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第二章「彼女と馬」
【結城】08 岩田屋にくにくフェスティバル
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「あれー結城さん、お昼食べなかったんですか」
結城を長い長い物思いから現実に引き戻したのは、同じ『たのしいまちづくり課』で働く北村マナの一言だった。
就活中の大学生のようなパンツスタイルの北村は、手に可愛らしい自前の弁当箱を持っていた。どうやら他の課の友人と食べてきたらしい。
「いや、コンビニのパンでさっと済ませちゃったんだよ」
結城はアイの写メ日記が表示されていたスマホの画面を手早く消灯して、デスクの引き出しに放り込んだ。
「えーっそれで夕方まで保ちますか? お腹空かないですか?」
北村は質問しながら結城の隣の席に腰を下ろした。
北村マナは結城と同じく非正規で働く職員だった。今年二十四歳で、結城より三歳下である。二年前に関東の私立文系の大学を卒業し、地元である●島県に帰ってきてからは、岩田屋町役場で働いているのだった。
さっぱりとしたショートヘアで――髪型がそれを決めるわけではないのだろうが――性格もどちらかというとさっぱりしていた。
胸もお尻もストンと落ちていて凹凸の少ない体型だが、そういうスタイルのほうが着られる服が多いからいいのだと、いつだったかの飲み会で本人が言っていた。
オフィス内をちょこちょこと歩き回って仕事を探しては片付けていく姿と、ちょっと白目が大きい三白眼な感じから、結城はなんかでっかい鳥の雛のような人だなという印象を勝手に抱いていた。
なにせ働き者で課内の人間には重宝されているし、いろいろな意味で愛されている。
結城も少し前までは「いいな」と思っていたのだが、接する時間が長くなってそのパーソナリティが明らかになると、これは自分にはノーチャンスすぎるなと思って、そういうことを考える対象には入れられないでいた。
ノーチャンス北村マナ。
それが結城にとっての北村だった。
「いや、デスクワークだとあんまりお腹空かないから」
「男の人ってもっと食べるイメージですよ」
「それはスポーツとかしてる人のイメージじゃない?」
結城は昔からそんなに大食漢ではなかった。酒も飲めないし飯もそんなに食べないので、圧倒的に飲み会で割り勘負けするタイプだという自覚が大学生の頃からあった。がっつり食べるのは風俗の後のラーメンぐらいだ。
と、そこに、
「おつかれーっす」
と言いながら帰ってきたのは、スポーツマンらしいがっしりとした身体付きの若い男だった。浅黒く日焼けした肌に、クールビズの白い半袖シャツがよく似合っている。
『たのまち課』の一員である田岡拓哉だった。
田岡は三玉は食べ過ぎたぁとうめいて、どっかりと椅子に沈み込む。どうやら役場の隣にあるうどん屋で昼飯を食べてきたらしい。
元岩田屋高校サッカー部のエースにして副町長の息子である田岡は、この課でもエースとして期待されていた。もちろん、大学卒業後に一発で正規採用されている。年は北村と同じ二十四歳だった。
「いやあ、いい食べっぷりだったよ」
田岡の後に入ってきたのは『たのまち課』の課長である迫水彰だった。元民間企業勤務の研究者という異色のキャリアの持ち主で、岩田屋町にIターンする形で住み着いている。
かつて奥岩田屋にあった製薬工場に県外から赴任して勤務していたらしいが、あまりにもこの地域が気に入ったため、骨を埋めるべく完全に移住してきたということらしい。
採用試験を民間枠から一発で突破し、その辣腕を役場内で発揮している。五十代だがすらっとしたスタイルで、まったく腹も出ていない。その甘いマスクは岩田屋町役場に勤務するマダムたちに絶大な人気を誇っている。
どうやら田岡と迫水は二人で食事をとってきたらしい。
昼休みが終わり、それぞれがデスクに戻って仕事を開始する。
『たのしいまちづくり課』というだけあって、その仕事はまさに岩田屋町を楽しくすることにあった。過疎化が進むこの時代、町からの若者人口の流出を食い止めるべく、たくさんのイベントを企画実行することがこの課の主な仕事である。
目下の取り組みは『岩田屋にくにくフェスティバル』と題されたグルメイベントだった。たくさんの肉料理の屋台が出るのはもちろん、ステージイベントなども多数催されることになっている。開催場所は萬守湖水辺プラザである。
その開催が二週間後に迫っていた。
結城の机にも、その『岩田屋にくにくフェスティバル』のチラシが置かれている。黄色を基調としたカラフルでポップなデザインは、北村の手によるものだった。器用なものだなと結城は感心する。
『たのまち課』の仕事は、昨年までの課でやっていた仕事よりも正直やりがいがあった。誰かが破壊したエクセルのマクロを延々と組み直したり、書庫にある古い書類をひらすらpdf化したりするよりは、よほど楽しい。課員も若手が多く、雰囲気も明るかった。
「二時からはアレですよね。『ジビエの人』との打ち合わせ」
北村が手帳を開いて言った。
ジビエとは野生の鳥獣の肉のことである。岩田屋町の山間部では、イノシシやシカによる農作物への食害が多発していた。彼らに罪はないが、駆除しなければ被害は増えるばかりである。イノシシやシカをただ捕まえて処分するだけでは実りがないということで、その肉を加工して町の名産品として売り出そうという機運がここ数年高まりつつあるのだった。
『ジビエの人』とは、今回の『にくにくフェス』でジビエの燻製を販売してくれることになっている猟師兼料理人という人物のことである。
その人物との打ち合わせに、結城と北村で赴くことになっていたのだ。
そこに。
「あ! 槻本山の方ですよね。俺が車出しますよ」
と元気よく言ったのは田岡だった。
「俺の車広いし四駆なんで山道でも快適ですよ!」
はつらつとアピールしている――北村に。
だが北村は笑顔を浮かべてそれをさらりと受け流した。
「あ、結城さんが出してくれるんで大丈夫です」
そういうことになっているのだ。
もっとも、結城のオンボロよりも田岡の車で行ったほうが快適なのは間違いのないことだったが。結城の車はかつて母親が使っていた古いホンダの軽を譲り受けたものだが、田岡の車はマツダのSUVの新車である。今年の春に購入したもので、田岡の自慢の種だった。
そんな課員のやりとりを聞きながら、課長である迫水は改めて『にくにくフェス』のチラシを眺めている。
「お、『コーヒーショップ・香』のキッチンカーが来るのか。ここの肉カレーは長蛇の列になりそうだなぁ」
「さすが課長! 目ざとく見つけましたね!」
北村が目を輝かせる。
「岩田屋町が誇る『香』のカレーですからね!」
「うん、町外から来たお客さんにも食べてもらいたいな。この急遽ステージに追加した…『岩田屋アイドルコンテスト』も面白そうだ」
北村のアイデアで追加したイベントである。ステージでは地元の中高生によるダンスや有志によるバンド演奏もあるのだが、もっとパンチの効いたイベントが欲しいということで、企画されたのだった。急遽追加されたわりには、参加希望者殺到であっという間に枠は埋まってしまった。
「アイドルかぁ。結城さんってこういうの詳しいんじゃないですか」
田岡が雑な感じで結城に話を振ってくる。完全に見た目の印象だけで話題を振る相手を決めてるだろ。
「いや、申し訳ないけどあまり……」
実際、結城はアイドルにはあまり明るくなかった。というか、ゲームやアニメなどにも詳しくはない。大学時代の友人に「お前その見た目でオタクですらないっていうのはおもしろくなさすぎるぞ」という暴言を吐かれたこともあった。
結局アイドルの話題は広がらず、結城と北村は『ジビエの人』の元へと出発することになった。
駐車場の隅に停まっている色褪せた黒のゼスト・スパークが結城の愛車だった。運転席に結城が、助手席に北村が乗り込む。
こうやって北村を助手席に乗せると、ちょっと気分がいい――たとえただの同僚であっても。
これもある種のしょうもない男の性のようなものかもしれない。田岡も恐らく、こんな風に北村を助手席に座らせたいのだろう。
「いや、グイグイくるんだね。田岡君」
車を走らせながら、さっきのことを思い出して結城は言った。
「ホントそうなんですよ」
うんざりと言った表情で北村は言った。
「いや、でもさ、北村さん今フリーじゃなかったっけ」
「知ってます? 今はそういうのもセクハラになるらしいですよ」
いたずらっぽく北村が笑う。こういうちょっと可愛らしい仕草に周囲の男は惹きつけられていくんだろうなと結城は冷静に考えていた。
アイと出会う前なら、どぎまぎしていたかもしれない。
午後の道は空いていて車はスイスイ進んだ。役場のある旧道から国道に出て、上岩田屋の方に向けて走ると、目に映る建物がぐっと減った。前を走る車もなく、すれ違う車も少なかった。
水鏡川の堤防沿いの道をしばらく走ってから、堤防道路に上がって”鳥飼の潜水橋”と地元の人間が呼んでいる橋に向けて車を進めた。
岩田屋町に来て、初めて潜水橋を通った時はビクビクしていたものだが、今となってはもう慣れたものだ。
縁のない、車一台しか通れない潜水橋の上を躊躇いなく進んでいく。
北村は水鏡川を覗き込んで「綺麗ですね」と感想を漏らした。
透明感のある美しい緑の川面は静かだった。岩田屋川との合流点に向けて滔々と流れている。
潜水橋を渡った対岸は堤防を超えると一面の水田だった。槻本山の麓に緑の海が広がっている。波打つように揺れる稲を見ていると、風の通り道が分かるかのようだった。車の中だと音は聞こえないはずだが、その景色を見ているだけで、ざーっと稲がなびく音が耳の奥に届いた。
そんな水田の真ん中に。
道からかなり遠いところに。
一頭の黒い馬がポツンと立っていた。
結城は「なんでこんなところに」と思って二度見した。
が、その時には、もう馬は消えていた。
見間違いだったのだろうか。
競馬場に行ったから、そんな幻を見たのだろうか。
結城は意識を切り替えて運転に集中する。
まあ、どう考えても見間違いだろう。
なぜなら、さっき見えた馬には――首から上がなかったのだから。
結城を長い長い物思いから現実に引き戻したのは、同じ『たのしいまちづくり課』で働く北村マナの一言だった。
就活中の大学生のようなパンツスタイルの北村は、手に可愛らしい自前の弁当箱を持っていた。どうやら他の課の友人と食べてきたらしい。
「いや、コンビニのパンでさっと済ませちゃったんだよ」
結城はアイの写メ日記が表示されていたスマホの画面を手早く消灯して、デスクの引き出しに放り込んだ。
「えーっそれで夕方まで保ちますか? お腹空かないですか?」
北村は質問しながら結城の隣の席に腰を下ろした。
北村マナは結城と同じく非正規で働く職員だった。今年二十四歳で、結城より三歳下である。二年前に関東の私立文系の大学を卒業し、地元である●島県に帰ってきてからは、岩田屋町役場で働いているのだった。
さっぱりとしたショートヘアで――髪型がそれを決めるわけではないのだろうが――性格もどちらかというとさっぱりしていた。
胸もお尻もストンと落ちていて凹凸の少ない体型だが、そういうスタイルのほうが着られる服が多いからいいのだと、いつだったかの飲み会で本人が言っていた。
オフィス内をちょこちょこと歩き回って仕事を探しては片付けていく姿と、ちょっと白目が大きい三白眼な感じから、結城はなんかでっかい鳥の雛のような人だなという印象を勝手に抱いていた。
なにせ働き者で課内の人間には重宝されているし、いろいろな意味で愛されている。
結城も少し前までは「いいな」と思っていたのだが、接する時間が長くなってそのパーソナリティが明らかになると、これは自分にはノーチャンスすぎるなと思って、そういうことを考える対象には入れられないでいた。
ノーチャンス北村マナ。
それが結城にとっての北村だった。
「いや、デスクワークだとあんまりお腹空かないから」
「男の人ってもっと食べるイメージですよ」
「それはスポーツとかしてる人のイメージじゃない?」
結城は昔からそんなに大食漢ではなかった。酒も飲めないし飯もそんなに食べないので、圧倒的に飲み会で割り勘負けするタイプだという自覚が大学生の頃からあった。がっつり食べるのは風俗の後のラーメンぐらいだ。
と、そこに、
「おつかれーっす」
と言いながら帰ってきたのは、スポーツマンらしいがっしりとした身体付きの若い男だった。浅黒く日焼けした肌に、クールビズの白い半袖シャツがよく似合っている。
『たのまち課』の一員である田岡拓哉だった。
田岡は三玉は食べ過ぎたぁとうめいて、どっかりと椅子に沈み込む。どうやら役場の隣にあるうどん屋で昼飯を食べてきたらしい。
元岩田屋高校サッカー部のエースにして副町長の息子である田岡は、この課でもエースとして期待されていた。もちろん、大学卒業後に一発で正規採用されている。年は北村と同じ二十四歳だった。
「いやあ、いい食べっぷりだったよ」
田岡の後に入ってきたのは『たのまち課』の課長である迫水彰だった。元民間企業勤務の研究者という異色のキャリアの持ち主で、岩田屋町にIターンする形で住み着いている。
かつて奥岩田屋にあった製薬工場に県外から赴任して勤務していたらしいが、あまりにもこの地域が気に入ったため、骨を埋めるべく完全に移住してきたということらしい。
採用試験を民間枠から一発で突破し、その辣腕を役場内で発揮している。五十代だがすらっとしたスタイルで、まったく腹も出ていない。その甘いマスクは岩田屋町役場に勤務するマダムたちに絶大な人気を誇っている。
どうやら田岡と迫水は二人で食事をとってきたらしい。
昼休みが終わり、それぞれがデスクに戻って仕事を開始する。
『たのしいまちづくり課』というだけあって、その仕事はまさに岩田屋町を楽しくすることにあった。過疎化が進むこの時代、町からの若者人口の流出を食い止めるべく、たくさんのイベントを企画実行することがこの課の主な仕事である。
目下の取り組みは『岩田屋にくにくフェスティバル』と題されたグルメイベントだった。たくさんの肉料理の屋台が出るのはもちろん、ステージイベントなども多数催されることになっている。開催場所は萬守湖水辺プラザである。
その開催が二週間後に迫っていた。
結城の机にも、その『岩田屋にくにくフェスティバル』のチラシが置かれている。黄色を基調としたカラフルでポップなデザインは、北村の手によるものだった。器用なものだなと結城は感心する。
『たのまち課』の仕事は、昨年までの課でやっていた仕事よりも正直やりがいがあった。誰かが破壊したエクセルのマクロを延々と組み直したり、書庫にある古い書類をひらすらpdf化したりするよりは、よほど楽しい。課員も若手が多く、雰囲気も明るかった。
「二時からはアレですよね。『ジビエの人』との打ち合わせ」
北村が手帳を開いて言った。
ジビエとは野生の鳥獣の肉のことである。岩田屋町の山間部では、イノシシやシカによる農作物への食害が多発していた。彼らに罪はないが、駆除しなければ被害は増えるばかりである。イノシシやシカをただ捕まえて処分するだけでは実りがないということで、その肉を加工して町の名産品として売り出そうという機運がここ数年高まりつつあるのだった。
『ジビエの人』とは、今回の『にくにくフェス』でジビエの燻製を販売してくれることになっている猟師兼料理人という人物のことである。
その人物との打ち合わせに、結城と北村で赴くことになっていたのだ。
そこに。
「あ! 槻本山の方ですよね。俺が車出しますよ」
と元気よく言ったのは田岡だった。
「俺の車広いし四駆なんで山道でも快適ですよ!」
はつらつとアピールしている――北村に。
だが北村は笑顔を浮かべてそれをさらりと受け流した。
「あ、結城さんが出してくれるんで大丈夫です」
そういうことになっているのだ。
もっとも、結城のオンボロよりも田岡の車で行ったほうが快適なのは間違いのないことだったが。結城の車はかつて母親が使っていた古いホンダの軽を譲り受けたものだが、田岡の車はマツダのSUVの新車である。今年の春に購入したもので、田岡の自慢の種だった。
そんな課員のやりとりを聞きながら、課長である迫水は改めて『にくにくフェス』のチラシを眺めている。
「お、『コーヒーショップ・香』のキッチンカーが来るのか。ここの肉カレーは長蛇の列になりそうだなぁ」
「さすが課長! 目ざとく見つけましたね!」
北村が目を輝かせる。
「岩田屋町が誇る『香』のカレーですからね!」
「うん、町外から来たお客さんにも食べてもらいたいな。この急遽ステージに追加した…『岩田屋アイドルコンテスト』も面白そうだ」
北村のアイデアで追加したイベントである。ステージでは地元の中高生によるダンスや有志によるバンド演奏もあるのだが、もっとパンチの効いたイベントが欲しいということで、企画されたのだった。急遽追加されたわりには、参加希望者殺到であっという間に枠は埋まってしまった。
「アイドルかぁ。結城さんってこういうの詳しいんじゃないですか」
田岡が雑な感じで結城に話を振ってくる。完全に見た目の印象だけで話題を振る相手を決めてるだろ。
「いや、申し訳ないけどあまり……」
実際、結城はアイドルにはあまり明るくなかった。というか、ゲームやアニメなどにも詳しくはない。大学時代の友人に「お前その見た目でオタクですらないっていうのはおもしろくなさすぎるぞ」という暴言を吐かれたこともあった。
結局アイドルの話題は広がらず、結城と北村は『ジビエの人』の元へと出発することになった。
駐車場の隅に停まっている色褪せた黒のゼスト・スパークが結城の愛車だった。運転席に結城が、助手席に北村が乗り込む。
こうやって北村を助手席に乗せると、ちょっと気分がいい――たとえただの同僚であっても。
これもある種のしょうもない男の性のようなものかもしれない。田岡も恐らく、こんな風に北村を助手席に座らせたいのだろう。
「いや、グイグイくるんだね。田岡君」
車を走らせながら、さっきのことを思い出して結城は言った。
「ホントそうなんですよ」
うんざりと言った表情で北村は言った。
「いや、でもさ、北村さん今フリーじゃなかったっけ」
「知ってます? 今はそういうのもセクハラになるらしいですよ」
いたずらっぽく北村が笑う。こういうちょっと可愛らしい仕草に周囲の男は惹きつけられていくんだろうなと結城は冷静に考えていた。
アイと出会う前なら、どぎまぎしていたかもしれない。
午後の道は空いていて車はスイスイ進んだ。役場のある旧道から国道に出て、上岩田屋の方に向けて走ると、目に映る建物がぐっと減った。前を走る車もなく、すれ違う車も少なかった。
水鏡川の堤防沿いの道をしばらく走ってから、堤防道路に上がって”鳥飼の潜水橋”と地元の人間が呼んでいる橋に向けて車を進めた。
岩田屋町に来て、初めて潜水橋を通った時はビクビクしていたものだが、今となってはもう慣れたものだ。
縁のない、車一台しか通れない潜水橋の上を躊躇いなく進んでいく。
北村は水鏡川を覗き込んで「綺麗ですね」と感想を漏らした。
透明感のある美しい緑の川面は静かだった。岩田屋川との合流点に向けて滔々と流れている。
潜水橋を渡った対岸は堤防を超えると一面の水田だった。槻本山の麓に緑の海が広がっている。波打つように揺れる稲を見ていると、風の通り道が分かるかのようだった。車の中だと音は聞こえないはずだが、その景色を見ているだけで、ざーっと稲がなびく音が耳の奥に届いた。
そんな水田の真ん中に。
道からかなり遠いところに。
一頭の黒い馬がポツンと立っていた。
結城は「なんでこんなところに」と思って二度見した。
が、その時には、もう馬は消えていた。
見間違いだったのだろうか。
競馬場に行ったから、そんな幻を見たのだろうか。
結城は意識を切り替えて運転に集中する。
まあ、どう考えても見間違いだろう。
なぜなら、さっき見えた馬には――首から上がなかったのだから。
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