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9.伯爵たちが気づき始める話②
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南の砦から援軍要請を受けたベルーナ伯爵だったが、直ぐにこれに応える事は出来なかった。
新たにミレディアの婚約者となった、レオナルド・ブレンテスを迎える準備に忙しかったからだ。
だが、この行為は、満更的外れなものでもない。
現在のベルーナ伯爵にとって、もっとも当てにできる援軍はブレンテス侯爵からの軍事支援だったからだ。
今回のレオナルドの来訪は、将来の領主の顔見せのためのものだが、同時に約束していた軍事支援も早速得られる事になっていた。
実際レオナルドは、50人に及ぶ武装した者達を引き連れてやって来た。
数はさほど多くはないが、全員が立派な鎧に身を包んだ相応の強者で、その多くが騎士の位も持つ者達だ。
かなりの戦力である事は間違いない。
一連の歓迎の式典が済むと、ベルーナ伯爵はレオナルドに、早速軍事支援の具体的な内容についての話し合いを持ちかけた。
「南の森への対応を優先させていただきたいと考えています」
レオナルドがそう告げた。
「なぜです?迷宮への対応も支援していただける約束だったはずでは?」
ベルーナ伯爵はそう聞き返す。
「もちろん迷宮にも対応します。ですが、不用意な戦力の分散は避けるべきだ。
まずは、何としてでも南の森への対応を万全なものとして、民と領土の安全を確実にする。迷宮にはその後で手をつけるべきでしょう」
「・・・それは、確かにそのとおりですな」
ベルーナ伯爵としては、現金収入に直結する迷宮対策を優先したかったが、レオナルドの意見はもっともなものだといえる。
そしてそれ以上にレオナルドの口ぶりからは、彼が絶対に南の森への対応を優先する強い意思を持っていることが察せられた。
(確かに、南の砦からは援軍要請が盛んに来ている。迷宮の方は冒険者達を組織して巨大スライム対策をやるという事だったし、優先するのは南の砦の方だろう)
そう考えたベルーナ伯爵はレオナルドの案を了承した。
更にレオナルドは、南へは自ら兵を率いて出陣すると申し出た。
ベルーナ伯爵としては、レオナルドには領都に残ってもらって親交を深め、ブレンテス侯爵家との関係性をより良好なものにしたいと考えていた。
だが、未来の領主としてその武勇を示す必要があるのだと断固として述べるレオナルドを、無理に引き止める事は出来なかった。
そしてその翌日、レオナルドと50人の戦士たちは意気揚々と南へと出陣して行った。
レオナルドが出陣した日、ミレディアは酷く不機嫌だった。
望んだ品が望んだ期限までに手に入らなかったからだ。
ミレディアは彼女付きの侍女達の長に不満をぶつけた。
「どうして、たかだか化粧品のひとつも用意できないの?」
その侍女は言いよどみつつ答えた。
「申し訳ありません。お嬢様。ですが、その、お嬢様が望む化粧品はもう手に入れることは出来ないようです」
「どういうこと?」
「私共も手をつくして調べました。ですが、化粧品の質を良くする魔術を知る者は誰もいなかったのです。
そして、賢者の学院にも人をやって調べたのです。するとそういう魔術を知っているという導師様がおられて、その方から話を聞きました。
その導師様がおっしゃるには、化粧品の質をよくする魔術は、学院で100年に1人の天才といわれていたマリウスが開発したもので、彼以外に扱う事は出来ない。というのです。
そして、その魔術を誰でも使えるものに改良する前にマリウスが学院を辞めてしまったので、今その魔術を使えるのは、世界中でマリウスただ1人だ。とも・・・」
「なんですって?・・・そんな、まさか・・・」
ミレディアはそう口にしたきり押し黙ってしまった。
彼女はさすがに驚いていた。
(100年に1人の天才?世界でたった1人?あの魔術師が、そんなにすごい者だったの?)
それが事実だったならば、自分達はいったい何という事をしてしまったのだろうか。
(ひょっとして、最近城内の様子がおかしいのも、それと関係しているのかしら)
ミレディアはそうも思った。
最近食事の質が露骨に下がっていたし、父から贅沢も控えるよう言い付かっていた。
それほど優れた魔術師を追放してしまったなら、そのような影響が出てもおかしくない。
(いえ、それどころか、その程度の影響だけでは済まないのではないかしら?)
ミレディアはそう思い至った。彼女は何か酷く嫌な、予感めいたものを感じていた。
レオナルドを送り出したベルーナ伯爵も、ミレディアが聞いたのと同じような報告を聞いていた。
酒の質を良くする魔術を扱う者を求めて、賢者の学院に人をやった結果だった。
「学院の導師が言うには、その魔術は学院で100年に1人の天才と言われていたマリウスが開発したもので、彼以外の者は使えないそうです。
その導師はマリウスの事を、あれほどの才を研究に活かしていれば、どれほど人々の暮らしの向上に役立ったか分からないのに、学院を辞めてしまったのは惜しい事だ。と、何度も繰り返していました・・・」
「な、何だと!?」
ベルーナ伯爵は、マリウスが天才と呼ばれているのは、今の学院の中で特に優れているという程度の意味だと思っていた。
それがまさか、掛け値なしに100年に1人の天才とまで言われていたとは思わなかったのだ。
(それほどの人物を、わしらはあんな扱いをして、捨ててしまったのか・・・)
ベルーナ伯爵は背筋が冷たくなるのを感じていた。
彼は己のしでかした事の重大さに、ようやく僅かばかり気付き始めたのだ。
ベルーナ伯爵もまた嫌な予感を持った。それはミレディアが感じたよりも遥かに具体的なものだった。
ベルーナ伯爵は、マリウスが少し前から、南の森が危険だと盛んに訴えていた事を知っていたからだ。
当時はその訴えを聞き流していたのだが、マリウスがそれほどの優れた魔術師だったならば、その彼が訴えた危険というのも、並みのものではなかったのではないだろうか?
そして、その森に今レオナルド一行が向かっている。
(いや、レオナルド殿が率いるのはブレンテス侯爵家の精鋭。よもやということはありえん・・・)
そう思いながらも、ベルーナ伯爵は、今に南の森から凶報が届くのではないかという、その嫌な予感をぬぐう事が出来なかった。
ベルーナ伯爵のその予感は、ある意味で外れた。
凶報は、南の森よりも先に迷宮都市トレアからもたらされたからだ。
新たにミレディアの婚約者となった、レオナルド・ブレンテスを迎える準備に忙しかったからだ。
だが、この行為は、満更的外れなものでもない。
現在のベルーナ伯爵にとって、もっとも当てにできる援軍はブレンテス侯爵からの軍事支援だったからだ。
今回のレオナルドの来訪は、将来の領主の顔見せのためのものだが、同時に約束していた軍事支援も早速得られる事になっていた。
実際レオナルドは、50人に及ぶ武装した者達を引き連れてやって来た。
数はさほど多くはないが、全員が立派な鎧に身を包んだ相応の強者で、その多くが騎士の位も持つ者達だ。
かなりの戦力である事は間違いない。
一連の歓迎の式典が済むと、ベルーナ伯爵はレオナルドに、早速軍事支援の具体的な内容についての話し合いを持ちかけた。
「南の森への対応を優先させていただきたいと考えています」
レオナルドがそう告げた。
「なぜです?迷宮への対応も支援していただける約束だったはずでは?」
ベルーナ伯爵はそう聞き返す。
「もちろん迷宮にも対応します。ですが、不用意な戦力の分散は避けるべきだ。
まずは、何としてでも南の森への対応を万全なものとして、民と領土の安全を確実にする。迷宮にはその後で手をつけるべきでしょう」
「・・・それは、確かにそのとおりですな」
ベルーナ伯爵としては、現金収入に直結する迷宮対策を優先したかったが、レオナルドの意見はもっともなものだといえる。
そしてそれ以上にレオナルドの口ぶりからは、彼が絶対に南の森への対応を優先する強い意思を持っていることが察せられた。
(確かに、南の砦からは援軍要請が盛んに来ている。迷宮の方は冒険者達を組織して巨大スライム対策をやるという事だったし、優先するのは南の砦の方だろう)
そう考えたベルーナ伯爵はレオナルドの案を了承した。
更にレオナルドは、南へは自ら兵を率いて出陣すると申し出た。
ベルーナ伯爵としては、レオナルドには領都に残ってもらって親交を深め、ブレンテス侯爵家との関係性をより良好なものにしたいと考えていた。
だが、未来の領主としてその武勇を示す必要があるのだと断固として述べるレオナルドを、無理に引き止める事は出来なかった。
そしてその翌日、レオナルドと50人の戦士たちは意気揚々と南へと出陣して行った。
レオナルドが出陣した日、ミレディアは酷く不機嫌だった。
望んだ品が望んだ期限までに手に入らなかったからだ。
ミレディアは彼女付きの侍女達の長に不満をぶつけた。
「どうして、たかだか化粧品のひとつも用意できないの?」
その侍女は言いよどみつつ答えた。
「申し訳ありません。お嬢様。ですが、その、お嬢様が望む化粧品はもう手に入れることは出来ないようです」
「どういうこと?」
「私共も手をつくして調べました。ですが、化粧品の質を良くする魔術を知る者は誰もいなかったのです。
そして、賢者の学院にも人をやって調べたのです。するとそういう魔術を知っているという導師様がおられて、その方から話を聞きました。
その導師様がおっしゃるには、化粧品の質をよくする魔術は、学院で100年に1人の天才といわれていたマリウスが開発したもので、彼以外に扱う事は出来ない。というのです。
そして、その魔術を誰でも使えるものに改良する前にマリウスが学院を辞めてしまったので、今その魔術を使えるのは、世界中でマリウスただ1人だ。とも・・・」
「なんですって?・・・そんな、まさか・・・」
ミレディアはそう口にしたきり押し黙ってしまった。
彼女はさすがに驚いていた。
(100年に1人の天才?世界でたった1人?あの魔術師が、そんなにすごい者だったの?)
それが事実だったならば、自分達はいったい何という事をしてしまったのだろうか。
(ひょっとして、最近城内の様子がおかしいのも、それと関係しているのかしら)
ミレディアはそうも思った。
最近食事の質が露骨に下がっていたし、父から贅沢も控えるよう言い付かっていた。
それほど優れた魔術師を追放してしまったなら、そのような影響が出てもおかしくない。
(いえ、それどころか、その程度の影響だけでは済まないのではないかしら?)
ミレディアはそう思い至った。彼女は何か酷く嫌な、予感めいたものを感じていた。
レオナルドを送り出したベルーナ伯爵も、ミレディアが聞いたのと同じような報告を聞いていた。
酒の質を良くする魔術を扱う者を求めて、賢者の学院に人をやった結果だった。
「学院の導師が言うには、その魔術は学院で100年に1人の天才と言われていたマリウスが開発したもので、彼以外の者は使えないそうです。
その導師はマリウスの事を、あれほどの才を研究に活かしていれば、どれほど人々の暮らしの向上に役立ったか分からないのに、学院を辞めてしまったのは惜しい事だ。と、何度も繰り返していました・・・」
「な、何だと!?」
ベルーナ伯爵は、マリウスが天才と呼ばれているのは、今の学院の中で特に優れているという程度の意味だと思っていた。
それがまさか、掛け値なしに100年に1人の天才とまで言われていたとは思わなかったのだ。
(それほどの人物を、わしらはあんな扱いをして、捨ててしまったのか・・・)
ベルーナ伯爵は背筋が冷たくなるのを感じていた。
彼は己のしでかした事の重大さに、ようやく僅かばかり気付き始めたのだ。
ベルーナ伯爵もまた嫌な予感を持った。それはミレディアが感じたよりも遥かに具体的なものだった。
ベルーナ伯爵は、マリウスが少し前から、南の森が危険だと盛んに訴えていた事を知っていたからだ。
当時はその訴えを聞き流していたのだが、マリウスがそれほどの優れた魔術師だったならば、その彼が訴えた危険というのも、並みのものではなかったのではないだろうか?
そして、その森に今レオナルド一行が向かっている。
(いや、レオナルド殿が率いるのはブレンテス侯爵家の精鋭。よもやということはありえん・・・)
そう思いながらも、ベルーナ伯爵は、今に南の森から凶報が届くのではないかという、その嫌な予感をぬぐう事が出来なかった。
ベルーナ伯爵のその予感は、ある意味で外れた。
凶報は、南の森よりも先に迷宮都市トレアからもたらされたからだ。
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