偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第2章:地脈の鳴動

第17話:限界への足音


「……そんなはずはない! 勇者様なんだろう!? だったら、今すぐなんとかしろよ!」

 王都近郊の村に、怒号が響き渡った。

 レオの「最適化」が拒絶され、赤黒く枯れ果てた大地を前に、村人たちの顔からは敬意が消え失せていた。彼らにとって、勇者とは「望む結果を出すための装置」であり、それが機能しないのであれば、もはや崇める価値などないのだ。

「ごめん……。でも、地脈のシステムがロックされてて……僕の力でも、今はどうしようも……」

 レオが弱々しく弁明すればするほど、群衆の殺気は増していく。

「ふざけるな! お前の言う通り、セシル様の術式を壊して書き換えた結果がこれか! 前の王様の時は、不作はあっても土地が死ぬなんてことはなかったぞ!」

「そうだ! 聖勇者なんて大層な名前をつけておいて、結局、偽物だったんじゃないのか!」

 罵詈雑言が、レオの鼓膜を容赦なく突き刺す。

 つい先日まで「神様」と拝んでいた彼らが、一転して自分を「詐欺師」のように扱う。その手のひら返しの速さに、レオの心は激しく動揺した。

(どうして……? 僕はみんなのために、良かれと思ってやったのに……!)

 その時、群衆の影から一人の若者が前に出た。

 レオが最初にこの村に来た際、真っ先に駆け寄って「弟の病気を治してほしい」と泣きついてきた、あの純朴そうな若者だ。だが、今の彼の瞳には、どす黒い憎悪が宿っていた。

「……あんたのせいで、うちの畑は全滅だ。来年どころか、もう十年は何も育たないって、専門家が言ってた。……勇者様、あんたは僕らの未来を食い潰したんだ!」

「ち、違う、僕は……!」

「不甲斐ないんだよ、あんたは!!」

 若者が叫ぶと同時に、その右手が振り上げられた。

 握られていたのは、ひび割れた大地から拾い上げた、鋭い石の塊だった。

「聖勇者のくせに、何が『最適化』だ! 責任を取れよ!」

 若者が渾身の力で石を投げつけた。

 レオは恐怖で身を竦め、目を閉じる。

 カキン、と硬質な金属音が響いた。

 目を開けると、目の前にはエルヴィンの背中があった。

 彼は抜剣することなく、鞘のまま石を叩き落としていた。だが、その背中からは、先ほどまでの「無関心な警護」とは違う、肌を刺すような冷たい緊張感が漂っている。

「……下がれ、愚民ども。これ以上の暴挙は、公爵閣下への反逆とみなす」

 エルヴィンの低く、静かな声に、一瞬だけ群衆が怯んだ。

 だが、それは根本的な解決ではなかった。エルヴィンはレオを守っているのではない。ただ、「職務」として、壊れては困る「道具」を保護しているに過ぎない。

「……レオ様、馬車へ。これ以上ここにいても、無駄です」

「……エルヴィン、僕は……」

「黙って歩いてください。無様な姿を晒すのは、私の騎士としての矜持に障る」

 エルヴィンに無理やり腕を引かれ、レオは逃げるように村を後にした。

 背後からは、いつまでも石を投げようとする人々の怒号と、自分を呪う言葉が追いかけてきた。

 馬車の中に逃げ込んでも、レオの震えは止まらなかった。

 現代のゲームの世界では、NPCが自分に石を投げることなんてなかった。

 現実という名の、悪意に満ちた泥沼が、レオの足元からじわじわと這い上がってきていた。
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