僕はあの子に蹴られて《結城編》

たぬき85

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第五章「裏社会の住人」

【結城】 17 Re:獣人マンション

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「お、気がついたみたいやな」

 ミントの香りがした。
 その爽やかな香りが、声の主の口から漂っているのだと、結城は薄目を開けて認識した。
 自分の顔から20センチと離れていないところに女の顔があった。
 アイライナーとマスカラで華やかに強調されたアーモンドアイが、結城をじっと見つめている。日焼けした肌。脱色された銀色に近い金髪。艶のあるピンク色の唇がもごもごと動いているのは、ガムを噛んでいるからだろう。

「じーっと唇ばっかり見よってからに。うん? ちゅーしたろか? うそうそ、冗談や」

 結城はベッドに寝かされていて、女はベッド脇に立ってこちらを覗き込んでいた。
 女は結城から顔を遠ざけると、後ろを振り返った。

「キリンジー! 汁男優の兄さん、目ぇ覚ましよったでー!」

 女がとんでもないことを言ったので結城は思わず身体をのけぞらせた。

 汁男優? 俺が?

 こういった不健全な知識を持たない善良な読者諸氏のために解説すると、汁男優とはアダルトビデオに出演する男優のうち、女優と交わることなく、体液の放出・提供だけを行う者を指す言葉である。

 無論、結城は汁男優ではない。
 結城は岩田屋町役場に勤める非正規の公務員である。

 女はそのままベッド脇から立ち去った。ドアの開閉音がして、部屋がシンと静かになる。

 結城はベッド上で身体を起こした。目を見開いて周囲を確認する。
 どうやらどこかの寝室らしかった。身を横たえていたキングサイズのベッドは、高級ホテルにあるような上等なものに思われた。

 視覚情報が呼び水になって、様々な感覚が蘇ってくる。
 先陣を切ったのは痛覚だった。
 結城は全身擦り傷と打ち身だらけだった。ありとあらゆる場所からズクズクと痛みが襲ってくる。致命的なものではないが、ただただ不快だった。
 身につけているワイシャツとスラックスは血で汚れているだけでなく、乾いた泥がこびりついていて固まっていた。髪の毛も衣服と同じく固まった血と泥でゴワついている。

 何故こんなことになっているのか。

 胡乱うろんな頭のまま、記憶の糸を手繰り寄せようとしたその刹那、過去の情報が奔流となって結城の脳に――――

 灼熱の岩田屋にくにくフェスティバル。突然の大雨。転がった白い日傘。分け入っても分け入っても暗い林。凶悪な面相の雪男たち。死んだ目をした黒いジャケットの男。棒を振り回す新渡戸キリンジ。舞い降りた羽の生えた男。

 ――――気を失ったアイ。

 全てを思い出した結城は、勢いよくベッドから跳び降りた。
 一目散に部屋の入口まで走り、ドアノブに手を掛けた。右に回しても左に回しても、ドアは開かない。結城は混乱した。混乱した勢いのまま、力いっぱいドアを拳で叩いた。

「おーい!! おーい!! 開けてくれ!! 開けて……開けろ!! 開けろよ!!」

 何度も拳を叩きつける。
 一刻も早くこの部屋を出なければいけない。
 一刻も早くこの部屋を出て、アイの元に行かなければならない。
 そうでなければ。
 そうでなければアイは――

「ドンドンうっさいねんボケが!!」

 勢いよく開いたドアに結城は吹き飛ばされた。

「押して駄目なら引く!! 確認したら分かるやろ!!」

 先程の女がそこに立っていた。
 ドアを指さしながら、床に這いつくばった結城をむっとした顔で見下ろしている。

 女は黒のビキニトップにデニムのホットパンツという、あまりにも開放的な格好だった。極限まで露出された小麦色の肌が淫靡に――と言うよりは健康的に輝いている。腰まである金髪は手入れが行き届いているようで、女が首を傾けるのに合わせてサラサラと揺れた。


「ホンマ、キリンジに感謝しぃや。沈んでいく車から自分のこと引っ張り出してくれたんやから」

 女の背後から、そのキリンジが顔を見せた。

「結城さん、思ったより元気そうだな」

 キリンジはほっとしたような表情だった。結城はバツの悪さを感じながら立ち上がる。

「いや、その、取り乱してすみません。でも、すぐにでも行かなきゃいけないところがあって、あと、警察に連絡を――」

 そう口にした結城の頭の中で、現実離れした光景の数々が再生されていった。
 警察に連絡したからといって、どうなるのだろうか。
 電話口で「雪男に殴られて、羽の生えた男に恋人をさらわれました」なんて嘘八百としか思えないことを訴える人間を、恐らく警察は相手にしてくれないだろう。イタズラ電話として処理されるのがオチだ。

「今、自分で言うて思ったやろ? そういうタイプの事件やないなって。ま、とりあえず隣の部屋で話しよか。『行かなきゃいけないところ』って言うても、そこにどうやって行くのかって話や」

 女に促されて寝室を出ると、そこはリビングダイニングになっていた。
 革張りのソファとガラスのローテーブルが真ん中に置かれており、暖色の関節照明が部屋の雰囲気をなんとなくムーディーに彩っている。カウンターキッチンの後ろには一通りの料理用家電と食器棚があり、ここで誰かが生活していることを示していた。窓一つないことを除けば、かなり良い部屋のように思われた。

 女が一人掛けのソファに腰掛け、結城とキリンジがその対面にある二人掛けのソファに座った。

「――ほな、キリンジ。説明よろしく」

「俺がですか!?」

 女は猫のように目を細めるとぺろっと舌を出した。

「この兄さん拾ってきたんは自分やろ」

「まあ、確かにそうですが…… 俺なんかが上手く説明できるか」

「やってみ。うちが補足するから」

 キリンジはうーんと唸ると咳払いをし、改まった雰囲気を醸し出した。真摯な眼差しを結城に向ける。

「――結城さん、にわかには信じられないかもしれないが、実はこの地球とは別の世界――」

「なんか話が長くなりそうやな。うちが説明するわ」

 キリンジが「えっ」と呟くのを無視して女が話し始めた。

「大体の場合、そろそろ察しがつくねんけどな」

 女は結城の目をじっと見た。この女、派手なメイクをしているが、そもそも素材が一級品だった。三秒見つめればどんな男でも勘違いさせられそうな危うい美貌である。結城は思わず息を呑んだ。

「わからへんかな?」

「な、何がですか」

「うちの顔に見覚えない? 大体、こっちが自己紹介する前に気づくねんけど」

 てへぺろ、と言いながら女がウィンクをして舌を出した。正直かわいい。

 結城はこれまで出会ってきた女性――主に風俗店でだが――の顔を次々に思い出してみた。だが、目の前にいる金髪ビキニギャルと一致する顔はなかった。こういう系の嬢と遊んだ経験があまりないのだ。どちらかというと清楚系を指名しがちな結城なのであった。

「まあ、うちが現役やった時代も随分前になってしもたからなぁ。今はもうDVDよりも配信の時代やし」

 その言葉でピンと来るものがあった。
 この女、AV女優だ。

「――星野ほしの里菜りな?」

 記憶の底から湧き上がってきた名前を口にする。

「おっ、正解! 自分いくつ?」

「二十七です」

「同い年やん! モロに世代のはずやろ! もっとはよ気づいてよぅ」

「いや、すいません」

 謝る結城に女――星野里菜は笑い掛けた。

 星野里菜。
 目の前にいるこの女は、簡単に言ってしまえば『伝説のAV女優』だった。

 子役として芸能界で活躍した後に、十八歳で高校を中退してAV女優に転身するという衝撃のデビューを果たすと、とんでもないハイペースで作品を発表し続け、同級生が高校を卒業する頃には「売れたDVDを積み上げれば成層圏、それを見て発射された男達の子種を集めれば太平洋」と言われるまでの存在になった。

 それだけの熱狂的な人気を誇りながら、十九歳になる前にスパッと引退して業界から姿を消したことも、後のカルト的な人気に拍車を掛けた。清純派時代の前期と、ギャル時代の後期。まったく違う二つの顔を持ち、どちらの時代も男達から熱く支持され、引退から十年近く経った今でも雑誌で特集が組まれるほどだ。

 結城は彼女に特別思い入れがある訳ではないが――顔が整いすぎているのであまり趣味ではなかったのだ――それでも何度かDVDをレンタルしてお世話になったことがある。印象に残っているのは、友達の家に行ったら関西弁のお姉ちゃんがいて「えっ、自分童貞なん?」みたいな会話から……という作品だった。

 そんな星野里菜が。
 なぜ、今ここにいるのか。

 思えばさっきの寝室もこの部屋も、アダルトビデオのセットのような雰囲気がある。もしかすると、ここは撮影現場なのだろうか。
 結城も本当に汁男優としてここに呼ばれたのかもしれない。

「あ、なんかアホなこと考えてる? うちはもう引退してるからエッチなビデオには出えへんよ」

「――そうですよね」

 結城はゴミのような思考を丸めてそのまま頭の外に放り投げた。

「今はAV女優やのーて――なんというか、道を極める仕事をしとるんやけど」

 里菜は明後日の方向を見ながらぽりぽりと頬をいた。

「道を極める……?」

「んー、平たく言うと極道やな」

 上半身ビキニのギャルがとんでもないことを言った。
 AV女優からヤクザへ。まさにアウトローの中のアウトローという感じの人生だが、その言葉が事実であれば――

「ここはヤクザの事務所ってことですか?」

「そーやな」

 里菜は軽い調子で肯定した。
 結城はヤクザに拉致されているということらしい。

 かわいい黒ギャルが極道なのもおかしいし、こんなどう見てもマンションの一室にしか見えない場所が事務所というのもおかしいが、なにせ結城の身の回りにはおかしい事が多発中なのだった。

 バケモノの次はヤクザ。結城は自分が転がり落ちた穴は、想像以上に深いのではないかと疑い始めていた。何もかもが半信半疑だが。

「あんまイメージが湧かへんかもやけど、未確認生物――UMAの保護や捕獲もシノギの一つなんや。今のうちらはそれの専門家みたいなもんやな」

「UMAの保護や捕獲ですか」

「岩田屋町に住んでるなら槻本山の怪鳥の噂ぐらい聞いたことあるやろ?」

 里菜が手をぱたぱたと羽ばたかせる。鳥の真似だろうか。

「実家は黒芦のほうなんで」

「なんや、ジモティーちゃうんかい。役場で働いてるって聞いたのに」

「いや、すみません」

 里菜はええってええってと手をヒラヒラさせた。

「うちらはこの町に生息しとるUMAの管理をしとるんや。もそれの絡みやな」

 話が本題に近づいていく感覚を受けて、結城は身を乗り出した。

 一から十まで全部は教えられへんのやけどな――と里菜は前置きして言った。

「どうやら今この町に、うちらとは別の勢力が入り込んどるみたいなんや。そいつらが兄さんの恋人さんを拉致った犯人ちゅーことや」

「アイをさらった連中も、その、なんというか、ヤクザなんですか?」

 自分たちはヤクザ同士の抗争に巻き込まれたということなのだろうか。あの黒いジャケットの男や羽の生えた男は、ヤクザと言うよりはもっと別の何かのような気もするが。

「それはないと思う――って予断で話したらあかんのやけどな。恐らく相手は組織というよりも、もっと小さい集まりや。もしかしたら個人かもしれん」

「個人でヤクザに喧嘩を売るなんてことあるんですか」

「ほんまそれや。なあ、キリンジ?」

 里菜は半眼になって突然キリンジに話を振った。 
 キリンジは何も言わずに俯いている。
 結城は場の空気が張り詰めるのを感じた。

「――舐められてんねん、うちらは」

 一瞬耳を疑う程、ドスの効いた声だった。
 里菜は口の端を吊り上げて悪鬼のような笑みを浮かべていた。
 その表情を見て、結城は里菜がヤクザというのも満更嘘ではないのかもしれないと思い直した。

「すんません姐さん。俺が不甲斐ないばっかりに」

 俯いたままのキリンジが言葉を絞り出した。

「謝らんでええねん、あと、姐さんって呼びなや」

 里菜は鬼の形相から先程までの気楽な調子に戻ると、溜息を吐いてホットパンツの尻ポケットからタバコと携帯灰皿を取り出した。キリンジは懐からライターを取り出すと、すかさず里菜のタバコに火をつけた。

「今、ウチの主戦力は別件があって岩田屋町におらんねん。留守を任されとるのがうちとキリンジってことなんやけど、相手さんもそれを分かって仕掛けてきた感じやな」

 岩田屋町に生息しているUMA――そんなものが実際にいるとして――を手に入れるために、町の守りが手薄になったところを狙ってきたということなのだろう。確か同じようなことを黒いジャケットの男も言っていた。

 大枠は分かったような気がするが、それでも最大の疑問がある。

「――なんでアイが狙われたんですか」

 相手の狙いが岩田屋町に生息しているUMAだとして、なぜアイがさらわれることになったのか。『巫女』だとか『ボラード』だとか、よく分からない言葉が飛び交っていたが。

「それを説明するのは色んな意味で難しいんやけどな」

 里菜はタバコをくゆらせながら、結城の顔をじっと見た。その視線には相手が内に秘めたものを推し量ろうとする意図が感じられた。結城という人間の中身が、これからする話を聞かせるに足るものなのかを、里菜は見定めようとしている。

「UMAについて知るということは、それ相応のリスクを背負い込むってことや。知らんでもええことを知ってしまったがために破滅していった人間はぎょーさんおる。場合によったら、うちらの手で自分のことを始末せなあかんことになるかもしれへん」

 それでも聞きたいかと里菜の目が問うている。

 里菜の瞳からは、何も知らないカタギの人間を気遣うような優しさと、それとは真逆の殺し屋じみた陰惨さの両方が伝わってきた。そのどちらも星野里菜という人間なのだろう。

 結城の答えは一つだった。キリンジに「行こう」と言ったあの瞬間から、覚悟はとうに決まっている。

「俺は、それを知ることでアイの元に辿り着けるなら知りたいです」

 結城の言葉を聞いたキリンジが顔を上げた。結城を見るキリンジの目にはどこか悲壮なものがあった。もしかすると彼は責任を感じているのかもしれない。

「キリンジさん、違うよ。俺は俺自身の意志でアイを助け出したいと思ってるんだ。巻き込まれたなんて微塵も思ってない」

 キリンジがあの時助け起こしてくれなければ、結城はあの場で野垂れ死んでいただろう。あるいは、になっていたに違いない。

「なんや、思ったよりも腹が据わっとるやないか」

 キリンジが反応するより先に、里菜が感嘆したように目を丸くした。

「水草まみれのキリンジが新人の汁男優みたいな顔の自分を担いで帰ってきた時は、何しとんねんコイツはとおもたけど――」

「俺、汁男優顔なんですかね」

「――思たけど、なかなか自分、見込みがありそうやな」

 里菜はタバコの灰を携帯灰皿に落としながら目を細めた。実際のところ里菜が結城をどんな風に評価したのかは分からない。鉄砲玉か弾除けくらいにならなりそうだと判断してくれたのだろうか。

 結城はぼんやりと、もしかして自分はヤクザになるのだろうかと思い始めていた。

「――で、UMAの話やねんけど。UMAって言うてもピンキリでな。翼猫つばさねこみたいな無害なやつから、町一つを消し炭にできるやつまで幅広いねん。岩田屋におる一番の大物は、寄りのやつやねんけど」

 結城のことを『話しても大丈夫な人間』だと判断した里菜は、いきなり物騒な話をし始めた。

「町を……消し炭ですか」

「そんなやつおらんやろ~って思うやんか。まあ、実際おらんほうがええねんけどな。でも、おるんやからしゃーないよな」

 里菜の言うことには全く真実味がないが、少し前まで図鑑に載っている雪男でさえ現実に存在すると信じられなかった結城である。世の中には自分が知らないことがまだまだたくさんあるのだと考えることにした。

「そういうとんでもない力をもったUMAはな、普段は超省エネで暮らしてんねん。理屈を説明するのがほんまに難しい――っていうか、うちもほぼ理解できてへんのやけど、奴等は実体を別世界に隠しとるんや」

 里菜は左手の手のひらを結城にかざした。そして、右手の人差し指を左手の指と指の間からにゅっと覗かせた。綺麗なネイルがこんにちわ。

「今そっちから見えてる指先がUMAやとすると、こっちにある拳の部分がそいつの本体ってことや。この拳が境界を越えてそっちに現れると――」

 里菜の右手の拳が左手の指と指の間を割って結城の前に差し出される。 

「この町が灰燼に帰すっちゅーことや」

 ネイルに彩られた細い指が打ち上げ花火のようにぱっと開いた。

「……そんなバケモノがこの町に居るって怖すぎません?」

「せやな。まあ、世界っちゅーのはいつだって薄氷の平和の上にあるってことかもしれへん。それを踏み抜こうとする馬鹿が現れんことを祈るのみなんやけど――」

 その馬鹿が現れたということなのだろう。
 そして、そいつらがアイをさらったのだ。

「町一つを滅ぼせるような神話級のUMAは実際、利用価値が高いねん。人智を超えた奇跡を起こせる存在やからな。並行世界への干渉に、死者の蘇生――めちゃくちゃやけど――そんなことすら可能とするUMAも中にはおるねん。そのままシンプルに大量破壊兵器として使いたい奴らもおるやろな。世界中のいろんな機関や個人が危険を顧みずに神話級のUMAを手に入れようと企んどる。まあ、うちらも世間的に見ればその企んどる連中の一つにカウントされるのかもしれへんけど」

 里菜は自嘲的に笑った。

「うちらの目的はあくまで監視や。その力をどうこうしたいっていうのは、今はない。そうやろ、キリンジ」

「――えっ」

 いきなり話を振られたキリンジがうろたえる。

「そこは間髪入れずに『そうです』やろ」

 里菜はタバコを携帯灰皿にねじこんだ。

「信じますよ、里菜さん」

「結城やったっけ? 自分、キリンジよりも反応がええな」

 結城の雑な肯定に、里菜はケラケラと笑った。キリンジはなんとも言えない表情で口を真一文字に結んでいる。

「神話級のUMAを思い通りにするには、UMAに対する高い感受性を持った人間が必要なんや。うちらはそれを『巫女』と呼んどる」

 黒いジャケットの男――たしかチバとか言ったか――も、口にしていた言葉だった。アイのことを『巫女』と呼んでいた。

「神話級のUMAは『巫女』との繋がりを足掛かりにしてこっち側の世界に実体を顕現させるんや。『巫女』がいない状態でも強力な存在なのは間違いないんやけど、それは本体から見ればせいぜい影みたいなもんやな。奴らは『巫女』と繋がることで次元境界を越えることができるようになる。で、それこそ神話の世界のような力をこっち側の世界で振るえるようになるんや」

 ここまでは大丈夫?と里菜が尋ねる。

「とりあえず、アイが神話級のUMAの力を手に入れるための鍵みたいなものだってことはわかりました。だから誘拐されたってことも」

「それがわかればええねん。ここからがも一つ重要なところやねんけど、『巫女』は『巫女』単体だと、あっという間にUMA側に飲み込まれてまうねん。そうなると、言い方は悪いけど生贄みたいなもんやな。『巫女』を取り込んだUMAは電池切れになるまでコントロール不能――こっち側の世界で好き勝手に暴れることができるんや」

「それって――」

「控え目に言って、地球最後の日って感じやな。まあ、そうなっても地球が終わらへんようにするための方法を、うちらはたくさん用意してんけど。そうやろ、キリンジ」

「――えっ」

 いきなり話を振られたキリンジがうろたえる。

「話聞いとけアホ! うちらが何も用意してへんみたいになったやんか!」

「す、すみません姐さん」

「だから姐さんは――」

 ドン!

 二人の会話を遮るように、何かを叩くような音が響き渡り――気のせいかもしれないが――部屋が小刻みに揺れた。

 結城は一瞬地震かと思って身構えたが、どうやらそうではないらしいと里菜の視線を辿って気がついた。里菜はドアを見ていた。結城が寝かされていた部屋に繋がるドアの、隣にあるドアだった。よく見ると二つのドアはまったく似ておらず、里菜が見ている方のドアは部屋のインテリアの中からも浮いているようだった。後から部屋ごと増築したのかと思うような雰囲気だ。音の出どころはその部屋だった。

 ドンドン!

 音は激しさと回数を増していく。
 部屋の中に何かがいるのは間違いない。

 結城の脳裏をよぎったのは、あの雪男だった。その圧倒的な暴力を思い出すと、全身の肌が粟立った。
 里菜は立ち上がるとドアを正面に見る位置に歩を進めた。

 ドンドンドンドンドン!

 中にいる何かは、暴れ狂っているようだった。
 力任せにドアや壁を殴りつけているらしい。

「――ほんま、一途なんはお兄ちゃんと一緒やな。切ないわ。代われるもんなら代わってやりたいくらいやけど――」

 里菜が呟くのと、ドアが開いてはいけない方向に開き、こちらの部屋に向かって吹っ飛んでくるのは同時だった。金属製のドアがけたたましい音を立てて床に転がる。結城は驚きのあまりソファから腰を浮かせた。

 里菜は落ち着いていた。

 ただじっとドアが破られた部屋のほうを見ていた。その表情は結城の位置からは見えない。

「獣人系UMAを監禁するためのドアを蹴破るとは……」

 キリンジが呆然と呟く。

「ダンチョー曰く、血は隼人のほうが濃い――らしいんやけどな」

 里菜の言葉に応えるように部屋の中から出てきたのは、赤いTシャツとアイドルのようなフルリスカートを身につけた小柄な少女だった。幽霊のような長い黒髪が、べったりと身体にはりついている。その顔には内面からほとばしる怒りと混乱をぐちゃぐちゃにしたような表情が浮かんでいた。

 少女は奥歯をギリと噛み締め、獰猛な目で部屋にいる人間をめ回した。
 結城の胸に、雪男やあの怪人達と対峙した時と同じ緊張感が去来した。

 ――殺される。

 結城がそう思った瞬間に、里菜は少女の前に進み出ると。

「――撫子、もう大丈夫や。ここにお姉ちゃんがおるからな」

 包み込むような里菜の声を聞いた少女の頬を、一筋の涙が伝った。
 少女はそのまま里菜の胸に飛び込むと、ひしとしがみついた。しばらく震えていた少女は、里菜が頭を撫でると堰を切ったようにわんわんと声をあげて泣き出した。
 結城とキリンジはその光景をただ見つめることしかできなかった。
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