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5.魔術師が忠告を受ける話
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南の砦から領都に戻ったマリウスは、回復薬を買足す為に、裏通りにある宿屋に滞在している旅の治療師を名乗る人物を訪ねた。
マリウスの前に現れたその者は、灰色のローブを身に着けて、フードを目深に被って人相風体を隠していた。
しわがれた声から年配の女性だろうと察する事は出来たが、他は全く不明だ。
何らかの訳ありの人間なのは明らかだった。
だが、扱う回復薬等の質は確かで、しかも比較的安価だ。
そして、頻繁に生命力を削って魔術を行使しているマリウスにとってはそれが最も大事なことだった。
加えて、基本的に領都の住民達全員から蔑まれているマリウスは、自分に対しても普通に対応してくれるこの治療師の存在が有難かった。そのため、ここ最近は専ら彼女から回復薬を購入していた。
「しかし、魔術師殿は強さを求めている訳ではないのだな?」
マリウスに回復薬を売った“治療師”が、唐突にそう尋ねた。
「え?どういうことですか?」
思わずマリウスは問い返していた。
「なに。賢者の学院で天才と持てはやされていた魔術師が、非常に過酷な戦いに身を投じていると聞いたから、てっきり実戦の中で更なる強さを求めているのかと思ったのだ」
マリウスは学院に居た頃の自分の事が知られていることに驚いた。
ベルーナ伯爵領に来てから、そんな事をいう者は誰もいなかったからだ。
「天才だなんて止めてください。そんなのは学院の中だけの大げさな評価ですよ。
それから私は、確かに強くなろうと思ってここにいるわけではありません。
そもそも戦う為にここにいるわけでもありませんからね。戦わずに済むなら戦いたくないと思っていますよ」
「そうなのか?そんな危険な魔道具すら用いて戦っているのに?」
“治療師”はマリウスの胸元に人指し指を向けながらそう言った。
その手も皺くちゃの皮の手袋に覆われている。
マリウスは大いに驚き、“治療師”が指し示したあたりの服の下にあるペンダントを、思わず握り締めてしまった。
そのペンダントこそが、生命力をマナに変換する魔道具だ。
だがその魔道具は、賢者の学院の創始者によって、使用することも研究する事も禁じられており、一般にはその存在も知られていないはずだった。
「・・・良く分かりましたね」
最早誤魔化すことも出来ないと思ったマリウスはそう聞き返した。
「魔術師殿が買う回復薬の量は明らかに多すぎだったからな。尋常ではない方法で生命力を失っていると思ったのだ。私はマナ変換の呪物の存在を知っていたから、カマをかけてみたのだよ」
「このことは御内密にお願いします」
「もちろん、人に言うつもりなどない。
だが、その呪物は、命を削ってまで魔法を使うべきではないという主旨で、使用を禁じられているはずだな?」
「そのとおりです」
それが創始者が使用も研究も禁じた理由だと言われていた。
実際、その禁を破ったマリウスは、自分の体が深刻な変調を来たしている事を感じていた。
このことを見ればその制限は正しかったといえるだろう。
「そんなものを使ってまでして戦いながら、戦う事を望んではいないし、強くなる事すら望んでいないというのは、私には理解できないな」
「私が望むのは、伯爵様に認めてもらってミレディアを妻に迎える事です。
平民が貴族の姫君を娶ろうなどと考えるなら、並大抵ではない功績を挙げる必要がある。そのために努力をしているんです」
「なるほど。確かに魔術師殿の挙げている功績は大したものだ。だが、その割には官吏や領兵や冒険者、それに領民達すら魔術師殿を蔑んでいるように見受けるがどうなのだ?
とても領主の娘の嫁ぎ先候補に対する態度とは思えぬのだが」
「まあ、私がここに来たばかりの時にいろいろありましたから・・・。
それに、魔術師が貴族家に過度に近づこうとすれば警戒されてしまうのは当然です。
それを払拭する為にも、皆さんのどんな要望にも応えて、私に邪な心がないことを示す必要があるんです。
皆さんにつくしていればいずれ理解してもらえるはずです。
それに伯爵様も対応は考えていると言ってくれているので大丈夫です」
「伯爵や民というものを随分信頼しているようだが、年長者として言わせてもらえば、最終的に信頼できるのは己の1人の強さのみだぞ」
「それはとても寂しい考え方ですよ、治療師さん。人は信頼し合い助け合っていくべきものです」
「そうか。その魔術師殿の考えを無理に覆そうとは思わないが。私の意見も心に留めておいてくれ。最後に頼れるのは己の強さだと。そして、強くなるということを目的として戦いに身を投じるのも大切な事だと」
「ご意見は聞いておきます」
「それから、そのマナ変換の呪物だが、使い方次第では効率よく自らを鍛える役にも立つ。生命力の消耗と回復を繰り返す事は、やり方次第では生命力の増強を促す事も可能だからだ。もしも魔術師殿が望むならば、その術を教えようかと思ったが、魔術師殿の考えに従うなら不要だったかな?」
「ええ。私には必要ありません」
「分かった。いずれにしても魔術師殿に幸多からん事を祈っているよ」
そんな会話を交わした少し後、旅の治療師はベルーナ伯爵領から旅立っていった。
そして、その数ヵ月後。マリウスはベルーナ伯爵に呼ばれ、その居城へと赴いたのだった。
マリウスの前に現れたその者は、灰色のローブを身に着けて、フードを目深に被って人相風体を隠していた。
しわがれた声から年配の女性だろうと察する事は出来たが、他は全く不明だ。
何らかの訳ありの人間なのは明らかだった。
だが、扱う回復薬等の質は確かで、しかも比較的安価だ。
そして、頻繁に生命力を削って魔術を行使しているマリウスにとってはそれが最も大事なことだった。
加えて、基本的に領都の住民達全員から蔑まれているマリウスは、自分に対しても普通に対応してくれるこの治療師の存在が有難かった。そのため、ここ最近は専ら彼女から回復薬を購入していた。
「しかし、魔術師殿は強さを求めている訳ではないのだな?」
マリウスに回復薬を売った“治療師”が、唐突にそう尋ねた。
「え?どういうことですか?」
思わずマリウスは問い返していた。
「なに。賢者の学院で天才と持てはやされていた魔術師が、非常に過酷な戦いに身を投じていると聞いたから、てっきり実戦の中で更なる強さを求めているのかと思ったのだ」
マリウスは学院に居た頃の自分の事が知られていることに驚いた。
ベルーナ伯爵領に来てから、そんな事をいう者は誰もいなかったからだ。
「天才だなんて止めてください。そんなのは学院の中だけの大げさな評価ですよ。
それから私は、確かに強くなろうと思ってここにいるわけではありません。
そもそも戦う為にここにいるわけでもありませんからね。戦わずに済むなら戦いたくないと思っていますよ」
「そうなのか?そんな危険な魔道具すら用いて戦っているのに?」
“治療師”はマリウスの胸元に人指し指を向けながらそう言った。
その手も皺くちゃの皮の手袋に覆われている。
マリウスは大いに驚き、“治療師”が指し示したあたりの服の下にあるペンダントを、思わず握り締めてしまった。
そのペンダントこそが、生命力をマナに変換する魔道具だ。
だがその魔道具は、賢者の学院の創始者によって、使用することも研究する事も禁じられており、一般にはその存在も知られていないはずだった。
「・・・良く分かりましたね」
最早誤魔化すことも出来ないと思ったマリウスはそう聞き返した。
「魔術師殿が買う回復薬の量は明らかに多すぎだったからな。尋常ではない方法で生命力を失っていると思ったのだ。私はマナ変換の呪物の存在を知っていたから、カマをかけてみたのだよ」
「このことは御内密にお願いします」
「もちろん、人に言うつもりなどない。
だが、その呪物は、命を削ってまで魔法を使うべきではないという主旨で、使用を禁じられているはずだな?」
「そのとおりです」
それが創始者が使用も研究も禁じた理由だと言われていた。
実際、その禁を破ったマリウスは、自分の体が深刻な変調を来たしている事を感じていた。
このことを見ればその制限は正しかったといえるだろう。
「そんなものを使ってまでして戦いながら、戦う事を望んではいないし、強くなる事すら望んでいないというのは、私には理解できないな」
「私が望むのは、伯爵様に認めてもらってミレディアを妻に迎える事です。
平民が貴族の姫君を娶ろうなどと考えるなら、並大抵ではない功績を挙げる必要がある。そのために努力をしているんです」
「なるほど。確かに魔術師殿の挙げている功績は大したものだ。だが、その割には官吏や領兵や冒険者、それに領民達すら魔術師殿を蔑んでいるように見受けるがどうなのだ?
とても領主の娘の嫁ぎ先候補に対する態度とは思えぬのだが」
「まあ、私がここに来たばかりの時にいろいろありましたから・・・。
それに、魔術師が貴族家に過度に近づこうとすれば警戒されてしまうのは当然です。
それを払拭する為にも、皆さんのどんな要望にも応えて、私に邪な心がないことを示す必要があるんです。
皆さんにつくしていればいずれ理解してもらえるはずです。
それに伯爵様も対応は考えていると言ってくれているので大丈夫です」
「伯爵や民というものを随分信頼しているようだが、年長者として言わせてもらえば、最終的に信頼できるのは己の1人の強さのみだぞ」
「それはとても寂しい考え方ですよ、治療師さん。人は信頼し合い助け合っていくべきものです」
「そうか。その魔術師殿の考えを無理に覆そうとは思わないが。私の意見も心に留めておいてくれ。最後に頼れるのは己の強さだと。そして、強くなるということを目的として戦いに身を投じるのも大切な事だと」
「ご意見は聞いておきます」
「それから、そのマナ変換の呪物だが、使い方次第では効率よく自らを鍛える役にも立つ。生命力の消耗と回復を繰り返す事は、やり方次第では生命力の増強を促す事も可能だからだ。もしも魔術師殿が望むならば、その術を教えようかと思ったが、魔術師殿の考えに従うなら不要だったかな?」
「ええ。私には必要ありません」
「分かった。いずれにしても魔術師殿に幸多からん事を祈っているよ」
そんな会話を交わした少し後、旅の治療師はベルーナ伯爵領から旅立っていった。
そして、その数ヵ月後。マリウスはベルーナ伯爵に呼ばれ、その居城へと赴いたのだった。
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