傾国童女〜これから国を滅ぼします〜

絃屋さん  

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デッドエンド

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いたい、くるしい、かなしい、こわい。
だれか、だれでもいい、だれかじゃなくてナニカでもいい。
わたしを、わたしを助けてください。
この身体、この命、差し出せるものなら、なんでも、あげます。
このくるしみ、かなしみから、できれば世界からわたしを救ってくれませんか?

「あーあ、また身体を汚くして。何回言ったら分かるんだい!お前の服や、身体を綺麗にするのにどれほどの水が無駄になるのかわかってるのかい!」
また怒鳴られている。
今日もわたしは、何もできなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「はぁ、使えない娘だよ、仕事もろくにできないし、勉強だってろくにできない」
「ごめんなさい」
「おまけに顔も人並み以下、村の中でも地味で不細工ときたもんだ。
これじゃあ、いいところに嫁に出すこともできやしない」
本当にその通りだ。
醜く生まれてしまったわたしが悪いのだ。
「お前に使える水はないんだ、裏のドブ川で洗ってきな」
「わかりました」
「それから、夕飯も今日は抜きだからね。家に置いてやってるだけありがたく思いな」
「はい、ありがとうございます」
「さっさといきな、顔も見たくない」
わたしは、できるだけ早く顔を見られないように走った。
涙が溢れてくるのを、必死にこらえながら走る。
裏の川で、わたしは纏っていたボロボロの服を脱いだ。
やせ細った腕は、骨と皮がくっつきそうなくらいに近づいていて、栄養が足りなくて髪の毛もボサボサだった。
そのまま、生活排水が流れ込んだ川でいつものように体を洗った。
「はぁ、またお母様を怒らせてしまった」
でも、いじめられるわたしが悪いんだよね。
殴られ、蹴られて泥の中に倒れ込んだわたしが悪いのだ。
「おーい、こっちに雌犬がいるぞ!」
水浴びに集中している間に、近所の子供達が集まってきていた。
「うわぁ、きったねぇ」
「臭い、臭いぞ~」
子供は純粋だというが、わたしにはそうは思えない。
かれらは小鬼のように、残忍で狡猾だ。
一糸まとわぬ姿で、川辺りに立ちつくし、どうにか彼らの気が削がれることを祈っていた。
「あ、こんなとこにボロ雑巾が置いてあるぞ」
「ほんとだ、雑巾、雑巾」
運が悪いことに、わたしが畳んでおいた服がそこにあった。
「それは、駄目!」
反応しないのが一番いいのだろうが、唯一の服が破られたり汚されたりしたら、母親からまた、怒りを買うことになりかねない。
「え?このボロ雑巾、もしかしてお前の服なのかよ」
「まっさかぁ、豚のしょんべんみたいな匂いがするぞぉ」
「わたしの服だから、返してください、お願いします」
なんとか刺激しないように懇願してみせる。
「いいよ、こんなボロ雑巾じゃ逆に床が汚れちまうからな」
なんとか、返してもらえそうで安心する。
「ほらよ」
村の少年は、無造作に衣服を投げ捨てる。
そのまま川にぽとりと落ちる。
ゆっくりと、川下に向かって服が流れだす。
「あ、あっ」
「悪い、悪い。投げて渡そうとしたら落ちてしまった」
今ならなんとかギリギリ、服を拾えそうな距離だったので、わたしは川の中を歩いてい進んだ。
すると、子供達は笑いながらわたしに向かって石を投げ始めた。
「それ、くそー当たらなかったかぁ」
「ほらほら、早く追いかけないと流れていっちゃうよ」
小石が体にぶつかる。
「よっしゃぁ、当たったぞ」
「よーし、俺は顔に当てる」
「あたしは、オマタに当てよーっと」
子供達は、どこを狙うか宣言して石を投げ始めた。
避けることも出来ずに顔に小石が当たり、血が滲む。
いたい、なんでこんなことをするのだろう。
わたしは何もしていないのに。
川下に進むと、川の流れが少し早くなり、いつのまにか私の服は届かないくらい遠くにいってしまった。
「あーあ、遠すぎて当たらないや」
「ちっ、一回しか当たらなかった」
急に興味を失った子供達は川岸から離れていく。
わたしはノロノロと、陸に戻る。
額から血が流れてくる。
いたい、かなしい。
家に戻ったら服を無くした事を怒られるだろう。
さすがに、このまま外にいるわけにはいかない。
仕方なく家の方向へ歩いていると、みんながクスクス笑っている。
「なにあれ、服すら着てないわよ。ついに人間やめたのかしら」
「やーね、野生児にしたって性器も丸出しだし」
「汚い、汚い、汚い」
心がグシャグシャになっていく。
そして、もうこれ以上ないほどに絶望しているのに、また突き落とされる。
「おい、小娘。こっちにこい」
あと少しで、家に帰れるというときに強い力で腕を引っ張られて路地に押し込まれる。
「なんだその、格好は」
そこに居たのは、わたしと同じくらい村の人から嫌われている不細工な男だった。
「は、離してください」
「あ?なんだと生意気な餓鬼だな」
「痛い、腕が痛いです」
「お前もが、お前も俺をそんな目で見るのか」
男は不細工なだけじゃなく、少し頭もおかしかった。
「やめてください」
痛みで顔をしかめたのが気に入らなかったのか、もう片方の手でわたしの頬を平手打ちする。
「いたい、いたいです」
「馬鹿にするな、馬鹿に」
「してないです、馬鹿になんて」
「あぁ、裸になって誘ってきて。俺の顔見たとたんに逃げやがって」
「そんな、わたしはそんなこと」
「わかった、やっぱりな、お前もやつらと変わらない」
たしかに、わたしはこの男が嫌いだった。
「やめてくだ」
バン!
また、平手が顔に当たる。
「はぁ、はぁ、みんなその目で俺を見やがる」
「そんな、わたしは違います」
「違う?違うのか」
「わたしも一緒だから。嫌われ疎まれ、蔑まれる存在だから」
男はやっと手を離した。
指の跡がくっきり残るくらい、強い力だった。
「そうか、そうだった」
男は急に静かになる。
「お前は一緒だ。お前だけは」
男は急に涙を流して嗚咽し始めた。
わたしはいつでも逃げれるように路地の入口を背後にした。
「ハンナ」
男が口にしたのはわたしの名では無かったが、わたしは優しく微笑んでみせた。
そして、男は本能的な早さでわたしの体に覆いかぶさろうと体勢を傾けた。
わたしは、側にあった煉瓦ブロックをその後頭部に振り落とした。
「ハ……ンナ」
「わたしはハンナじゃない。わたしはヒルダよ、おじさんの大切な人はわたしじゃないよ」
なんとか、身体をねじって立ち上がりわたしは走った。
今度は帰る家とはまったく違う方向へ走った。
わたしの家は村の外れにあるが、さらに山の方向へと走る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息が苦しい。
張裂ける痛みは、たぶんそのせいじゃなくて。


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