ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
15 / 36

歪み

しおりを挟む
結局リディアルは学院の休日二日合わせて三日休んだ。
その間、殿下は見舞いだと言って毎日訪れた。
家族はそれを喜び、もちろんリディアルもそう振舞わならざるを得なかった。
本来ならば飛び上がって喜ぶべきところが、殿下への恋心が潰えた今はその眼差しが恐怖でしかない。

休み明けの朝はもちろん殿下が迎えにきて、講義室までもエスコートされた。

「リディアルさま!」
「ミシェル・・・」
「もう大丈夫なのですか?」
「少し寝不足だったようで、恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
「元気になって良かったです」

ありがとうと微笑むとミシェルはにっこりと笑って、握手するように両手で手を握ってきた。
それをブンブンと上下に振る様は幼い子どものようで愛くるしかった。

「これからは僕が傍にいます!」
「え?」
「フレデリックさまは科が違うでしょう?だから、僕が傍で見守ります」
「リディ、そうしてもらうといい」

どうして、とは言葉にならなかった。
慈悲深い笑みの中に支配欲を感じて足が震えた。
ミシェルはちょうどいいのだろう。
貴族としてなにもかもがなっていない、なっていないゆえに遠巻きにされている。
天真爛漫な振る舞いは見方を変えれば傍若無人にも映るのだ。
いつか殿下の機嫌を損ねてしまうのでは?と危惧する者はミシェルには近寄らない。
貴族社会に疎いミシェルならば要らぬ口をきくこともない。
ゴーンとなる講義の始まりを告げる鐘の音が最後通牒のように聞こえて、リディアルは頷くしかなかった。


講義室の窓際の一番前の席、中庭も図書館もよく見えるそこに今はミシェルと隣り合わせに座っている。

(リディアルさまはフレデリックさまと婚約しているんですよね?)

ひそひそ声のミシェル、驚いて見ればいたずらっ子のような笑みを浮かべて肩を竦めた。

(ね?)
(ミシェル、講義中は喋ってはいけない)

講師が熱をいれて語っているのは第五代目にあたる国王陛下の功績だ。
国力の弱かったこの国の発展の礎を築き賢王の名に相応しい御方の尊い話だ。
もちろんリディアルの頭の中にはどんな武勲をたて、どれほどの功績を残したのか全て入っている。
試験では必ずこの国王の功績を問われる設問がでる。

(だって、面白くないもの)
(ミシェル、それは不敬にあたる。言葉に気をつけなさい)
(ねぇ、リディアルさま)

注意すれどミシェルは止まらない。
ほんの少し顔を傾けて、リディアルだけに聞こえるように話す。

(フレデリックさまのどこが好きなのですか?)
(なにを・・・)

馬鹿なことを、と言いかけて飲み込んだ。
初めて会った時に恋に落ちたのだ、無邪気な笑みが好きだった。
騎士になる、と語る姿勢も好きだった。
殿下の役に立ちたいと思っていた。
全てが過去形だ。
盲目と言えるほどのフレデリックへの愛。
果てしなく続く繰り返しの中でいつもいつでもフレデリックに恋する自分がいた。
それがハルと関わるようになってから、心と体の狭間で揺れるようになった。
殿下が別人のようだ、と思っていたが実は逆なのかもしれない。
この世界にとって別人のように変わっていったのは自分の方なのだ。
それがこの歪みを生みだしたのだとしたら?逃げ出すのは許さないとでも言いたげな見えない力を感じる。
思わず鎖骨に手が伸びた。

(リディアルさま?)

目の前の愛らしいミシェル、殿下に愛されているミシェル。
いや、違う。
まだだ、まだ今生ではミシェルとフレデリックに確固たる愛が見えない。
何故か自分に執着を見せる殿下、殿下ではなく自分に擦り寄ってきたミシェル。
気の遠くなるような繰り返しの中で、小さな齟齬はそこここで生まれた。
例えば朝食に添えられたジャムがりんごではなくベリーだったり、試験の設問が微妙に違っていたり、晴れだと思っていた日が雨だったり、そんな些細な齟齬を見落としてはいけなかったのではないだろうか。

(リディアルさまは、フレデリックさまにとっても愛されてますよね?)

どうして、どうしてそれをミシェルが言うのだ。
それを思うのは、思い続けていたのは自分だというのに。
無邪気で無垢だと思っていたミシェルの瞳に陰りが見えたのは気のせいか?
一瞬見えた仄暗い瞳の色、それはかつて自分の瞳にあったもの。
なにが、どこで狂ってしまったのだろう。
ミシェルの笑顔が歪む、これは知っているミシェルではない。
誰がミシェルをこんな風にしたのだ。
キラキラと輝く純粋な瞳に影を差したのは誰だ。
これは、これではまるで立場が逆転したようじゃないか。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役の運命から逃げたいのに、独占欲騎士様が離してくれません

ちとせ
BL
執着バリバリなクールイケメン騎士×一生懸命な元悪役美貌転生者 地味に生きたい転生悪役と、全力で囲い込む氷の騎士。 乙女ゲームの断罪予定悪役に転生してしまった春野奏。 新しい人生では断罪を回避して穏やかに暮らしたい——そう決意した奏ことカイ・フォン・リヒテンベルクは、善行を積み、目立たず生きることを目標にする。 だが、唯一の誤算は護衛騎士・ゼクスの存在だった。 冷静で用心深く、厳格な彼が護衛としてそばにいるということはやり直し人生前途多難だ… そう思っていたのに─── 「ご自身を大事にしない分、私が守ります」 「あなたは、すべて私のものです。 上書きが……必要ですね」 断罪回避のはずが、護衛騎士に執着されて逃げ道ゼロ!? 護られてるはずなのに、なんだか囚われている気がするのは気のせい? 警戒から始まる、甘く切なく、そしてどこまでも執着深い恋。 一生懸命な転生悪役と、独占欲モンスターな護衛騎士の、主従ラブストーリー!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...