ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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第二章

未練

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あの祭りの日からここまで特に変わらずに過ごしている。
ハルはいつでもここを離れられるように、と準備をしていたがそれも杞憂に終わったとリディアルは思っていた。
あの人混みでは自分たちを探そうとしなければ見つからないだろう。
それに肌も髪の色も違うのだ、あの時のハルも色つきの眼鏡をしていたので紫瞳だと誰かにわかったはずもない。
国中が喜びにわいた七の降誕祭も終わりを迎え、けれどもう町へは行かないとハルと約束した。
だから、リディアルは今日も昼食を持って海へ行く。

「ハールー!!」

眩しそうに目を細めていつものように手を振ってくれると思っていた。
なのにハルの顔はどんどん強ばっていった。
なに?なにを言ってるの?音が入ってこない、いつも感じる潮の匂いの代わりに刺激臭がする、目が霞んでいく、薄ぼんやりとした視界の中でハルがなにか叫んでいるのが見えた。


ピチチと鳥の鳴き声が微かに聞こえて、目を開けてそちらを見ればバルコニーに二羽の鳥がいた。
ちょんちょんと跳ねるように歩き飛んでいってしまったのを、目で追う。
久しく感じたことのないふかふかのベッドに、柔らかい枕が頭にあって目を瞬いた。

「目が覚めた?」

額にかかった前髪をさらりと払ったその人はひどく懐かしい感じがした。

「この方がフレデリックさまの婚約者さまなのですか?」
「あぁ、婚約者で今は・・・反逆者だろうか」

サッと血の気が引いたような表情を浮かべるのはくるりとした巻き毛が愛らしい人。
殿下に寄り添うように立ってこちらを見下ろしていた。

「・・・ハルは?」
「最初に言うことがそれか?まさか、兄上が生きておられるとは思ってもみなかったよ。上手く騙したものだね」
「ハルはどこですか?」
「逃げたよ、君を置いてね」

あぁ良かったと胸を撫で下ろす、なぜもどうしてもどうでもいい。
自分にどんな罰が下ろうとも、もうとしてもハルとの日々はかけがえのないものだった。
胸にひとつそれさえあればいい。

「顔色ひとつ変えないのだな。君は捨てられたんだぞ?」
「どんな罰でもお受けします。どうぞ殿下のいいようになさってください」

見上げた殿下の顔には憤怒の表情が浮かんでいた。
引き結んだ口からはギリと奥歯を噛み締めるような音が聞こえてきそうだ。
握りしめた拳が振り上げられ、殴られるかもしれないと目を閉じたが一向に衝撃が無いのに目を開けるともう殿下はいなかった。

「あの、ミシェルといいます」
「・・・はい」

代わりにミシェルだけが困ったような憐れむようなそんな顔で佇んでいた。

「あなたのことはフレデリックさまから聞いています。とても美しく聡明な方であった、と」
「では、がっかりされたでしょう?こんな有様で。その様に言ってもらえる者ではないのです」
「フレデリックさまはずっとあなたを追い求めていました。あなたとの婚約を解消され、捜索が打ち切られても心のどこかではあなたの影ばかり探しておられるようでした。それは、僕では埋めてあげられない。それでも王族として前を向いていかねばならない、そして降誕祭の為にこの国へ来たのです」

リディアルはなんと言ったものかわからない、残してきた者達のことはとうに捨てたのだから。

「降誕祭が開かれる王都であなた方を描いた絵を見たのです」
「・・・え?」
「わからないのも当然です。流しの絵描きが祭りの風景をただ描いただけのものですから」

そこでミシェルは言葉を区切り、どこかから一枚の小さな絵を持ってきた。
緻密で精巧な一枚、あの祭りの屋台で見た筆致だった。

「あなたのお兄様が街で目にとめたそうです。護衛騎士としていらっしゃってます。お会いになりますか?」
「あの、ミシェル様・・・あなたは」
「僕はフレデリックさまの婚約者です」

そう言って微笑んだミシェルは儚げで、悲しそうに見えた。

「リディアルさま、お気づきでしたか?」
「・・・なにを?」

つと目を見張りミシェルは、そうですかとぽつりと呟いた。
少しの間なにか考え込む素振りを見せて、それからミシェルはリディアルの腹にそっと手を乗せた。

「ここに、子が宿っているようです」
「な、にを・・・」
「それでもあなたはどんな罰でも受けると言うのですか?」

お兄様を呼んできます、ミシェルはそう言って部屋を出ていった。
ミシェルの触れた腹が温かい、そこに自分の手も乗せてみる。
ずっと待ち望んでいたハルの子がこの薄い腹の中にいる。
目覚めてから涙の一粒も見せなかったリディアルの頬が濡れていく。
自分はどうなってもかまわない、そう思っていた。
けれどこの子を捨て置くことはできない。
愛しさが湧き上がってきて嗚咽が漏れた。
それはリディアルが初めて感じた今生への未練だった。



※昨日、自転車に乗ってたら単車におかまを掘られまして・・・この場合もおかまと言っていいのかわかりませんが・・・
今朝の更新ができませんでした。
すみません。
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