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第三章 君と交わしたサヨナラの先に
第21話
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残酷な現実から目を背けるためには、残酷じゃない現実に打ち込むのがいいらしい。
「健悟くん。私、今日も用事あるんだけど……」
「ああ、大丈夫。今日は僕、残っていこうかなって思ってるから」
「へ?」
七限目のLHRが終わろうかという時に、幸は申し訳なさそうに話しかけてきた。だから僕はダンボールをカッターで切る手を止めず、なんてことないふうに答えてみせた。すると彼女は豆鉄砲を食らったみたいな顔で呆けるものだから、尻目に見た時は思わず笑ってしまった。
「なんか、今日はやる気だね?」
「昨日幸にテンション低いって言われたからね」
「え、まさか気にしてたの?」
「幸の用事の内容と同じくらいには」
「どういうことよ、それ~」
幸はからからと笑う。そんなふうにいつまででも笑ってくれたらいいのにと思いかけて、僕は小さく首を横に振った。僕が作業に戻ると、幸は「じゃあ悪いけどお任せするので、また明日ね~」とひらひら手を振って帰っていった。
一瞬、僕も帰ろうかとは思った。ただ、なぜかここ最近は母親の夜勤が少なく帰りも早くなっていたので、用事の多い幸とは対照的に僕の時間は余りがちになっていた。ひとりでいても要らない思索ばかりが脳内を巡りそうで、結局残ると決めた。去っていく幸の後ろ姿を見送ろうとしたけれど、僕はグッと堪えてひたすらにダンボールを切っていく。
べつに避けているわけじゃない。
ただどうしても、目を向けると余計な感情が湧いてきそうで、できなかった。
歓談混じりにいつも残っているメンバーの傍らで、ひたすらに割り当てられたダンボールを切っていると、すぐに終わった。
「あのさ」
「え、なに?」
文化祭実行委員である男子生徒に話しかけると、彼は驚いたように肩を跳ね上がらせた。きっと、僕に話しかけられるなんて思っても見なかったんだろう。周囲にいた彼の友達が、「なにビビってんだよ」とからかう。
「これ終わったけど、まだやることある?」
「おお、早いね。いや、助かるよ。来週文化祭なのに意外とペースが遅くて。じゃあ、こっちのポスターの色塗りをしてくれる? これ見本ね」
実行委員の男子生徒は、下書きの枠線だけが描かれたポスターと画材を僕に渡してきた。昨日までまったく残っていなかったからわからなかったが、思いのほか仕事は残っているらしい。
「でもどしたん? 名執ってあんましこういうの残らないタイプかなって思ってたのに」
もうひとりの実行委員である女子生徒が訊いてきた。たぶん、同じクラスになって初めて喋ったような気がする。
「そういうタイプだったんだけどね。まあ、家にいても暇だし」
僕は適当に言葉を返した。こういうどうでもいい会話を幸や白山以外と交わしたのも何気に久しぶりだった。
「あーやっぱりそういうタイプだったんだ。去年の文化祭の時はほぼ見なかったし、そうかなーって思ってたけど、やっぱ当たってたか」
「去年?」
「あれ? もしかして覚えておいででない? ウチら、去年同じクラスじゃん」
なんだか既視感のあるやりとりだった。僕が驚けば、近くで聞いていたべつのクラスメイトが茶々を入れてくる。
「ウケる。亜梨花忘れられてやんの~」
「いや、ウチそんな影薄くないし!」
「なあ、名執。そういえばお前って野寄と幼馴染なんだってな」
「え、そなの? 初耳!」
「あーだから、下の名前で呼び合ってたんだ~」
「ねえ、名執。ちなみに幸ちゃんに特別な感情とかはあるん?」
「お~、俺もそこ気になる! あ、べつに俺はどうとも思ってないからそこは安心してくれ!」
「うっさい、デンスケ。あんた邪魔」
「誰がデンスケだ! 俺の名前は免田幸助!」
「だからデンスケなんだってば! てか声でかいうるさい鼓膜破れるだまらっしゃい」
「あーはいはい。同じ幼馴染でもあんたらがイチャつき始めると話し進まなくなるから他所でやってくれる?」
「「イチャついてないっ!」」
騒がしかった。
僕はただ次の仕事をもらいにきただけなのに、あれよあれよという間に人が集まり、全員が手を止めてお喋りに興じていた。
「でで? 名執、そこんとこどうなの? 付き合ってたりする?」
「いや、付き合ってはないけど」
しかも、なぜか僕までがその輪に入れられている。というより、巻き込まれていると言ったほうがいいか。
「けどっ!? けど、なんだ!?」
「だーかーらっ! デンスケうるさーい!」
「二人ともうるさいんだってば」
やっぱり、どこまでも僕らしくないと思った。それもこれも、幸と再会してからだ。
幸と再会してから、僕は彼女と死ぬまでにやりたいことをやるようになった。
交友関係の広い彼女は同じクラスで、普段と変わりなく接してくるものだから僕にまで注目が向けられるようになった。週一でお昼を食べるようになってからはなおさらだった。
幸の親友である白山とも交流するようになった。彼女が初めて教室に来た時も好奇の視線を向けられた。そういえば翌日には、クラスメイトの誰だったかに「昨日どうしたの?」と話しかけられたんだったか。
そして今、幸との関係を興味津々とばかりに尋ねられている。
変な感じがした。
去年までの僕だったら、うっとおしいと思っていたかもしれない。
けれどなぜか、今は、あまりそうは思わなかった。
幸との日々を過ごすうちに、やっぱり僕は変わってしまったのかもしれなかった。
こうした繋がりすらも幸との縁なのだと思えば、大切にしようと思えた。
「いや、ほんとに、幸とはただの幼馴染だよ」
もっとも。
この関係性をこれ以上進めることができないと思うと、酷く胸が痛くなった。
僕が死ぬまでに本当にやりたいことは、叶えられそうもなかった。
「健悟くん。私、今日も用事あるんだけど……」
「ああ、大丈夫。今日は僕、残っていこうかなって思ってるから」
「へ?」
七限目のLHRが終わろうかという時に、幸は申し訳なさそうに話しかけてきた。だから僕はダンボールをカッターで切る手を止めず、なんてことないふうに答えてみせた。すると彼女は豆鉄砲を食らったみたいな顔で呆けるものだから、尻目に見た時は思わず笑ってしまった。
「なんか、今日はやる気だね?」
「昨日幸にテンション低いって言われたからね」
「え、まさか気にしてたの?」
「幸の用事の内容と同じくらいには」
「どういうことよ、それ~」
幸はからからと笑う。そんなふうにいつまででも笑ってくれたらいいのにと思いかけて、僕は小さく首を横に振った。僕が作業に戻ると、幸は「じゃあ悪いけどお任せするので、また明日ね~」とひらひら手を振って帰っていった。
一瞬、僕も帰ろうかとは思った。ただ、なぜかここ最近は母親の夜勤が少なく帰りも早くなっていたので、用事の多い幸とは対照的に僕の時間は余りがちになっていた。ひとりでいても要らない思索ばかりが脳内を巡りそうで、結局残ると決めた。去っていく幸の後ろ姿を見送ろうとしたけれど、僕はグッと堪えてひたすらにダンボールを切っていく。
べつに避けているわけじゃない。
ただどうしても、目を向けると余計な感情が湧いてきそうで、できなかった。
歓談混じりにいつも残っているメンバーの傍らで、ひたすらに割り当てられたダンボールを切っていると、すぐに終わった。
「あのさ」
「え、なに?」
文化祭実行委員である男子生徒に話しかけると、彼は驚いたように肩を跳ね上がらせた。きっと、僕に話しかけられるなんて思っても見なかったんだろう。周囲にいた彼の友達が、「なにビビってんだよ」とからかう。
「これ終わったけど、まだやることある?」
「おお、早いね。いや、助かるよ。来週文化祭なのに意外とペースが遅くて。じゃあ、こっちのポスターの色塗りをしてくれる? これ見本ね」
実行委員の男子生徒は、下書きの枠線だけが描かれたポスターと画材を僕に渡してきた。昨日までまったく残っていなかったからわからなかったが、思いのほか仕事は残っているらしい。
「でもどしたん? 名執ってあんましこういうの残らないタイプかなって思ってたのに」
もうひとりの実行委員である女子生徒が訊いてきた。たぶん、同じクラスになって初めて喋ったような気がする。
「そういうタイプだったんだけどね。まあ、家にいても暇だし」
僕は適当に言葉を返した。こういうどうでもいい会話を幸や白山以外と交わしたのも何気に久しぶりだった。
「あーやっぱりそういうタイプだったんだ。去年の文化祭の時はほぼ見なかったし、そうかなーって思ってたけど、やっぱ当たってたか」
「去年?」
「あれ? もしかして覚えておいででない? ウチら、去年同じクラスじゃん」
なんだか既視感のあるやりとりだった。僕が驚けば、近くで聞いていたべつのクラスメイトが茶々を入れてくる。
「ウケる。亜梨花忘れられてやんの~」
「いや、ウチそんな影薄くないし!」
「なあ、名執。そういえばお前って野寄と幼馴染なんだってな」
「え、そなの? 初耳!」
「あーだから、下の名前で呼び合ってたんだ~」
「ねえ、名執。ちなみに幸ちゃんに特別な感情とかはあるん?」
「お~、俺もそこ気になる! あ、べつに俺はどうとも思ってないからそこは安心してくれ!」
「うっさい、デンスケ。あんた邪魔」
「誰がデンスケだ! 俺の名前は免田幸助!」
「だからデンスケなんだってば! てか声でかいうるさい鼓膜破れるだまらっしゃい」
「あーはいはい。同じ幼馴染でもあんたらがイチャつき始めると話し進まなくなるから他所でやってくれる?」
「「イチャついてないっ!」」
騒がしかった。
僕はただ次の仕事をもらいにきただけなのに、あれよあれよという間に人が集まり、全員が手を止めてお喋りに興じていた。
「でで? 名執、そこんとこどうなの? 付き合ってたりする?」
「いや、付き合ってはないけど」
しかも、なぜか僕までがその輪に入れられている。というより、巻き込まれていると言ったほうがいいか。
「けどっ!? けど、なんだ!?」
「だーかーらっ! デンスケうるさーい!」
「二人ともうるさいんだってば」
やっぱり、どこまでも僕らしくないと思った。それもこれも、幸と再会してからだ。
幸と再会してから、僕は彼女と死ぬまでにやりたいことをやるようになった。
交友関係の広い彼女は同じクラスで、普段と変わりなく接してくるものだから僕にまで注目が向けられるようになった。週一でお昼を食べるようになってからはなおさらだった。
幸の親友である白山とも交流するようになった。彼女が初めて教室に来た時も好奇の視線を向けられた。そういえば翌日には、クラスメイトの誰だったかに「昨日どうしたの?」と話しかけられたんだったか。
そして今、幸との関係を興味津々とばかりに尋ねられている。
変な感じがした。
去年までの僕だったら、うっとおしいと思っていたかもしれない。
けれどなぜか、今は、あまりそうは思わなかった。
幸との日々を過ごすうちに、やっぱり僕は変わってしまったのかもしれなかった。
こうした繋がりすらも幸との縁なのだと思えば、大切にしようと思えた。
「いや、ほんとに、幸とはただの幼馴染だよ」
もっとも。
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