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マシェルモビアでお買い物
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「ハァ ハァ ハァ‥‥」
全力で走ったトルリ・シルベは、息を切らしながら何とか人目に付かない場所へと男女を移動させた。そして呼吸が整っていないがどうしても聞かなければならない事があった
「ハァ ハァ ど、どうして‥‥ハァ ハァ」
「何? どうしたの?」
「ど、どうして‥‥ハァ ハァ ハァ」
「どうして? 何が言いたいのどうしたの?」
直ぐにでも聞かなければならない事があるが、息が上がって言葉が出ないトルリは結局‥‥喋るのを諦めた
・・・・・
・・・
「ふぅー‥‥」
呼吸が整ったトルリは、女性とベッタリとくっ付いている男性にようやく何故いるのかを尋ねることが出来た
「お尋ねします、何故貴方がこの場所にいるのですか?」
目の前にいる男性はウエタケ・ハヤト、共に大陸深部を通過した戦友でもあるが、あの日の戦いでその命を散らしたはずの相手だった。
あの時巨大なヒュケイに連れ去られ、生きているはずがないとされたハヤトが何故この場所にいるのかを‥‥
「買い出しと‥‥新婚旅行かな?」
ハヤトは少し照れながらそう答えた
「違います! そんな事を聞きたいんじゃないんです、どうして貴方が生きてい━━新婚旅行って何ですか!」
「何処を答えたらいいのか分からないんだけど、まったくせっかちだなあ、とりあえずちょっと落ち着きなよ、まずはね? 調味料を買いに来たんだよ」
「違います! 調味料の話なんか聞いてないんです!」
互いに言いたい事と聞きたい事のずれが大きく、話が全く進まなかった
「大丈夫なの? ドジっ子トルリ、何だか疲れているみたいだけど、話が嚙み合って無いよ」
「疲れているのは貴方のせいでしょう! あとドジっ子はやめて下さい!」
「疲れてるのは勝手にトルリが走ったせいだと思うよ、普通に考えて」
「それはあの場所で貴方の存在がバレたら危険だからでしょう! 私が何でこんなに! んーっ! こんなにも!」
「いくら人通りの少ないこの場所でも、そんな大きな声で叫んでたらバレるんじゃない? 逆に目立つと思うよ、まったくいくつになってもドジなんだから‥‥仕方ないなこの子は」
「むっ━━くっ‥‥ぐっ━━」
ハヤトがこの場所にいる事が一番非常識だったが、ハヤトの言葉には多少正論も含まれているのと、血が頭に上り過ぎて考えられなくなり、何も言えなくなったトルリだった
「ねぇねぇハヤト」
それまでハヤトの腕に引っ付いていた女性だったが
「あの子の名前はなんていうの?」
小さな声でハヤトに耳打ちする。それをハヤトも小さな声で
「トルリ・シルベって名前だよ」
と答えていた。もちろんトルリは近くにいたためその二人の声は聞こえていた。名前を聞いたその女性は
「始めまして、僕の名前はマイナって言うんだ」
トルリに対して自己紹介する。燃えるような真っ赤な髪と真っ赤な瞳でで、太陽の光で更に赤く映える。これほど赤い髪を持つ人間をトルリは見たことが無い
そのトルリだが、まだ興奮状態にある為
「どうも‥‥」
と短く答えた。それよりも何故ハヤトがこのマシェルモビア領内にいるのか? 何故生きているのかを早く聞きたかった。
だが‥
「違う! そうじゃない」
マイナと言った女性は何故か声を荒げ怒り出した
「えっ、えっ?」
いきなり怒られ面食らってしまう
「僕の名前を聞いたんなら、次は君の名前を名乗るのが普通でしょ!? それともマシェルモビアでは違うの?」
マイナが怒った理由はそれだった
たった今私の名前聞いてたのに‥‥
そう思ったトルリだが
「そうだよね、名乗られたら自分も名乗らなきゃね」
と横で同意するハヤトの言葉を聞き、トルリもそう言われるとそうかもしれないと思う、私の礼儀がなっていなかったと
「トルリと言います」
だから自分の名前を口にしたのだが
「それで?」
「は?」
名を名乗ったのに『それで?』 とはどういう事なのか、トルリは言葉が詰まる
「トルリだけじゃないでしょ? シルベが抜けてる」
うざあぁぁい
「わ、私の名前はさっき聞いてたじゃないですか、そこまで━━」
「駄目! こういうのは大事だから」
「あのねドジ、自分の名前はちゃんと言うべきだよ?」
2対1の状況でトルリが責められる、そうなると何となく自分に落ち度があるように思えて来て
「トルリ・シルベです‥‥」
素直に名前を答えた
「そう! 君はトルリ・シルベって名前なんだね? よろしくトルリ」
「どうも‥‥」
このやり取りのせいか、トルリの頭に上っていた血はすっかりと元に戻っていた。冷静になれたので聞きたかった事を聞く。
「はぁ‥‥いいですか? 一つ聞いても。それとドジも止めて下さい」
・・・・・・
・・・・
「━━という訳でさ、食べられる寸前に俺のつ、妻に助けてもらったんだよ」
『妻』の部分を恥ずかしそうに答えるハヤトに、マイナが異議を申し立てる
「ハヤト待ってよ『可愛い』が抜けてるよ」
「ああそうだった、可愛い俺のつ、妻に助けてもらったんだ」
『妻』の部分に若干まだ抵抗があるのか、顔を赤く染める
「あはははぁー、可愛いだなんて僕照れちゃうよー」
「でも実際可愛いから仕方ないよ」
「じゃあそんな可愛い僕の事はどう思ってるの?」
「‥‥好きだよマイナ」
「ハヤト‥‥僕も好きだよ」
二人は体を寄せ合い、そして唇を重ねた
それを目の当たりにしたトルリは
なに?‥‥この人達
1人置き去りにされ、空気になっていた
ただ、ハヤトが生きている理由は今の説明で分かった。ヒュケイに連れ去られ、食べられる前にマイナに助けてもらい、必死の看病で命を取り留めたと
ハヤトが生きていた事にホッとしているトルリだが、それとは別に今のハヤトに対し強い衝撃を受けていた
誰なの? この腑抜けは?
それはトルリが知っているウエタケ・ハヤトではなかった。
トルリが知っているウエタケ・ハヤトは、常に警戒を怠らず、ピリピリとした空気を纏い、敵対する者に対し恐怖と絶望を与える一方で、味方に居た場合はこれほど頼れる人物はいない。
そんな人物だった
だが目の前のハヤトは、その人物像とは全くの別人。本来ここは敵地だというのにまるで警戒も無く、ピンクの空気を纏い、敵味方すべての人物がこう思うだろう、まったく使い物にならないと。
そこまで今のハヤトはトルリの知っている人物とは違っていた。
いままでウエタケ・ハヤトには畏怖もあったし憧れも少しあった。でも今は裏切りや失望に近いガッカリ感というか少し悲しい気持ちがトルリの中に静かに漂う
「う、う゛う゛んっっん!」
二人だけの世界に浸っている所をわざとらしい咳払いをし、現実に引き寄せる
「助かった理由は分かりました。それで貴方は━━」
何故ここに居るのかを尋ねようとした所
「待ってトルリ、さっきからハヤトの事を貴方ってしか呼んでないけど、どうして名前で呼ばないの?」
マイナがまた割って入ってくる
「それは‥‥」
どうしてだろう? 自分にも分からない、多分最初がそうだったからだと思う
「そう言えば名前で呼ばれた事無いな」
ハヤトもそれを不思議に思ったようだった
「ほら呼んで、ハヤトのこと名前で呼んで、名前を知っているんだから名前で呼ばないと、さあ」
なら名前を呼ぼうかと思い
「ハヤ‥‥ト」
何故か急に恥ずかしくなってしまった。そして名を呼ばれたハヤトも何故かモジモジしていた。
「どうして恥ずかしがってるんですか‥‥」
「いや‥‥だって‥‥」
チラチラとこっちを見てくる気持ち悪いハヤトを見て、こんなのはあのウエタケ・ハヤトじゃないと思うトルリだった
「‥‥話を戻しますけど、どうしてここにいるんですか?」
・・・・・・
・・・・
「本当に買い物をしに来ただけなんですか? 偵察とかじゃなくて」
「そうだよ、特に調味料が無くなってね、買いに来たんだけど‥‥まぁあんな感じで『財布』が使えなかったんだよ、いやホント助かったよトルリありがとう。でも何でだろうね『財布』はハルツールでもマシェルモビアでも使えるって聞いてたのに」
『財布』魔法は両国で共通して使えるようになっている。だが紙幣の発行などは別々におこなっており、普通だったらそこで不都合が起こるはずだが、そもそもハルツールとマシェルモビアは国交があるはずも無く、それどころか輸出入も無い。物の行き来が無ければ金銭の行き来も無いので、両国が独自に紙幣を発行しても問題は無かった
「あなたはここでも本国でも死んだことになっているので、あなたの『財布』の中身は多分国庫に戻されていると思いますよ、だから支払いは出来ませんよ」
「凍結されてるって事じゃなく?」
「凍結というか、口座自体がもう無いと思います」
「嘘だ‥‥もう働かなくてもいいくらい貯めてたのに」
えっ? 嘘‥‥そんなに貯めてたの?
トルリ、ハヤト両名がショックを受ける
「ねえねえ、じゃあ買い物はもう出来ないのかな?」
マイナが心配そうな目で訴え
「うーん、そうなるね」
ハヤトが残念そうにいている
トルリはその二人を放っておいても良かった。ハヤトが生きているという事がマシェルモビアに伝わらなければそれでよかった。
生きているとなればそれなりに問題になるし、今自分がハヤトと関わりがあるとバレてしまったら、自分も無事ではない、色々な意味で。
でもそのままにしてはおけなかった
「‥‥調味料位ならそんなに頻繁ではなかったら私が買ってあげますから、とりあえずさっきの買った物は渡します」
自分の『収納』から商品を出す。
さっきは確認しなかったが、結構買った物があったらしく、次から次へと出て来た
「ええっ! いいの?」
「まぁ‥‥その位だったら、でも私も家庭があるので頻繁にだと家計的に困りますからね」
「マジか! ありがとう!」
「ありがとうトルリ」
ハヤトとマイナに凄い勢いで手を握られる、しかも顔が近い。マイナは分かるが、男のハヤトに手を握られたトルリは焦ってその手を振りほどいてしまった
「ちょっとやめて下さい! 私には夫と子供がいるんです」
ハヤトも悪気は無かったのだが、それでも無理やり振り払われた手に少しだけしょんぼりしてしまった。でもその振り払われたハヤトの手をマイナが優しく包む。
強く手を振りほどきすぎたかと思ったが、マイナに手を握られたハヤトはそれほどショックではないようだった。お互いに見つめ合い二人だけの世界に入りかけていた。また先ほどのように空気になるのは勘弁と二人の世界を破壊するように言葉を続ける
「と、とにかく、しょっちゅうだったらこっちも困りますけど、たまになら構いません」
「‥‥ありがとうトルリ、ならその時にお願いしても━━今、夫と子供って言った?」
「ええ言いましたよ、今や一児の母ですから」
「ああ~そういえばあの時言ってたな、婚約者がいるからオッパイだけは触らせないとか何とか、その人かな?」
「ええそうです、その人━━待って、その言い方だと胸以外はいいみたいな言い方ですよね? 違いますよ全部です、全部駄目です。へんな解釈をしないで下さい」
「そうかぁ、あのトルリが母親ねぇー」
トルリは反論するがハヤトはもう話を聞いていない、それよりも小さな子供が成長した事を感慨深く感じている大人の人のように思いふけっていた
「それで、今はどこに住んでいるんですか? あなた方はその髪の色がとても目立つので、人前に出ることも本来危険なんです。一般人で分かる人はいないと思いますが、中には軍に関係した人達も当然中にはいます。ハヤトの顔は兵士だったら情報の一つとして教え込まれていますから、バレる可能性もあるんです。そのまま尾行されて、今住んでいる家を突き止められたりするんですよ?」
「それは心配ないかな? 住んでいる所はここから真っすぐ南に進んだ大陸深部にあるから来れないと思うよ」
「そうですか、だったら安心‥‥深部? 今『大陸深部』って言いました?」
「俺達の髪の色って目立つから駄目だって、マイナは髪の色とか変えられない? 俺は帽子があるから隠せるけど」
「あ、あ、あ、ちょちょちょ、深部って言いましたよね? 大陸深部って言いましたよね?」
「そうだよ、デザインは最悪だけどいい感じの一軒家があってね、そこでマイナと暮らしているんだよ。おっ、出来たじゃんその色も似合ってるよ素敵だね」
ハヤトは深部で暮らしていると言ったが、本来あそこは住む場所ではない、立ち入る事すら不可能な場所なのにそこに住んでいると言った。
どう考えてもそれは有りえないと思っていると、いつの間にかマイナの髪の色が、燃えるような赤い色から暗い赤色の髪に変わっている
「待って待って、深部って何です? ハヤトの言っている深部は私の思っている深部と一緒ですか? 何で急に髪の色が変わってるんですか? さっきまで真っ赤な色でしたよね!?」
『大陸深部に住んでいる』と言った所から思考停止状態のトルリは、更に一瞬の間に髪の色が変わっているマイナを見て混乱している。いつの間にかハヤトの腕を取って揺すっていた
「あのねトルリ、もうちょっと冷静になりなよ。深部の事はあまり深く考えないで『そういうものだ』って感じで無理やり納得して、マイナの髪の色は『そんな体質なんだ』って納得して。正直俺にも深くは分かっていないところがあるからさ。そんな事よりもここらへんで一番不味い物が食べられるお店とかないかな?」
◆◇
ハヤト達が食事をしたという事で、トルリは食事ができる場所に連れて行った。ただし━━
『この辺りで一番不味い店』
というハヤトのお願いで、誰も寄り付かないような閑古鳥が鳴いているような店に連れて行った。この店はあるのは前から知っていたが、お客が入っている所を一度も見た事が無かった。
美味い店というのは、どうせ砂糖がたくさん入っているだけの不味い物しか出さない所だろうというハヤトの偏見からそうなった。
トルリにしたら意味不明だったが、それでもハヤトの意見に従った
店内には商売を始めた当初はやる気があったのか、店主が自ら書いたと思われるメニューの名が貼られており、『美味しい』とか『一番人気』という一言が隣に書かれていた。
しかし、思うようにいかなかったようでそのメニューが書かれた紙は黄色く変色し、もう何カ月も掃除をしたような気配が無い。
テーブルも椅子も汚れており、座りたいとも思えない程だった。それをハヤトが『洗浄』魔法でキレイにし席に着いた。
だが、いくら待っても注文を取りに来ない。代わりにカウンターの所に呼び鈴があり『御用の方はこの鈴を鳴らしてください』と書かれている。
トルリが何度か鳴らしたところで二階から一人の男性が降りて来た。二階が住居になっているのだろう。
寝間着姿のその男性はいかにもめんどくさそうに降りて来て、トルリたちが注文をすると「それは今はやってない」「それは作れない」と言い、「今あるのは2品だけだ」とぶっきらぼうに答え、仕方なくソレにする。
鍋に火を入れ温め、その出来た物を皿に入れ出して来た。最初から料理した物は鍋の中にあったようだ。
店主らしき人は料金を受け取るとそのまま二階に上って行った。そして店内には3人しかいなくなる
「自分が連れて来てなんですけど、これ食べたらダメな奴じゃないんですか? いつ作ったやつか分かりませんよ、お金ももう払っているし別の所に行きましょうか?」
大陸深部で魔物を口にしていたトルリでさえ、ここは駄目だと思った
「いや待って、多分ねこれってあの人が自分で食べるために作った物だと思うんだよ。だから悪い物は入ってない気がする。まずは俺が食べてみるから」
だが毒草さえ喰らうハヤトはまだ希望を諦めてはいない
その横で
「これ結構いけるよ」
既に口にしているマイナがいた
三人それぞれ食べた結果、ハヤトはまあまあ、マイナは結構いける、トルリはこれは無理という結果になった
「あの後、本当に大変だったんですよー」
トルリが残した料理はマイナが頂いている、他にお客もいないしマイナが食べている間、トルリはあの戦いの後の事をハヤトに話していた。店の二階には店主がいるだろうから声は控えめである
「へー大変だったね」
「まだ何も言ってませんよ? これからですから。あの後ですね、軍に表彰されたんですよ」
「全然大変じゃないじゃん」
「だからこれから大変になるんです! 私と戦いに貢献した生き残った兵士数十人が表彰されてる時に『勇者』がいきなり入り込んできて━━」
「ご先祖が生き返ったの?」
「違います、マシェルモビアの勇者ですよ『勇者フロルド』です」
「?」
「‥‥知らないんですか? 勇者の事」
「初めて聞いたけど」
「そう‥‥ですか、ハルツールには伝わってないんですね」
「そのフロルドってさ、ルイバ・フロルドって名前じゃない?」
「そうですその人です、知ってるんですか?」
「勇者とかは知らないけどそのフロルドなら知ってるよ、物凄い付きまといのやつね」
ハヤトは嫌な顔をする
その横でトルリの分を平らげたマイナが皿を持って立ち上がり、カウンターのベルを『チンチン』と鳴らす。どうやらもう一杯食べたいようだ。
トルリはめんどくさそうに降りて来た店主に支払いを済ませると、店主はマイナの皿に料理を盛り付けるとまた二階に戻って行った
「付きまといとか良く知りませんけど、その勇者が入って来た途端『私のグースを奪ったのは誰よ!』って叫んで、生き残った兵士達の首を片っ端から刎ねていったんです」
トルリの話し方に少し疑問を持ちつつもハヤトはその話の後を聞いた
「いきなりだったんで誰も反応できなくて、もうちょっとで私もやられちゃう所だったんです」
「へぇー、それでフロルドは処刑されたんだよね?」
「普通ならそうなるんですが、勇者という称号はマシェルモビア王が直々に与えたもので、その王から称号を貰った人物を処刑になど出来ないって事になって、今は軍が所有する牢に閉じ込められてます。2年以上過ぎた今でも牢の中で暴れているそうですよ。多分一生出てくることはないでしょうね」
「迷惑な人だね、前からそんな人だったけど、ちゃんと責任もってそっちで預かっててね」
「はいもちろん‥‥って、ん? んー、その言い方だと‥‥まあそうですね、そうです」
他国の人にそう言われると少し変な感じがしたトルリ、だがもうそれも自分には関係が無い事であった
「でも私はもう関係がありませんから、既に軍を退役するよう届を出しているので、もう勇者もそうですし軍とも一切かかわらないですからね、後は夫と子供と一緒に仲良く過ごすだけです」
「軍を辞めるんだ?」
「はい、一切関係ありません」
「そうだよねその方がいいよね」
マイナがもう一杯お代わりをし、食べ終わってからその店を出ることになった
「悪いね奢ってもらっちゃって」
「ありがとうねトルリ美味しかったよ」
「いいですよこのくらい、旦那が高給取りですから財布の中は暖かいんです」
「なんだか色々してもらって悪いからさ、これあげるよ。ラグナ、市販のチョコレートを」
トルリはいきなり出て来た異形の存在にビクリと体を震わせたが、黄色い魔法陣からの登場に召喚獣だと理解した。その召喚獣は手に包み紙を持っていて
「どうぞトルリ様こちらを」
と言い渡して来た
「これは?」
「チョコレートって言う甘いお菓子だよ、多分口に合うと思うから食べてみて」
「お菓子‥‥」
包み紙を開けると中からは黒く硬い板が出て来た
「黒いんですけど?」
「ちゃんと食べられるよ」
「硬いんですけど?」
「ちゃんと食べられるよ」
「これ食べ物じゃ無いですよね?」
「食べられるよ、俺とマイナは不味くて食えなかったけどトルリなら大丈夫だと思うよ」
にこやかにハヤトが笑う
「あなた方二人が美味しくないって言うんなら一体誰が食べられるんですか? 何ですか! 私が魔物を食べた事があるから大丈夫だろうって事ですか!? 言っておきますけど私は普通です、あの時何も食べる物が━━」
「まあまあまあ、いいから騙されたと思って」
ハヤトの言い方には何かを企んでいる様子は全く見られなかった。だからトルリは恐る恐るその黒い板に歯を立て、パキン! と割った
「‥‥」
「どう?」
「‥‥‥‥お、美味しいです、何ですかこれ! こんなに美味しいお菓子は生まれて初めてです!」
「そうか良かったまだあるんだけど貰ってくれない? 俺とマイナは不味くて食べられな━━」
「いいんですか!!!」
トルリは思いっきりハヤトの手を掴んだ。その握力は掴まれたハヤトの表情が強張る位だった
「いいんですか!!!」
怒気のはらんだ必死な声で確認する。そしてもう一度
「いいんですね!!!」
トルリは念を押して確認した
・・・・・
・・・
前もこんなやり取りがあった気がするとハヤトが考えている中、市販のチョコレートを箱で3つも貰ったトルリはホクホク顔であった
「俺もマイナもそれには手を付けられなかったからね、全部貰ってくれて助かったよ」
「いえいえこちらこそぉー、こんな美味しいお菓子を貰えるだなんてぇー、これで夫と子供にも分けてあげられますぅー」
上機嫌のトルリは2箱を自分で食べ、残りの1箱を夫と子供に食べてもらおうと考えていた。でも子供はまだ小さいから子供の分は自分が頂こうと考えなおした時
「所でトルリにお願いがあるんだけど」
「何ですかぁー、今の私はとても機嫌がいいので何でも言ってくださーい」
「さっき調味料ならたまに買ってあげるとか言ってたよね?」
「はい、言いましたよぉー、いくらでも買ってあげますよぉー」
「いくらでも買ってやるとは言って無いよ、ひと時の快楽に人生を狂わせるタイプの性格だね。でもそれだと悪いから、俺の持っている物をお金に換金して欲しいんだ。そこから俺達の使う分を出して欲しい、でも全部は使えないだろうからその分はトルリの方で使ってもらっても構わない、手間賃みたいなものだね」
「なるほどなるほどー、私にお金を預ける‥‥みたいな感じですねぇーいいですよぉー」
「ならこれを渡しておくから換金しておいてほしい」
ハヤトは自身の『収納』から二本の魔石を取り出し、その一本を『分離』魔法を使い切り離しトルリに渡した。それはハヤトが『探知』魔法を使用していた時に増幅させるための道具であった。
それをトルリは確認もせず自分の『収納』にしまう、彼女の頭の中には既にチョコレートの事で頭が一杯だった
「じゃあ俺達はこれで帰る事にするよ、家に帰るまで時間が結構かかるからね」
「そうですか、でしたらまたお会いしましょう、今度は私の家族を紹介しますからね」
「うん、それじゃあね」
「またねトルリ」
マイナが手を振り
「またねー」
トルリも手を振り返した
そしてハヤトとマイナは住む場所へと帰って行った
・・・・・・
・・・・
トルリはハヤト達が帰った後、自分も家に戻る事にた。そしてそのころには貰ったチョコレートを3箱全部自分で食べようと意思を固めていた
「ただいまーあ」
「お帰りー、羽は伸ばすことが出来たかい?」
帰宅すると夫と抱きかかえられている子共に迎えられる
「ええ、もちろん! ママが帰りましたよぉー」
夫の抱えている子供のほっぺをツンツンと突くと、子供は嬉しそうに笑う
「その様子だとかなり楽しめたようだね」
子供がトルリに向かって手を伸ばしたので、そのままトルリは夫から子供を受け取ると、トルリは反対にハヤトから預かった物を夫に渡した
「知り合いからこれを換金して欲しいって頼まれたんだけど、悪いけれどお願いしていい?」
「ああ、いい‥‥‥‥ょ‥‥」
夫に預かった物を渡したトルリは子供を抱いたままリビングの方へ行き、そのままソファーに座った
ちょっと疲れたけど楽しかったなー
あの二人といるのはとても大変だったが、共に大陸深部を通過したハルツールの戦友たちと一緒に居るような感覚になり、懐かしい感じがした。それにハヤトの妻であるマイナとは、どの魔物が美味しかったなど普通では出来ないような話をして盛り上がった。今度来る時はスライムをお土産に持ってくると言っていたが、それは正直ありがた迷惑だ。
でも‥‥ちょっとだけ‥‥食べ、いや、やっぱり要らない‥‥くもない気持ちも多少は‥‥
そう思っていた時、遅れて旦那がリビングに入って来て
「トルリ‥‥これ誰から預かったの?」
「うーん、古い知り合い?」
「‥‥これ何だか分かってて預かった?」
「魔石でしょ? 何か変なのが付与してあったの?」
「魔石は魔石でもこれ、天然の魔石だよ」
「‥‥へ?」
「こんな大きい天然魔石、どうやって換金すればいいんだよ」
「へ?」
立派な家が一軒建つ位、大きな天然魔石。そんなのを一般人が持ち込んだらまず最初に色々疑われてしまう、つまり換金できる場所が‥‥
◆◇
ヒュケイへと姿を変えたマイナの背の上で、ハヤトは考えていた
「ワライダケを渡して、トルリに裏の社会を牛耳ってもらうのはどうだろう? そうすればお金も沢山儲かるだろうし、次行った時お願いしてみるか」
全力で走ったトルリ・シルベは、息を切らしながら何とか人目に付かない場所へと男女を移動させた。そして呼吸が整っていないがどうしても聞かなければならない事があった
「ハァ ハァ ど、どうして‥‥ハァ ハァ」
「何? どうしたの?」
「ど、どうして‥‥ハァ ハァ ハァ」
「どうして? 何が言いたいのどうしたの?」
直ぐにでも聞かなければならない事があるが、息が上がって言葉が出ないトルリは結局‥‥喋るのを諦めた
・・・・・
・・・
「ふぅー‥‥」
呼吸が整ったトルリは、女性とベッタリとくっ付いている男性にようやく何故いるのかを尋ねることが出来た
「お尋ねします、何故貴方がこの場所にいるのですか?」
目の前にいる男性はウエタケ・ハヤト、共に大陸深部を通過した戦友でもあるが、あの日の戦いでその命を散らしたはずの相手だった。
あの時巨大なヒュケイに連れ去られ、生きているはずがないとされたハヤトが何故この場所にいるのかを‥‥
「買い出しと‥‥新婚旅行かな?」
ハヤトは少し照れながらそう答えた
「違います! そんな事を聞きたいんじゃないんです、どうして貴方が生きてい━━新婚旅行って何ですか!」
「何処を答えたらいいのか分からないんだけど、まったくせっかちだなあ、とりあえずちょっと落ち着きなよ、まずはね? 調味料を買いに来たんだよ」
「違います! 調味料の話なんか聞いてないんです!」
互いに言いたい事と聞きたい事のずれが大きく、話が全く進まなかった
「大丈夫なの? ドジっ子トルリ、何だか疲れているみたいだけど、話が嚙み合って無いよ」
「疲れているのは貴方のせいでしょう! あとドジっ子はやめて下さい!」
「疲れてるのは勝手にトルリが走ったせいだと思うよ、普通に考えて」
「それはあの場所で貴方の存在がバレたら危険だからでしょう! 私が何でこんなに! んーっ! こんなにも!」
「いくら人通りの少ないこの場所でも、そんな大きな声で叫んでたらバレるんじゃない? 逆に目立つと思うよ、まったくいくつになってもドジなんだから‥‥仕方ないなこの子は」
「むっ━━くっ‥‥ぐっ━━」
ハヤトがこの場所にいる事が一番非常識だったが、ハヤトの言葉には多少正論も含まれているのと、血が頭に上り過ぎて考えられなくなり、何も言えなくなったトルリだった
「ねぇねぇハヤト」
それまでハヤトの腕に引っ付いていた女性だったが
「あの子の名前はなんていうの?」
小さな声でハヤトに耳打ちする。それをハヤトも小さな声で
「トルリ・シルベって名前だよ」
と答えていた。もちろんトルリは近くにいたためその二人の声は聞こえていた。名前を聞いたその女性は
「始めまして、僕の名前はマイナって言うんだ」
トルリに対して自己紹介する。燃えるような真っ赤な髪と真っ赤な瞳でで、太陽の光で更に赤く映える。これほど赤い髪を持つ人間をトルリは見たことが無い
そのトルリだが、まだ興奮状態にある為
「どうも‥‥」
と短く答えた。それよりも何故ハヤトがこのマシェルモビア領内にいるのか? 何故生きているのかを早く聞きたかった。
だが‥
「違う! そうじゃない」
マイナと言った女性は何故か声を荒げ怒り出した
「えっ、えっ?」
いきなり怒られ面食らってしまう
「僕の名前を聞いたんなら、次は君の名前を名乗るのが普通でしょ!? それともマシェルモビアでは違うの?」
マイナが怒った理由はそれだった
たった今私の名前聞いてたのに‥‥
そう思ったトルリだが
「そうだよね、名乗られたら自分も名乗らなきゃね」
と横で同意するハヤトの言葉を聞き、トルリもそう言われるとそうかもしれないと思う、私の礼儀がなっていなかったと
「トルリと言います」
だから自分の名前を口にしたのだが
「それで?」
「は?」
名を名乗ったのに『それで?』 とはどういう事なのか、トルリは言葉が詰まる
「トルリだけじゃないでしょ? シルベが抜けてる」
うざあぁぁい
「わ、私の名前はさっき聞いてたじゃないですか、そこまで━━」
「駄目! こういうのは大事だから」
「あのねドジ、自分の名前はちゃんと言うべきだよ?」
2対1の状況でトルリが責められる、そうなると何となく自分に落ち度があるように思えて来て
「トルリ・シルベです‥‥」
素直に名前を答えた
「そう! 君はトルリ・シルベって名前なんだね? よろしくトルリ」
「どうも‥‥」
このやり取りのせいか、トルリの頭に上っていた血はすっかりと元に戻っていた。冷静になれたので聞きたかった事を聞く。
「はぁ‥‥いいですか? 一つ聞いても。それとドジも止めて下さい」
・・・・・・
・・・・
「━━という訳でさ、食べられる寸前に俺のつ、妻に助けてもらったんだよ」
『妻』の部分を恥ずかしそうに答えるハヤトに、マイナが異議を申し立てる
「ハヤト待ってよ『可愛い』が抜けてるよ」
「ああそうだった、可愛い俺のつ、妻に助けてもらったんだ」
『妻』の部分に若干まだ抵抗があるのか、顔を赤く染める
「あはははぁー、可愛いだなんて僕照れちゃうよー」
「でも実際可愛いから仕方ないよ」
「じゃあそんな可愛い僕の事はどう思ってるの?」
「‥‥好きだよマイナ」
「ハヤト‥‥僕も好きだよ」
二人は体を寄せ合い、そして唇を重ねた
それを目の当たりにしたトルリは
なに?‥‥この人達
1人置き去りにされ、空気になっていた
ただ、ハヤトが生きている理由は今の説明で分かった。ヒュケイに連れ去られ、食べられる前にマイナに助けてもらい、必死の看病で命を取り留めたと
ハヤトが生きていた事にホッとしているトルリだが、それとは別に今のハヤトに対し強い衝撃を受けていた
誰なの? この腑抜けは?
それはトルリが知っているウエタケ・ハヤトではなかった。
トルリが知っているウエタケ・ハヤトは、常に警戒を怠らず、ピリピリとした空気を纏い、敵対する者に対し恐怖と絶望を与える一方で、味方に居た場合はこれほど頼れる人物はいない。
そんな人物だった
だが目の前のハヤトは、その人物像とは全くの別人。本来ここは敵地だというのにまるで警戒も無く、ピンクの空気を纏い、敵味方すべての人物がこう思うだろう、まったく使い物にならないと。
そこまで今のハヤトはトルリの知っている人物とは違っていた。
いままでウエタケ・ハヤトには畏怖もあったし憧れも少しあった。でも今は裏切りや失望に近いガッカリ感というか少し悲しい気持ちがトルリの中に静かに漂う
「う、う゛う゛んっっん!」
二人だけの世界に浸っている所をわざとらしい咳払いをし、現実に引き寄せる
「助かった理由は分かりました。それで貴方は━━」
何故ここに居るのかを尋ねようとした所
「待ってトルリ、さっきからハヤトの事を貴方ってしか呼んでないけど、どうして名前で呼ばないの?」
マイナがまた割って入ってくる
「それは‥‥」
どうしてだろう? 自分にも分からない、多分最初がそうだったからだと思う
「そう言えば名前で呼ばれた事無いな」
ハヤトもそれを不思議に思ったようだった
「ほら呼んで、ハヤトのこと名前で呼んで、名前を知っているんだから名前で呼ばないと、さあ」
なら名前を呼ぼうかと思い
「ハヤ‥‥ト」
何故か急に恥ずかしくなってしまった。そして名を呼ばれたハヤトも何故かモジモジしていた。
「どうして恥ずかしがってるんですか‥‥」
「いや‥‥だって‥‥」
チラチラとこっちを見てくる気持ち悪いハヤトを見て、こんなのはあのウエタケ・ハヤトじゃないと思うトルリだった
「‥‥話を戻しますけど、どうしてここにいるんですか?」
・・・・・・
・・・・
「本当に買い物をしに来ただけなんですか? 偵察とかじゃなくて」
「そうだよ、特に調味料が無くなってね、買いに来たんだけど‥‥まぁあんな感じで『財布』が使えなかったんだよ、いやホント助かったよトルリありがとう。でも何でだろうね『財布』はハルツールでもマシェルモビアでも使えるって聞いてたのに」
『財布』魔法は両国で共通して使えるようになっている。だが紙幣の発行などは別々におこなっており、普通だったらそこで不都合が起こるはずだが、そもそもハルツールとマシェルモビアは国交があるはずも無く、それどころか輸出入も無い。物の行き来が無ければ金銭の行き来も無いので、両国が独自に紙幣を発行しても問題は無かった
「あなたはここでも本国でも死んだことになっているので、あなたの『財布』の中身は多分国庫に戻されていると思いますよ、だから支払いは出来ませんよ」
「凍結されてるって事じゃなく?」
「凍結というか、口座自体がもう無いと思います」
「嘘だ‥‥もう働かなくてもいいくらい貯めてたのに」
えっ? 嘘‥‥そんなに貯めてたの?
トルリ、ハヤト両名がショックを受ける
「ねえねえ、じゃあ買い物はもう出来ないのかな?」
マイナが心配そうな目で訴え
「うーん、そうなるね」
ハヤトが残念そうにいている
トルリはその二人を放っておいても良かった。ハヤトが生きているという事がマシェルモビアに伝わらなければそれでよかった。
生きているとなればそれなりに問題になるし、今自分がハヤトと関わりがあるとバレてしまったら、自分も無事ではない、色々な意味で。
でもそのままにしてはおけなかった
「‥‥調味料位ならそんなに頻繁ではなかったら私が買ってあげますから、とりあえずさっきの買った物は渡します」
自分の『収納』から商品を出す。
さっきは確認しなかったが、結構買った物があったらしく、次から次へと出て来た
「ええっ! いいの?」
「まぁ‥‥その位だったら、でも私も家庭があるので頻繁にだと家計的に困りますからね」
「マジか! ありがとう!」
「ありがとうトルリ」
ハヤトとマイナに凄い勢いで手を握られる、しかも顔が近い。マイナは分かるが、男のハヤトに手を握られたトルリは焦ってその手を振りほどいてしまった
「ちょっとやめて下さい! 私には夫と子供がいるんです」
ハヤトも悪気は無かったのだが、それでも無理やり振り払われた手に少しだけしょんぼりしてしまった。でもその振り払われたハヤトの手をマイナが優しく包む。
強く手を振りほどきすぎたかと思ったが、マイナに手を握られたハヤトはそれほどショックではないようだった。お互いに見つめ合い二人だけの世界に入りかけていた。また先ほどのように空気になるのは勘弁と二人の世界を破壊するように言葉を続ける
「と、とにかく、しょっちゅうだったらこっちも困りますけど、たまになら構いません」
「‥‥ありがとうトルリ、ならその時にお願いしても━━今、夫と子供って言った?」
「ええ言いましたよ、今や一児の母ですから」
「ああ~そういえばあの時言ってたな、婚約者がいるからオッパイだけは触らせないとか何とか、その人かな?」
「ええそうです、その人━━待って、その言い方だと胸以外はいいみたいな言い方ですよね? 違いますよ全部です、全部駄目です。へんな解釈をしないで下さい」
「そうかぁ、あのトルリが母親ねぇー」
トルリは反論するがハヤトはもう話を聞いていない、それよりも小さな子供が成長した事を感慨深く感じている大人の人のように思いふけっていた
「それで、今はどこに住んでいるんですか? あなた方はその髪の色がとても目立つので、人前に出ることも本来危険なんです。一般人で分かる人はいないと思いますが、中には軍に関係した人達も当然中にはいます。ハヤトの顔は兵士だったら情報の一つとして教え込まれていますから、バレる可能性もあるんです。そのまま尾行されて、今住んでいる家を突き止められたりするんですよ?」
「それは心配ないかな? 住んでいる所はここから真っすぐ南に進んだ大陸深部にあるから来れないと思うよ」
「そうですか、だったら安心‥‥深部? 今『大陸深部』って言いました?」
「俺達の髪の色って目立つから駄目だって、マイナは髪の色とか変えられない? 俺は帽子があるから隠せるけど」
「あ、あ、あ、ちょちょちょ、深部って言いましたよね? 大陸深部って言いましたよね?」
「そうだよ、デザインは最悪だけどいい感じの一軒家があってね、そこでマイナと暮らしているんだよ。おっ、出来たじゃんその色も似合ってるよ素敵だね」
ハヤトは深部で暮らしていると言ったが、本来あそこは住む場所ではない、立ち入る事すら不可能な場所なのにそこに住んでいると言った。
どう考えてもそれは有りえないと思っていると、いつの間にかマイナの髪の色が、燃えるような赤い色から暗い赤色の髪に変わっている
「待って待って、深部って何です? ハヤトの言っている深部は私の思っている深部と一緒ですか? 何で急に髪の色が変わってるんですか? さっきまで真っ赤な色でしたよね!?」
『大陸深部に住んでいる』と言った所から思考停止状態のトルリは、更に一瞬の間に髪の色が変わっているマイナを見て混乱している。いつの間にかハヤトの腕を取って揺すっていた
「あのねトルリ、もうちょっと冷静になりなよ。深部の事はあまり深く考えないで『そういうものだ』って感じで無理やり納得して、マイナの髪の色は『そんな体質なんだ』って納得して。正直俺にも深くは分かっていないところがあるからさ。そんな事よりもここらへんで一番不味い物が食べられるお店とかないかな?」
◆◇
ハヤト達が食事をしたという事で、トルリは食事ができる場所に連れて行った。ただし━━
『この辺りで一番不味い店』
というハヤトのお願いで、誰も寄り付かないような閑古鳥が鳴いているような店に連れて行った。この店はあるのは前から知っていたが、お客が入っている所を一度も見た事が無かった。
美味い店というのは、どうせ砂糖がたくさん入っているだけの不味い物しか出さない所だろうというハヤトの偏見からそうなった。
トルリにしたら意味不明だったが、それでもハヤトの意見に従った
店内には商売を始めた当初はやる気があったのか、店主が自ら書いたと思われるメニューの名が貼られており、『美味しい』とか『一番人気』という一言が隣に書かれていた。
しかし、思うようにいかなかったようでそのメニューが書かれた紙は黄色く変色し、もう何カ月も掃除をしたような気配が無い。
テーブルも椅子も汚れており、座りたいとも思えない程だった。それをハヤトが『洗浄』魔法でキレイにし席に着いた。
だが、いくら待っても注文を取りに来ない。代わりにカウンターの所に呼び鈴があり『御用の方はこの鈴を鳴らしてください』と書かれている。
トルリが何度か鳴らしたところで二階から一人の男性が降りて来た。二階が住居になっているのだろう。
寝間着姿のその男性はいかにもめんどくさそうに降りて来て、トルリたちが注文をすると「それは今はやってない」「それは作れない」と言い、「今あるのは2品だけだ」とぶっきらぼうに答え、仕方なくソレにする。
鍋に火を入れ温め、その出来た物を皿に入れ出して来た。最初から料理した物は鍋の中にあったようだ。
店主らしき人は料金を受け取るとそのまま二階に上って行った。そして店内には3人しかいなくなる
「自分が連れて来てなんですけど、これ食べたらダメな奴じゃないんですか? いつ作ったやつか分かりませんよ、お金ももう払っているし別の所に行きましょうか?」
大陸深部で魔物を口にしていたトルリでさえ、ここは駄目だと思った
「いや待って、多分ねこれってあの人が自分で食べるために作った物だと思うんだよ。だから悪い物は入ってない気がする。まずは俺が食べてみるから」
だが毒草さえ喰らうハヤトはまだ希望を諦めてはいない
その横で
「これ結構いけるよ」
既に口にしているマイナがいた
三人それぞれ食べた結果、ハヤトはまあまあ、マイナは結構いける、トルリはこれは無理という結果になった
「あの後、本当に大変だったんですよー」
トルリが残した料理はマイナが頂いている、他にお客もいないしマイナが食べている間、トルリはあの戦いの後の事をハヤトに話していた。店の二階には店主がいるだろうから声は控えめである
「へー大変だったね」
「まだ何も言ってませんよ? これからですから。あの後ですね、軍に表彰されたんですよ」
「全然大変じゃないじゃん」
「だからこれから大変になるんです! 私と戦いに貢献した生き残った兵士数十人が表彰されてる時に『勇者』がいきなり入り込んできて━━」
「ご先祖が生き返ったの?」
「違います、マシェルモビアの勇者ですよ『勇者フロルド』です」
「?」
「‥‥知らないんですか? 勇者の事」
「初めて聞いたけど」
「そう‥‥ですか、ハルツールには伝わってないんですね」
「そのフロルドってさ、ルイバ・フロルドって名前じゃない?」
「そうですその人です、知ってるんですか?」
「勇者とかは知らないけどそのフロルドなら知ってるよ、物凄い付きまといのやつね」
ハヤトは嫌な顔をする
その横でトルリの分を平らげたマイナが皿を持って立ち上がり、カウンターのベルを『チンチン』と鳴らす。どうやらもう一杯食べたいようだ。
トルリはめんどくさそうに降りて来た店主に支払いを済ませると、店主はマイナの皿に料理を盛り付けるとまた二階に戻って行った
「付きまといとか良く知りませんけど、その勇者が入って来た途端『私のグースを奪ったのは誰よ!』って叫んで、生き残った兵士達の首を片っ端から刎ねていったんです」
トルリの話し方に少し疑問を持ちつつもハヤトはその話の後を聞いた
「いきなりだったんで誰も反応できなくて、もうちょっとで私もやられちゃう所だったんです」
「へぇー、それでフロルドは処刑されたんだよね?」
「普通ならそうなるんですが、勇者という称号はマシェルモビア王が直々に与えたもので、その王から称号を貰った人物を処刑になど出来ないって事になって、今は軍が所有する牢に閉じ込められてます。2年以上過ぎた今でも牢の中で暴れているそうですよ。多分一生出てくることはないでしょうね」
「迷惑な人だね、前からそんな人だったけど、ちゃんと責任もってそっちで預かっててね」
「はいもちろん‥‥って、ん? んー、その言い方だと‥‥まあそうですね、そうです」
他国の人にそう言われると少し変な感じがしたトルリ、だがもうそれも自分には関係が無い事であった
「でも私はもう関係がありませんから、既に軍を退役するよう届を出しているので、もう勇者もそうですし軍とも一切かかわらないですからね、後は夫と子供と一緒に仲良く過ごすだけです」
「軍を辞めるんだ?」
「はい、一切関係ありません」
「そうだよねその方がいいよね」
マイナがもう一杯お代わりをし、食べ終わってからその店を出ることになった
「悪いね奢ってもらっちゃって」
「ありがとうねトルリ美味しかったよ」
「いいですよこのくらい、旦那が高給取りですから財布の中は暖かいんです」
「なんだか色々してもらって悪いからさ、これあげるよ。ラグナ、市販のチョコレートを」
トルリはいきなり出て来た異形の存在にビクリと体を震わせたが、黄色い魔法陣からの登場に召喚獣だと理解した。その召喚獣は手に包み紙を持っていて
「どうぞトルリ様こちらを」
と言い渡して来た
「これは?」
「チョコレートって言う甘いお菓子だよ、多分口に合うと思うから食べてみて」
「お菓子‥‥」
包み紙を開けると中からは黒く硬い板が出て来た
「黒いんですけど?」
「ちゃんと食べられるよ」
「硬いんですけど?」
「ちゃんと食べられるよ」
「これ食べ物じゃ無いですよね?」
「食べられるよ、俺とマイナは不味くて食えなかったけどトルリなら大丈夫だと思うよ」
にこやかにハヤトが笑う
「あなた方二人が美味しくないって言うんなら一体誰が食べられるんですか? 何ですか! 私が魔物を食べた事があるから大丈夫だろうって事ですか!? 言っておきますけど私は普通です、あの時何も食べる物が━━」
「まあまあまあ、いいから騙されたと思って」
ハヤトの言い方には何かを企んでいる様子は全く見られなかった。だからトルリは恐る恐るその黒い板に歯を立て、パキン! と割った
「‥‥」
「どう?」
「‥‥‥‥お、美味しいです、何ですかこれ! こんなに美味しいお菓子は生まれて初めてです!」
「そうか良かったまだあるんだけど貰ってくれない? 俺とマイナは不味くて食べられな━━」
「いいんですか!!!」
トルリは思いっきりハヤトの手を掴んだ。その握力は掴まれたハヤトの表情が強張る位だった
「いいんですか!!!」
怒気のはらんだ必死な声で確認する。そしてもう一度
「いいんですね!!!」
トルリは念を押して確認した
・・・・・
・・・
前もこんなやり取りがあった気がするとハヤトが考えている中、市販のチョコレートを箱で3つも貰ったトルリはホクホク顔であった
「俺もマイナもそれには手を付けられなかったからね、全部貰ってくれて助かったよ」
「いえいえこちらこそぉー、こんな美味しいお菓子を貰えるだなんてぇー、これで夫と子供にも分けてあげられますぅー」
上機嫌のトルリは2箱を自分で食べ、残りの1箱を夫と子供に食べてもらおうと考えていた。でも子供はまだ小さいから子供の分は自分が頂こうと考えなおした時
「所でトルリにお願いがあるんだけど」
「何ですかぁー、今の私はとても機嫌がいいので何でも言ってくださーい」
「さっき調味料ならたまに買ってあげるとか言ってたよね?」
「はい、言いましたよぉー、いくらでも買ってあげますよぉー」
「いくらでも買ってやるとは言って無いよ、ひと時の快楽に人生を狂わせるタイプの性格だね。でもそれだと悪いから、俺の持っている物をお金に換金して欲しいんだ。そこから俺達の使う分を出して欲しい、でも全部は使えないだろうからその分はトルリの方で使ってもらっても構わない、手間賃みたいなものだね」
「なるほどなるほどー、私にお金を預ける‥‥みたいな感じですねぇーいいですよぉー」
「ならこれを渡しておくから換金しておいてほしい」
ハヤトは自身の『収納』から二本の魔石を取り出し、その一本を『分離』魔法を使い切り離しトルリに渡した。それはハヤトが『探知』魔法を使用していた時に増幅させるための道具であった。
それをトルリは確認もせず自分の『収納』にしまう、彼女の頭の中には既にチョコレートの事で頭が一杯だった
「じゃあ俺達はこれで帰る事にするよ、家に帰るまで時間が結構かかるからね」
「そうですか、でしたらまたお会いしましょう、今度は私の家族を紹介しますからね」
「うん、それじゃあね」
「またねトルリ」
マイナが手を振り
「またねー」
トルリも手を振り返した
そしてハヤトとマイナは住む場所へと帰って行った
・・・・・・
・・・・
トルリはハヤト達が帰った後、自分も家に戻る事にた。そしてそのころには貰ったチョコレートを3箱全部自分で食べようと意思を固めていた
「ただいまーあ」
「お帰りー、羽は伸ばすことが出来たかい?」
帰宅すると夫と抱きかかえられている子共に迎えられる
「ええ、もちろん! ママが帰りましたよぉー」
夫の抱えている子供のほっぺをツンツンと突くと、子供は嬉しそうに笑う
「その様子だとかなり楽しめたようだね」
子供がトルリに向かって手を伸ばしたので、そのままトルリは夫から子供を受け取ると、トルリは反対にハヤトから預かった物を夫に渡した
「知り合いからこれを換金して欲しいって頼まれたんだけど、悪いけれどお願いしていい?」
「ああ、いい‥‥‥‥ょ‥‥」
夫に預かった物を渡したトルリは子供を抱いたままリビングの方へ行き、そのままソファーに座った
ちょっと疲れたけど楽しかったなー
あの二人といるのはとても大変だったが、共に大陸深部を通過したハルツールの戦友たちと一緒に居るような感覚になり、懐かしい感じがした。それにハヤトの妻であるマイナとは、どの魔物が美味しかったなど普通では出来ないような話をして盛り上がった。今度来る時はスライムをお土産に持ってくると言っていたが、それは正直ありがた迷惑だ。
でも‥‥ちょっとだけ‥‥食べ、いや、やっぱり要らない‥‥くもない気持ちも多少は‥‥
そう思っていた時、遅れて旦那がリビングに入って来て
「トルリ‥‥これ誰から預かったの?」
「うーん、古い知り合い?」
「‥‥これ何だか分かってて預かった?」
「魔石でしょ? 何か変なのが付与してあったの?」
「魔石は魔石でもこれ、天然の魔石だよ」
「‥‥へ?」
「こんな大きい天然魔石、どうやって換金すればいいんだよ」
「へ?」
立派な家が一軒建つ位、大きな天然魔石。そんなのを一般人が持ち込んだらまず最初に色々疑われてしまう、つまり換金できる場所が‥‥
◆◇
ヒュケイへと姿を変えたマイナの背の上で、ハヤトは考えていた
「ワライダケを渡して、トルリに裏の社会を牛耳ってもらうのはどうだろう? そうすればお金も沢山儲かるだろうし、次行った時お願いしてみるか」
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