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時は少しだけ遡る。
リディアルが体調不良を訴え、講義室を後にするのをミシェルは目で追っていた。
大丈夫かな、とそわそわと落ち着かない残りの講義を終えてすぐさま講義室を飛び出した。
最近のリディアルは落ち込んでいるような気がする、とミシェルは思っていた。
儚げな面持ちだとは常々思っていたがそれに拍車がかかっている。
講義中も心ここにあらずの様子がよく見受けられた。
トントンと音を立てて階段を降りていると、踊り場でボスンと人にぶつかった。
「ミシェルじゃないか、どうした?」
「フレデリックさま!リディアルさまが体調が悪いと言って救護室へ・・・」
「リディが?」
「そうなのです。だから、様子を見に行こうと思って。フレデリックさまは?」
「あぁ、今日の演習が少し長引きそうだから待っているようにとリディに伝えようと思ってな」
見ればフレデリックは演習服を着ていた。
二人して第一学舎一階の奥にある救護室へ向かったがそこにリディアルはいなかった。
「おや?フレデリック殿下、いかがされた」
「ここにリディ、いやリディアルがいると聞いたのだが」
「ローブラウンの?いや、来ておりませんな」
学院の医師はフレデリックも何度か世話になったことがある元・王城勤めの老医師だった。
「そんな、顔色も良くなかったのにリディアルさまは一体どこへ?」
ミシェルの不安気な声にフレデリックの焦燥感も募る。
無言で踵を返すとフレデリックはリディアルを探しに走った。
まずは裏門だ、あの箱馬車から伸びてきた手がリディアルを攫っていったとしたら、と最悪の考えが頭を過ぎる。
辿り着いた裏門、鉄格子のような門は閉ざされ辺りを見渡しても誰かがいたような気配はなかった。
「・・・フレデリックさまっ」
ハァハァと息を荒らげたミシェルが追いついたが、それに答えずフレデリックはとって返した。
次に思い浮かぶのは図書館で見た強ばったあの顔。
リディアルは一体なにをしようとしている、ミシェルの声が追いかけてきたがかまっている余裕はなかった。
図書館の扉を開けてすぐの受付は無人だった。
その前を通り過ぎ書架の間をひとつひとつ確認していく。
途中、司書が本を抱えているのが見えただけで他にはいないようだ。
書架の奥まで確認してもいない。
「フレデリックさま、いましたか?」
いや、とフレデリックは首を振る。
迷子でしょうか、と案じる声にそんなはずはないと思った。
優秀なリディアルのことだ、入学前に校内図を頭に入れておく位のことはしているだろう。
ミシェルは体調不良と言っていた、どこかで倒れでもしていたらと嫌な考えが浮かんだ時、ふと奥にまだ部屋があることに気づいた。
陽の光も差さない場所にあるそこにフレデリックは歩みを進める。
ノブに手をかけ回すとカチャと小さな音がして鍵がかかっていないのがわかった。
あぁもう駄目だ、とリディアルはギュッと目を瞑った。
ハルを誑かしたとして不義密通でまた冷たい牢に繋がれるのだろう。
間違ってはいない、殿下の婚約者でありながらこうやってハルと密会をしているのだから。
だからせめて今だけはこの胸の中にいたい。
キィと蝶番の軋む音がした。
「フレデリック殿下、なにか御用でしょうか」
「司書か・・・人を探している」
「その部屋は修繕室です。誰もいないと思われますが・・・老朽化しておりまして、本の重みに耐えかね床が抜けた箇所があるのです。修繕を頼んでおりますが、なかなか手が回りません」
「・・・そうか」
パタンという微かな音は扉が閉められた音なのだろう。
コツコツと足音が遠ざかっていく。
ディア、と密やかな声に顔をあげれば頷くハルがいた。
「ハル?」
「行ったみたいだ。もう大丈夫だよ」
「どうして?」
「ここには前からよく息抜きに来てたんだ。だから、司書はここには誰も近づけないようにしてくれてるんだよ」
悪戯っぽく笑う顔に涙目のリディアルがじとりと睨む。
言ってくれればいいのに、そう言いながらリディアルはハルの胸を叩いた。
「フレッドが司書の言うことに引き下がってくれて良かった。俺も肝が冷えたよ。しかし、ディアの言う通りだな。フレッドの様子が違う」
「僕を探すだなんて」
「ディア、やっぱり・・・」
リディアルは開いたハルの口を手のひらで押さえつけた。
眉尻を下げた困った顔、また愛されているとでも言うつもりなんだろう。
そんなことはハルの口から言ってほしくない。
「わかった、もう言わない」
手を外され優しく頬を撫でられ、口付けを交わす。
「ディア、俺の言うことがきけるかい?とりあえずこの窮地を脱しなければ。ディアはどうやってここへ?」
「気分が悪いから救護室へ行くと」
「わかった。では、なにがあっても目を閉じているんだ。いいね?」
こくりと頷いたリディアルに、いい子とその旋毛にハルは唇を落とした。
ハルはリディアルを横抱きに抱え、見つからぬように外へ出る。
中庭を突っ切り第一学舎へと足を踏み入れたその時──
「兄上!」
振り返れば血相を変えたフレデリックが図書館の方から駆けてきた。
玉のように額に浮かぶ汗は演習場の方までリディアルを探しに行っていたのかもしれない。
「リディ!兄上、これはどういうことですか!?」
「ん?あぁ、中庭の隅で倒れていたんだ。救護室へ運ぼうと思ってな」
「・・・そ、うでしたか。では、私が運びます。リディは私の婚約者です」
気を失ったように見えるリディアル、兄の胸に抱かれぎゅうと胸元のシャツを掴んでいた。
兄とはいえ自分以外の男に、と思うと胃がキリキリと痛みその腕からリディアルを奪い返した。
「兄上、ありがとうございました。この先は私ひとりで大丈夫ですので」
「侯爵家に使いをやろうか?その調子では今日はもう帰った方がいいだろう」
「医師に見せてから私が連れて帰りますので」
フレデリックは会釈をして急ぎ早にその場を離れた。
取り残された二人、ミシェルは困惑の表情を浮かべ、ハルはリディアルが触れていた胸元で拳を握った。
リディアルが体調不良を訴え、講義室を後にするのをミシェルは目で追っていた。
大丈夫かな、とそわそわと落ち着かない残りの講義を終えてすぐさま講義室を飛び出した。
最近のリディアルは落ち込んでいるような気がする、とミシェルは思っていた。
儚げな面持ちだとは常々思っていたがそれに拍車がかかっている。
講義中も心ここにあらずの様子がよく見受けられた。
トントンと音を立てて階段を降りていると、踊り場でボスンと人にぶつかった。
「ミシェルじゃないか、どうした?」
「フレデリックさま!リディアルさまが体調が悪いと言って救護室へ・・・」
「リディが?」
「そうなのです。だから、様子を見に行こうと思って。フレデリックさまは?」
「あぁ、今日の演習が少し長引きそうだから待っているようにとリディに伝えようと思ってな」
見ればフレデリックは演習服を着ていた。
二人して第一学舎一階の奥にある救護室へ向かったがそこにリディアルはいなかった。
「おや?フレデリック殿下、いかがされた」
「ここにリディ、いやリディアルがいると聞いたのだが」
「ローブラウンの?いや、来ておりませんな」
学院の医師はフレデリックも何度か世話になったことがある元・王城勤めの老医師だった。
「そんな、顔色も良くなかったのにリディアルさまは一体どこへ?」
ミシェルの不安気な声にフレデリックの焦燥感も募る。
無言で踵を返すとフレデリックはリディアルを探しに走った。
まずは裏門だ、あの箱馬車から伸びてきた手がリディアルを攫っていったとしたら、と最悪の考えが頭を過ぎる。
辿り着いた裏門、鉄格子のような門は閉ざされ辺りを見渡しても誰かがいたような気配はなかった。
「・・・フレデリックさまっ」
ハァハァと息を荒らげたミシェルが追いついたが、それに答えずフレデリックはとって返した。
次に思い浮かぶのは図書館で見た強ばったあの顔。
リディアルは一体なにをしようとしている、ミシェルの声が追いかけてきたがかまっている余裕はなかった。
図書館の扉を開けてすぐの受付は無人だった。
その前を通り過ぎ書架の間をひとつひとつ確認していく。
途中、司書が本を抱えているのが見えただけで他にはいないようだ。
書架の奥まで確認してもいない。
「フレデリックさま、いましたか?」
いや、とフレデリックは首を振る。
迷子でしょうか、と案じる声にそんなはずはないと思った。
優秀なリディアルのことだ、入学前に校内図を頭に入れておく位のことはしているだろう。
ミシェルは体調不良と言っていた、どこかで倒れでもしていたらと嫌な考えが浮かんだ時、ふと奥にまだ部屋があることに気づいた。
陽の光も差さない場所にあるそこにフレデリックは歩みを進める。
ノブに手をかけ回すとカチャと小さな音がして鍵がかかっていないのがわかった。
あぁもう駄目だ、とリディアルはギュッと目を瞑った。
ハルを誑かしたとして不義密通でまた冷たい牢に繋がれるのだろう。
間違ってはいない、殿下の婚約者でありながらこうやってハルと密会をしているのだから。
だからせめて今だけはこの胸の中にいたい。
キィと蝶番の軋む音がした。
「フレデリック殿下、なにか御用でしょうか」
「司書か・・・人を探している」
「その部屋は修繕室です。誰もいないと思われますが・・・老朽化しておりまして、本の重みに耐えかね床が抜けた箇所があるのです。修繕を頼んでおりますが、なかなか手が回りません」
「・・・そうか」
パタンという微かな音は扉が閉められた音なのだろう。
コツコツと足音が遠ざかっていく。
ディア、と密やかな声に顔をあげれば頷くハルがいた。
「ハル?」
「行ったみたいだ。もう大丈夫だよ」
「どうして?」
「ここには前からよく息抜きに来てたんだ。だから、司書はここには誰も近づけないようにしてくれてるんだよ」
悪戯っぽく笑う顔に涙目のリディアルがじとりと睨む。
言ってくれればいいのに、そう言いながらリディアルはハルの胸を叩いた。
「フレッドが司書の言うことに引き下がってくれて良かった。俺も肝が冷えたよ。しかし、ディアの言う通りだな。フレッドの様子が違う」
「僕を探すだなんて」
「ディア、やっぱり・・・」
リディアルは開いたハルの口を手のひらで押さえつけた。
眉尻を下げた困った顔、また愛されているとでも言うつもりなんだろう。
そんなことはハルの口から言ってほしくない。
「わかった、もう言わない」
手を外され優しく頬を撫でられ、口付けを交わす。
「ディア、俺の言うことがきけるかい?とりあえずこの窮地を脱しなければ。ディアはどうやってここへ?」
「気分が悪いから救護室へ行くと」
「わかった。では、なにがあっても目を閉じているんだ。いいね?」
こくりと頷いたリディアルに、いい子とその旋毛にハルは唇を落とした。
ハルはリディアルを横抱きに抱え、見つからぬように外へ出る。
中庭を突っ切り第一学舎へと足を踏み入れたその時──
「兄上!」
振り返れば血相を変えたフレデリックが図書館の方から駆けてきた。
玉のように額に浮かぶ汗は演習場の方までリディアルを探しに行っていたのかもしれない。
「リディ!兄上、これはどういうことですか!?」
「ん?あぁ、中庭の隅で倒れていたんだ。救護室へ運ぼうと思ってな」
「・・・そ、うでしたか。では、私が運びます。リディは私の婚約者です」
気を失ったように見えるリディアル、兄の胸に抱かれぎゅうと胸元のシャツを掴んでいた。
兄とはいえ自分以外の男に、と思うと胃がキリキリと痛みその腕からリディアルを奪い返した。
「兄上、ありがとうございました。この先は私ひとりで大丈夫ですので」
「侯爵家に使いをやろうか?その調子では今日はもう帰った方がいいだろう」
「医師に見せてから私が連れて帰りますので」
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