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第1章:主人公
第5話:聖者の追放
アドレアン王国の空は、呪術が消えたことで皮肉なほど澄み渡り、突き抜けるような青色をしていた。
かつて「聖王」と呼ばれた青年、セシルが城門へと連れ出されるその日、王都の目抜き通りを埋め尽くしたのは、地を揺らすような呪詛の嵐だった。
「……あ」
レオは、城壁の上からその光景を眺めていた。
眼下を歩かされるセシルは、王としての法衣を剥ぎ取られ、泥に汚れた麻の服を着せられていた。足元は裸足で、兵士に背中を突かれるたびに、よろめきながら前へ進む。その細い首筋には、昨日までの「祈り」の代償であるどす黒い紋様が痛々しく浮かび上がっていた。
「死ね! 嘘つきのペテン師!」
「俺たちの人生を返せ! 勇者様を今まで呼ばなかったのは、自分の地位が欲しかったからだろう!」
罵声と共に、沿道の民衆から石が投げられた。
コツ、と硬い音がして、セシルの額から鮮血が流れる。石を投げたのは、昨日レオが広場でパンを分け与え、「もう大丈夫だよ」と笑いかけたばかりの、優しそうな父親だった。
(……なんで。なんで、あんなに酷いことができるんだ)
レオは指先がガタガタと震えるのを感じた。
彼には「視えて」いた。セシルの額から流れる血は、彼が十二年間守り続けてきた大地の毒に侵され、どす黒く変色している。彼はこの瞬間も、毒に冒された体でこの国の重力に耐えているのだ。
「勇者様、あんな薄汚い罪人のことなど、気になさることはありませんぞ」
カスティエ公爵が、愉悦に歪んだ顔でレオの肩を抱いた。
「貴方が『正解』を教えてくださったおかげで、民はようやく目を覚ました。あれこそが、偽善者が受けるべき当然の報いです。ゲームでもそうでしょう? 悪い王を倒した後は、こうして街が浄化され、正しい英雄が讃えられる。これは、ハッピーエンドへのプロセスなのです」
「……ハッピー、エンド……」
レオはその言葉を、呪文のように何度も頭の中で繰り返した。
そうだ。僕は間違っていない。
僕が来なければ、この国はセシルさんの「非効率」なやり方のせいで、ずっと苦しみの中にいたはずなんだ。
今、民衆が怒っているのは、それだけ彼らがセシルさんに期待し、裏切られたと感じたからだ。
僕がセシルさんの間違いを指摘したのは、彼を苦痛から救うためだった。
だから……この結末は、僕のせいじゃない。彼が、もっとうまくやっていれば良かっただけなんだ。
「……そうだよ。僕がいないと、この国は救えなかった。だから、これは……仕方のないことなんだ」
レオは自分に言い聞かせた。
そうしなければ、城門の外、荒れ果てた荒野へと消えていくセシルの、あの折れそうなほど白い背中が、罪悪感となって自分を押し潰してしまいそうだったから。
セシルの姿が見えなくなった瞬間、王都には爆発的な歓喜の歌が響き渡った。
「レオ様万歳!」
「真の聖勇者万歳!」
何千、何万という人間が自分の名前を呼び、自分を求めている。
現実世界で「いらない子」だったレオにとって、この熱狂こそが唯一の「居場所」だった。彼は、熱狂する民衆に向かって、震える手で精一杯の笑顔を作り、手を振った。
自分は主人公だ。
悪を討ち、国を救い、みんなに愛される存在。
けれど、レオは気づいていなかった。
自分が「正しい」と言えば言うほど、一人の人間を完膚なきまでに破壊し、その人生を「無価値なゴミ」として捨て去ったという事実に。
そして、この熱狂という名の「期待」は、一度でも彼らの望みを外せば、瞬く間に先ほどの石礫となって自分に降り注ぐ、身勝手な暴力であることに。
熱狂に顔を火照らせながら、レオは空虚な勝利感の中にいた。
その顔は、かつて自分がゲーム画面の向こう側で蔑んでいた、何も知らない「モブキャラクター」と同じように、浅ましく歪んでいた。
その時。
王都の遥か彼方、戦場から死の気配を纏った一団が、門へと近づいていることを、レオはまだ知る由もなかった。
かつて「聖王」と呼ばれた青年、セシルが城門へと連れ出されるその日、王都の目抜き通りを埋め尽くしたのは、地を揺らすような呪詛の嵐だった。
「……あ」
レオは、城壁の上からその光景を眺めていた。
眼下を歩かされるセシルは、王としての法衣を剥ぎ取られ、泥に汚れた麻の服を着せられていた。足元は裸足で、兵士に背中を突かれるたびに、よろめきながら前へ進む。その細い首筋には、昨日までの「祈り」の代償であるどす黒い紋様が痛々しく浮かび上がっていた。
「死ね! 嘘つきのペテン師!」
「俺たちの人生を返せ! 勇者様を今まで呼ばなかったのは、自分の地位が欲しかったからだろう!」
罵声と共に、沿道の民衆から石が投げられた。
コツ、と硬い音がして、セシルの額から鮮血が流れる。石を投げたのは、昨日レオが広場でパンを分け与え、「もう大丈夫だよ」と笑いかけたばかりの、優しそうな父親だった。
(……なんで。なんで、あんなに酷いことができるんだ)
レオは指先がガタガタと震えるのを感じた。
彼には「視えて」いた。セシルの額から流れる血は、彼が十二年間守り続けてきた大地の毒に侵され、どす黒く変色している。彼はこの瞬間も、毒に冒された体でこの国の重力に耐えているのだ。
「勇者様、あんな薄汚い罪人のことなど、気になさることはありませんぞ」
カスティエ公爵が、愉悦に歪んだ顔でレオの肩を抱いた。
「貴方が『正解』を教えてくださったおかげで、民はようやく目を覚ました。あれこそが、偽善者が受けるべき当然の報いです。ゲームでもそうでしょう? 悪い王を倒した後は、こうして街が浄化され、正しい英雄が讃えられる。これは、ハッピーエンドへのプロセスなのです」
「……ハッピー、エンド……」
レオはその言葉を、呪文のように何度も頭の中で繰り返した。
そうだ。僕は間違っていない。
僕が来なければ、この国はセシルさんの「非効率」なやり方のせいで、ずっと苦しみの中にいたはずなんだ。
今、民衆が怒っているのは、それだけ彼らがセシルさんに期待し、裏切られたと感じたからだ。
僕がセシルさんの間違いを指摘したのは、彼を苦痛から救うためだった。
だから……この結末は、僕のせいじゃない。彼が、もっとうまくやっていれば良かっただけなんだ。
「……そうだよ。僕がいないと、この国は救えなかった。だから、これは……仕方のないことなんだ」
レオは自分に言い聞かせた。
そうしなければ、城門の外、荒れ果てた荒野へと消えていくセシルの、あの折れそうなほど白い背中が、罪悪感となって自分を押し潰してしまいそうだったから。
セシルの姿が見えなくなった瞬間、王都には爆発的な歓喜の歌が響き渡った。
「レオ様万歳!」
「真の聖勇者万歳!」
何千、何万という人間が自分の名前を呼び、自分を求めている。
現実世界で「いらない子」だったレオにとって、この熱狂こそが唯一の「居場所」だった。彼は、熱狂する民衆に向かって、震える手で精一杯の笑顔を作り、手を振った。
自分は主人公だ。
悪を討ち、国を救い、みんなに愛される存在。
けれど、レオは気づいていなかった。
自分が「正しい」と言えば言うほど、一人の人間を完膚なきまでに破壊し、その人生を「無価値なゴミ」として捨て去ったという事実に。
そして、この熱狂という名の「期待」は、一度でも彼らの望みを外せば、瞬く間に先ほどの石礫となって自分に降り注ぐ、身勝手な暴力であることに。
熱狂に顔を火照らせながら、レオは空虚な勝利感の中にいた。
その顔は、かつて自分がゲーム画面の向こう側で蔑んでいた、何も知らない「モブキャラクター」と同じように、浅ましく歪んでいた。
その時。
王都の遥か彼方、戦場から死の気配を纏った一団が、門へと近づいていることを、レオはまだ知る由もなかった。
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