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第1章:主人公
第3話:玉座の影と光
「嘆きの塩原」を塗り替えた熱狂を背負い、レオは王宮へと帰還した。
彼を迎える兵士や召使たちの瞳には、もはや隠しようのない「選別」の光が宿っている。彼らにとって、血を吐きながら祈るだけのセシルは「過去の遺物」であり、一瞬で花を咲かせるレオこそが「輝かしい未来」そのものだった。
謁見の間。重厚な扉が開かれた先、冷え切った空気の中に、その人はいた。
玉座に座るセシルは、レオが昨日見たときよりもさらに白く、透き通って見えた。その細い指先は肘掛けを白くなるほど握りしめ、溢れ出そうになる血を無理やり飲み込んでいるのが、地脈を視るレオには手に取るように分かった。
(うわ、まだあんなことやってる……。ボロボロじゃん)
レオは、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。それは同情であり、同時に「自分ならもっとうまくやれる」という優越感の裏返しでもあった。
「……君が、異世界から来た『聖勇者』か」
セシルの声は、氷の割れるような音を立てて響いた。
レオは、その悲痛な響きに気づかないふりをして、最大限の「善意の笑顔」を浮かべて歩み寄った。
「セシルさん! 見てくれましたか? 西の塩原、もう大丈夫ですよ。僕が地脈の流れを最適化しておきましたから」
セシルは、震える睫毛をゆっくりと持ち上げた。その視線の先では、レオの全身から溢れる黄金の魔力が、王宮の淀んだ空気を容赦なく浄化していく。セシルが十二年間、必死に守り、付き合ってきた「この国の毒」ごと、レオは消し去ろうとしていた。
「……最適化、だと? あそこは、地熱を逃がさねば……爆発的に……」
「あー、それそれ! セシルさん、それってすごく効率が悪いですよ」
レオは、教卓に立つ教師のような軽やかさで指を振った。
「地熱を抑え込もうとするから、余計に反発しちゃうんです。地脈を自分の神経に繋いで、無理やり動かしてるでしょ? それって、蛇口を壊して水を噴き出させてるようなものです。自分をいじめてるだけで、土地のためにはなってないんですよ」
ピシリ、と。
セシルの中で、何かが凍りつく音がした。
十二歳のあの日から。
教科書を投げ出し、禁書に縋り、指の爪が剥がれるまで床に額を擦り付けて祈り続けてきた。愛する民が一人でも多く明日の太陽を拝めるようにと、自分の味覚を、視力を、そして未来のすべてを切り売りして繋いできた「奇跡」。
それを、昨日今日現れたばかりの少年に、「非効率」で「間違い」だと断じられたのだ。
「……間違い、だと? 私の、この十二年が……?」
「あ、ごめん! 責めてるわけじゃないんだ。ただ、やり方をちょっと変えるだけで、こんなに楽になれるよって教えたかっただけで。……僕の『リジェネレート』なら、代償なんていらないんです。ただ土地に話しかけて、元に戻るように手伝ってあげるだけ。だから、セシルさんはもう、そんな苦しい魔法はやめていいんですよ」
レオは一歩、玉座の段上に足をかけた。
「僕が来たからには、もう大丈夫。僕が全部、正解に書き換えてあげますから! セシルさんも、これからは僕が作った『正しい緑』の中で、ゆっくり休んでください」
レオの眩しすぎる笑顔。
それは、セシルにとって、自分の人生すべてを「汚らわしい過ち」として抹消する、冷酷な白光だった。
傍らで、重臣たちがヒソヒソと囁き合う。
「やはり、陛下のやり方は無駄だったのだ」
「あんなに苦しげな姿を見せられて、我々もいい迷惑だったな。勇者様なら、あんなに血を流さずとも済んだものを」
レオの清らかな魔力に当てられた彼らは、セシルの「血生臭い努力」を、今や不吉な呪い、あるいは「無能ゆえの悲劇」として侮蔑し始めていた。
「……く、ふふ……」
セシルの口から漏れたのは、嗚咽ではなく、壊れた笑いだった。
レオは、その笑いの意味が分からず、「あ、やっと分かってくれたんだ」と場違いな安堵を覚える。
「……下がって、いいよ。……レオ殿。……君の、正解を……見せてくれ。……私は、もう……」
セシルは、それだけを言うのが精一杯だった。
レオは「うん、任せて!」と元気よく返事をして、軽やかに謁見の間を去っていった。
一人残された玉座で、セシルは自分の震える手をじっと見つめた。
味覚もなく、内臓はボロボロで、視界も霞んだこの体。この「間違い」の塊は、一体どこへ行けばいいのだろうか。
自分の命と引き換えに守ってきた民は、今、扉の向こうで「新しい神」を称えて叫んでいる。
セシルの心の中で、最期の糸がぷつりと切れた。
レオがもたらした「正解」という名の暴力が、セシルから生きる理由のすべてを奪い去った瞬間だった。
彼を迎える兵士や召使たちの瞳には、もはや隠しようのない「選別」の光が宿っている。彼らにとって、血を吐きながら祈るだけのセシルは「過去の遺物」であり、一瞬で花を咲かせるレオこそが「輝かしい未来」そのものだった。
謁見の間。重厚な扉が開かれた先、冷え切った空気の中に、その人はいた。
玉座に座るセシルは、レオが昨日見たときよりもさらに白く、透き通って見えた。その細い指先は肘掛けを白くなるほど握りしめ、溢れ出そうになる血を無理やり飲み込んでいるのが、地脈を視るレオには手に取るように分かった。
(うわ、まだあんなことやってる……。ボロボロじゃん)
レオは、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。それは同情であり、同時に「自分ならもっとうまくやれる」という優越感の裏返しでもあった。
「……君が、異世界から来た『聖勇者』か」
セシルの声は、氷の割れるような音を立てて響いた。
レオは、その悲痛な響きに気づかないふりをして、最大限の「善意の笑顔」を浮かべて歩み寄った。
「セシルさん! 見てくれましたか? 西の塩原、もう大丈夫ですよ。僕が地脈の流れを最適化しておきましたから」
セシルは、震える睫毛をゆっくりと持ち上げた。その視線の先では、レオの全身から溢れる黄金の魔力が、王宮の淀んだ空気を容赦なく浄化していく。セシルが十二年間、必死に守り、付き合ってきた「この国の毒」ごと、レオは消し去ろうとしていた。
「……最適化、だと? あそこは、地熱を逃がさねば……爆発的に……」
「あー、それそれ! セシルさん、それってすごく効率が悪いですよ」
レオは、教卓に立つ教師のような軽やかさで指を振った。
「地熱を抑え込もうとするから、余計に反発しちゃうんです。地脈を自分の神経に繋いで、無理やり動かしてるでしょ? それって、蛇口を壊して水を噴き出させてるようなものです。自分をいじめてるだけで、土地のためにはなってないんですよ」
ピシリ、と。
セシルの中で、何かが凍りつく音がした。
十二歳のあの日から。
教科書を投げ出し、禁書に縋り、指の爪が剥がれるまで床に額を擦り付けて祈り続けてきた。愛する民が一人でも多く明日の太陽を拝めるようにと、自分の味覚を、視力を、そして未来のすべてを切り売りして繋いできた「奇跡」。
それを、昨日今日現れたばかりの少年に、「非効率」で「間違い」だと断じられたのだ。
「……間違い、だと? 私の、この十二年が……?」
「あ、ごめん! 責めてるわけじゃないんだ。ただ、やり方をちょっと変えるだけで、こんなに楽になれるよって教えたかっただけで。……僕の『リジェネレート』なら、代償なんていらないんです。ただ土地に話しかけて、元に戻るように手伝ってあげるだけ。だから、セシルさんはもう、そんな苦しい魔法はやめていいんですよ」
レオは一歩、玉座の段上に足をかけた。
「僕が来たからには、もう大丈夫。僕が全部、正解に書き換えてあげますから! セシルさんも、これからは僕が作った『正しい緑』の中で、ゆっくり休んでください」
レオの眩しすぎる笑顔。
それは、セシルにとって、自分の人生すべてを「汚らわしい過ち」として抹消する、冷酷な白光だった。
傍らで、重臣たちがヒソヒソと囁き合う。
「やはり、陛下のやり方は無駄だったのだ」
「あんなに苦しげな姿を見せられて、我々もいい迷惑だったな。勇者様なら、あんなに血を流さずとも済んだものを」
レオの清らかな魔力に当てられた彼らは、セシルの「血生臭い努力」を、今や不吉な呪い、あるいは「無能ゆえの悲劇」として侮蔑し始めていた。
「……く、ふふ……」
セシルの口から漏れたのは、嗚咽ではなく、壊れた笑いだった。
レオは、その笑いの意味が分からず、「あ、やっと分かってくれたんだ」と場違いな安堵を覚える。
「……下がって、いいよ。……レオ殿。……君の、正解を……見せてくれ。……私は、もう……」
セシルは、それだけを言うのが精一杯だった。
レオは「うん、任せて!」と元気よく返事をして、軽やかに謁見の間を去っていった。
一人残された玉座で、セシルは自分の震える手をじっと見つめた。
味覚もなく、内臓はボロボロで、視界も霞んだこの体。この「間違い」の塊は、一体どこへ行けばいいのだろうか。
自分の命と引き換えに守ってきた民は、今、扉の向こうで「新しい神」を称えて叫んでいる。
セシルの心の中で、最期の糸がぷつりと切れた。
レオがもたらした「正解」という名の暴力が、セシルから生きる理由のすべてを奪い去った瞬間だった。
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