので、音を聞いたのは十二日の午前2時頃ということになります」

「家の中で何かなくなった物はありませんでしたか?」

「いえ。何か物を盗られたということはありません」

「では、真夜中の勝手口が閉まる音とネズミが増えたことの他に何か変わったことは?」

「……そうですね。今思えば勝手口が閉まった音を聞いたとき、台所に人の気配があったような気がするんです」

「台所というと、鏡餅が飾られていた場所ですね?」

「ええ」

 ――そこで俺の頭に閃くものがあった。

「でしたら、こう考えてみるのは如何でしょう? 鏡餅には神が宿るとされています。深夜に勝手口から出て行ったのは、その神様だったというのは?」

「……神様、ですか?」

「そうです。台所で人の気配がしたのはその所為だった。鏡開きの後にネズミが増えたのも、これまで神様が悪いものから家を守ってくれていたと考えれば辻褄が合います」

「……なるほど」

 依頼人は俺に礼を言うと、どこかホッとした様子で事務所を後にした。

     〇 〇 〇

「おい鏑木かぶらき、何ださっきのホラ話は」

 依頼人を見送って戻ってくると、さっそく小林が毒突いてきた。もう先程のような怯えた様子は微塵もない。
 どうやら小林の中で推理が組み上がったということらしい。

「……別に俺だってスピリチュアルな存在を頭から信じているわけではないさ。ただ依頼人は自らの罰当たりな行動から、家の中に悪いものを招き入れてしまったと自責の念に駆られていたように見えた。だからお前の言うところの都合のいい真実のストーリーってやつを話してやったまでだ」

「ふん、それにしたって謎の解決に超自然的な力を用いた時点で、お前の導き出した真相は推理としては下の下だ。860億の脳細胞への冒涜だ」

「…………」

 何時にも増して手厳しい小林の指摘に俺は内心うんざりしながらも、つい言わずにはいられなかった。

「そこまで言うならお前の推理とやらを聞かせてみろ」

「いいだろう。私が推理の手本を見せてやる。耳の穴をかっぽじってよく聞くといい」

 小林声はそう言って邪悪な笑みを浮かべていた。
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