6 / 31
第1章:主人公
第6話:騎士団長の拒絶
セシルが追放されてから、わずか数時間後。王宮は新たな「救世主」を祝う狂騒に包まれていた。
レオは、カスティエ公爵から贈られた白銀の礼服に身を包み、豪華な食卓を囲んでいた。昨日まで「いらない子」だった自分を、誰もが神の如く称え、美しい女官たちが恥じらいながら酒を注いでくれる。
(これが……これこそが、僕の求めていた世界なんだ……)
レオがその全能感に酔いしれていた、その時だった。
祝宴の喧騒を切り裂くように、暴力的なまでの足音が響いた。
「開けろ。……俺を、誰だと思っている」
扉の外から聞こえたその声は、冷徹で、死地を潜り抜けてきた者だけが持つ、重苦しい威圧感を孕んでいた。
衛兵が止める間もなく、重厚な扉が内側へとはじき飛ばされる。
そこに立っていたのは、全身に返り血を浴びたままの、一人の男だった。
黒い鎧は傷だらけで、マントの裾はボロボロに裂けている。だが、その瞳に宿る鋭い光は、室内にいた軟弱な重臣たちを射竦め、一瞬で場を静寂に叩き落とした。
「……アルヴィス卿」
カスティエ公爵が、顔を引きつらせて立ち上がる。
「遠征から戻ったばかりか。ご苦労だった。だが、今は新たな聖勇者様との祝宴の最中……」
アルヴィスは、カスティエの言葉を無視した。
彼の視線は、王座の傍らに座る見慣れぬ少年――レオを、まるで「そこに転がっているゴミ」でも見るかのように冷たく射抜いた。
「……陛下は」
アルヴィスの低い声が響く。
「陛下は、どこにおられる」
レオは、その視線の鋭さに呼吸を忘れた。ゲームのボスキャラなんて比較にならない。目の前にいるのは、本物の「獣」だ。レオは、この美しい騎士を自分の力で「救ってやりたい」と一瞬思ったが、アルヴィスの放つ殺気にその言葉は喉に張り付いた。
「ああ、アルヴィス卿、落ち着いて聞きなさい」
カスティエが、わざとらしく溜息をついた。
「あの方は、自らの欺瞞が勇者様によって暴かれると、罪を認めて国を去られたのだ。今は、こちらのレオ様こそがこの国を導く真の……」
「黙れ、クズが」
アルヴィスの一喝に、カスティエが絶句した。
アルヴィスはゆっくりとレオへ歩み寄る。一歩ごとに、彼が纏う戦場の「死臭」がレオの鼻を突き、本能的な恐怖が背筋を駆け上がる。
「すごいな。……確かにな。あの方が死に物狂いで守ってきたものを、貴様は一瞬で上書きした。……見事だよ、勇者様」
アルヴィスはレオの目の前で止まり、嘲笑うように口角を上げた。だが、その瞳は一切笑っていない。そこにあるのは、深い奈落のような憎悪だ。レオは必死に声を振り絞った。
「貴方が……騎士団長様、ですよね? セシルさんのことは聞きました。でも、効率の悪い呪術で国をすり減らすより、僕の力で救う方が、みんなが幸せになれる。見て! この草も花も僕のおかげで元気になったんだ! すごいでしょう? これからは僕が……」
レオが自慢げに足元の花を指差した瞬間、アルヴィスから刺すような殺気が噴出した。
「……触るな」
地を這うような低い声。アルヴィスは、レオの手を撥ねのけることさえせず、ただその瞳だけで少年を射抜いた。
「すごい、だと? お前のような、出どころも知れぬ小僧に……セシルの、あの方の何がわかる!!」
「ち、違う、僕はただ……!」
「……ああ、そうか。見事だよ、勇者様。だがあの方がいないこの場所は、ただの死体置き場と同じだ。この花も、この国も、俺には死臭がしてたまらないんだ」
アルヴィスはふらりと立ち上がり、出口へと歩み出す。
「待て! アルヴィス卿! 騎士団長としての義務を忘れたか!」
背後から飛んできたバルトロ宰相の怒声を、アルヴィスは乾いた笑いで撥ね退けた。
「黙れ。……こんな、恩知らずな連心の集まりなど、もうどうでもいい。義務だと? ……そんなものは、あの方が追放された瞬間に、この国の泥水に捨ててきたよ。お前たちが陛下と呼ぶあの方は、この国のためにすべてを捧げた! それを、力がなくなった途端にゴミのように捨て、代わりの『おもちゃ』が来たからと、よくもまあそんな反吐が出るような笑顔でいられるものだ!」
アルヴィスは、腰の剣から騎士団長の証である房飾りを引き千切り、バルトロたちの足元に投げ捨てた。
「俺は、あの方を追う。……待っていてください、セシル」
アルヴィスは一度も振り返ることなく、祝宴の会場を去っていった。
静まり返った室内で、レオは自分の喉に触れた。まだ、アルヴィスの放った死の気配が肌にこびりついている。
自分は勇者で、みんなを救ったはずだった。
なのに、どうして「おもちゃ」なんて言われなきゃいけないんだ。
転移前の、あの「余計なことを言った」瞬間の記憶が、アルヴィスの蔑むような瞳と重なる。
称賛の声は、もはやレオの耳には届かなかった。ただ、アルヴィスが吐き捨てた「おもちゃ」という言葉だけが、呪いのようにレオの心に深く突き刺さっていた。
レオは、カスティエ公爵から贈られた白銀の礼服に身を包み、豪華な食卓を囲んでいた。昨日まで「いらない子」だった自分を、誰もが神の如く称え、美しい女官たちが恥じらいながら酒を注いでくれる。
(これが……これこそが、僕の求めていた世界なんだ……)
レオがその全能感に酔いしれていた、その時だった。
祝宴の喧騒を切り裂くように、暴力的なまでの足音が響いた。
「開けろ。……俺を、誰だと思っている」
扉の外から聞こえたその声は、冷徹で、死地を潜り抜けてきた者だけが持つ、重苦しい威圧感を孕んでいた。
衛兵が止める間もなく、重厚な扉が内側へとはじき飛ばされる。
そこに立っていたのは、全身に返り血を浴びたままの、一人の男だった。
黒い鎧は傷だらけで、マントの裾はボロボロに裂けている。だが、その瞳に宿る鋭い光は、室内にいた軟弱な重臣たちを射竦め、一瞬で場を静寂に叩き落とした。
「……アルヴィス卿」
カスティエ公爵が、顔を引きつらせて立ち上がる。
「遠征から戻ったばかりか。ご苦労だった。だが、今は新たな聖勇者様との祝宴の最中……」
アルヴィスは、カスティエの言葉を無視した。
彼の視線は、王座の傍らに座る見慣れぬ少年――レオを、まるで「そこに転がっているゴミ」でも見るかのように冷たく射抜いた。
「……陛下は」
アルヴィスの低い声が響く。
「陛下は、どこにおられる」
レオは、その視線の鋭さに呼吸を忘れた。ゲームのボスキャラなんて比較にならない。目の前にいるのは、本物の「獣」だ。レオは、この美しい騎士を自分の力で「救ってやりたい」と一瞬思ったが、アルヴィスの放つ殺気にその言葉は喉に張り付いた。
「ああ、アルヴィス卿、落ち着いて聞きなさい」
カスティエが、わざとらしく溜息をついた。
「あの方は、自らの欺瞞が勇者様によって暴かれると、罪を認めて国を去られたのだ。今は、こちらのレオ様こそがこの国を導く真の……」
「黙れ、クズが」
アルヴィスの一喝に、カスティエが絶句した。
アルヴィスはゆっくりとレオへ歩み寄る。一歩ごとに、彼が纏う戦場の「死臭」がレオの鼻を突き、本能的な恐怖が背筋を駆け上がる。
「すごいな。……確かにな。あの方が死に物狂いで守ってきたものを、貴様は一瞬で上書きした。……見事だよ、勇者様」
アルヴィスはレオの目の前で止まり、嘲笑うように口角を上げた。だが、その瞳は一切笑っていない。そこにあるのは、深い奈落のような憎悪だ。レオは必死に声を振り絞った。
「貴方が……騎士団長様、ですよね? セシルさんのことは聞きました。でも、効率の悪い呪術で国をすり減らすより、僕の力で救う方が、みんなが幸せになれる。見て! この草も花も僕のおかげで元気になったんだ! すごいでしょう? これからは僕が……」
レオが自慢げに足元の花を指差した瞬間、アルヴィスから刺すような殺気が噴出した。
「……触るな」
地を這うような低い声。アルヴィスは、レオの手を撥ねのけることさえせず、ただその瞳だけで少年を射抜いた。
「すごい、だと? お前のような、出どころも知れぬ小僧に……セシルの、あの方の何がわかる!!」
「ち、違う、僕はただ……!」
「……ああ、そうか。見事だよ、勇者様。だがあの方がいないこの場所は、ただの死体置き場と同じだ。この花も、この国も、俺には死臭がしてたまらないんだ」
アルヴィスはふらりと立ち上がり、出口へと歩み出す。
「待て! アルヴィス卿! 騎士団長としての義務を忘れたか!」
背後から飛んできたバルトロ宰相の怒声を、アルヴィスは乾いた笑いで撥ね退けた。
「黙れ。……こんな、恩知らずな連心の集まりなど、もうどうでもいい。義務だと? ……そんなものは、あの方が追放された瞬間に、この国の泥水に捨ててきたよ。お前たちが陛下と呼ぶあの方は、この国のためにすべてを捧げた! それを、力がなくなった途端にゴミのように捨て、代わりの『おもちゃ』が来たからと、よくもまあそんな反吐が出るような笑顔でいられるものだ!」
アルヴィスは、腰の剣から騎士団長の証である房飾りを引き千切り、バルトロたちの足元に投げ捨てた。
「俺は、あの方を追う。……待っていてください、セシル」
アルヴィスは一度も振り返ることなく、祝宴の会場を去っていった。
静まり返った室内で、レオは自分の喉に触れた。まだ、アルヴィスの放った死の気配が肌にこびりついている。
自分は勇者で、みんなを救ったはずだった。
なのに、どうして「おもちゃ」なんて言われなきゃいけないんだ。
転移前の、あの「余計なことを言った」瞬間の記憶が、アルヴィスの蔑むような瞳と重なる。
称賛の声は、もはやレオの耳には届かなかった。ただ、アルヴィスが吐き捨てた「おもちゃ」という言葉だけが、呪いのようにレオの心に深く突き刺さっていた。
あなたにおすすめの小説
忘れた名前の庭で
千葉琴音
BL
【凍てついた記憶を溶かすのは、不器用な守護者の体温】
「俺のことはルーカスでいい」
目覚めると、僕は自分の名前すら忘れていた。 唯一の肉親である兄・テオドールの死と同時に失われた記憶。無愛想な兄の友人ルーカスと共にゆっくりと兄の足跡を辿っていく。
厳格で甘いものが嫌いだった亡き兄・テオドール。彼が密かに弟のために植物図鑑を読み、内緒で菓子を買い与えていたという、口にされることのなかった真実。
ルーカスの語る「かつての自分」と、今の自分が少しずつ重なっていく中、アルノは因縁の魔獣の住む森へと足を踏み入れる。そこで彼が思い出したのは、独りで耐える術ではなく、誰かに抱きしめられて「息をする」方法だった。 孤独な少年と、彼を見守り続けた騎士。二人が雪解けの庭で見つける、新しい絆の物語。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
美容整形するために夜間魔法学校に通っているだなんて言えない
陽花紫
BL
整形男子レイは、異世界転移をした際に整形前の顔に戻ってしまう。
魔法が当たり前の世界で美容医療などあるはずもなく、レイは魔法で整形をするために夜間魔法学校に通いはじめる。幸いにも、魔力はほんの少しだけあった。レイは不純な動機を隠しながら、クラスメイト達と日々を過ごしていく。
小説家になろうにも掲載中です。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。