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第1章:主人公
第1話:光の向こう側
液晶画面から漏れる青白い光だけが、六畳間の暗がりにレオの輪郭を浮き彫りにしていた。
画面の中では、彼が数千時間を費やして育て上げた英雄が、伝説の魔竜を屠ったところだった。村人たちが画面いっぱいに駆け寄り、テキストボックスには「ありがとう、あなたこそが真の救世主だ!」という賛辞が並ぶ。
レオはその文字を眺めながら、乾いた唇をわずかに歪めた。
(……簡単だな。正しい装備をして、正しい選択肢を選べば、誰だって英雄になれる)
現実のレオにとって、世界はこれほど優しくはない。
現実という名のゲームには、チュートリアルもなければ、正解の選択肢も表示されない。
レオは、幼い頃から周囲との「距離」が測れない子供だった。自分では親切のつもりで口にした言葉が、なぜか相手を激怒させる。静まり返った教室で、自分の発言だけが浮き上がり、級友たちの視線が「異物」を見るような冷たさに変わる瞬間を、彼は何度も経験してきた。
「レオ君って、本当に余計なことしか言わないよね」
中学の時、勇気を出して孤立している女子を庇ったつもりが、逆に彼女のプライバシーを暴露する形になり、結果としてクラス全員から「デリカシーのない奴」というレッテルを貼られた。それ以来、彼は「いらない子」になった。
家へ帰れば、エリート街道を歩む兄と比較され、両親の溜息を栄養にして育つ日々。彼の居場所は、閉め切った自室の、ゲームの選択肢の中にしかなかった。
(もし、世界に『正解』があるなら。僕だって、もっとうまくやれるのに)
そんな独白が、彼の口から漏れた瞬間だった。
床に置かれた使い古しのゲームコントローラーが、物理的な法則を無視して白銀の輝きを放ち始めた。
「……えっ?」
立ち上がろうとしたレオの視界が、火花を散らすように明滅する。
心臓が早鐘を打ち、全身の血が逆流するような感覚。床に描かれた幾何学的な魔法陣が、レオの体を底なしの光へと引き摺り込んでいく。
「あ、が……っ!」
叫ぶ暇もなかった。意識が千切れる寸前、レオが願ったのは「救い」ではなかった。
今度こそ、間違えない場所へ行きたい。今度こそ、僕が「正解」になれる場所へ行きたい。
その歪んだ渇望が、異世界の「門」をこじ開けた。
――ドォォォォォン……!
衝撃と共に目を開けると、そこは石造りの巨大なホールだった。
鼻を突くのは、古びた紙の匂いと、強い魔力の残り香。そして、見上げるほど高い天井の下に、見たこともないほど豪華な法衣を着た老人たちが、一様に跪いている光景だった。
「おお……! 来た、ついに来たぞ!」
「聖勇者様だ! アドレアン王国の、唯一の希望だ!」
レオは呆然と自分の手を見つめた。
昨日までゲームを握っていた白く細い指先には、今や大地そのものを支配できるような、凄まじい「地脈」の感覚が宿っている。視界を遮るように流れる黄金の光の川――。レオには、この国のエネルギーの流れが、ゲームのシステム画面のように明瞭に「視えて」いた。
「あなたが……我らの救世主、レオ様ですね」
歩み寄ってきたのは、カスティエ公爵だった。
彼はレオのジャージ姿など気にする様子もなく、まるで神を拝むような敬虔な仕草でその手を取った。
「この国は、長年の呪いによって枯れ果てようとしています。現王セシル陛下の魔力では一向に良くなっておりません……。どうか、貴方のその『正しい力』で、我らをお救いください」
(……正しい、力……)
その言葉が、レオの欠損した心にピタリとはまった。
現実世界では「余計なもの」として扱われた自分の感性が、ここでは「正解」として求められている。
地脈を見れば、どこが詰まっているのか、どう繋げば効率的なのかが、直感で理解できた。セシルという王がやっているという「呪術」が、いかに古臭く、いかに苦痛を伴う「非効率なミス」であるかも。
(なんだ……簡単じゃないか。僕なら、全部直してあげられる。セシルさんだって、僕がやり方を教えてあげれば、あんなに苦しまなくて済むんだ。みんなも、僕がいれば幸せになれる……!)
レオの瞳に、危険なほどの純粋さが灯った。
それは、相手の文脈や痛みを知ろうともせず、自分の「正義」だけを押し通そうとする、現代的な傲慢の光だった。
「任せてください、カスティエさん。僕には全部、視えていますから」
レオは、自分を見上げる群衆に向かって、これ以上ないほど明るく、無邪気に手を振った。
拍手、喝采、涙を流す老人、自分を「神」のように崇める騎士たち。
ああ、これだ。これが僕の求めていた世界だ。
ここでは、僕が、僕こそが主人公なんだ。
レオは確信した。自分は「正解」を持ってここに来たのだと。
だが、その確信こそが、アドレアン王国を支えてきた唯一の土台を粉々に打ち砕く「加害」の始まりであることに、彼はまだ気づかない。
光の向こう側、暗い玉座で血を吐きながら待つ「前任者」への敬意など、レオの心には微塵も存在しなかった。ただ、新しいステージを攻略するゲーマーのような、冷酷なまでの万能感だけが、彼を突き動かしていた。
画面の中では、彼が数千時間を費やして育て上げた英雄が、伝説の魔竜を屠ったところだった。村人たちが画面いっぱいに駆け寄り、テキストボックスには「ありがとう、あなたこそが真の救世主だ!」という賛辞が並ぶ。
レオはその文字を眺めながら、乾いた唇をわずかに歪めた。
(……簡単だな。正しい装備をして、正しい選択肢を選べば、誰だって英雄になれる)
現実のレオにとって、世界はこれほど優しくはない。
現実という名のゲームには、チュートリアルもなければ、正解の選択肢も表示されない。
レオは、幼い頃から周囲との「距離」が測れない子供だった。自分では親切のつもりで口にした言葉が、なぜか相手を激怒させる。静まり返った教室で、自分の発言だけが浮き上がり、級友たちの視線が「異物」を見るような冷たさに変わる瞬間を、彼は何度も経験してきた。
「レオ君って、本当に余計なことしか言わないよね」
中学の時、勇気を出して孤立している女子を庇ったつもりが、逆に彼女のプライバシーを暴露する形になり、結果としてクラス全員から「デリカシーのない奴」というレッテルを貼られた。それ以来、彼は「いらない子」になった。
家へ帰れば、エリート街道を歩む兄と比較され、両親の溜息を栄養にして育つ日々。彼の居場所は、閉め切った自室の、ゲームの選択肢の中にしかなかった。
(もし、世界に『正解』があるなら。僕だって、もっとうまくやれるのに)
そんな独白が、彼の口から漏れた瞬間だった。
床に置かれた使い古しのゲームコントローラーが、物理的な法則を無視して白銀の輝きを放ち始めた。
「……えっ?」
立ち上がろうとしたレオの視界が、火花を散らすように明滅する。
心臓が早鐘を打ち、全身の血が逆流するような感覚。床に描かれた幾何学的な魔法陣が、レオの体を底なしの光へと引き摺り込んでいく。
「あ、が……っ!」
叫ぶ暇もなかった。意識が千切れる寸前、レオが願ったのは「救い」ではなかった。
今度こそ、間違えない場所へ行きたい。今度こそ、僕が「正解」になれる場所へ行きたい。
その歪んだ渇望が、異世界の「門」をこじ開けた。
――ドォォォォォン……!
衝撃と共に目を開けると、そこは石造りの巨大なホールだった。
鼻を突くのは、古びた紙の匂いと、強い魔力の残り香。そして、見上げるほど高い天井の下に、見たこともないほど豪華な法衣を着た老人たちが、一様に跪いている光景だった。
「おお……! 来た、ついに来たぞ!」
「聖勇者様だ! アドレアン王国の、唯一の希望だ!」
レオは呆然と自分の手を見つめた。
昨日までゲームを握っていた白く細い指先には、今や大地そのものを支配できるような、凄まじい「地脈」の感覚が宿っている。視界を遮るように流れる黄金の光の川――。レオには、この国のエネルギーの流れが、ゲームのシステム画面のように明瞭に「視えて」いた。
「あなたが……我らの救世主、レオ様ですね」
歩み寄ってきたのは、カスティエ公爵だった。
彼はレオのジャージ姿など気にする様子もなく、まるで神を拝むような敬虔な仕草でその手を取った。
「この国は、長年の呪いによって枯れ果てようとしています。現王セシル陛下の魔力では一向に良くなっておりません……。どうか、貴方のその『正しい力』で、我らをお救いください」
(……正しい、力……)
その言葉が、レオの欠損した心にピタリとはまった。
現実世界では「余計なもの」として扱われた自分の感性が、ここでは「正解」として求められている。
地脈を見れば、どこが詰まっているのか、どう繋げば効率的なのかが、直感で理解できた。セシルという王がやっているという「呪術」が、いかに古臭く、いかに苦痛を伴う「非効率なミス」であるかも。
(なんだ……簡単じゃないか。僕なら、全部直してあげられる。セシルさんだって、僕がやり方を教えてあげれば、あんなに苦しまなくて済むんだ。みんなも、僕がいれば幸せになれる……!)
レオの瞳に、危険なほどの純粋さが灯った。
それは、相手の文脈や痛みを知ろうともせず、自分の「正義」だけを押し通そうとする、現代的な傲慢の光だった。
「任せてください、カスティエさん。僕には全部、視えていますから」
レオは、自分を見上げる群衆に向かって、これ以上ないほど明るく、無邪気に手を振った。
拍手、喝采、涙を流す老人、自分を「神」のように崇める騎士たち。
ああ、これだ。これが僕の求めていた世界だ。
ここでは、僕が、僕こそが主人公なんだ。
レオは確信した。自分は「正解」を持ってここに来たのだと。
だが、その確信こそが、アドレアン王国を支えてきた唯一の土台を粉々に打ち砕く「加害」の始まりであることに、彼はまだ気づかない。
光の向こう側、暗い玉座で血を吐きながら待つ「前任者」への敬意など、レオの心には微塵も存在しなかった。ただ、新しいステージを攻略するゲーマーのような、冷酷なまでの万能感だけが、彼を突き動かしていた。
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