星夜の約束を、また君と叶えたら

矢田川いつき

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第三章 君と交わしたサヨナラの先に

第19話

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「実はね、近々手術を受けられることになりそうなの」

 あと数日で七月になろうかという休日の夜。
 満天の星空の下で彼女が口にした言葉は、一瞬で僕の熱に浮かされた心を冷やした。

「成功率は三パーセントにも満たない賭けみたいな手術で、失敗したらそれまでだし、お金もかかるから無理に受けなくていいって言われたけど、お父さんが準備してくれてて、あとは幸の気持ち次第だって言ってくれて」

 成功率は三パーセント未満。賭けみたいな手術。失敗したらそれまで。
 どこまでも残酷で、非情な文言の羅列だった。
 これらに近い言葉は再会した当初にも聞いたことがあった。けれどあの時は受けられないだろうという前提の話で、そこまで現実味を帯びたものではなかった。ゆえに、いきなりそれが現実のものとなって幸の身に起ころうとしていることを受け入れるのは、並大抵のことではなかった。

「たくさん考えたんだけど、私、受けようと思うんだ」

 そう言った彼女の瞳は、強い決意に満ちていた。
 本当にたくさん考えたんだろうな、というのが伝わってくるほどに声には芯が通っていた。
 相談なんてする必要もなく、迷いなんてまるでなくて、既に決まったことを彼女は真剣に僕に伝えようとしていた。

「死ぬまでにどうしてもやりたい……ううん、やっておきたいの」

 恐怖の色はあった。
 当たり前だ。
 失敗する確率が九十七パーセント以上で、失敗したらそれまでなんて手術、怖くないほうがどうかしている。

「生きるために」

 でも彼女の意志は固かった。僕のわがままな反論なんて、最初から封じ込められていた。

「だから健悟くん」

 幸は僕の名前を呼んで、

「あと一ヵ月。全力で、死ぬまでにやりたいことをやろうね!」

 満面の笑顔で、いつもの言葉とともに明確な時限を突き付けてきた。
 息が止まるかと思った。
 なんでそんなに急いでいるんだよと言いかけて、僕は前に幸が「手術をできる人が限られている」と言っていたことを思い出した。
 さらに、僕が無意識のうちに失敗することを念頭に考えていることに気づいて、愕然とした。

「………………そう、だね」

 散々、本当に散々迷って、僕はどうにかそれだけを口にした。
 本当なら、応援するべきなんだろう。
 幸は、自分の命が長くないと言っていた。具体的にいつとは言っていなかったけれど、幸を担当している秦野先生の言いぶりを思い返しても、それが遠くない未来であることは明白だった。
 そんな最悪の未来が来る前に、できることはしておきたい。
 それがどれほど可能性が低くて、賭けみたいな手術だとしても、チャンスがあるのならば逃したくない。
 それこそ、「死ぬまでにどうしてもやりたい」のだと、「生きるためにやりたい」のだと、幸は言ったのだ。
 それなら僕にできることはひとつだけだった。
 幸が決めたその日まで、全力で今までの日々を送ること。つまりは、死ぬまでにやりたいことをこれまで通り交互にやっていくこと。
 僕は幸のことが好きだ。大好きだ。
 だからこそ僕は、幸の気持ちを尊重して、彼女の手術が成功することを誰よりも願って、誰よりも信じて、最後までそばにいる。
 それしか、できない。
 その週の木曜日には、改めて二人で天の川を眺めた。一年に一度、雲の上に広がる星空で会うことができる織姫と彦星に、一抹の羨望を覚えた。
 日曜日には、幸と白山と一緒に海に行った。律儀にも幸はあの夜に僕が思いつくままに言った死ぬまでにやりたいことを覚えていて、それを実行しようと誘ってきたのだ。当初は二人で行こうかと話していたけれど、バーベキューや打ち上げ花火もするなら白山も誘ったほうが楽しいだろうということになって白山も誘った。七月の頭にしてはあまりにも暑すぎる日が続いていたこともあり、白山は二つ返事で乗ってきた。
 海水浴を楽しんだ。幸の水着姿にはドキドキしたけれど、それでも僕の心の中は迷いのほうが大きく漂っていた。
 バーベキューを楽しんだ。白山は肉の焼き方にこだわりがあるようで、その見事なテクニックを幸と一緒に感心しては眺め、香ばしく旨味たっぷりの肉を堪能した。でも、どこか味わい切れていない僕がいたのも、また事実だった。
 砂のお城も作った。幸は言葉通り不器用らしくて、よく城門を崩壊させた。
 打ち上げ花火もした。夜空には色とりどりの花火が打ち上がって、その数の多さもあってちょっとした花火大会みたいになった。
 ちゃんと、楽しんだ。
 翌週の平日にも、いろんな死ぬまでにやりたいことを、幸と一緒にやった。
 その時間は、確かに充実していた……と思う。
 でも、どうしても、一ヵ月後に控えている手術のことを思うと、気持ちが追い付いてこなかった。
 幸に死んでほしくない。
 ずっと一緒にいて、こんなふうに笑い合える時間を過ごしたい。
 そんなことばかりを、僕は考えてしまっていた。
 頭ではわかっている。幸もきっと一緒で、そのために賭けだといわれる手術にも臨もうとしているのだ。何も間違っていない。
 それなのに、僕という人間はどうしても失敗した時を想像して恐怖に打ち震えていた。当人である幸は覚悟を固めたというのに、僕はまったくもって気持ちが定まっていなかった。不甲斐なかった。
 たぶん、きっと、整理する時間が必要なのだ。そう、言い聞かせた。
 一ヵ月後の当日までには、ちゃんと僕の心にも覚悟ができていて、笑って幸を応援することができる。成功を心から信じて、手術に送り出すことができる。
 そう、言い聞かせていた。
 それでも、現実は刻々と時を刻み、早くも十日以上が経過していた。
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