その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

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茶会

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リュカの脳内では今、警鐘がガンガン鳴り響いている。
どうやってここを切り抜けるべきか、脳みそを今まで以上に回転して考える。
契約結婚八ヶ月目にして最大の窮地である。


王太子殿下専用サロンは二度目だ。
初めての時と変わらず飾り気がなく、唯一違うところは飾ってある花が増えたくらいか。
王太子妃殿下の趣味かな、とまたこっそり辺りを見渡す。

「今日こそ、ベルフィールって呼んでね」

王太子妃殿下は開口一番こう言った。
そして、こうも言った。

「命令するのは嫌だな」

もうそれ命令じゃない?とは言えないリュカは素直に従った。

「ベルフィール殿下」
「はい」

うふふと小さく笑うベルフィールは可愛さと美しさを兼ね備えていて思わず見蕩れてしまう。
これは誰でも惚れてしまうだろうな、とリュカも微笑んだ。

「新しい生活はどう?もう慣れた?」
「えぇ、万事滞りなく」
「そう。ザックが言っていたけれど、本当に式はあげなくて良かったの?」

ふぐっと出された茶菓子のフィナンシェが喉に詰まる。
あの人は何をどうやって説明したのだろうか、聞いてないからわからない。

「私もセオも楽しみにしていたのだけれど、いつの間にか籍をいれたと聞いて驚いたよ」
「その、あまり華美なことは苦手でして・・・」
「本当に?ザックになにか言われてるなら言ってね?」
「はい」

とりあえず返事をしてみたものの、ちゃんと笑えただろうか。
ぐりぐりと頬を撫でで、茶を口に含む。

「まだ番ってないようだけれど、特別な理由でもあるのかい?」

ぐほっと茶が喉を逆流して、気合いでそれを飲み込む。
吐き出さなかった自分を褒めてあげたい。
無理やり飲み込んだので、喉が痛くて涙がでそうになった。
どうしよう、どうしようと無言でいるのにベルフィール殿下が怪訝な顔をしている。
リュカは、この窮地を逃れる術を探して探して探して───
冒頭に戻る。

いけない、なにか答えなければと思って意を決して顔をあげ笑ってみる。

「リュカ?君、泣いて・・・」

ベルフィール殿下の手が伸びてきたところでサロンの扉がバタンと開いた。
控えていた侍女は驚き、扉の外の衛兵は開けたその人を必死に止めている。

「ベル!来たよ!」

呼んでもいないのに王太子殿下が両手を広げてそこにいた。
背後にはエバンズ公爵が憮然とした顔で立っている。

「セオ、呼んでません」

ベルフィール殿下は手を引っ込めぴしゃりと言い放った。
まぁまぁ、と王太子殿下はすたすたと歩み寄ってくる。

「公務がひと段落したんだ。の愛しい人が二人してお茶をしてるなんて、いてもたってもいられないよ。なぁ、ザック?」

王太子殿下はニコニコと笑顔を振りまいている。
助かった・・・のか?とリュカはホッと胸を撫で下ろした。
四人でお茶ならば全てエバンズ公爵に任せようそうしよう、とリュカは決意した。
だがそうは問屋が卸さなかった。
ベルフィール殿下は立ち上がり、王太子殿下が座るのを許さなかった。

「リュカが慣れるまでは、来るなとあれほど言いましたよね?」
「しかし、リュカだってザックがいる方が嬉しいだろう?」
「それが駄目なのです。あなたがた二人は調子にのると二人だけで話を進めます。私はあの時言いましたよね?リュカのわからない話はするな、と。リュカはあの時、黙って聞くか相槌を打つかしかしておりません。それの何が楽しいのでしょう?誰かを置いてけぼりにする茶会が楽しいわけないでしょう」

ベルフィール殿下が王太子殿下を見やる視線はこの上なく冷たい。
丁寧な口調が怖すぎて、リュカはひぇと縮こまってしまった。
だが以前の茶会で、ベルフィール殿下がやたらと話の腰を折りたがったり困ったような顔をしていた理由がわかった。

「で、でも、リュカもザックの昔の話を聞けて嬉しかっただろう?」
「それをおやめなさい、と言っているのです!そんな聞き方をされてリュカが肯定以外の何かを返せるとお思いですか?リュカが聞きたいと言ったならいざ知らず、一言でもそんなこと申しましたか?」

言ってませんよね?とグイグイと詰め寄るベルフィール殿下。
あまりの迫力とかっこよさにリュカは惚れた。
ぽけっと目の前の光景を眺めるリュカにベルフィール殿下は振り返りニコリと微笑んだ。

「リュカ?また日を改めましょうか。場を乱してしまってごめんなさいね?」
「あ、いえ、その、大丈夫です」

貴族の仮面は外れ、素のリュカが顔を出す。
それを見てベルフィール殿下はつと目を見開き、それから破顔した。



リュカはなぜか今、エバンズ公爵と馬車に乗って公爵家を目指している。

「お仕事は?」
「リュカを送る時間くらいはある」
「そうですか」

しん、と静まり返る車内。
カタカタと緩い振動にリュカは身を任せほぅと息をついた。

「リュカ。本当なのか?」
「何がです?」
「・・・ベルが言っていたことだ」

しょぼんと大きな体を小さくして眉尻を下げるその様は、雨にうたれた犬のようで面白いとリュカは内心笑った。
昔話は特に嫌だったわけではない、いつかの話の種になるかと思えばむしろ良かったとさえ思える。
だがしかし、と目の前の小さくなってるのを見るとリュカの心にちょっぴり悪戯心が芽生えた。

「えぇ、大変退屈でございました。私はのアイザック様がよろしいのに、のお話をされても・・・」
「え?・・・そ、そうか」

小さくなった体がむくむくと背筋を伸ばし、エバンズ公爵は笑顔になった。
嫌味が通じないとはこれ如何に、とリュカは首を傾げたがすぐに目下の懸念に意識を戻した。
なかなかに鋭いベルフィール殿下を何とかせねば、と。

リュカは順風満帆に思われた契約結婚に暗雲が立ち込めているのを感じた。
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