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レオンハルトの歓喜
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学院の自治会長室、それは第二学舎にあり窓の外には第一学舎が見える。
もちろん見えるだけでそこにある講義室の中までは見えない。
見えないがそこにいるであろうリディアルに想いを馳せる。
リディアルと繰り返しはじめて何度目だったか、ミシェルに惹かれてもリディアルの顔を見るとその気持ちがふいと消えてしまう。
これが出会ってすぐに芽生えた気持ちと、リディアルのように長年培われた気持ちの違いなんだろうか。
舞い戻る度にフレデリックに恋をしていると言うリディアルを、苦しく思うようになった。
時間は何度も繰り返すが記憶があるが為にリディアルとはもうずっと長く一緒にいるように思う。
初めて声をかけてくれた時、二人で涙を交わした。
お互いの傷を舐め合うように傍にいた。
王都から馬で駆けた時には上手く逃げられたと思った。
鳥に魚に、蝶に生まれ変わりたいと言ったリディアル。
その時はハルも一緒に、と言った言葉と初めて合わせた肌は忘れられない。
心も体もリディアルを求めていて、委ねてきてくれることに喜びを感じる。
変わらない、何度繰り返しても変わらない結末に心はどうあれリディアルは自分のものだと慢心していたのかもしれない。
「フレッドが?」
それはリディアルにとって願ってもみない幸運なのではないだろうか。
変わらなかった繰り返しが、もしかしたら変わるかもしれない。
リディアルの幸せの道へと変わりゆくのであれば、それは受け入れなければと心を叱咤した。
リディアルさえ幸せになれば、自分がこの先立太子を阻まれ命を落としても構わないと。
──ハルがいないならそんなものは無意味だ
あぁそんなことを言われては手放せない、と思った。
弟を傷つけることになったとしてもリディアルを奪ってここから逃げるのだとその時誓った。
けれどフレデリックの執着めいた囲い込みの前には為す術もなかった。
リディアルの傍には常にミシェルが侍り、そしてフレデリックがいた。
おかしいだろう、お前はミシェルに恋をしてリディアルを傷つけるくせにと焦燥感だけが募った。
いっそフレデリックを、と心に浮かんだ考えに奥底から笑いがこみ上げてきた。
欲するものがミシェルからリディアルに変わっただけで、やろうとしていることは一度目と同じだったから。
やはり自分の根底は早々変わるものではないのだ。
欲するものの前では手段を選ばない。
フレデリックがいなければ、繰り上がりでリディアルが名実共に自分のものになる。
一度目は未遂に終わったが、今回こそはやり遂げてみせよう。
人が入り乱れる学院での親睦会、演習も兼ねて騎士科の三年が警備演習にあたる。
それはすなわち王城での夜会より警備が手薄だということだ。
狙うならばここしかない、とレオンハルトは計画を練った。
胸ポケットにヒマの実から抽出した毒を忍ばせ親睦会へ赴いた。
しかしその計画もリディアルの顔を見て頓挫することになる。
リディアルの唇にほんの少し差された紅は、新しく変えた符丁のひとつで最後の符丁だった。
本来ならば、年の瀬の大夜会で使われるべき符丁。
逃げる準備ができた、リディアルのその意図を汲み取り左の耳に触れた。
リディアルはこの親睦会の最中に逃げようとしている。
フレデリックのリディアルへの愛は周知の事実になりつつあった。
リディアルが絆されてもおかしくはない、そう思っていた。
だから自分はこの手を血に染めようともリディアルを奪い返すつもりであったが・・・。
そうか、リディアルは自分と共にある方を選択したのだ。
そう思うとふつふつと歓喜の思いが湧き上がってきた。
計画もなにもあったものじゃないが、リディアルが逃げたいと思っているのならば自分はそれに従うのみだ。
示し合わせたわけでもないのに、フレデリックとミシェルが踊る様子を見てリディアルの意図がわかった。
一人になるこの瞬間を狙って静かに人の波を縫うように動き出したリディアルを認めて、その後を追う。
小さな頭はその鈍色の髪を揺らして騎士科の馬房に向かうようだった。
「ディア」
びくりと肩を揺らし振り返ったリディアルの顔は強張り、そして涙を浮かべて胸に飛び込んできた。
「ハル、わかってくれると信じてた」
「馬を駆るのか?」
「・・・それしか、思いつかなくて」
「馬房までは距離がある、こっちへ」
こくりと頷いたリディアルの手をとって貴族連中の馬車停りへ向かった。
御者は親睦会が終わるまで待機室にいる、馬車から馬だけ借りればいい。
いつフレデリックが探しにきてもおかしくはない、時間との勝負なのだ。
「ハル、上手くいく?」
「いかなくてもディアと一緒ならばそれでいい」
「僕も、僕もハルがいい」
握りあった手に力を込めて走り出す。
居並ぶ馬車から一頭、手網を外しその背にリディアルを乗せようと抱えたその時──
「兄上、私の婚約者をどこへ連れて行くおつもりか」
夜の闇より低く暗い声が響いた。
もちろん見えるだけでそこにある講義室の中までは見えない。
見えないがそこにいるであろうリディアルに想いを馳せる。
リディアルと繰り返しはじめて何度目だったか、ミシェルに惹かれてもリディアルの顔を見るとその気持ちがふいと消えてしまう。
これが出会ってすぐに芽生えた気持ちと、リディアルのように長年培われた気持ちの違いなんだろうか。
舞い戻る度にフレデリックに恋をしていると言うリディアルを、苦しく思うようになった。
時間は何度も繰り返すが記憶があるが為にリディアルとはもうずっと長く一緒にいるように思う。
初めて声をかけてくれた時、二人で涙を交わした。
お互いの傷を舐め合うように傍にいた。
王都から馬で駆けた時には上手く逃げられたと思った。
鳥に魚に、蝶に生まれ変わりたいと言ったリディアル。
その時はハルも一緒に、と言った言葉と初めて合わせた肌は忘れられない。
心も体もリディアルを求めていて、委ねてきてくれることに喜びを感じる。
変わらない、何度繰り返しても変わらない結末に心はどうあれリディアルは自分のものだと慢心していたのかもしれない。
「フレッドが?」
それはリディアルにとって願ってもみない幸運なのではないだろうか。
変わらなかった繰り返しが、もしかしたら変わるかもしれない。
リディアルの幸せの道へと変わりゆくのであれば、それは受け入れなければと心を叱咤した。
リディアルさえ幸せになれば、自分がこの先立太子を阻まれ命を落としても構わないと。
──ハルがいないならそんなものは無意味だ
あぁそんなことを言われては手放せない、と思った。
弟を傷つけることになったとしてもリディアルを奪ってここから逃げるのだとその時誓った。
けれどフレデリックの執着めいた囲い込みの前には為す術もなかった。
リディアルの傍には常にミシェルが侍り、そしてフレデリックがいた。
おかしいだろう、お前はミシェルに恋をしてリディアルを傷つけるくせにと焦燥感だけが募った。
いっそフレデリックを、と心に浮かんだ考えに奥底から笑いがこみ上げてきた。
欲するものがミシェルからリディアルに変わっただけで、やろうとしていることは一度目と同じだったから。
やはり自分の根底は早々変わるものではないのだ。
欲するものの前では手段を選ばない。
フレデリックがいなければ、繰り上がりでリディアルが名実共に自分のものになる。
一度目は未遂に終わったが、今回こそはやり遂げてみせよう。
人が入り乱れる学院での親睦会、演習も兼ねて騎士科の三年が警備演習にあたる。
それはすなわち王城での夜会より警備が手薄だということだ。
狙うならばここしかない、とレオンハルトは計画を練った。
胸ポケットにヒマの実から抽出した毒を忍ばせ親睦会へ赴いた。
しかしその計画もリディアルの顔を見て頓挫することになる。
リディアルの唇にほんの少し差された紅は、新しく変えた符丁のひとつで最後の符丁だった。
本来ならば、年の瀬の大夜会で使われるべき符丁。
逃げる準備ができた、リディアルのその意図を汲み取り左の耳に触れた。
リディアルはこの親睦会の最中に逃げようとしている。
フレデリックのリディアルへの愛は周知の事実になりつつあった。
リディアルが絆されてもおかしくはない、そう思っていた。
だから自分はこの手を血に染めようともリディアルを奪い返すつもりであったが・・・。
そうか、リディアルは自分と共にある方を選択したのだ。
そう思うとふつふつと歓喜の思いが湧き上がってきた。
計画もなにもあったものじゃないが、リディアルが逃げたいと思っているのならば自分はそれに従うのみだ。
示し合わせたわけでもないのに、フレデリックとミシェルが踊る様子を見てリディアルの意図がわかった。
一人になるこの瞬間を狙って静かに人の波を縫うように動き出したリディアルを認めて、その後を追う。
小さな頭はその鈍色の髪を揺らして騎士科の馬房に向かうようだった。
「ディア」
びくりと肩を揺らし振り返ったリディアルの顔は強張り、そして涙を浮かべて胸に飛び込んできた。
「ハル、わかってくれると信じてた」
「馬を駆るのか?」
「・・・それしか、思いつかなくて」
「馬房までは距離がある、こっちへ」
こくりと頷いたリディアルの手をとって貴族連中の馬車停りへ向かった。
御者は親睦会が終わるまで待機室にいる、馬車から馬だけ借りればいい。
いつフレデリックが探しにきてもおかしくはない、時間との勝負なのだ。
「ハル、上手くいく?」
「いかなくてもディアと一緒ならばそれでいい」
「僕も、僕もハルがいい」
握りあった手に力を込めて走り出す。
居並ぶ馬車から一頭、手網を外しその背にリディアルを乗せようと抱えたその時──
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夜の闇より低く暗い声が響いた。
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