9 / 63
図書館
しおりを挟む
澤田智也は夏休みの間だけ図書館でアルバイトをしていた。
時給は安いが、電車で一時間かけて大きな街に通うのも面倒臭いなと思ったからである。
家から近いというだけで進学先の高校も決めた。
大学だけは近場にないので進学するのをやめた。
就職希望で受験生の夏というのも智也には無縁だった。
何事も面倒臭いかそうでないかで考える智也は図書館のアルバイトも母から勧められ近場だったので決めた。
智也の図書館のイメージはカウンターに座って貸し業務するだけ、というなんとも貧相なイメージだけだった。
しかし、働いてみると本の修繕や絵本の読み聞かせイベントやら新刊をラミネート加工してラベルを貼ったりとなかなかに忙しかった。
そんな中で唯一の智也の癒しは、くたびれたグレーのスウェットのお兄さん。
ヨレヨレのスウェットの首元にはちらりと首輪が覗く。
初めて見た時はこの世の中にこんな綺麗な顔の男がいるのか、と見蕩れてしまった。
お兄さんはいつも視聴室を借りる。
図書カードには『木下美樹』の名前。
いつも視聴室で映画を一本見て帰る。
気をつけて見ていると映画を選ぶ基準はないようだ。
棚をぐるっと見渡し適当に取っているのがわかる。
板で区切られたブースに入るとヘッドフォンをつけて、椅子の上で体育座りしてその膝に顎を乗せてじっと見ている。
珍しく小さく笑った顔を見た時は心臓が止まるかと思った。
気になってお兄さんが帰ったあとこっそり視聴室の貸し出し表を見ると『MR.Bean』と書いてあった。
その夜は配信サービスで自分も『MR.Bean』を見た。
なかなか面白かった。
ある日、バイト終わりに駅に向かっているとお兄さんを見かけた。
白いシャツに黒いスリムなジーンズを履いて、髪はスッキリとセットされていた。そして、男みたいな女と手を繋いで歩いていた。
マジか・・・マジなのか・・・
お兄さんよりでかい。
え、あの男みたいな女はαなの?
失恋したような気分だった。
お兄さんは週に三度ほど図書館を訪れる。
目の保養だと切り替え、智也は相変わらずこっそりお兄さんを見ていた。
お兄さんは変わらず同じ体勢で映画を見ていた。
悪いと思いながらもこっそりバレないようにスマホで横顔を撮った。
一枚のポートレートのようなそれは智也のスマホの待ち受け画面になった。
ヨレヨレのスウェットなのになぁ、とそれを見るたび智也は思った。
そんなある日、視聴室の整理をしているとお兄さんがやってきてやっぱり棚をぐるっと見渡した。
もう夏休みも終わる、そう思って智也は思い切ってお兄さんに話しかけた。
「なにか探してますか?」
ん?と小首を傾げる寝癖の着いた小作りな頭。
智也は赤面するのが自分でわかった。
何がいいかなぁ、とお兄さんはまた棚に目をやった。
「あの、あの、これなんてどうですか?」
智也は焦り目の前にあったそれを渡した。
タイトルも見てなかった。
それは英語の授業で映画好きの先生が見せてくれたやつでホッとした。
「これはですね、身分違いの恋なんですよ。運転手の娘がね雇い主の息子に恋するんですが、引き離されるんですね。でも、時間を置いて出会ってもやっぱり恋に落ちるんですよ」
思わず早口であらすじを喋ってしまう智也。
パッケージを見るお兄さんの目は伏せられて長い睫毛が影を落としている。
「じゃあ見てみようかな」
「はい!はい!見てください!」
勢いに押されたお兄さんは目を丸めてそしてニッコリ笑った。
ありがとね、と言いながら。
智也は心中ガッツポーズしていた。
お兄さんはいつものブースに入り丸くなって画面を見つめていた。
智也のひと夏の思い出になった。
夏休みも終わり、智也は修学旅行で東京に来ていた。
二泊三日の間班行動必須ではあるが、自由時間が多かったので都内を満喫した。
女子が映えスポットだというカフェに連れ込まれた。
スマホでどうやって食べるのが正解なのかわからないパンケーキの写真を撮った。
都会はシュッとした人が多いね、等とつらつらと取り留めもないことを話していると、ガっと肩を掴まれた。
「君、これは?」
仰ぐと青ざめた顔をした女の人がいた。
スマホを見るとSNSの通知で待ち受けが表示されていた。
これ、これどうしたの!?と女の人にガクガク揺さぶられた。
「智也!」
友人の声に我にかえり智也は女からスマホを奪い返した。
そのまま友人に腕をとられ走って逃げた。
都会って怖ぇーと思った。
※作中の映画のイメージは『麗しのサブリナ』です。
時給は安いが、電車で一時間かけて大きな街に通うのも面倒臭いなと思ったからである。
家から近いというだけで進学先の高校も決めた。
大学だけは近場にないので進学するのをやめた。
就職希望で受験生の夏というのも智也には無縁だった。
何事も面倒臭いかそうでないかで考える智也は図書館のアルバイトも母から勧められ近場だったので決めた。
智也の図書館のイメージはカウンターに座って貸し業務するだけ、というなんとも貧相なイメージだけだった。
しかし、働いてみると本の修繕や絵本の読み聞かせイベントやら新刊をラミネート加工してラベルを貼ったりとなかなかに忙しかった。
そんな中で唯一の智也の癒しは、くたびれたグレーのスウェットのお兄さん。
ヨレヨレのスウェットの首元にはちらりと首輪が覗く。
初めて見た時はこの世の中にこんな綺麗な顔の男がいるのか、と見蕩れてしまった。
お兄さんはいつも視聴室を借りる。
図書カードには『木下美樹』の名前。
いつも視聴室で映画を一本見て帰る。
気をつけて見ていると映画を選ぶ基準はないようだ。
棚をぐるっと見渡し適当に取っているのがわかる。
板で区切られたブースに入るとヘッドフォンをつけて、椅子の上で体育座りしてその膝に顎を乗せてじっと見ている。
珍しく小さく笑った顔を見た時は心臓が止まるかと思った。
気になってお兄さんが帰ったあとこっそり視聴室の貸し出し表を見ると『MR.Bean』と書いてあった。
その夜は配信サービスで自分も『MR.Bean』を見た。
なかなか面白かった。
ある日、バイト終わりに駅に向かっているとお兄さんを見かけた。
白いシャツに黒いスリムなジーンズを履いて、髪はスッキリとセットされていた。そして、男みたいな女と手を繋いで歩いていた。
マジか・・・マジなのか・・・
お兄さんよりでかい。
え、あの男みたいな女はαなの?
失恋したような気分だった。
お兄さんは週に三度ほど図書館を訪れる。
目の保養だと切り替え、智也は相変わらずこっそりお兄さんを見ていた。
お兄さんは変わらず同じ体勢で映画を見ていた。
悪いと思いながらもこっそりバレないようにスマホで横顔を撮った。
一枚のポートレートのようなそれは智也のスマホの待ち受け画面になった。
ヨレヨレのスウェットなのになぁ、とそれを見るたび智也は思った。
そんなある日、視聴室の整理をしているとお兄さんがやってきてやっぱり棚をぐるっと見渡した。
もう夏休みも終わる、そう思って智也は思い切ってお兄さんに話しかけた。
「なにか探してますか?」
ん?と小首を傾げる寝癖の着いた小作りな頭。
智也は赤面するのが自分でわかった。
何がいいかなぁ、とお兄さんはまた棚に目をやった。
「あの、あの、これなんてどうですか?」
智也は焦り目の前にあったそれを渡した。
タイトルも見てなかった。
それは英語の授業で映画好きの先生が見せてくれたやつでホッとした。
「これはですね、身分違いの恋なんですよ。運転手の娘がね雇い主の息子に恋するんですが、引き離されるんですね。でも、時間を置いて出会ってもやっぱり恋に落ちるんですよ」
思わず早口であらすじを喋ってしまう智也。
パッケージを見るお兄さんの目は伏せられて長い睫毛が影を落としている。
「じゃあ見てみようかな」
「はい!はい!見てください!」
勢いに押されたお兄さんは目を丸めてそしてニッコリ笑った。
ありがとね、と言いながら。
智也は心中ガッツポーズしていた。
お兄さんはいつものブースに入り丸くなって画面を見つめていた。
智也のひと夏の思い出になった。
夏休みも終わり、智也は修学旅行で東京に来ていた。
二泊三日の間班行動必須ではあるが、自由時間が多かったので都内を満喫した。
女子が映えスポットだというカフェに連れ込まれた。
スマホでどうやって食べるのが正解なのかわからないパンケーキの写真を撮った。
都会はシュッとした人が多いね、等とつらつらと取り留めもないことを話していると、ガっと肩を掴まれた。
「君、これは?」
仰ぐと青ざめた顔をした女の人がいた。
スマホを見るとSNSの通知で待ち受けが表示されていた。
これ、これどうしたの!?と女の人にガクガク揺さぶられた。
「智也!」
友人の声に我にかえり智也は女からスマホを奪い返した。
そのまま友人に腕をとられ走って逃げた。
都会って怖ぇーと思った。
※作中の映画のイメージは『麗しのサブリナ』です。
658
あなたにおすすめの小説
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで
水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。
身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。
人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。
記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。
しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。
彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。
記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。
身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。
それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
エリートαとして追放されましたが、実は抑制剤で隠されたΩでした。辺境で出会った無骨な農夫は訳あり最強αで、私の運命の番らしいです。
水凪しおん
BL
エリートαとして完璧な人生を歩むはずだった公爵令息アレクシス。しかし、身に覚えのない罪で婚約者である王子から婚約破棄と国外追放を宣告される。すべてを奪われ、魔獣が跋扈する辺境の地に捨てられた彼を待っていたのは、絶望と死の淵だった。
雨に打たれ、泥にまみれたプライドも砕け散ったその時、彼を救ったのは一人の無骨な男、カイ。ぶっきらぼうだが温かいスープを差し出す彼との出会いが、アレクシスの運命を根底から覆していく。
畑を耕し、土に触れる日々の中で、アレクシスは自らの体に隠された大きな秘密と、抗いがたい魂の引力に気づき始める。
――これは、偽りのαとして生きてきた青年が、運命の番と出会い、本当の自分を取り戻す物語。追放から始まる、愛と再生の成り上がりファンタジー。
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる