1 / 18
1.魔術師が迷宮で魔物を討伐する話
しおりを挟む
ラベルナ王国の最南端に位置するベルーナ伯爵領。
その伯爵領に含まれる迷宮都市トレアの迷宮管理部局で、魔術師のマリウスは担当の女性官吏に叱責されていた。
「遅いですよ、マリウスさん。呼ばれたら直ぐに来るように言っておいたでしょう。どこで油を売っていたんですか」
「すみません。出来るだけ急いだんですが、領都でも仕事中だったので急に投げだす訳にも行かず・・・」
マリウスはそう答えた。
彼は現在25歳。標準的な身長の人間の男性だ。いかにも真面目そうだが他に特筆する事のない容貌で、栗色の髪を短く切りそろえていた。
ソフトレザーアーマーを身に着けたその体格も標準的だが、良く見れば魔術師としては鍛えられた体つきをしている。
だだ、全体的にくたびれた雰囲気で、顔色もよくなかった。
彼が主張した事は全くの事実だった。
迷宮管理部局の使いから、直ぐにトレアに行くように指示されたのは、マリウスが領都ベルーナの醸造所で魔術を用いて醸造作業を手伝っていた時だった。
そこで作られる酒は、今やベルーナ領の大事な特産品になっており、この作業も疎かにはできない。
マリウスは作業に支障が出ないように最低限の工程まで進める必要があった。
そして、迷宮管理部局の使いからは「ぐずぐずするな」と怒鳴られ、醸造所の者達からは「無責任だ」と詰られながらその場を離れ、自ら馬を飛ばし半日近くかけてこの場所に駆けつけて来たのだ。
その間彼は全く休んでおらず、既に相当の疲労が溜まっていた。
「言い訳は止めなさい」
だが担当官吏はにべもなかった。
その担当官吏はメリサという名で、年の頃は20歳くらい。眼鏡が良く似合う知的な雰囲気の美女だった。
黒髪を耳が隠れる程度の長さでそろえ、神官服に似た雰囲気の制服に身を包んでいる。
その姿はとても魅力的で、この街の迷宮にもぐる冒険者の中には、彼女を信奉するような態度をとる者すらいた。
だがその彼女は、今は明らかにマリウスを見下した態度を示している。
メリサは続けてマリウスに指示を与えた。
「使いの者からも聞いたと思いますが、またフュージ・スライムが発生しました。直ぐに駆除してください」
「分かりました」
マリウスはそう答えると、魔法の行使に欠かせない発動体でもある愛用の杖を手に、迷宮の入り口へと向かった。
古代の魔術師達が作り上げ、今も各地に相当数残っている“迷宮”は、現代においてとても重要な施設となっている。
迷宮では、魔石と呼ばれるマナを宿した結晶石が得られるからだ。
魔法を行使する際、術師は己自身の身に宿るマナを消費する代わりに、魔石に宿ったマナを使う事が出来る。また、魔石は多くの魔術器具の動力源にも使用されており、社会の維持に欠かせない。
そして、迷宮ではスライムやガスト、ゴーレムなどの魔物が自然発生するのだが、それらの魔物の多くはその身に魔石を宿しており、倒せばその魔石を獲得できる。
迷宮以外に存在する魔物の中にも魔石を身に宿すものは存在するが、そんな魔物を探し歩くよりも迷宮の魔物を倒す方が遥かに効率が良い。
更に、迷宮内には“宝箱”が設置されており、その中にも自然に魔石などが発生する事がある。
つまり迷宮は、魔石を産出する鉱山のような存在なのだ。
必然的にそれなりの規模の迷宮には、魔石を得ようとする冒険者などが集まる。更にその冒険者を当て込んだ商人なども集まり、都市を形成することもある。
そうやって成立した都市が迷宮都市と呼ばれる存在だ。
トレアの街もそうやって出来た迷宮都市の一つで、迷宮の入り口を囲むように市街が広がっていた。
当然トレアの街の迷宮は魔石鉱山として活用されており、領主であるベルーナ伯爵によって管理され、伯爵領の重要な収入源となっていた。
だが、その迷宮には一つ問題があった。フュージ・スライムという強力な魔物が時折出現するのだ。
フュージ・スライムは、迷宮の深部に行くために必ず通らなければならない大部屋に出現する。
質の良い魔石を身に宿す魔物は深部にしかいないし、宝箱も深部にしか設置されていない。その為、その部屋にフュージ・スライムに居座られてしまうと、魔石の採集に支障が生じてしまう。
そして、そのフュージ・スライムを倒すのはマリウスの役目とされていた。
マリウスは、時折姿を現す魔物を魔術の一撃で倒しつつフュージ・スライムの部屋にたどり着いた。そして、そこに居た魔物を見て深く嘆息した。
(やっぱりまたこいつか・・・)
それは直径7m高さ2mほどの巨大なゼリー状の魔物だった。
全体に黄色がかった半透明の物質で出来ており、ゆっくりと蠢動している。知性を感じさせる要素は何もない。
その見た目は、確かに巨大なスライムだ。だが、その魔物はフュージ・スライムではなかった。
―――スライム・インペラトール
それはスライムの中でも最強といわれる種だ。
(最初は確かにフュージ・スライムだったけど。出現する端から倒しているうちにだんだん強いスライムが出現するようになって行ったんだよな。そして、ここ1年間くらい出現するのはずっとインペラトールだ。メリサさんたちは全く信じてくれないけど・・・)
マリウスは暗澹たる気持ちでそんな事を思い起こした。
と、スライム・インペラトールがマリウスの方に向かって動き出した。生物の気配を感じ取ったのだろう。
マリウスはすかさず呪文を唱えた。
そして、その複雑で長大な呪文の詠唱を、一切のよどみなくすばやく終わらせる。
すると部屋の温度が急激に下がり、スライム・インペラトールの動きが止まった。
良く見るとその体の床に接する部分が凍り付いている。
それは、足元を凍りつかせて対象の動きを止め、且つ継続的に冷気によるダメージを与える“凍土の獄”という非常に高度な魔術だった。
その継続時間は通常なら数十秒というところだが、マリウスはマナを余分に消費して継続時間を十分に引き延ばしていた。
これで、普通なら勝負はついてしまっている。
スライム・インペラトールは上位の冒険者パーティでも苦戦を免れない強大な魔物だ。特にその生命力の強さは桁違いで容易に倒しきれるものではない。
しかし、その攻撃手段は体当たりしてそのまま押しつぶすか、体内に取り込み消化してしまうかのどちらかしかない。
“凍土の獄”で動きを止めて継続ダメージを与えていればいずれは倒せるのだ。
だがそれは、スライム・インペラトール単体だけが相手ならばの話だ。
スライム・インペラトールがその体を小刻みに震わせた。
すると、人には感じられない振動を感じとった迷宮中のスライムが、この部屋に向かって動き始めた。
広範囲のスライムを自在に操る。この能力があるからこそ、この魔物は 絶対指揮官 と呼ばれるのだ。
マリウスは覚悟を決めて、続けざまに魔術を使う準備を始めた。
しばらくして、マリウスは全てのスライムを倒すことに成功した。
だが、楽な戦いではなかった。
朝から醸造所でも魔術を行使していたマリウスのマナは既に相当消耗しており、禁断の魔道具を用いて生命力をマナに変換して魔術を使わざるを得なかった。
マリウスは生命力を消耗したせいで全身を襲う、鈍痛と倦怠感に耐えかねて座りこんでしまっていた。
(日頃からスライムを狩っていたおかげでどうにか勝てた・・・)
そしてそう考えていた。
通常のスライムを狩る事もマリウスに割りあてられていた。
通常のスライムは魔石を落とさない事も多く、魔石狙いの冒険者は積極的に狩ろうとしない。だが、放っておくと人一人を飲み込むほどに成長し、相応に危険な存在となってしまう。
そうならないうちに狩る事もマリウスの仕事とされていたのだ。
マリウスはスライム・インペラトールが出現するようになると、一層積極的にスライムを狩るようにしていた。操るスライムの数が多くなれば、その分スライム・インペラトールの脅威が大きくなってしまうからだ。
その行為が功を奏して、今回もスライム・インペラトールとスライムの群れを倒す事ができた。
やがて呼吸を整えたマリウスは緩慢な動きで立ち上がり、周りに散らばる魔石を集め始める。
スライム・インペラトールからは流石にかなり上質の魔石が採れたが、通常のスライムから取れた魔石はまばらだった。
迷宮管理部局の建物に戻ってきたマリウスに、メリサがまた厳しい言葉を浴びせた。
「魔石を全て提出なさい。すぐに」
この迷宮では、一般の冒険者は得られた魔石の1割を迷宮管理部局に供出することとされていた。そして、魔石以外の獲得物は基本的に冒険者のものに出来る。
そのくらいの供出率でなければ、こんな片田舎の迷宮にまで多くの冒険者はやってこない。
だが、マリウスは全てを供出するように求められていた。
マリウスはその言葉に逆らうつもりはなかったが、やはりもう一度忠告する事にした。
「この魔石を良く調べてください。フュージ・スライムから採れるものではないと分かるはずです。前も言った通り迷宮ではスライム・インペラトールというとても危険な魔物が発生するようになっています」
「あなたの世迷言に付き合う暇はありません」
だが、メリサはそう言いはなった。
そしてメリサがマリウスの後ろに立つ冒険者に目配せすると、その冒険者はマリウスを突き飛ばした。
疲労困憊のマリウスは避けることが出来ず、倒れた拍子に提出しようとしていた魔石を床にばら撒いてしまった。
その冒険者は「ぐずぐずしてんじゃねぇ!のろま!」とマリウスを罵る。
メリサも「さっさと集めなさい」と続けた。
マリウスは黙って魔石を拾い集めて、それを提出した。
メリサは更にマリウスに指示を与えた。
「今月の魔石供出量にはまだ全然足りていませんよ。時間が出来たら直ぐに迷宮に篭りなさい。分かっていると思いますが、他の冒険者の皆さんの邪魔にならないように、スライムや屑魔石を落とす魔物だけを狙うんですよ。間違っても宝箱には手を出さないように」
「頼むぞ、屑処理係」
近くに居た冒険者がそう声をかけ、周りの冒険者たちは一斉に笑い声を上げた。
冒険者達にはマリウスに対する敬意は全く見られない。
マリウスの行動によって助けられているにもかかわらずだ。
マリウスがこのベルーナ伯爵領にやってくる前まで、フュージ・スライムが発生するたびに冒険者達はその対応に苦慮し、時には数ヶ月も討伐できないことすらあった。
ところが、マリウスは発生したその日の内に確実に倒してしまう。これによって冒険者達はそれ以前に比べ、遥かに効率的に迷宮で魔石を求める事ができるようになっていた。
また、このことはマリウスが他の冒険者達より強いということも明白に証明している。
にもかかわらず、冒険者達はマリウスを侮辱する言動をとる事が多かった。
冒険者に限らず、一般民衆も皆マリウスを蔑んでいた。
ここでは、マリウスの事はどんなに蔑んでもいいという風潮が出来上がっていたのだ。
マリウスは冒険者達の笑い声を背に建物を出て、領都への帰途についた。
その伯爵領に含まれる迷宮都市トレアの迷宮管理部局で、魔術師のマリウスは担当の女性官吏に叱責されていた。
「遅いですよ、マリウスさん。呼ばれたら直ぐに来るように言っておいたでしょう。どこで油を売っていたんですか」
「すみません。出来るだけ急いだんですが、領都でも仕事中だったので急に投げだす訳にも行かず・・・」
マリウスはそう答えた。
彼は現在25歳。標準的な身長の人間の男性だ。いかにも真面目そうだが他に特筆する事のない容貌で、栗色の髪を短く切りそろえていた。
ソフトレザーアーマーを身に着けたその体格も標準的だが、良く見れば魔術師としては鍛えられた体つきをしている。
だだ、全体的にくたびれた雰囲気で、顔色もよくなかった。
彼が主張した事は全くの事実だった。
迷宮管理部局の使いから、直ぐにトレアに行くように指示されたのは、マリウスが領都ベルーナの醸造所で魔術を用いて醸造作業を手伝っていた時だった。
そこで作られる酒は、今やベルーナ領の大事な特産品になっており、この作業も疎かにはできない。
マリウスは作業に支障が出ないように最低限の工程まで進める必要があった。
そして、迷宮管理部局の使いからは「ぐずぐずするな」と怒鳴られ、醸造所の者達からは「無責任だ」と詰られながらその場を離れ、自ら馬を飛ばし半日近くかけてこの場所に駆けつけて来たのだ。
その間彼は全く休んでおらず、既に相当の疲労が溜まっていた。
「言い訳は止めなさい」
だが担当官吏はにべもなかった。
その担当官吏はメリサという名で、年の頃は20歳くらい。眼鏡が良く似合う知的な雰囲気の美女だった。
黒髪を耳が隠れる程度の長さでそろえ、神官服に似た雰囲気の制服に身を包んでいる。
その姿はとても魅力的で、この街の迷宮にもぐる冒険者の中には、彼女を信奉するような態度をとる者すらいた。
だがその彼女は、今は明らかにマリウスを見下した態度を示している。
メリサは続けてマリウスに指示を与えた。
「使いの者からも聞いたと思いますが、またフュージ・スライムが発生しました。直ぐに駆除してください」
「分かりました」
マリウスはそう答えると、魔法の行使に欠かせない発動体でもある愛用の杖を手に、迷宮の入り口へと向かった。
古代の魔術師達が作り上げ、今も各地に相当数残っている“迷宮”は、現代においてとても重要な施設となっている。
迷宮では、魔石と呼ばれるマナを宿した結晶石が得られるからだ。
魔法を行使する際、術師は己自身の身に宿るマナを消費する代わりに、魔石に宿ったマナを使う事が出来る。また、魔石は多くの魔術器具の動力源にも使用されており、社会の維持に欠かせない。
そして、迷宮ではスライムやガスト、ゴーレムなどの魔物が自然発生するのだが、それらの魔物の多くはその身に魔石を宿しており、倒せばその魔石を獲得できる。
迷宮以外に存在する魔物の中にも魔石を身に宿すものは存在するが、そんな魔物を探し歩くよりも迷宮の魔物を倒す方が遥かに効率が良い。
更に、迷宮内には“宝箱”が設置されており、その中にも自然に魔石などが発生する事がある。
つまり迷宮は、魔石を産出する鉱山のような存在なのだ。
必然的にそれなりの規模の迷宮には、魔石を得ようとする冒険者などが集まる。更にその冒険者を当て込んだ商人なども集まり、都市を形成することもある。
そうやって成立した都市が迷宮都市と呼ばれる存在だ。
トレアの街もそうやって出来た迷宮都市の一つで、迷宮の入り口を囲むように市街が広がっていた。
当然トレアの街の迷宮は魔石鉱山として活用されており、領主であるベルーナ伯爵によって管理され、伯爵領の重要な収入源となっていた。
だが、その迷宮には一つ問題があった。フュージ・スライムという強力な魔物が時折出現するのだ。
フュージ・スライムは、迷宮の深部に行くために必ず通らなければならない大部屋に出現する。
質の良い魔石を身に宿す魔物は深部にしかいないし、宝箱も深部にしか設置されていない。その為、その部屋にフュージ・スライムに居座られてしまうと、魔石の採集に支障が生じてしまう。
そして、そのフュージ・スライムを倒すのはマリウスの役目とされていた。
マリウスは、時折姿を現す魔物を魔術の一撃で倒しつつフュージ・スライムの部屋にたどり着いた。そして、そこに居た魔物を見て深く嘆息した。
(やっぱりまたこいつか・・・)
それは直径7m高さ2mほどの巨大なゼリー状の魔物だった。
全体に黄色がかった半透明の物質で出来ており、ゆっくりと蠢動している。知性を感じさせる要素は何もない。
その見た目は、確かに巨大なスライムだ。だが、その魔物はフュージ・スライムではなかった。
―――スライム・インペラトール
それはスライムの中でも最強といわれる種だ。
(最初は確かにフュージ・スライムだったけど。出現する端から倒しているうちにだんだん強いスライムが出現するようになって行ったんだよな。そして、ここ1年間くらい出現するのはずっとインペラトールだ。メリサさんたちは全く信じてくれないけど・・・)
マリウスは暗澹たる気持ちでそんな事を思い起こした。
と、スライム・インペラトールがマリウスの方に向かって動き出した。生物の気配を感じ取ったのだろう。
マリウスはすかさず呪文を唱えた。
そして、その複雑で長大な呪文の詠唱を、一切のよどみなくすばやく終わらせる。
すると部屋の温度が急激に下がり、スライム・インペラトールの動きが止まった。
良く見るとその体の床に接する部分が凍り付いている。
それは、足元を凍りつかせて対象の動きを止め、且つ継続的に冷気によるダメージを与える“凍土の獄”という非常に高度な魔術だった。
その継続時間は通常なら数十秒というところだが、マリウスはマナを余分に消費して継続時間を十分に引き延ばしていた。
これで、普通なら勝負はついてしまっている。
スライム・インペラトールは上位の冒険者パーティでも苦戦を免れない強大な魔物だ。特にその生命力の強さは桁違いで容易に倒しきれるものではない。
しかし、その攻撃手段は体当たりしてそのまま押しつぶすか、体内に取り込み消化してしまうかのどちらかしかない。
“凍土の獄”で動きを止めて継続ダメージを与えていればいずれは倒せるのだ。
だがそれは、スライム・インペラトール単体だけが相手ならばの話だ。
スライム・インペラトールがその体を小刻みに震わせた。
すると、人には感じられない振動を感じとった迷宮中のスライムが、この部屋に向かって動き始めた。
広範囲のスライムを自在に操る。この能力があるからこそ、この魔物は 絶対指揮官 と呼ばれるのだ。
マリウスは覚悟を決めて、続けざまに魔術を使う準備を始めた。
しばらくして、マリウスは全てのスライムを倒すことに成功した。
だが、楽な戦いではなかった。
朝から醸造所でも魔術を行使していたマリウスのマナは既に相当消耗しており、禁断の魔道具を用いて生命力をマナに変換して魔術を使わざるを得なかった。
マリウスは生命力を消耗したせいで全身を襲う、鈍痛と倦怠感に耐えかねて座りこんでしまっていた。
(日頃からスライムを狩っていたおかげでどうにか勝てた・・・)
そしてそう考えていた。
通常のスライムを狩る事もマリウスに割りあてられていた。
通常のスライムは魔石を落とさない事も多く、魔石狙いの冒険者は積極的に狩ろうとしない。だが、放っておくと人一人を飲み込むほどに成長し、相応に危険な存在となってしまう。
そうならないうちに狩る事もマリウスの仕事とされていたのだ。
マリウスはスライム・インペラトールが出現するようになると、一層積極的にスライムを狩るようにしていた。操るスライムの数が多くなれば、その分スライム・インペラトールの脅威が大きくなってしまうからだ。
その行為が功を奏して、今回もスライム・インペラトールとスライムの群れを倒す事ができた。
やがて呼吸を整えたマリウスは緩慢な動きで立ち上がり、周りに散らばる魔石を集め始める。
スライム・インペラトールからは流石にかなり上質の魔石が採れたが、通常のスライムから取れた魔石はまばらだった。
迷宮管理部局の建物に戻ってきたマリウスに、メリサがまた厳しい言葉を浴びせた。
「魔石を全て提出なさい。すぐに」
この迷宮では、一般の冒険者は得られた魔石の1割を迷宮管理部局に供出することとされていた。そして、魔石以外の獲得物は基本的に冒険者のものに出来る。
そのくらいの供出率でなければ、こんな片田舎の迷宮にまで多くの冒険者はやってこない。
だが、マリウスは全てを供出するように求められていた。
マリウスはその言葉に逆らうつもりはなかったが、やはりもう一度忠告する事にした。
「この魔石を良く調べてください。フュージ・スライムから採れるものではないと分かるはずです。前も言った通り迷宮ではスライム・インペラトールというとても危険な魔物が発生するようになっています」
「あなたの世迷言に付き合う暇はありません」
だが、メリサはそう言いはなった。
そしてメリサがマリウスの後ろに立つ冒険者に目配せすると、その冒険者はマリウスを突き飛ばした。
疲労困憊のマリウスは避けることが出来ず、倒れた拍子に提出しようとしていた魔石を床にばら撒いてしまった。
その冒険者は「ぐずぐずしてんじゃねぇ!のろま!」とマリウスを罵る。
メリサも「さっさと集めなさい」と続けた。
マリウスは黙って魔石を拾い集めて、それを提出した。
メリサは更にマリウスに指示を与えた。
「今月の魔石供出量にはまだ全然足りていませんよ。時間が出来たら直ぐに迷宮に篭りなさい。分かっていると思いますが、他の冒険者の皆さんの邪魔にならないように、スライムや屑魔石を落とす魔物だけを狙うんですよ。間違っても宝箱には手を出さないように」
「頼むぞ、屑処理係」
近くに居た冒険者がそう声をかけ、周りの冒険者たちは一斉に笑い声を上げた。
冒険者達にはマリウスに対する敬意は全く見られない。
マリウスの行動によって助けられているにもかかわらずだ。
マリウスがこのベルーナ伯爵領にやってくる前まで、フュージ・スライムが発生するたびに冒険者達はその対応に苦慮し、時には数ヶ月も討伐できないことすらあった。
ところが、マリウスは発生したその日の内に確実に倒してしまう。これによって冒険者達はそれ以前に比べ、遥かに効率的に迷宮で魔石を求める事ができるようになっていた。
また、このことはマリウスが他の冒険者達より強いということも明白に証明している。
にもかかわらず、冒険者達はマリウスを侮辱する言動をとる事が多かった。
冒険者に限らず、一般民衆も皆マリウスを蔑んでいた。
ここでは、マリウスの事はどんなに蔑んでもいいという風潮が出来上がっていたのだ。
マリウスは冒険者達の笑い声を背に建物を出て、領都への帰途についた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる