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第二章
内緒話
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アクセラ王国、王族居住区の反対側は国賓を招き饗し滞在する棟が建っている。
今回の降誕祭へはフレデリックとその父である国王陛下の二人が参加した。
正妃は我が子である第一王子を失ってから目に見えて衰え、公務に姿を現すこともなく枕から頭があがらないという。
それでも正妃の生国とあってフレデリック達は一棟を与えられた。
星さえも眠りにつく深い夜、その棟をひたひたと歩く者がいた。
目的の部屋の前には護衛騎士が不寝番をしていたが、こくりこくりと舟を漕いでいる。
よく効いてるな、とその者は騎士の守るその部屋にそっと忍びこんだ。
「・・・リディアルさま、起きてますか?」
カーテンも閉めない室内で月明かりに光る白髪が揺れる。
身を起こし外を見ていたようだ、振り返ったその顔にはほんの少しだけ驚きが滲んでいた。
「ミシェル様・・・どうされました?外には騎士がいるのでは?」
くすりと密やかにミシェルは笑い、唇に人差し指を乗せた。
そのままゆっくりとリディアルのベッドまで進み、側の椅子に腰掛けた。
「交代の騎士に眠り薬を少し・・・フレデリックさまが眠れない時に飲まれるものですので害のあるものではありません」
まぁ、と目を丸くするリディアルがなんだか可愛らしく見えてミシェルはまたくすくすと笑った。
「リディアルさまとお話がしたかったのです」
「そう、ですか・・・」
「リディアルさまは本当にこのままで良いと思ってるのですか?」
こてと首を傾いで曖昧に微笑むリディアル、小さな手のひらは腹の上に乗っていた。
「レオンハルト殿下は逃げてません」
「え?」
「別室に捕らわれてます」
「そんな・・・」
「逃げた、とそう言えばあなたがレオンハルト殿下に幻滅するとでも思ったのでしょう。けれどあなたは取り乱すこともなかった。なぜです?」
リディアルを見つめるミシェルの瞳は真剣で、いっそ悲痛さも感じさせた。
「愛しあっているのでしょう?でなければあんな大掛かりなことをしないと僕は思うのです。他に道はなかったのですか?何も言わず何もせずに逃げるのは卑怯だと・・・僕は、そう思う」
勢いのままに前のめりになったミシェルの言葉が徐々に萎んで、最後には消え入りそうな涙声になった。
膝の上で握りしめた拳が小さく震えて、それがぐいと目元を擦った。
「できることはしたんだよ」
「・・・え?」
「考えられるできることはね、したんだ。でも、なにをしても変わらなかった。行く道が変わるだけで行き着く先はどれも同じだったんだ」
「どういう・・・」
「ミシェル様、あなたは殿下をお慕いしているのでしょう?大丈夫、殿下もあなたを大切に想うようになります。二人は結ばれてきっと幸せになる」
「フレデリックさまの心にはまだ・・・」
いいえ、とリディアルは首を振って、ミシェルの手をとってそれに手を重ねた。
市井で雑事をしていたミシェルの荒れた手は今は滑らかで、そこにかさつき荒れたリディアルの手が撫でさする。
「これまでと違うことをしてしまったから、少し道が逸れているかもしれないけれどすぐに正しい道へと辿り着くはずです。だから、それまで殿下の傍にいてあげて?」
「なにを、おかしなことを・・・」
「そう私はね、もうとっくにおかしくなっているんだ。狂ってるんだよ、どうしようもなく」
ふふふと笑みながらリディアルはミシェルの手を撫で、青い顔をしたミシェルがその手を振り払うように引っ込めた。
月明かりに照らされ微笑むリディアルは壮絶なまでに美しく、まさに狂気に見えた。
「あ、明後日にはここを発ちます。本国へ帰ればなんらかのお咎めがあるでしょう。それでいいんですか?腹の子はどうするのです?」
びくりとリディアルの肩が揺れ、それまで浮かべていた笑みは途端に消え去りミシェルを睨めつけた。
ギリギリと歯ぎしりが聞こえそうなほどに唇を引き結び、ゆらりと立ち上がる。
逆行になって見えないはずなのにその瞳は爛々と輝いて、ミシェルに照準を合わせていた。
こんな筈ではなかった、とミシェルは思う。
腹の子を持ち出せば助けてくれと懇願されるものだと思っていた。
例えそう言われなくともミシェルはリディアルを助けるつもりであった。
それが自身の欲望に塗れたものであったとしても。
「・・・どうすると言ったか?私になにか選ぶ権利があると?今生はここまでだったという話だ。この次があるかもわからない。もしあったとてまたこの子が帰ってくるかどうかもわからない。帰ってきたとてそれがこの子と同じだとどう思える?お前になにがわかる?私からなにもかもを奪ったお前になにができると言うの?」
ゆらゆらとゆれる体、髪は白く輝き口から覗く舌は赤く、ゾッとするほど艶かしい。
あぁこの人は確かに気が触れている、ミシェルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「・・・に、にが、逃がしてあげます!レオンハルト殿下と一緒にっ、どこか、どこか遠くへ・・・僕は、それをっあなたに伝えたくて・・・」
「そんなことできるものか」
言葉と共にどうとリディアルは倒れた。
ギシリとベッドが嫌な音を立て、リディアルを受け止める。
再び月明かりに照らされたその頬には一筋の涙が伝い、目を閉じたリディアルは先程までの凄艶さはなりを潜め幼子のように見えた。
その頬に伝う雫をミシェルは拭う。
──リディアルさま、あなたは一体なにを背負っているのですか?
今回の降誕祭へはフレデリックとその父である国王陛下の二人が参加した。
正妃は我が子である第一王子を失ってから目に見えて衰え、公務に姿を現すこともなく枕から頭があがらないという。
それでも正妃の生国とあってフレデリック達は一棟を与えられた。
星さえも眠りにつく深い夜、その棟をひたひたと歩く者がいた。
目的の部屋の前には護衛騎士が不寝番をしていたが、こくりこくりと舟を漕いでいる。
よく効いてるな、とその者は騎士の守るその部屋にそっと忍びこんだ。
「・・・リディアルさま、起きてますか?」
カーテンも閉めない室内で月明かりに光る白髪が揺れる。
身を起こし外を見ていたようだ、振り返ったその顔にはほんの少しだけ驚きが滲んでいた。
「ミシェル様・・・どうされました?外には騎士がいるのでは?」
くすりと密やかにミシェルは笑い、唇に人差し指を乗せた。
そのままゆっくりとリディアルのベッドまで進み、側の椅子に腰掛けた。
「交代の騎士に眠り薬を少し・・・フレデリックさまが眠れない時に飲まれるものですので害のあるものではありません」
まぁ、と目を丸くするリディアルがなんだか可愛らしく見えてミシェルはまたくすくすと笑った。
「リディアルさまとお話がしたかったのです」
「そう、ですか・・・」
「リディアルさまは本当にこのままで良いと思ってるのですか?」
こてと首を傾いで曖昧に微笑むリディアル、小さな手のひらは腹の上に乗っていた。
「レオンハルト殿下は逃げてません」
「え?」
「別室に捕らわれてます」
「そんな・・・」
「逃げた、とそう言えばあなたがレオンハルト殿下に幻滅するとでも思ったのでしょう。けれどあなたは取り乱すこともなかった。なぜです?」
リディアルを見つめるミシェルの瞳は真剣で、いっそ悲痛さも感じさせた。
「愛しあっているのでしょう?でなければあんな大掛かりなことをしないと僕は思うのです。他に道はなかったのですか?何も言わず何もせずに逃げるのは卑怯だと・・・僕は、そう思う」
勢いのままに前のめりになったミシェルの言葉が徐々に萎んで、最後には消え入りそうな涙声になった。
膝の上で握りしめた拳が小さく震えて、それがぐいと目元を擦った。
「できることはしたんだよ」
「・・・え?」
「考えられるできることはね、したんだ。でも、なにをしても変わらなかった。行く道が変わるだけで行き着く先はどれも同じだったんだ」
「どういう・・・」
「ミシェル様、あなたは殿下をお慕いしているのでしょう?大丈夫、殿下もあなたを大切に想うようになります。二人は結ばれてきっと幸せになる」
「フレデリックさまの心にはまだ・・・」
いいえ、とリディアルは首を振って、ミシェルの手をとってそれに手を重ねた。
市井で雑事をしていたミシェルの荒れた手は今は滑らかで、そこにかさつき荒れたリディアルの手が撫でさする。
「これまでと違うことをしてしまったから、少し道が逸れているかもしれないけれどすぐに正しい道へと辿り着くはずです。だから、それまで殿下の傍にいてあげて?」
「なにを、おかしなことを・・・」
「そう私はね、もうとっくにおかしくなっているんだ。狂ってるんだよ、どうしようもなく」
ふふふと笑みながらリディアルはミシェルの手を撫で、青い顔をしたミシェルがその手を振り払うように引っ込めた。
月明かりに照らされ微笑むリディアルは壮絶なまでに美しく、まさに狂気に見えた。
「あ、明後日にはここを発ちます。本国へ帰ればなんらかのお咎めがあるでしょう。それでいいんですか?腹の子はどうするのです?」
びくりとリディアルの肩が揺れ、それまで浮かべていた笑みは途端に消え去りミシェルを睨めつけた。
ギリギリと歯ぎしりが聞こえそうなほどに唇を引き結び、ゆらりと立ち上がる。
逆行になって見えないはずなのにその瞳は爛々と輝いて、ミシェルに照準を合わせていた。
こんな筈ではなかった、とミシェルは思う。
腹の子を持ち出せば助けてくれと懇願されるものだと思っていた。
例えそう言われなくともミシェルはリディアルを助けるつもりであった。
それが自身の欲望に塗れたものであったとしても。
「・・・どうすると言ったか?私になにか選ぶ権利があると?今生はここまでだったという話だ。この次があるかもわからない。もしあったとてまたこの子が帰ってくるかどうかもわからない。帰ってきたとてそれがこの子と同じだとどう思える?お前になにがわかる?私からなにもかもを奪ったお前になにができると言うの?」
ゆらゆらとゆれる体、髪は白く輝き口から覗く舌は赤く、ゾッとするほど艶かしい。
あぁこの人は確かに気が触れている、ミシェルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「・・・に、にが、逃がしてあげます!レオンハルト殿下と一緒にっ、どこか、どこか遠くへ・・・僕は、それをっあなたに伝えたくて・・・」
「そんなことできるものか」
言葉と共にどうとリディアルは倒れた。
ギシリとベッドが嫌な音を立て、リディアルを受け止める。
再び月明かりに照らされたその頬には一筋の涙が伝い、目を閉じたリディアルは先程までの凄艶さはなりを潜め幼子のように見えた。
その頬に伝う雫をミシェルは拭う。
──リディアルさま、あなたは一体なにを背負っているのですか?
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